扉を開けると、そこには500人以上ものラダックの人々がぎっしりと座っていた。
子どもから伝統的な衣装を着たお年寄りまで。その視線の先、壇上で話しているのが、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんだった。流暢なラダック語で、笑いも交えながら、一人ひとりに語りかけるようなスピーチ。現地のNGOが中心となり、ヘレナさんが初めてラダックを訪れた1975年から50年という年月を祝う式典が、地域の学校の体育館で開かれていた。
村の代表や長年ともに歩んできたリーダーたちの祝辞に、会場からは「Achey Helena!(アチェイ・ヘレナ)」と、親しみと尊敬を込めた愛称が飛ぶ。沸き起こる拍手とあたたかな熱気が、ヘレナさんがこの地にもたらした影響の大きさを物語っているような夜だった。
外国人の入域が許可されて間もない1975年、ヘレナさんは言語学者として初めてインド北部のラダック地方へやってきた。道路建設や開発、そして観光開放。外の世界とグローバル経済に突然開かれたこの地で、伝統的な暮らしが揺らぐのを間近に見つめ、“豊かさ” とは何かを問い続ける日々。習得したラダック語で対話を重ね、再生可能エネルギーへの転換や、女性たちの声を後押しする取り組みなど、地域のリーダーたちとともに実践を積み上げた。
ラダックで暮らして16年。1991年に執筆した『懐かしい未来 ラダックから学ぶ』は、ヘレナさんが出逢い、魅せられたラダックの素晴らしさと、経済成長にひた走る世界への問いを投げかけてきたのだ。
2025年9月。そんなヘレナさんが “はじまりの地” ラダックを訪れ、代表を務める国際非営利団体 Local Futures による「Planet Local Summit」が開催されると聞いて、私は初めてのラダック行きを決めた。
パンデミックを経た世界は、どこへ向かうのか。
“懐かしい未来” と呼んだこの地から、私たちは今、何を学び直せるのか。
その未来に、私たちはまだ間に合うのだろうか。
国際非営利団体 Local Futures 創立者兼代表。言語学者。1946年スウェーデン生まれ。1975年、インド北部のラダック地方に最初に入った海外訪問者の一人で、初めてのラダック語 – 英語の辞書を作成。ラダックに息づく伝統智とともに、グローバル経済の構造的暴力を深く読み解いた著書『懐かしい未来 ラダックから学ぶ(Ancient Futures)』(1991年)は40以上の言語に翻訳され、1993年に映画化。2011年には映画『幸せの経済学(The Economics of Happiness)』をプロデュース。抜本的な社会変革のビジョンとして、「ローカリゼーション」を提唱、その運動を国際的にリードしてきた。もうひとつのノーベル賞と言われるライト・ライブリフッド賞(1986年)、五井平和賞(2012年)を 受賞。2025年8月、ラダックにおける文化・環境保全への長年の貢献に対し、特別功労賞(Special Appreciation Award)を受けた。
“懐かしい未来” ラダックの、いま・ここ
今と昔が、そしてさまざまな文化が交差する、レーのメイン・バザール。かつてはキャラバンが行き交い、シルクロード交易圏の要所として栄えたこの町は、チベット仏教を土台に、イスラム教、シーク教、キリスト教など多様な信仰と文化を受け入れ、共存してきた。
ヘレナさんがラダックを訪れるのは実に10年ぶり。現在はオーストラリアとイギリスを拠点に活動し、ラダックに関わり続ける。長年ともに活動してきた夫のジョンさんと空港から車で町へ向かう途中、想像以上の変化にショックを受けながらも、新たな変化の兆しも感じ取っていた。
ヘレナさん 目に見える大きな変化は、破壊的な開発が進んだことです。車が増え、汚染が広がり、ゴミが増えた。ゲストハウスやホテルが乱立し、夏には何千もの外から来たビジネスマンや観光客で溢れかえります。ラダックの人がどこにもいないように感じることさえあるほどです。
