約20年前の2007年。経済成長が重視され、企業はお金を稼いで「納税することが社会貢献」とされた時代に、ボーダレス・ジャパンは、社会の課題をビジネスで解決する「ソーシャルビジネス」だけを行う会社として創業しました。
以来、代表・田口一成さんのもとには、ソーシャルビジネスというアプローチで社会課題を希望に変える社会起業家たちが集い、起業や経営に必要な資金やノウハウを共有しながら、互いに支え高め合う土壌が育まれています。2025年現在、ボーダレス・ジャパンから出資を受けてソーシャルビジネスに取り組む事業体は、世界14カ国で50事業。取材で訪ねた福岡・天神の「ソーシャルベンチャーPARK福岡」(※)には、各々、画面に向かって世界の仲間やパートナー企業・自治体と議論を交わすフェロー(※)たちの姿がありました。
※ソーシャルベンチャーPARK福岡:社会課題をビジネスで解決しようと志す人々が集い、次々に社会的事業を生み出す拠点として2023年10月に開設した施設兼ボーダレス・ジャパンの本社
※フェロー:ボーダレス・ジャパンおよびボーダレス・グループに集い、ビジネスを通して社会課題を解決しようと志を同じくする仲間のことを「フェロー」と呼ぶ。
そんなボーダレス・ジャパン(以下、ボーダレス)が新たにNPO法人を立ち上げ、非営利の取り組みを始めたらしい、という噂は、田口さんの取り組みを追い続けている人びとや企業・団体にとって注目のトピックとなっています。
ソーシャルビジネスという社会へのアプローチを、ビジネスのスタンダードに押し上げてきたボーダレスは、なぜ今、非営利の可能性を探り始めたのか。新たに始動したばかりの取り組みを追うべく、グリーンズ編集長の増村江利子(以下、江利子)が田口さんにお話を伺いました。
1980年生まれ、福岡県出身。早稲田大学在学中に米国ワシントン大学へビジネス留学。卒業後、㈱ミスミ(現 ミスミグループ本社)を経て、25歳でボーダレス・ジャパンを創業。社会課題を解決するソーシャルビジネスのパイオニアとして、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」、Forbes JAPAN「日本のインパクト・アントレプレナー35」、EY「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン」に選出。2020年、カンブリア宮殿に出演。 TEDx『人生の価値は何を得るかではなく、何を残すかにある』の再生回数は118万回を超える。2021年『9割の社会問題はビジネスで解決できる』(PHP出版)を出版しベストセラーとなる。2024年12月、NPO法人ボーダレスファウンデーションを設立。
ビジネスと非営利、両方のアプローチが並ぶ社会をつくる
グリーンズが田口さんにお話を伺うのは、今回が2回目。約1年前、2024年9月に公開した記事(ボーダレス・ジャパンの取材記事はこちら)でも、田口さんは「株式会社とNPOは、経済性の担保の手段が違うだけで、社会課題解決のソリューションとしては同じ」と語り、非営利の活動を応援したいという思いにも触れています。それから3ヶ月後の2024年12月に田口さんは「NPO法人ボーダレスファウンデーション」を設立しました。
周囲からは「なぜ今、ボーダレスが非営利を?」と素直な疑問が投げかけられますが、ボーダレスとして非営利に取り組むことは、実は10年以上前から見据えていたといいます。
田口さん 僕らがやりたいのは、いい社会をつくる事業活動です。ボーダレス・ジャパンを立ち上げた約20年前には、経済成長のためにビジネスが過度な利益追求を求めて拡大していくことが、環境を破壊したり、格差社会やあらゆる分断を生むなど、問題の根源となっていました。その時代には、ビジネスのアプローチから社会課題を解決することで、ビジネスのあり方そのものに新たな可能性をつくることが重要な局面だったため、手段として「ソーシャルビジネス」を選びました。
