社会は今、大きな転換点を迎えています。
2026年2月現在、1億2,286万人とされる日本の総人口は、2050年には約14.8%減少し、1億469万人になると言われています。さらに、高齢化率は29.3%から37.1%に上昇すると予想される(※)など、すでに今、人口構造のバランスが崩壊の途中にあることは確かです。
※出典:総務省統計局による人口推計(2025年12月概算値)および国立社会保障・人口問題研究所「地域別将来推計人口令和5(2023)年推計」および「令和7年版 高齢社会白書」(内閣府)
拍車をかけるように国の財政状況も厳しさを増す中、過去の人口構造や経済成長を前提につくられたルールは、変わりゆく今の社会に適応できなくなり始めています。当たり前だった行政サービスや地域の仕組みが立ち行かなくなり、「制度疲労」という言葉も現実味を帯びてきました。これまでのように“誰かが何とかしてくれる社会”は続かないという実感を、日常の中でまざまざと感じさせられます。
しかしそんな時代だからこそ、改めて希望を持って見つめ直したいのが、「自治」という考え方です。自分たちが必要とする社会を、自分たちの手元にある暮らしから、自分たちの手でつくる。
今、全国のローカルから立ち上がり始めている「自治」への挑戦を、時代を俯瞰する視点と、自ら取り組む当事者の視点、両方から伺うべく、福島県浪江町を拠点に活動する高橋大就(たかはし・だいじゅ/以下、大就)さんにお話を伺いました。greenz.jp編集長・増村江利子(ますむら・えりこ/以下、江利子)との対談の様子をお送りします。
一般社団法人「NoMAラボ」代表理事。一般社団法人東の食の会専務理事/福島県浜通り地域代表。一般社団法人SOMA(「驫(ノーマ)の谷」)共同代表。オイシックス・ラ・大地株式会社GlobalExecutiveOfficer(GEO)/米国Oisix Inc. 取締役。1999年外務省入省、2008年にコンサルティングファームへ。2011年「東の食の会」を立ち上げ、2021年4月に浪江町へ移住。
greenz.jp 編集長/グリーンズ共同代表。国立音楽大学卒。執筆、編集、デザイン、プロデュース、地域活動。さまざまな領域を横断し、編集家として社会を見つめ、コモンズをつくる。ミニマリスト。「Forbes JAPAN 地球で輝く女性100人」に選出(2018年)。信州大学で農学修士を取得(2024年)。環境再生医。
“地域”は社会の地続きにある
江利子 大就さんは2021年4月に東京から浪江町に移住(高橋大就さんの過去の記事はこちら)されて、まもなく5年ですね。移住後の暮らしのなかで、いちばん強く変わった感覚は何ですか?
大就さん 「これが最後の機会だ」という実感を持つようになったことです。
悲劇が生んだ状況ではありますが、震災や津波の被害を大きく受けた浜通り——少なくとも浪江周辺には、まちもコミュニティもルールも、ゼロに近い状態が局地的に現れました。震災前の「当たり前」が一度ほどけ、まちの機能を新たにつくり直すしかない時間を経験してきました。見方を変えれば、みんなで「ゼロからつくる」ことを体感できる状況でもあると捉えています。
結局、全ては当事者性に行き着くと思うんです。この究極な状況で当事者性を取り戻せないなら、社会全体としても、未来はだいぶ厳しいと思います。
江利子 福島に限らず、社会はさらに複雑になっていますよね。パンデミックで社会の機能崩壊も経験して、国際情勢も厳しさを増しています。大就さんは外務省から外資系コンサルに転じ、震災後は東北に入り、「東の食の会」発足や「NoMAラボ」の設立を経てご自身も浪江町に移住されるなど、視点を、国や国際社会から地域へ——世界というマクロからローカルというミクロへ移してこられました。
大就さん 正直、まさか国際社会がここまで悪化するとは想像できず、楽観しすぎていました。国際社会の安全保障と、地域経済。二つを並べたとき、地域経済の課題のほうが差し迫っていると感じて地方に行くことを選んだのですが、前職を辞める選択が正しかったのかと、思い返すこともありました。
でも今は、社会と地域が地続きにある感覚を持てるようになってきたことに希望を感じています。
江利子 “地続き”という言葉が印象的です。
たとえば気候危機というテーマでは、国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)が2025年に第30回(COP30)を迎え、国家間で長年議論され続けています。だけど、それが私たちの地域の暮らしに届き、生活レベルで改善や解決の方向に向かっていくのには時間がかかるし、難しい。だからこそローカルの側から一歩目を踏み出さないと、という感覚があります。
大就さん 逆に言うと、そこからしか始まらないのではないでしょうか。
マクロが何かを解決してくれるというスタンス自体を根本的に変えないと、環境も平和も経済も立ち行かない。すべてがミクロに帰着する感覚があります。だからこそ地域で、自分たちの手で始めることに希望を持てています。
全国のローカルから立ち上がる、社会のつくり手たち
大就さん 浪江町で、自分も含め周りにいる人たちがいろんなものをつくってまちができていく様子を実際に体感していると、「この社会は、自分たちがつくっているんだ」という“社会の手触り感”を、日々体感します。東京にいたときも当事者意識はあったつもりなんですが、マクロからのアプローチだったので、今持っている感覚とは全然違いました。
ミクロからのアプローチになった今、「暮らしから社会をつくっている」という感覚をリアルに感じます。
江利子 具体的に「いま社会をつくっている」と感じた出来事って、最近ありましたか?