でもそれ以上に重要なのは、目に見えない変化、つまりラダックの人たちの考え方の変化です。いま、若者からお年寄りまで、「自分たちはどんな開発を望んでいるのか」をもっと真剣に考えなければ、という意識が広がっているのを見て、本当に胸が熱くなりました。インドの他の地域の学校や大学を卒業した若者たちが、ますますラダックに戻りたいと願うようになっていることにも希望を感じます。
開発や観光化、それにともなう環境問題などの変化は目に見える。ヘレナさんはそれ以上に、人の内面の変化にも注目し続けてきた。1975年から痛感してきたのは、土地に根ざした暮らしや叡智よりも、学校教育や都市の職業の方が価値あるものとされ、外から入ってくる価値観が、人の誇りを静かに削っていく現実だった。
ヘレナさん 15〜20年前に、中国との国境地帯の遊牧民が暮らす村に行ったんです。とても悲しかったのは、誰よりも伝統的な暮らしを営んでいる彼らが、自分たちの価値を見失い、自尊心がとても低くなっていたこと。彼らは「子どもを学校に行かせなきゃ。そうすれば将来、街でエンジニアになれるんだ」って、信じ切っていました。
でも本来は、特にこのあたりの村の人たちは、夏になると老いも若きも家族みんなで、動物たちを連れて高地の草原へ上がってね。あれは本当に素晴らしい体験だった。あんなにも幸せそうで、健康的な人々を、私は他に見たことがありません。本当に美しかった……。
かつての美しさを知っているからこそ、その誇りが失われていくことを見過ごせない。ヘレナさんはこの地を駆けまわり、人々と関わり続けてきた。
ヘレナさん そしていま、ラダックの人々が自分たちの文化を価値あるものとして見つめ直している。私たちの活動の影響もあるでしょうし、この文化を尊重する旅行者が増えたことも大きいでしょう。
ただ、それが本当に深く根づくためには、もっと強いコミュニティのつながりと、それを支えるローカル経済の力が必要です。そして、一度壊れたつながりを再構築するのは、とても難しい。これはラダックに限らず、どこにいても、私たちみんなに言えることですよね。
壊れたつながりを取り戻す。
それを理想論で終わらせず、現場で積み重ねた50年。その長い道のりの中で、ヘレナさんは「ローカリゼーション」という考え方を育んでいった。
理想を実践に落とし込む
「ローカリゼーション」の現場で起きていたこと
ヘレナさんがラダックで始めたのは、ただ「伝統を守ろう」と訴えることではない。1978年には「Ladakh Project」を設立し、外からの価値観に振り回されず、この土地の条件のなかで暮らしを組み直すための具体策を、実践として提示していった。
ヘレナさん 主な目的は、世界各地で起きている開発の影響について、正確な情報を伝えることでした。その情報が地域のリーダーたちを後押しし、よりエコロジカルな、この土地の自然を活用する別の開発の道、つまり地域分散型の再生可能エネルギーへと彼らを導くことになったのです。また、化学肥料や農薬を使った農業の危険性を伝え、有機農業を推進することにも力を注ぎました。ここでは肥料なんかに頼らなくても、氷河の雪解け水のおかげで野菜もハーブも本当に美味しく育つんですから。

SECMOL(ラダックの教育改革NGO)が運営するオルタナティブスクールのソーラーシステム。巨大なダムや発電所ではなく、一年中降り注ぐ強烈な太陽光をいかす仕組みを村やコミュニティ単位で運用する、地域分散型の再生可能エネルギーの一例
ヘレナさん 私たちの活動の多くは、いわゆる “アメリカンドリーム” と言われるような、西洋が持ち込んだ “幻想” の真実を伝えることでもありました。ラダックの人々に何をするべきだと指示するのではなく、現実と、急激な変化がもたらす結果を伝え、彼ら自身に判断してもらう。地域のリーダーたちを西洋に連れて行って、実際に何が起きているのかを自分たちの目で確かめてもらうこともしましたよ。本当に、やるべきことは山ほどあったんです。