でもビジネスは万能ではないし、社会課題の解決に必ずしも最短ルートとも限りません。また、ビジネスとして事業化できる部分はどうしても限られてしまうという難点もあります。いい社会をつくるために、ビジネス的アプローチでは届かない部分に関しても、僕らは挑んでいく。そのために、もう一つのアプローチとして非営利に取り組む。ボーダレスがビジネスと非営利、“二足のわらじ”を履く集団になるという構想は、早くから仲間にも伝えていました。
構想が具体的に動き始めたのは2年前。ボーダレスのフェローたちに対して、グループの利益の一部から拠出した4,000万円を、非営利の活動の支援に使う同意を得て、委員会を立ち上げ、拠出金の使い方に関する協議を始めました。ところが、議論は思うように進まなかったそうです。
田口さん フェローたちが日々向き合う社会課題は幅広く、分野も違えば、フィールドにしている国や地域も違います。拠出金を非営利活動の支援に充てることの同意は得られても、具体的にどの国・地域の、どんな課題に対して、どの活動のために使うのが社会にとって一番いいのか見定めることは、とても難しかったんです。
4,000万円という金額は、大きな財団が扱う助成金と比べればそれほど大きな額ではないかもしれません。でも、僕らがソーシャルビジネスで必死に生み出した利益から拠出したお金です。しっかり見極めて、社会にインパクトのある使い方をするために、一度リセットすることにしました。
今あるお金を、社会にとって一番いい使い方をする。その難しさを体感した田口さんがもう一つ確信したのは、動ける母体が必要だということ。自分の事業で日々忙しく過ごすフェローたちが捻出できる時間は限られます。いくら議論を進めたところで、実働部隊がいなければ物事は進みません。
現在、田口さんとともにNPO法人ボーダレスファウンデーションのメンバーとして活動する山田果凛(やまだ・かりん)さんと中村涼香(なかむら・すずか)さんは、それぞれ学生時代から自ら団体や事業を立ち上げて非営利の活動に取り組んできた、当事者です。

山田さんが取り組むのは、アフリカの貧困による病院食の問題。心身に不調を抱えて入院しても、十分に栄養のある病院食が提供されないため回復に向かわない状況を、なんとかしたいと活動してきた。(写真提供:ボーダレスファウンデーション)
それぞれ熱い志を持ち、10代の頃から非営利で活動に取り組んできた二人ですが、社会人になるタイミングでは、中村さんはボーダレス・ジャパンへの就職という選択を選ぼうとしていたり、山田さんは田口さんに相談に来たりと、自身の活動の継続に迷いを感じていました。そこから、ボーダレスファウンデーションの立ち上げに二人を誘ったのは、代表である田口さん本人です。
田口さん NPO法人クロスフィールズの小沼大地(こぬま・だいち)さんからも、「非営利活動に一生懸命取り組んできた学生でも、社会人になるタイミングで非営利を諦めて、NPOではなくソーシャルベンチャーや一般企業への就職を選びがちだ」という話を聞いていました。

田口さんは「ソーシャルビジネスを社会課題解決のスタンダードに押し上げてきたボーダレスの存在も、結果として『ビジネスじゃなきゃダメ』というような雰囲気をつくってしまったのではないかと反省する部分もある」と語る
非営利の活動を立ち上げても、経験が浅く資金力も仲間も少ない中では、実力不足を感じて諦めてしまう現状がある。今、非営利の現場で起きている現象は、これまで田口さんがソーシャルビジネスの分野で見てきた状況と重なります。
田口さん ボーダレスを立ち上げた頃は、僕らが「ビジネスで社会課題を解決するんだ」と言っても、世間からは「そういうことは儲かってから言え」という声が返ってくるような厳しい環境でした。しかし今では、ソーシャルビジネスの考え方が当たり前になり、アクセラレーションプログラムも充実したり、社会起業家向けの助成金も増えたりと、社会全体でソーシャルビジネスを応援する環境が整ってきています。
