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10ヶ月の期間限定”都市農業”は東京の未来にどんなレガシーを残せるか?「原宿はらっぱファーム」の、土とともに生きる暮らしを取り戻す挑戦

気候変動が都市で生活する人々を苦しめているのは、暑さだけではありません。高温障害などによる農作物の収量低下や、化石燃料の価格変動などによる生産コストの上昇は、コメや野菜の価格高騰となって家計を逼迫させています。

アスファルトに覆われた都市に必要なのは、自分たちの手で食べるものを育てられる「土」なのではないか。2025年夏、100年に一度の再開発が進む東京・渋谷で土を耕す人びとの姿を取材しました。

訪れたのは、10か月の期間限定都市農園「原宿はらっぱファーム」。

そこには”食べるものを育てる”だけでなく、”コンポストによる生ごみの堆肥化”や日本一美容室の多い渋谷区ならではの“廃棄毛の利活用”など、これまで捨てていたものを資源と捉え直すことで、エネルギーも食料も他の地域に依存している都心で少しでも自立しようという挑戦があります。大量生産大量消費で成長を遂げてきた都市経済に対する反省と抵抗があります。期間限定の都市農業は、東京の未来にどんなレガシーを残すことができるのでしょうか?

地域住民のボトムアップで原宿に誕生した”誰でも入れるコミュニティ農園”

極端気象アトリビューションセンター(WAC)が「人為起源の地球温暖化がなければ、発生確率が0%だった」という分析結果を発表するほどの記録的高温となった6月の中旬の朝、地下鉄外苑前駅から地上に出た途端、目が眩むような暑さによろめきました。大量のエアコン稼働による排熱量と表面温度が60℃を越えることもあるアスファルトの照り返しのせいで、実際の気温よりも体感温度が高いためです。

日傘で陽射しを遮りながら南青山三丁目の交差点を渡り、外苑西通りを神宮前方面へ。ワタリウム美術館を過ぎて一本を折れたところに、ジグソーパズルのピースをひとつだけ間違えて嵌め込んだような緑地が広がっていました。洗練された都市建築の真ん中に出現した、風が吹き抜けていくオアシス。まさしくそこが2025年4月、地域住民と支援者によるボトムアップで誕生した「原宿はらっぱファーム」。敷地の真ん中にあるコンポストの向こうに都庁を望む、有機循環型のコミュニティ農園です。

コンポストの向こうに都庁が見える

「これから仕事なんです」とトマトの剪定を終えて畑を後にしたのは、神宮前のヘアサロンに勤める美容師さん。もともとサロンの屋上でハーブや野菜を育てたり、ソーラーシェアリングやコンポストを実践したりしていたため、隣接する場所に誕生したこの農園でも、従業員の有志メンバーが野菜づくりに携わっているそうです。

原宿とは思えないのどかな風景が広がっている

渋谷に職場のある人たちが、朝お仕事の前に農作業していくことも多いんですよ

神宮前では珍しいファーマーズスタイルで迎えてくれたのは、原宿はらっぱファームのプロジェクトリーダー・安西美喜子(あんざい・みきこ)さん。彼女こそが原宿の真ん中にこの異空間を出現させた張本人です。

安西美喜子さん

安西さん 10年以上前から都心の真ん中にこういう場所をつくりたいというイメージがありました。そのときは自分でも理由は分からなかったのですが、なぜか表参道か半蔵門という明確なビジョンがあったんです。2020年に縁あって原宿に引っ越してきたんですけど、散歩中にこの土地を見つけて「ここだ!」と

安西さんが出会った当時は広大なはらっぱだった

運命の糸に手繰り寄せられ巡り会ったような衝撃だったと安西さんが語るその土地は、かつて印刷局の宿舎があった場所。2018年前後に取り壊され、財務省が管理していました。すなわち国有地であり、原宿の真ん中にある1500平方メートルの広大な土地です。たとえ借りられたとしてもそれなりに収益性の高い事業でなければ借地料を払うことができません。それは、都心に農地がない理由でもあります。