ラダック語を流暢に話すヘレナさんの噂は山々を駆けめぐり、あっという間にラダック中で知られる存在になった。その一方で、当局にスパイだと疑われることもあった。
「Ladakh Project」は、1983年には現地主導のNGO「Ladakh Ecological Development Group(LEDeG)」へと発展し、現在も地域に根ざしたリジェネラティブな開発を支える中心的存在となっている。
また、ヘレナさんは女性たちのネットワークづくりにも力を注ぎ、1991年には「Women’s Alliance of Ladakh」を設立。村々を回って集会を開き、女性たちへのエンパワーメントを積み重ねた。
ヘレナさん 私の印象では、ラダックの女性は伝統的に、強い権限と影響力を持っていたんです。私が生まれ育ったスウェーデンやスカンジナビアも、女性の地位がとても高いイメージがあるでしょう?でもここラダックでは、女性たちは実質的にスカンジナビアよりも強い立場にいたんです。それは単に、男女平等の観点からというわけでもなく、暮らしのあり方そのものが、そうなっていた。なぜなら、地域ごとに自立したローカル経済では、生活に必要なものがすべて歩ける範囲にあるからです。女性たちは、子どもやご近所さんの世話をしながら、同時に農業経済の意思決定権も握ることができていました。
しかし、グローバル化の影響はじわじわと仕事と暮らしを切り離す。男性は働くために村の外へ出ていき、女性はコミュニティの中での影響力を失いつつあった。女性が本来持っていたパワーを取り戻し、人と人、人と土地とのつながりを再構築しようとするWomen’s Allianceの活動は共感を呼び、ラダックの伝統的な価値観を守る大きなネットワークへと成長した。
ヘレナさんが提唱する「ローカリゼーション」は、ラダックで地域の人々と一丸となり、グローバリゼーションに立ち向かってきた実践の中で育まれた方法論だ。世界中で起きている同じような悲劇を繰り返さないために、ヘレナさんは本や映画、講演やSNSを通じて、その重要性を伝え続けている。
定義は様々に表現されているが、ここではLocal Futuresのインスタグラムにまとめられていたものを引用する。
ローカリゼーションの定義
◉ グローバル企業への依存から、ローカル経済*へのシフト
(*local=集落・村など/regional=複数の地域にまたがる広域。両方を含む)
◉ その土地に根ざした制度をつくり、文化を支えること
◉ 生産者と消費者の距離を縮めること
以上を、コミュニティ主導の実践と、政策転換に向けた連携を通じて実現する
世界各地の “ローカル” が集結
「Planet Local Summit」
2025年9月3日から7日の5日間にわたりラダックで開催された「Planet Local Summit」。25カ国から約200人が集まり、国や年代を超えた交流、活発な議論が行われた。会場は各所に散らばり、私たち参加者は標高3,500m超えのレーの町を息を切らして歩きまわった。
ヘレナさん 何より感動したのは、多様な文化圏からやって来た人々がつながり合っていく姿でした。今までとは全く違う開発の道、全く違う未来に向けて、私たちは協力しなければならない。そんな明確な共通認識を持った人々が一堂に会したとき、同じような動きが世界中で起きているんだって、実感できたと思うんです。だからお互いにすごく力をもらえるし、私も胸が熱くなる瞬間がたくさんありました。

ヘレナさんからの招待により参加した、日本の生活協同組合「生活クラブ」のみなさん。1965年に牛乳の共同購入からはじまり、今や組合員は約42万人。地域の生産者と連携し協議会を設立するなどの具体的な事例は、各地への大きな励みとなった
ヘレナさんがそう語るように、サミットのプログラムは自然と人々の交流が起きるような設計がなされていた。壇上の誰かの話を全員で聴くだけではない。小さな輪に悩みを持ち寄り、若者や子どもたちから学ぶこともある。どの会場にも、遠慮のいらないあたたかさが満ち満ちていた。