ところが、非営利の分野ではまだその仕組みや環境づくりが手薄です。そこに、ソーシャルビジネスエコシステムを構築してきたボーダレスだからこそできることがあると確信しました。
ボーダレスファウンデーションが担う役割の一つは、非営利活動に取り組む人が非営利を諦めないでいられる社会をつくること。それは、活動に必要なお金が行き渡る持続可能な仕組みや、非営利で活動する人が仲間とノウハウを共有し、支え合い、高め合える環境をつくることでもあります。それを叶えた先に田口さんが見るのは、ビジネスと非営利、両方のアプローチが、社会に希望をつくる選択肢として対等に並ぶ未来です。
非営利は、“今あるお金”を社会のために速攻でいかす選択
ボーダレスファウンデーションを立ち上げ、改めて非営利の可能性を探究し始めた田口さん。メンバーそれぞれの活動にも伴走する中で見えてきたのは、非営利活動とソーシャルビジネスには重なり合う部分も多くあるということでした。

ボーダレスファウンデーション理事の中村さんが取り組むのは、核兵器問題について学べる展覧会のキット開発。会社や学校・公民館など場所さえあれば誰でも開催できる展覧会キットを提供することで、広島・長崎以外の地域でも平和活動が広がる未来を描き非営利のアプローチで取り組む。詳細は「あたらしいげんばく展」にて(写真提供:ボーダレスファウンデーション)
田口さん 例えば、中村さんが取り組む展覧会キットを実際に展開することを考え始めると、キットの企画費やレンタル代として回収する金額を決めたり、主催者は場所代やキットにかかる費用を賄うために入場料を設定したりスポンサーを探したりというように、完全なる非営利活動ではなく事業型NPO(※)に寄っていきました。
もちろん、非営利活動の中にビジネス寄りの事業が生まれてくること自体が悪いことだとは考えていません。ただ、「あたらしいげんばく展」をはじめとして、社会性の高いテーマを扱う展覧会を広く届けていくには、営利法人よりもNPO法人として活動したほうが、“非営利である”という姿勢が伝わりやすく、協力いただける方も増える実感があります。
※事業型NPO:寄付や助成金に依存せず、商品の販売やサービスの提供など、事業活動による収益を主な財源として運営されるNPO
田口さんは、活動内容や取り組む課題に合わせて、非営利活動の中にもさまざまなかたちがあっていいと考えます。その上で“非営利だからこそ生み出せるインパクト”とは何か、非営利の分野が持つ本質的な価値や可能性を明らかにすべく模索しています。
田口さん ビジネスは、0から1をつくるものです。
例えば、ビジネス的アプローチから社会課題を解決する場合、まず、お金を生むところから始めなければいけません。事業の仕組みを設計し、資金を確保し、実働しながら事業をブラッシュアップして、その間赤字を掘り続けることもあります。事業としてサステナブルに回る状況に到達し、その先に社会課題の解決に寄与できるようになるまでには相当な時間がかかることを、ボーダレスもたくさん経験してきました。一方で非営利は、今あるお金や人、活動を最大限にいかせる側面があります。既にあるお金と、いい活動をする実践者たちを組み合わせることで、課題解決に向かうのが非営利的アプローチです。
既存のものをいかすからこそ、圧倒的なスピードで目の前の課題にタッチできる。それが非営利的アプローチの可能性であり、非営利だからこそ生み出せる強烈なインパクトなのではないかと考えています。
ボーダレスファウンデーション設立後、企業から寄せられる相談に耳を傾けていると、ビジネスで大きな利益を生んでいる大企業の多くが同じような悩みを抱えていることがわかってきました。
田口さん 企業の代表者やCSR担当者から寄せられる相談は、「会社に“今あるお金”を、社会をよくするために使いたいが、その使い方や使い道がわからない」というものです。企業が非営利活動への寄付を考えても、寄付先の情報が十分に整理されておらず、寄付者側とNPOの間をつなぐ役割もいないのが現状です。