大就さん 浪江町では「行政区」と呼ばれるいわゆる自治会で、地震や水害など災害が起きた時にどう対応するかということを話し合っています。その中で、日頃から誰がどこに住んでいるのか、各自の連絡先まで共有し、災害発生時に誰が誰を助けに行くのかを予め確認しておくことで、連携できる体制をつくろうとみんなで決めたんです。
でも今の社会では、個人情報保護法の壁があります。自治会であっても、役場から各個人の連絡先を開示してもらえない。だから自分たちで直接情報を集め直して、ひとりずつ許諾を取って、連絡網として共有することを始めました。
今その情報をもとに防災の仕組みをつくっていて、そこに行政は一切絡んでいません。ボトムアップのコミュニティづくりって、こういうことだなと実感しています。
江利子 浪江町には、若い世代の移住者(※)も増えていますよね。起業や、地域に新たな産業や雇用を生むプロダクト開発など、動きが活発です。大就さんはその熱量を、どう見ていますか?
※震災前、約2万1千人であった浪江町の人口は、2025年12月末時点で、14,103人。そのうち実際に浪江町に居住しているのは2,419人で、約3分の1以上が町外からの移住者。(出典:浪江町移住ガイドおよび「浪江町の復興・再生に向けて」福島県浪江町)
大就さん 最近だと、クラフト酒やジン、焼酎などの醸造所・蒸留所を立ち上げる若い世代の動きが目立ちます。醸造所も、大きな資本がドンと入って建てられるのではなく、仮設住宅で使われていた廃材を再利用して、自分たちでつくったりしている。
そうやって立ち上げた場所で生まれたお酒が、海外で開いた試飲会でも評価されるくらいのプロダクトになる。すると、その先に生業も産業も、自分たちの暮らしも続いていく。まちも社会も、もともと自分たちでつくってきたんだよな、という“手触り”がありますね。
江利子 そういった「自分たちの社会を自分たちがつくっている」という”手触り感”は、今誰もが感じられるものではなくなっていますし、見失われてきたことも事実です。一方で、日本各地でカンファレンスが開催されています。「京都流議定書」や「薩摩会議」、「ミチシルベ」などを見ていると、日本のあちこちで当事者意識を持った人たちが同じような考えを共有し、各地で取り組み始めているな、とも感じますよね。
大就さん そうですね。九州と北海道のように地理的に遠い地域でも、似たような取り組みが同時多発的に起きていたり、そこで交わされている会話が驚くほどシンクロしていたりします。
示し合わせたわけでも、誰か特定の人の思想が全国にコピーされたわけでもないのに、いろんな場所で「ミクロからの自治」が立ち上がっている。背景に共通しているのは、「社会は自分たちがつくっている」という感覚です。
少し大袈裟な例えになりますが、自由民権運動の文脈で、中江兆民が「自由や権利は政府から与えられるのではなく、取り戻すものだ」という趣旨を語ったように、今起きている全国のローカルから立ち上がっている動きは、当事者性の“回復”の運動に近いのかもしれませんね。この勢いは、廃藩置県を経て中央集権が当たり前になって以降、初めてのうねりだとすら感じることがあります。
原則、自由。ルールは後からつくるもの
江利子 「自治」という言葉には硬い印象がありますが、今話しているのは「自分たちに必要な社会を、自分たちの暮らしの手元からつくる」という、身近な暮らしから実験を始める考え方ですよね。
1週間のポップアップビレッジ「kuu village」のレポート記事でもこの言葉を見出しに置いたのですが、薩摩会議のセッションで、「現代国家の方が、むしろこの数百年続いた社会実験なのではないか」という議論がありました。社会は“実験のフィールド”だと捉えると、自分の手から始められることが見えてくる気がします。
大就さん 私もまさに、思考実験のようなイメージを持っています。何もない地点に降り立ちました。行政も大企業もありません。さて、どうやって暮らしをつくりますか?と。
当たり前ですが、まずみんなでまちをつくって、ルールを決めて、公共的な役割を担う仕組みをつくる。本来そうやって立ち上がってきたんです。制度やルールが先にあるわけではない、という感覚を強く持っています。
江利子 大前提に個人の自由があって、集団で生活を営む上で必要な取り決めを自分たちでつくる。それが本来あるべき順序ですよね。でも現代は逆に、先に法律や制度のルールがあって、その中に生活がある。しかもそのルールが今の社会に適していないために歪みが生まれています。
大就さん 最近、ディストピアのようなグラフが頭に浮かぶんです。人口統計の予測では、日本の人口は右肩下がりに下降し続ける。一方で、人口のグラフと交差して、右肩上がりに爆発的に伸び続けるグラフがある。それが示すのは、ルールの数です。