安西さん 2023年の秋から具体的に動きました。まず都市農地活用支援センター常務理事の佐藤啓二氏に相談し、財務省に直接掛け合いました。その後、2024年11月に渋谷区長に話が届いたところから、急速に話が進みました。すぐ近くにケアコミュニティ原宿の丘という旧渋谷区立原宿中学校を利活用した福祉施設があったんですけど、そこでは、建て替え工事に入る2025年2月まで本格的な屋上菜園をやっていたんです。私も参加していたんですが25mプールを使ったビオトープもあって、冬には渋谷区では珍しい鴨の夫婦が飛来したりしていました。

渋谷区はヒートアイランド現象を軽減すべく、全国に先駆けて屋上緑化を進めているため、都市農業にも理解がありました。近所に住む安西さんも参加していた「ケアコミュニティ原宿の丘」の屋上菜園は、その象徴でもあったのです。また、地域住民の交流の場でもあり、防災拠点としての役割も担っていました。

安西さん ”地域住民と支援者による”都市農地と防災のための菜園協議会“を立ち上げて、渋谷区にケアコミュニティ原宿の丘に代わる場所をつくりませんかと提案したんです。

その結果、国有地を渋谷区が管理受託。そこを1年の期間限定(※2ヶ月の農園準備期間を含む)で「都市農地と防災のための菜園協議会」に管理委託することで「原宿はらっぱファーム」は誕生しました。

最初で最後の夏野菜の収穫が始まっていた

安西さん この土地と出会ってからここでトマトが実るまでに5年かかりました。

人口密度は高く需要も大きいのに、食糧自給率はほぼ0%という原宿産のトマトを安西さんは愛おしそうに見つめていました。

東京のウイークポイントを埋める防災拠点として

朝の農作業を終えた人たちが出勤した後の原宿はらっぱファームでは、近隣にある青山学院大学の学生たちを招いて、NPO法人コンポスト東京理事の中尾直暉さんと斉藤吉司さんによる「日干しレンガ」のワークショップが始まりました。

NPO法人コンポスト東京理事の中尾直暉さん(写真左)と斉藤吉司さん(写真右)

中尾さん 今日つくるのは、日干しレンガという、木のない砂漠地帯で発達した「アドベ」とも呼ばれる天然の建築資材です。泥と土と水と石灰を混ぜて、つなぎ材として麻ひもや荒縄を砕いたもの混ぜ込んで、木枠の中に押し込める。今回は、ファームのイネ科の雑草も砕いて混ぜています。木枠を抜いたものを数週間乾かせば日干しレンガになります。

粘土を型で成形したものを釜で焼くのではなく天日で乾燥させてレンガにする

中尾さん 防災用の竈をつくるんですけど、防火性のない木は使えないので、自然にも還りやすい日干しレンガを建材に選びました。普段はテーブルとして使って、防災時には天板を外して竈として使うんです。

作業場となるバーゴラも自然に還る竹で組まれている

防災時に必要なのはエネルギーと食料。ほぼすべてを他府県に依存している東京は、震災による流通停止で小売店の棚から食料が消えたことも、原発事故による電力逼迫も経験してきました。脱炭素のためのみならず災害時の電力自給も見据えて太陽光パネルの設置が増えていますが、「都市農地と防災のための菜園協議会」が運営している原宿はらっぱファームでは、渋谷区から指定されているわけではありませんが、自主的に防災拠点としての機能を担うためにこのような形で準備が進められているのです。

農業を通じて笑顔と資源が循環する畑をつくりたい

原宿はらっぱファームでは1500平方メートル、テニスコート7面分の土地に目的の違う畑が区分けして設置されています。全体を通して目指すのは「笑顔と資源が循環する畑」。

(画像提供:原宿はらっぱファーム)

笑顔の循環を生み出しているのが、入って左奥に4つの区画がある「つながる畑」。防災拠点を兼ねていることもあり、災害時に人と人が助け合う地域コミュニティを育てる目的で設置されました。都市農業が盛んなパリのコミュニティガーデンの手法を取り入れたシステムなのだそうです。