“今あるお金”をどのように使えば、その企業らしい方法で社会にインパクトを与えられるのかをデザインし、お金の使い方を設計して、企業と非営利活動の接続をオーガナイズする、というのが僕たちの担うべき役割だと確信しました。
一般的な財団が寄付や助成金の交付を通じて非営利活動を支援するのに対し、ボーダレスファウンデーションが目指すのは、“オペレーティング・ファウンデーション”。自ら事業の運営に深く関与し、実装型で直接的な支援を行うNPO法人の形態を指します。企画とオペレーションの実行、両方を行なうプレイヤーとしてボーダレスファウンデーションが機能すれば、非営利活動を取り巻く状況も、寄付のあり方も大きく変わるかもしれません。
新しいお金の循環を、広く社会に行き渡らせる
非営利で活動する人たちは、目の前で困っている一人に対して、細やかに根気強く向き合い、その背景にある社会に対しても必要なアクションを起こしていく人たち。国も行政も民間のサービスも担うことができない、社会に必要な役割を担っています。ただ、組織の内実を聞いてみると、受け取れる助成金は少なく、寄付による資金も足りず、運営さえままならない状況の中でなんとか活動を続けている現状を知ることも。
すでに活動を広く認知されている大きな団体に寄付が偏りやすく、本当に社会に必要な取り組みをしていても、小さな団体やまだ認知度が低い活動には行き渡りにくい現状を踏まえ、田口さんが新たに構想を練るのは「NPO版データベース」です。
田口さん ビジネスの業界には、企業の信用性を調査し情報提供する「帝国データバンク」がありますが、非営利活動にはそれに当たるものがまだありません。企業や寄付者が寄付先を探そうと思っても、アクセスできる情報は一定の規模以上の団体に限られるため、信用性は認知度に頼るしかない状況です。
NPO版データベースがあれば、単なる団体の規模の大小や認知度にかかわらず、本当に社会に必要な取り組みを行っている活動がリスト化されて、寄付先の選択肢に上がります。そうすると寄付者側は、期待できるインパクトの大きさや団体としての信用性を精査した上で、寄付先を選定することができるようになります。
今すでにある活動の情報を整理し、寄付の選択肢を整えるだけでも、生み出せるインパクトがある。それも、単にリストをつくって終わりではなく、オペレーティング・ファウンデーションとして、寄付者が目指す“いい社会”の実現に向けた寄付のあり方をデザインし、寄付者と非営利活動を接続するところまでをボーダレスファウンデーションがオーガナイズすることができれば、組織の規模や認知度に限らず非営利の活動に必要なお金が広く行き渡る仕組みをつくることが可能になります。
さらに田口さんは、NPO版データベースが寄付者と非営利活動を接続させるツールとして機能し、ボーダレスファウンデーションがオペレーティング・ファウンデーションの役割を担う先に、非営利で活動する人にとっても新たな選択肢が広がることを期待しています。
田口さん 一つは、NPO同士が寄付者を共有し、ともに“いい社会”を目指せるようになること。ビジネスの世界では、起業家同士が投資家を紹介し合うことは珍しくありません。しかし、非営利の世界では、自団体に寄付してくれた寄付者を、他団体に紹介する文化はあまり進んでいないといいます。NPO自体にその意識はなくても、背景には、寄付者の取り合いになる可能性への懸念があることは想像できます。
しかし本来、いい社会をつくる仲間であるNPO同士が寄付者を共有しないのは、もったいないこと。NPO版データベースが、同じ分野や重なる課題に対して活動するNPOを紹介するポートフォリオのような役割を担い、対団体ではなく、各課題に対して寄付金を広く行き渡らせることができれば、一団体にとっても、寄付者との接点も広がり、寄付先の選択肢に上がる機会が増えます。
もう一つ、田口さんが模索したいと考えるのは、「法人をつくらない選択肢」です。