伝統建築の会場では床に車座になる。オルタナティブ教育の国際ネットワーク「エコバーシティ運動」を牽引する、インドのマニッシュさんとブラジルのタイスさんがホストした「何のための教育?」のセッションでは、中学2年生の切実な訴えに全員が真剣に向き合った
その雰囲気が醸されていった要因はいくつもある。なかでも大きかったのは、参加者の多くが “懐かしい未来” として思い描いていた「ラダック」を、今ここで、自分の五感全部で味わったことだったのではと思う。
レーの町に点在する会場をめぐり、時に路地裏に迷いながら、お母さんたちがつくるごはんを食べ、ラダック方式・掘っただけの「ドライトイレ」と格闘する。この一連の体験そのものが、この地でローカルに根ざすことの意味を丸ごと感じさせてくれた。
そしてその時、何もわからない私たちに常に手を差し伸べ、文化へのガイド役になってくれたのが、他でもない、地元ラダックの若者たち。この5日間を通じて私が常に強く感じていたのは、彼らの弾けるようなパワーだった。
ラダックのいまを体現する若者たち
ヘレナさん 今回の一番のハイライトは、なんと言っても、ラダックの若者たちが積極的に参加してくれたこと。高校生や大学を卒業したばかりの若者もいたし、年齢層が幅広かったんです。彼らは私にたくさん感謝を伝えてくれるけど、私はいつも言うんです。それは自分たちの文化の価値を認めて大切にしてるっていうことなんだからって。本当に心強いことですよね。
サミットは20人ほどのボランティアを中心に運営され、その半数近くが高校生も含むラダックの若者たち。ラダック語から英語への通訳も彼らが積極的に担い、時には伝統的な衣装に着替えて現れ、踊りの時間になれば見事なステップで先生になってくれる。その姿はたくましく、格好よかった。
また、全体セッションの中でもひときわ会場の関心を集めたのが、「大地へと帰るラダックの若者たち」と題されたトークセッション。一度は都市へ出た若者たちが、それぞれの今に至る物語を語ってくれた。

Local Futuresの現地スタッフ、スタンジン・ドートンさん(左)が企画・進行を担った「大地へと帰るラダックの若者たち(Young Ladakhis returning to the land)」。農家で起業家のソナム・アンモさん(左から2番目)、建築家のスタンジン・プンツォクさん(右から2番目)、羊飼いのツェリン・ラドルさん(右)が登壇した
登壇者の一人、ソナム・アンモさんの言葉がとても印象的だった。なぜ村へ戻ったのか?その問いかけへの彼女の答えは、とてもシンプルだった。
「もうね、本当に家族が、村が恋しくって……、帰って来たんです。」

フィールド・トリップで訪れた、アンモさん(左)が暮らすリキル村。インドの都市の大学で農学の修士号を取得したのち、LEDeGやドイツでのインターンも経験。現在は村で家族とともに農家として働きながら、ラダックでは珍しいキノコ栽培のビジネスも手がけている
その言葉はラダックの日々の中で、こだまのようにずっとずっと私の中に響いていた。世界中からの登壇者による分科会にもいくつか出席したけれど、途中からはラダックの人々がホストする、ラダックの問題を話し合う場に足が向くようになった。アンモさんのようなリーダーを囲み、真剣に話し合う若者たち。私は思わず聞いた。「ここにいるあなたたちが、特別なの?それとも、ラダックの若者たちって、みんなこうなの!?」

「ローカルなラダックの未来:食と農」のセッションでは、アンモさんの他、農作物の加工やブランディングに取り組む人、村の教育のプロジェクトを動かす人、伝統的な農の知識と何百曲もの民謡を記憶している人など、多才な話し手が集まった
彼らは大笑いしながら私の素朴な疑問を歓迎してくれた上で、様々な意見を寄せてくれた。とても印象的だったのは、こんな言葉たちだった。