問題が生まれる度に付け足しでルールを増やしていく社会では、人々の自由も裁量もどんどん狭まっていく。最終的に人間がいなくなっても、ルールの数だけは増え続ける——というのは空想ですが、このままだと人間がルールに圧死させられる感覚をリアルに持っています。
江利子 なるほど。まさにディストピアですが、現実とそう遠くないようにも思えてしまいますね。
本来は、個人の自由を守りながら集団で生活するために必要なルールを、市民が自分たちでつくってきました。そのルールに基づいて社会を管理するために、必要な仕組みとして行政という機能をつくってきたはずです。
大就さん 社会契約の基本は、市民は原則として自由で、行政は市民に付託された範囲においてのみ権利を制限できる、というものです。制限が正当化されるのは、社会全体のために必要だと説明できる場合に限られる。
でも現実には、それが逆転しています。市民は原則として制限がかけられた状態にあり、何かをやるには許可が必要になる。そうなると個人の自由は最小化され、当事者性が失われていく。人口減少が進む中で肥大化した行政機能を維持することも難しくなり、至るところで制度疲労が生まれています。
“絶対”を疑い、自治体の境界線を引き直す
江利子 過去のインタビューで、大就さんが「廃藩置県」に疑問を呈しているのを見かけました。とてもおもしろい視点だなと思って読んだのですが、自治体の区分について、どう考えていますか?
大就さん 福島県浜通り地域にも市町村がいくつもありますが、少なくとも市民の側は自治体の境界線を強く意識せずに、一つの地域として一緒に取り組んでいます。
都道府県の仕組みって、明治時代に国を治めるために人工的につくられた制度ですよね。今はその制度ができて以降に生まれた人しかいないから、都道府県制は絶対だと思われている。でも本来、そんなことはありません。
地形や自然、流域経済、文化単位でもう一度フラットに見たとき、都道府県制以前に長く採用されてきた「藩」のほうが自然なのではないでしょうか。明治の社会を前提に、効率や合理性を優先して人工的に引かれた境界線が今の最適解なのかどうか、検証し直す可能性があると思います。
江利子 境界線が“絶対”じゃない、と考えてみるだけで、思考の風通しが変わりますね。
大就さん 平成の大合併で合併を断った小さな町や村こそ、今すごく勢いがありますよね。反対に、合併して広域を一つの市にまとめた地域がうまく機能していなかったりする。地域が当事者性を持ったコミュニティであれるかどうかが、大きく影響しているように思います。
多拠点居住など暮らし方の選択肢も増え、既存の自治体の区分や所属の概念が相対化されてきている今、どういう単位が適切かを考え直し、しなやかに今の社会に合った制度のあり方を実現させていくことは可能なのではないでしょうか。
江利子 当事者意識を持った同じ思いを共有するローカルのコミュニティが連携し合いながら「自治体」を形成し、その集合体のような、もう少し大きな単位でも立ち上がっていくことが、確かなうねりを生みますよね。
大就さん 「東北リーダーズカンファレンス」で掲げている「United Locals of Tohoku」というコンセプトは、まさにそれです。東北は広いので、1つのコミュニティとして捉えるには大きすぎる感覚がある。一方で、コミュニティ同士の連帯は大切。一つひとつのローカルが自立しながら、東北として連帯(Unite)していく。ミクロの手触りと、広い協働は両立できると思っています。
震災から10年の節目に制作された映像作品「RE:TOHOKU」は、「United Locals of Tohoku」という感覚をそのまま映像化したもの。東北各地で暮らす人の言葉を拾い、風景と一緒に編み上げた“連帯のドキュメント”
圧倒的当事者意識は楽しいから続く
大就さん 震災後からずっと言い続けてきたのは、「観客席からグラウンドに降りよう」ということです。ピラミッド構造の社会で、観客席に座っていればよかった時代はもう終わっているのに、多くの人が座り続けているのが現実です。そのなかで、どれだけの人がフェンスを超えてグラウンドに降りられるか。
江利子 求められているのは、圧倒的当事者意識ですね。一人ひとりが一歩目を踏み出し、ミクロからの自治を実現させられるかどうかが問われています。
大就さん 浜通りのように、一度ゼロに近い状況を経験した地域を、僕らは「フロンティア」と呼んでいます。フロンティアに立ってみると、当事者意識を持って行動を起こすしかないんです。
そこには”希望”もあります。
江利子 もう少し踏み込むと、当事者意識を持つことの、どんなところに希望を感じますか?