田口さん NPO法人を立ち上げて活動する人に話を聞いていると、寄付金だけでは足りない活動費を得るために助成金を受ける必要があり、そのためにやむをえず法人をつくった結果、活動報告や法人運営のために必要な作業に追われ、本来の目的である「目の前の困っている人を助ける」ことに十分に時間を当てられないという、本末転倒な実情を聞くことが多くあります。

田口さんが「法人をつくらない選択肢」の必要性を強く感じるようになったきっかけの一つは、ボーダレスのオフィスからもほど近い公園で、家庭や学校に居場所がなく公園に集う若者たちの支援を行なうNPO法人の主催者から聞いた話。田口さんのもとには、オフィスのガラス窓から見渡せる近隣からも相談が寄せられ始めている
田口さん ボーダレスファウンデーションが、寄付者と非営利活動をオーガナイズする役割を担うことで、非営利で活動する人が必要な活動費を寄付金でまかなえるようになれば、そもそも助成金を得るためにやむなく法人を立ち上げる必要が無くなる可能性もあります。
さらにボーダレスファウンデーションが、活動に必要な事務的機能を代わりに担うことで、非営利で活動する人たちがバックオフィスを共有できれば、新たに採用したりするコストもかけなくてよくなるかもしれません。
一つの団体の限られたリソースでは難しかったことも、ボーダレスファウンデーションがオーガナイズに入ることで、豊富なリソースを共有しながらそれぞれの非営利活動が本来の目的に専念する環境を整えることができるはずです。
非営利が持つ希望は“軽やかさ”
今こそ、「NPO」という概念を問い直したい。ボーダレスファウンデーションでは、「NPOとはなにか」という問いを、さまざまな人とともに考える機会をひらいています。

Podcast番組「NPOラジオ」もその一つ。実際にNPO法人として活動する人や、非営利的アプローチから社会課題に向き合うゲストを迎え、非営利組織が生み出す新しい可能性を探る番組。ボーダレスファウンデーションの活動を寄付者に伝える役割も担う(写真提供:ボーダレスファウンデーション)
本来、NPOとは「Non-Profit Organization」(または「Not-for-Profit Organization」)の略称。「様々な社会貢献活動を行い、団体の構成員に対し、収益を分配することを目的としない団体の総称」(※)とされています。
※内閣府NPOホームページ「NPOのイロハ」
NPOラジオを始めるにあたり、ボーダレスファウンデーションでは「NPO」に新たな位置付けを加えました。
この位置付けによって、非営利的アプローチで社会に新たな可能性を生み出すのは、組織(Organaization)ではなく、私たち一人ひとり(Organazer)である、というようにも捉え方を広げられます。NPOラジオに限らず、ボーダレスファウンデーションが一貫して発信するのは、「NPOが生み出す“新たな可能性”とはなにか」という問いをみんなで考えたい、というメッセージです。
取材中、わずかでもその答えの輪郭を掴もうと熟考する田口さんの言葉を待つ間、オフィスの入り口の方に、江利子の目が止まりました。
そこにあったのは、HOPE〈希望〉。

ボーダレス・ジャパンは、2023年から「SWITCH to HOPE 社会の課題を、みんなの希望へ変えていく。」という新パーパスを掲げ、共通のゴールを「社会課題解決」ではなく「希望づくり」に置く社会づくりに取り組んでいる。本社オフィスでは「HOPE」のモニュメントが来訪者を迎える
HOPEのモニュメントを見つめながら「非営利にも、非営利ならではの強い“希望”があると思う」と語る江利子に、田口さんは「それは、“軽やかさ”かもしれない」と返しました。
田口さん ビジネスでは、余剰利益を積み立てて再投資することで事業を拡大していく考え方が一般的です。一方で、今あるお金を社会にとって必要な場所に行き渡らせ、社会のために使い切るのが非営利の考え方。非営利においては、やるかやらないかの判断は、投資対効果や利益率ではなく、「社会をよくするために必要か否か」にあります。いい社会をつくるために必要なことであればすぐに行動できる軽やかさは、人びとが非営利に感じる強い希望なのではないでしょうか。