「今のラダックの主な産業は観光だけど、せいぜいここ20年で大きくなった産業なんです。ラダックの人たちは “Fast Money”って呼ぶ。ようは、すぐにお金になる仕事。でも私たちが伝統的にしてきた農業は、お金になるまでには時間も手間もかかる。だから、早くお金になる方に流れたんです。でも、パンデミックが象徴的だったように、観光業は観光客が来なければ一気に成り立たなくなる。これで目が覚めた若者は多かったんじゃないかな」
「僕の友人は、親からもお金を借りてレンタルバイクのビジネスをはじめたんです。パンデミックですぐに廃業して、借金だけが残った。でも一番辛かったのは、家族や周りの信頼を失ったこと。それが原因でうつになってしまい、まだ立ち直れていないんです」
「ラダックの子どもたちは、教育のために早い年齢から家を離れて寄宿舎に入ることも多くて。私も4歳から親元を離れていました。だから、ラダックの野菜ってこんなに美味しいの!?って、大きくなって村に帰って、初めて気づいたんですよ。ミネラルたっぷりの氷河の水のおかげ。それがわかってからは、この環境や文化を大切にしよう、やっぱりラダックで生きようって、心が決まったのかもしれない」
野菜の話になると一斉に「そうそう!」「本当に美味しいんだよねー!」と、嬉しそうな声を上げた彼ら。決して、誰かに押し付けられた価値観ではない。彼ら自身が一度は村を出た経験や、仲間や先輩、世界中の友人との出逢いから、それぞれの今を選び、前へ進んでいるのだ。
ヘレナさんが50年前から蒔きつづけた種が、世代を超えて芽吹き、今を生きる若者たちに実を結んでいる。土地に根ざし、自分たちの文化を尊重し愛することがどれほど力を持つのか。ラダックで出逢えた彼らが、私の中の確信を揺るぎないものにしていくのを感じていた。
COVID-19パンデミックは、光か、影か?
若者たちもターニングポイントとして語った、パンデミックによる目覚め。今回のインタビューで、私がどうしてもヘレナさんに聞きたかったのは、「パンデミックはローカリゼーションを加速させたのか?」という問いだった。
自分の周囲を見渡してみると、リモートワーク化や価値観の転換によって、自然に近い暮らしを選ぶ人が増えた。しかし一方で、孤立や分断も生まれ、戦争が止むこともない。
ヘレナさん パンデミックは確かに、ローカリゼーションを強く後押ししました。多くの国で、都市から村へ、人々が戻っていった。ローカルフードへの関心もとても高まったし、都市の暮らしの脆さも、はっきり見えましたよね。自然に根ざしたオルタナティブな学校を始めようとする動きも各地で増えた。ラダックでも、いくつかの取り組みが始まっています。
でも同時に、分断はとても破壊的で、しかもテクノロジーによって強められている部分もある。インターネットやスマートフォン、AIのアルゴリズムは、人間が「自分たちの役に立つものをつくろう」と生み出したものではないんですよ。それは、富を上へ吸い上げ、上からコントロールする中央集権的な構造から生まれたもの。人間同士の直接的なつながりを壊し、私たちをスクリーンの向こう側に孤立させてしまうんです。
テクノロジーの持つ性質と危うさを理解した上で、依存して“使われる”のではなく、ローカルの実践を伝え合い、別のビジョンを共有する道具として“使う”べきなのだと、ヘレナさんは強調する。
「嬉しいニュースもあるのよ!」と教えてくれた、イギリスの若者についての調査結果も象徴的だ。英国規格協会(BSI)の2025年の調査では、16歳から21歳の若者の約半数にあたる47%が「インターネットもスマホもない世界で生きたい」と答えたという。孤独を生む社会構造への反発が、明らかに起きはじめている。
そしてもう一つ、現代人が陥りがちなワナについても、ヘレナさんは鋭く指摘する。孤独や不安を抱えたとき、人は自分の内面へと向かう。マインドフルネス、自己啓発、スピリチュアル…混沌とした時代に自分とつながり直すことはとても大切だ。しかし、それがいつの間にか「結局、すべては自分の問題だ」という文脈に回収され、社会の歪みを見えにくくすることもある。