安西さん バラバラに応募して下さった方々を、年齢や性別、野菜を育てた経験、住んでいる場所などで8人組のグループに分けて、畑を営んでもらっています。見ず知らずの人同士が農業を通じてコミュニケーションをはかること、一人ひとりに当事者意識を持ってもらうことが、『つながる畑』の目的でもあるんです。何を育てるかはそれぞれのグループにお任せ。こちらがお願いしたのは、みんなで育てて、みんなで収穫物を楽しんで下さい、ということと、自然環境を大切にした農法で、ということぐらいです。

原宿らしさを感じたのは、参加されている人たちの顔ぶれ。中にはたくさんの人に知られているインフルエンサーや、芸能プロダクションの社長もいました。

安西さん 本当にいろんな方が参加しているんですが、あえて知らない人同士をグルーピングしていることもあり、その人が著名な方だというのを知らずにお話していることもあります。知らない人同士がそれぞれの経験と知恵を持ち寄って、協力して野菜を育てている。土の上では肩書きや社会的地位は関係なく、お互いにひとりの人間としてコミュニケーションを取り合っている。都市農業も目的ですけど、一番は、野菜づくりを通じて人と人とのつながりをつくることだと思っていたので、その状況を見て、涙が出るぐらい嬉しかった。あぁ、私がここで見たかったのはこういう光景だったんだなと思って。

「都心にあたたかなつながりと循環をつくりたかった」と語る安西さん

その隣にある4区画は、農業初体験の人たちが菜園講師に学びながら野菜づくりを楽しむ「学びの畑」。

安西さん 座学もあるんですけど、比較的若い方が多いです。子どもさんも多いですね。地元の未就学児や小学生とか、散歩や通学で偶然通りかかって親御さんが申し込んだケースも多いです。ケア・コミュニティ原宿の丘の屋上菜園ではそういうことがなかったので、通り沿いにある畑というのは大事なんだなと改めて感じました。

そして、冒頭に登場した、神宮前のヘアサロンの美容師さんたちが出勤前に農作業をしていたのが「チームの畑」。学校や職場などの仲間同士が営んでいる畑です。

安西さん 美容師さんたちの畑が面白いのは、マルチの代わりに“ヘアマット”を使っているところです。

日本ではコンビニよりも多いのが美容室。中でも渋谷区は、日本一美容室がある激戦区です。当然膨大な髪の毛が廃棄物として出ているのですが、髪の毛は3,000年前のミイラでも残っている分解しにくい有機物のひとつ。焼却処分では多くのCO2を排出しています。

こちらのヘアサロンのみなさんは、そんな髪の毛を資源として利活用している「一般社団法人マター・オブ・トラスト・ジャパン」が美容室から切られた髪の毛を集めて製作する、海洋に流出した重油を吸収するためのヘアマットに着目し、農業用のマルチ資材としての使い道がないかを検証しています。

マルチ代わりに使用しているヘアーマット

安西さん マルチと同じように雑草を生やさず、保水効果があるのはもちろんですが、糸状菌(※)も発生しやすいみたいですね。土の上に出ています。

ヘアマットに農業資材としての実用性があるとなれば、その多くが世界中でごみとして焼却処分されている髪の毛に資源としての新たな価値が生まれます。それは日本一美容室が多い渋谷区ならではのサーキュラーエコノミー事例になるに違いありません。

※糸状菌…カビの仲間で、土の中では枯れ草や根などの有機物を分解し、植物の栄養になる物質をつくる働きをしている。ヘアマットをマルチとして使うと、その下に湿度と適度な環境が保たれ、糸状菌が発生しやすくなることがある。

地域の資源を循環させる「実験の畑」

微生物の力で生ごみを分解しているのが、原宿はらっぱファームの真ん中に設置された「コミュニティ・コンポスト」です。実は、安西さんはNPO法人コンポスト東京の代表理事としても、捨てるものがない資源循環型社会を推進しています。

