子どもの絵を見て「あれっ?なんだか気になる…」と思ったことはありませんか?
いつもと違う色使いだったり、部分的にうまく描けていないところがあったり…。子どもたちは、言葉でうまく伝えられない気持ちを絵という形で表現することがあります。でも、それが何を意味するのか、専門家でない大人たちには分かりにくいものです。
教育現場にいる人たちも、心理学の専門家ではありません。描かれた絵から子どもたちの気持ちを読み解くことはなかなか…。
今回ご紹介するスマホアプリ「Safe Sketch」は、子どもたちの絵から「この絵、ちょっと気になるかも?」と先生や保育士に教えてくれる、絵の中の小さなサインを見つけるアプリです。
子どもの絵が語りかける、小さなサイン
香港で開発されたSafe Sketchは、子どもの絵をスマホでスキャンすると「虐待されている子どもたちが表現しがちなサイン」を教えてくれる無料のアプリです。開発元の説明によれば、20万枚を超える子どもたちの絵をビッグデータとして学習。アートセラピーで取り上げられている一般的な原則やパターンに基づき、気になりやすい特徴を検出する仕組みになっています。
スキャンした絵から、「指や歯が異常にとがっている」(脅威や恐怖の表れかも)、「大きな空白の目」(感情的な空虚やトラウマかも)、「人物が極端に小さい」(自己評価の低さかも)、「赤色の多用」(不安や攻撃性かも)、「腕がない人物」(無力感かも)、「武器の描写」(暴力を受けているのかも)など、虐待のサインを探し、危険度を判定します。
でも、注意してほしいのは、これらのサインが虐待を決定づけるものではないということ。専門家に相談したほうがよいかを検討する手がかりのひとつにすぎません。アプリの判定には、子どもたちの間で流行っていることや個人の好み、性格などは反映されません。もしかしたら、ピカソ顔負けの才能の持ち主なのかもしれませんし、単に赤色が好きな子だったり、歯がとがっている恐竜が流行っていたりするだけかもしれません。
香港アートセラピスト協会会長のアビー・ソー(ABBIE SO)さんはこう語ります。
赤は誤解されやすい色です。赤はお祝いの色に見えることもありますが、一方で血の色でもあります。祝福なのか、流血なのか、怒りなのか。本当は何を表しているのかを理解するには、より注意深い見立てが必要です。
アプリでは気になる度合いを「YELLOW FLAG(注意して見守ろう)」「RED FLAG(今すぐ対応)」といった段階で表示し、最終的な判断は専門家に委ねる設計に。アプリは香港各地の幼稚園から支持されていますが、アプリの診断はあくまで「気づきのヒント」として位置づけられ、「気になるからより注意して見守ろう」という合図とされているのです。
香港心理学会元会長のエイモス・チョン(AMOS CHEUNG)博士によると、精神分析的な観点から考えるなら、絵は無意識の表現なのだそう。「言葉で飾られることがないため、ありのままの心の状態がそのまま絵に投影されることがある」と、アプリが利用している理論について解説しています。
実は、絵を通じて子どもたちの心の状態を理解しようとする試みは、100年も前から始まっていました。
1920年代にフローレンス・グッドイナフが開発した人物描画検査に始まり、児童心理学に情熱を注いできた研究者たちの努力が今、AI技術によって身近なツールとなり、専門家だけのものだった知見を教育現場でも使えるようになったのです。
香港で進む、子どもを守る社会の新しいかたち
2018年、5歳女児が保護者の虐待によって命を落とした事件は、香港を大きく揺さぶりました。この事件を契機に児童保護への取り組みが大きく前進。政府は2020年に「虐待が確認された案件への事後対応(Child Abuse)」から「リスクがある段階での予防的介入(Child maltreatment)」へと方針を転換しました。
この方針変更により保護事案は大幅に増加し、その後も年々増加が続いているのが現状です。さらに政府は、2024年に児童虐待強制通報条例を制定。2026年1月20日からは先生を含む25の専門職に通報が義務付けられる予定になっています。
虐待の加害者の約6割が保護者という香港(※)。家庭内での行為は外からは分かりにくいため、学校は「家の外で子どもが身近に大人と接する場所」として重みを増していますが、現場ではその兆候にどのようにして気づくかという新たな課題に直面しています。
※Annual CPR Report 2024_Biligual_Final
Safe Sketchは、虐待レベルの「判断のサポート役」。子どもの絵から「ちょっと気になるかも」というポイントをデータに基づく視点から支援するものです。これまで先生や保育士は「間違っていたらどうしよう」とためらいがちだったかもしれませんが、アプリがスクリーニングを担うことで「アプリが反応しているから、念のため注意しておこう」と行動に移しやすくなるのではないでしょうか。
社会全体で見守りの質を高めるために
スクリーニングツールを使う上で大切なのは、あくまで「考えるきっかけ」として活用すること。Safe Sketchは、一人ひとりの「気にかける力」を大切にすることで、社会全体の見守りの質を高めようとしているように思えます。
普段から心がけている「気にかける気持ち」をSafe Sketchがデータの視点から後押しし、最終的には専門家のアドバイスを受けながら方針を決める。こうした温かい協働の関係性が広がることで、子どもたちだけでなく、すべての人が安心して存在できる社会につながっていくのかもしれません。テクノロジーの助けを借りながら、人と人とで、あたたかい見守りの輪が広がっていくことを願ってやみません。
[via Campaign Brief Asia]
(Text:阿部哲也)
(編集:丸原孝紀)