ヘレナさん ローカリゼーションが育むのは、小さくて、ゆっくりで、思いやりのある、人間らしいスケールの関係性。精神的にも深い、スピリチュアルなつながり方もある。ただ、スピリチュアルなムーブメントの問題は、現実の社会の仕組みを見ない傾向があることなんです。私たちはもっとホリスティックに、精神性と日々の暮らし、経済や社会構造を切り離さずに捉えなければなりません。
パンデミックがもたらした、光と影。私たちの生きづらさを個人の問題にすり替えず、不自然な構造そのものを問い直す。どんな時でもブレない、そのヘレナさんの信念を揺るぎないものにしたのは、精神性と社会が切り離されずに編まれていた、ラダックでの原体験だった。
人生を自分で動かしている
その実感が、しあわせの原点
ヘレナさん ラダックに来た頃からずっと、「あなたは特別だ」と言われてきました。でも私はいつも説明するんです。私を24時間365日、アクティビストとして突き動かしてきたものは、私自身から出てきたものじゃない。ラダックだったんだって。
5日間にわたるサミットの最後のスピーチで、ヘレナさんは改めて、そう力強く語った。
険しい山々に囲まれ、夏は短く、冬は氷河に閉ざされる。その過酷な環境の中で、人々は経済や自然の限界を敏感に感じ取りながら、独自の暮らしと文化を育んできた。チベット仏教を土台に、世代を超えて助け合い、いのちを育む女性が尊重される、調和の取れた暮らし。ヘレナさんは偶然、この奇跡のような状況に出逢い、突き動かされてきたのだ、と。

祭りの日の女性たちは、とても華やかでパワフル。耕せる土地が限られるラダックでは、兄弟でひとりの妻を共有する「一妻多夫」も、暮らしの知恵として受け入れられてきた。現在でも「父が二人いる」と話す人に出逢うことがある
インタビューの中ではこの言葉を振り返りながら、ヘレナさん自身の “ROOTS=根っこ” についても話を聴いた。
ヘレナさん 私の中の自然への深い愛情を育ててくれたのは、子ども時代を過ごしたスウェーデンでした。町に住んでいてもキノコを採りに行ったり、自然の中で過ごす体験がたくさんあった。でもやっぱり、私の人生を決定づけたのは、ラダックだったんです。ここで、よりつながり合った、世代を超えた暮らしから生まれる人間のしあわせを、目の当たりにしたんですよね。
ラダックで16年間暮らしたのち、ヘレナさんは世界のさまざまな場所に暮らした。ラダックでの学びを日々の暮らしにもいかすことができたのかと投げかけると、こんな言葉が返ってきた。
ヘレナさん 私がラダックで見いだした一番大切なことは、コミュニティの重要性でした。核家族だけに閉じない、もっと深くて豊かな関係性、特に世代を超えたつながりです。でも正直、それを自分の暮らしに持ち帰ることは叶いませんでした。同じような考えを持つ仲間たちとコミュニティをつくろうと、土地を買ったこともあります。でも、みんなが今の経済システムの中で、バラバラの方向に引っ張られてしまって、とても難しかったんです。
それでもヘレナさんは、都市でも始められる実践へ視線を移し、動き続けた。ローカルフードの取り組みは、各地のファーマーズ・マーケットの推進につながり、グローバル・エコビレッジ・ネットワークの立ち上げにも関わった。そうして、ローカリゼーション運動は世界へと広がっていった。
ヘレナさん ラダックにあったもの。それは、自分の行動や働きが、自分や誰かの役に立っているのだという確かな手応えでした。その実感を自分の目で確かめられることが、自分の人生を自分で動かしているという感覚につながるのです。
そして、その親密な関係性の中では、「私は会計士です」「看護師です」「大工です」といった一つの肩書きに閉じ込められず、“多才”でいられる。男性も女性も、誰もが少しは家の建て方を知ってるし、織物もできるし、歌って踊れて、音楽もできた。人間の本当のしあわせは、そんな暮らしの中にあると思わない?