さらに田口さんは、その軽やかさを支えるのが「寄付」と続けます。
田口さん 非営利組織が純粋に目の前の課題に向き合い、軽やかに行動を起こすことができる背景には、寄付者の存在があります。
例えば、NPO法人であるボーダレスファウンデーション自体も、ボーダレス・ジャパンから受け取っている4,000万円という拠出金があります。これは単なる活動費ではなく、「社会をよくするために使ってほしい」という願いを託されている寄付金です。
寄付という支えがなければ、非営利活動は成り立ちません。NPOとはなにかということを考え続けると同時に、寄付とはなにか、どうやって寄付を集めるのか、ということも考えていく必要があります。
寄付とは、意思を表明し社会をつくる行動
寄付とはなにか。新たに浮かび上がってきた問いに、江利子は「社会とつながり直す行為」という仮説を立てます。
社会が複雑化する今、身近な暮らしと社会との距離はどんどん広がってしまっているように感じます。例えば自然資本であれば、人びとの住まいは都市に集中し、暮らしの中で木を使う機会は減り、森と暮らしは遠いものになりました。森林の破壊や荒廃は今も確実に起きている問題なのに、意識として、身近な暮らしとは遠い距離にあります。
しかし、森林を守る活動に取り組むNPOの活動を知ったり、そこに寄付という行動をとることで、私たちは一度離れてしまった森林の大切さやそこに生まれている問題との距離を縮め、改めて知ることができます。
非営利で活動する人や団体の取り組みに触れることで、今社会でなにが起こっているのか、どこにどんな課題があるのかを知ることができる。一度距離が離れてしまった社会に対して、私たちは「寄付」という行為を通じてつながり直すことができるのではないかーー。
田口さん 寄付は「社会とつながる入り口」であると同時に、「社会をつくる行動」と捉え直すこともできるかもしれません。歴史的に、芸術家を支援する存在として「パトロン」と呼ばれる人たちがいますが、彼らは、まだ世間では名声を得ていない芸術家に対して、自分の目利きを信じてその活動を支援します。支援することは「この芸術家がこれからの芸術界や社会に必要だ」「この芸術家が活躍する社会を見たい」というパトロン自身の意思を示す行動でもあります。
寄付も、それと似た側面があると思います。自分がなにを社会の課題と捉えているのか、その課題を希望に変えるためにはどんな取り組みが必要だと考えるのか、その先にどんな社会をつくりたいのか。寄付は、その意思を表明し社会をつくる行動になり得るのではないでしょうか。
非営利とはなにか。探究のプロセスをひらく
ボーダレスファウンデーションとしてさまざまなプロジェクトが進むなか、田口さんが今最もプレッシャーに感じているのは「寄付の成功体験」づくりだといいます。
ボーダレスファウンデーションでは、活動を支援する寄付を受け付けています。単発での寄付のほか、月額1,000円から継続的な寄付を行なう月額サポート会員には、これまで田口さんやボーダレスの取り組みを応援してきた人たちからも、続々と支援が届きます。

ボーダレスファウンデーションのサイト「DONATE 寄付で応援する」のページでも、「寄付は社会をつくる行動である」という考えが、より寄付者の視点に立った親しみやすい表現で示されている
活動に共感し、寄付をしてくれた寄付者に対して、田口さんが一刻も早く返したいと考えるのが「寄付の成功体験」です。
田口さん 一人の寄付者にとって、寄付が「寄付をしてよかった」と思える成功体験になることで継続的な寄付につながります。さらに、寄付という行動がもっと広がれば、「ソーシャルビジネス」がビジネスのスタンダードに押し上げられてきたように、「寄付」がいい社会をつくるためのお金の使い方として当たり前のものとなります。