大就さん 自分でつくるって、楽しい。その「楽しい」こと自体が希望だと思います。
当事者意識が「やるべき」「やらなきゃいけない」という義務でしかなかったら続きません。でも、実際に手を動かしてみると、めちゃくちゃ楽しい。各地で同時多発的に自治の動きが起きているのも、「楽しい」が共通しているからだと思うんですよね。
私自身も地域に入って、馬の牧場をつくったり、農園をつくったり、初めて自分の肉体を使って“開墾”に近いことを経験しているんですが、身体性を伴うことからしか得られない喜びがあります。形あるものをつくることに限らず、歌うでも踊るでもいい。身体性を伴って表現することなら、すべてに通じる“楽しさ”があります。原始的ですが、今後、そういうところに価値は残っていく気がしています。
江利子 身体性を伴う喜びを知ることや、そこから得られる当事者性を持って、ミクロから対話を積み重ねていくこと。一見遠回りなように見えて、そこにしか糸口はないのかもしれませんね。
大就さん ネットを見ていると、偏った過激な言説が無数に飛び交っています。アルゴリズムが重なって、過激な声にアテンションが集まり、それがお金になってしまう。あれも当事者性の欠如から来ている部分が大きいと思います。
不特定多数ではなく、当事者性を持った小さな単位で話し合い、自分たちでルールを決めるとなったら、極端な意見は通りにくい。偏った意見に真実はない、ということは体感としてわかるし、意見は調和されて中庸に寄っていくはずです。
当事者意識を持った人々が、ミクロの視点から対話する文化を積み重ね、ローカルからボトムアップで自治を進めていく。その希望を信じたいと思います。
ここまでの話を、「浪江だからできる」で終わらせず、私たちの実践につなげるためには何ができるでしょうか。
その一歩目は、自分という最小単位の“主体”に、社会のつくり手としての“当事者性”を手繰り寄せることから始まるのではないかと、この対談から考えます。私たちは、社会という既存の枠組みの中に生きているのではなく、一人ひとりの生活が今の社会を構成しています。一つひとつは部分であっても、選択をひとつ変えれば、少しずつ社会全体が組み変わっていくはずです。
とは言っても、「自分一人が変わったところで、社会は何も変えられない」という無力感を感じる場面が多いことも現実です。そこで注目したいのが、今回の対談でも差し出された、広義の「自治体」という考え方です。今までの自治体は、都道府県や市町村といった地域の行政を担う公共団体のことを指しましたが、ここで述べる広義の「自治体」は、地域の区分に限りません。
ビジョンや目的を共有して集まる団体やコミュニティはもちろんのこと、労働組合やマンションの管理組合、保護者会や委員会のような組織も“自治”の主体になり得ます。そのように定義すれば、私たち自身が、すでにさまざまな“自治体”に属しています。
主体を、個人から広義の“自治体”に広げることで、規模を大きくすることができるというだけでなく、個人と社会を結びつける接点を持ち続けることができます。ひとつの選択や、一度の選挙では社会を大きく変えられなくても、私たちは自治の主体として社会に向き合い続けることで、その行手に目を凝らし、意志を表明し、行動し続けることができます。
その時、感じる社会の手触りには、身体性を伴う“楽しさ”があります。私たちは、私たちの生きる社会を、私たちの生活の中からつくることができる。そこに生まれる“ミクロからの自治”は、しなやかで強い、これからの時代を生き延びるための糸口なのです。
(撮影:廣川慶明)
(編集:上沼祐樹、村崎恭子)