「何者かにならなきゃいけない」「プロフェッショナルでなければ価値がない」。そんな強迫観念に似た息苦しさを抱えて生きてきた私たちに、ラダックの人々はそのあり方で、人生の豊かさを教えてくれる。
自分の人生を自分で動かしている。
その実感こそが、人間のしあわせの原点なのだ。
“懐かしい未来”を、私たちの手に
サミットの最後には大きな踊りの輪ができ、伝統舞踊や地元のバンドの生演奏が続いた。ラダックの人々はステージに釘付けになることなく、自分の踊り方で自由に踊る。ふと横に目をやると、ヘレナさんも自由に踊りまくっている。それが、ラダックだ。
ヘレナさん ひとりのスターが全世界に向けて歌い、残りは観客になる。グローバル経済のシステムに巻き込まれていくほど、私たちは一つの文化の中に閉じ込められていきます。その現象自体が、とても商業的で競争的で、不健康なんです。
でもね、ローカルはもっと参加型でしょ。誰が演奏したって、聴いたって、踊ったっていい。その方がもっと深くつながれるし、満たされるし、何よりも楽しいんだから!
ただ見ているだけではなく、自分の手に人生を取り戻す。そのためには、今起きていることの “全体像(ビッグ・ピクチャー)”を理解する必要があるのだと、ヘレナさんは訴え続ける。
ヘレナさん 私たちが抱えている問題の根っこは、ほとんどすべて同じシステムにつながっています。環境や経済の危機だけじゃない。個人的な悩みや、摂食障害のようなことまで、それらは不自然な社会の仕組みの中で生み出されている。だからまず、何が起きているのかを知り、学ぶこと。そうすれば、その “反対側”を自ら選べるようになるんですから。
いつの間にかどっぷりと浸かってしまった、グローバル経済のシステム。なぜ地元の食材よりも、遠くの国から運ばれる食材の方が安いのか。なぜ顔の見えないブロックチェーンを信頼できるのか。巨大化したシステムの反対側にあるもの。それこそが、ローカルだ。
ヘレナさん 各地で起きているローカルの実践を知りはじめれば、私たちは思いのほか早く、自分の中に希望を取り戻せるはずです。前に進む道は、一つではなく無数にある。ローカルになるほど、多様性を尊重できるからです。
お金を稼ぐための仕事を少し減らしてみる。そうして自由になった時間を、自分の心を解放するため、そしてコミュニティづくりという「もっと意味のある仕事」のために使う。私たちが本気で変わろうと願うのなら、自分たちの時間を、自分たちの手に取り戻さなければならないのです。

「よく『若者に注力すべきだ』なんて言われるけれど、50年前からずっと、18歳から80歳までに届けたいと活動してきたの。変化を起こすために主体的に動けるのは、その層だから!」2026年1月、80歳を迎えても精力的に動き続ける
ヘレナさんがラダックと歩んだ50年の中で見いだした、“懐かしい未来”という希望。先の見えない世界に生きながら、ヘレナさんの言葉がこれほど力強く響くのは、それが単なる理想論ではなく、行動で積み上げてきた実感だからだろう。
全体像を見失うことなく、足元にある土を触り、隣の人の目を見て、それぞれが小さな経済を回しはじめる。そして、テクノロジーを依存の対象から道具へと捉え直し、世界中の仲間と物語を共有し、励まし合うこともできるのだ。
強大なシステムの力に、押し潰されそうになる瞬間もある。
でも、“懐かしい未来”を自ら切り開いていくラダックの若者たちの姿を、私は確かに見た。その未来は、どこか遠くにあるのではない。私たちが観客席を立ち、自分たちの人生という踊りの輪に加わったその瞬間から、もうはじまっている。
(撮影:佐藤有美)
(企画:小倉奈緒子、佐藤有美)
(編集:村崎恭子)
(取材協力:Katie Conlon, Jin Young Lim, Stanzin Angmo, Skarma Gurmet)