寄付が、お金の使い方として当たり前の選択肢になる。そのためには、目の前の寄付者に「寄付の成功体験」を返さなければなりません。では、「寄付の成功体験」とは一体何なのか。私たちは、寄付をした先にどういう体験があれば、「寄付をしてよかった」「また寄付をしよう」と思えるのでしょうか。
実はそれは、田口さんもまだ探究の途中だといいます。

毎朝行うボーダレスファウンデーションの朝会でも、田口さんは「寄付の成功体験」をいかにつくるか、を度々話題に上げる。実際に寄付をしてくれた知り合いに理由をヒアリングしたりなど、自ら手を動かして探究している最中とのこと
田口さん 寄付者から「本当に社会をよくするために使ってほしい」という思いとして受け取るのが寄付金です。そのお金を実際に社会のために使い、そこに新しいお金の循環が起こっていることを寄付者にも伝える。それが「寄付の成功体験」を生むのだと思いますが、実際に寄付者にとって何が寄付の“成功”を感じさせるのか、それをどんな方法で伝えたらいいのか、全然わからなくて、毎日もがき続けています。
「寄付者が増えていく状況に対して、まだ“寄付者の成功体験”を用意できていないことに実は今一番プレッシャーを感じている」と漏らす、田口さん。正直に語る姿に、自身もボーダレスファウンデーションの寄付者である江利子からは、「それをそのまま、素直に伝えてみてもいいと思う」と率直な提案が差し出されました。
ビジネスの場合は、すでに完成された事業同士が「協働」することによって相乗効果を求めるのが一般的ですが、非営利には、非営利ならではの「共創」のかたちがあるはずです。まだ未完成な過程を、素直に伝えることによって信頼を集める方法も、非営利だからこそできることかもしれません。
田口さん 僕らはボーダレス・ジャパンでも、社会起業家をみんなで応援する仕組みとして「ボーダレス・アライ」を運営してきました。僕らだけで頑張るのではなく、より多くの人に取り組みを知ってもらって、応援や寄付というかたちで関わる人を増やし、さらには、一緒に取り組む仲間の輪を広げていく。それが、僕らが目指す「社会づくり」であり、希望をつくるプロセスです。その姿勢は、非営利でもビジネスでも変わりません。
社会の課題を、みんなの希望へ変えていく。
膨大な課題が複雑に絡み合い、日々、混沌なままに増幅していく社会の中で、それらを希望に変えていく方法が必ずあると信じ、あらゆるアプローチで「社会づくり」に挑む田口さんの瞳は黒く鋭く、澄んでいました。その強さの理由は、答えがわかっているからではありません。むしろ、「わからないから、一緒に考えよう」「一緒につくろう」と、社会にひらく勇気と、それを探究し続けるプロセスに踏み込んでいく力があるからです。そしてそれは、田口さんだけでなく、社会に希望をつくることを諦めない一人ひとりの中にも、きっとあるはず。
ボーダレスファウンデーションが、非営利という新たな可能性を模索し続けるその過程には、NPOラジオや「寄付」という入り口も、常に開かれています。
今、ここにあるお金を、社会にとって一番いい方法で使う。
その行動の先には、圧倒的な速さと軽やかさで広がっていく、非営利ならではの新たな希望がたしかに見えてくるはずです。
(撮影:亀山ののこ)
(編集:岩井美咲、増村江利子)
– INFORMATION –
ボーダレスファウンデーションでは、寄付での応援をお待ちしています。
月額サポート会員や寄付の詳細については、以下のボタンからご確認ください。
「New Possibility Organizer」。略してNPOラジオは、ボーダレスジャパンが新たに立ち上げたNPO法人ボーダレスファウンデーションが、非営利組織が生み出す、新しい可能性を探る番組です。ソーシャルビジネスが注目される時代に、なぜ非営利の活動が必要なのか。非営利が果たすべき役割は何なのか。様々なゲストをお迎えして、お送りしています。ぜひ番組をフォローください。