地域の資源を循環させるファームのエンジンでもある

安西さん コミュニティガーデンを提唱していたフランスの方が『コンポストはガーデンのハート』とおっしゃっていて、それに共感し、私たちもあえてファームの真ん中にコンポストを置いています。

東京は飲食店もたくさんある。美味しい料理を手際よく提供することだけを優先させて、フードロスも含めておそろしいほど大量の生ごみを出している。それは本当に変えていかなくちゃいけない。まずはこの地域の事業者や住人の方々と取り組んでいけたらと思っています。

原宿はらっぱファームでは、地域の飲食店から生ごみを回収し、共同で堆肥化していく動きも進めています。

安西さん スターバックスの東急プラザ表参道オモカド店からは毎週コーヒーかすを回収することになっています。青山学院大学の学生さんが回収しに行ってくれるんですけど、学生の皆さんがより楽しく取り組めるように、この“コーヒーメッセンジャー”の活動の際には、無料で飲み物を出していただくようお願いしたところ、快くコーヒーを出してくださっています。

コーヒーかすは消臭効果が高いのでコンポストでは重要な役割を果たします。

完熟堆肥。コーヒーかすの効果もあり嫌な匂いはない

安西さん 今、募集しているのは、コミュニティ・コンポストを一緒につくってくれるコンポスト部の部員。お配りしたちっちゃいコンポストやバケツで家庭から出る生ごみを堆肥にしてもらって、それをここにあるコンポストに集めて使おうという取り組みです。

そんな地域の生ゴミや建設廃材など、ごみとして捨てられていた有機物を堆肥化するのが「コミュニティ・コンポスト」。そこでできた堆肥を土に混ぜ込んで野菜を育てるのが「実験の畑」と名付けられた循環型農業の畑です。

地域の生ごみでつくられた堆肥を混ぜた土で育った甘長ピーマン。「おいしい」が循環していく

安西さん 自然に寄り添った生き方という言葉がありますけど、生きていく上でもっとも忘れてはいけないと思ってるのが、私たちの命もまた土を通じて循環しているいうこと。私自身、完璧にはできていないですけど、常にそのことを意識することが大事だと思っていて。生ごみをコンポストで土に還して、その土で野菜を育てること、それを食べて出た生ごみをまた土に還すことは、命の循環を視覚的に見せてくれるんです。

どうして原宿でなければいけなかったのか?

安西さんが環境問題に目覚めたのは、高校生の時のある出来事がきっかけでした。

安西さん 体質的に合成香料の匂いがダメで、石鹸もシャンプーも無香料のものを探して使うようにしていたんですけど、部活の顧問の先生のお家に行ったら、石鹸の代わりに米ぬかが置いてあったんです。それで手を洗って『いつまでたってもヌルヌルしてます』って言ったら、『いいのよ、食べられるものだから』って言われて。すごく小さなことだったんですけど目から鱗でした。何十年経ってもそのことを覚えています。

「自然を感じること、自分の感覚を大事にすること」に目覚めたという

そんな出来事もきっかけのひとつとなって、安西さんは天然の植物素材を用いて生地を染める染織家の道に進みました。その活動の中で、生き方や価値観を大きく変える出会いがあったそうです。

安西さん さっき日干しレンガのワークショップを見ながら、私の活動の根っこにはネイティブアメリカンとの出会いがあるのを思い出していました。夫の仕事について訪れたアメリカのニューメキシコ州で、日乾しレンガの家に住んでいるネイティブアメリカンの人たちと出会って、自然に対する意識とか、自分の感じたものを大事にすることに劇的に目覚めたんです。自分がなぜ生まれてきたのかと考えたり、忘れていたものを全部思い出させてもらえたりするような衝撃的な体験でした。

東京に引っ越してくる前は、新潟県の佐渡島で17年間、染織家の傍らペンションを経営していた安西さん。この土地で暮らした経験が、東京の生活への違和感に気づかせてくれたといいます。

安西さん 佐渡島は野生のトキが最後まで生息していたような場所ですから、本当に自然豊かな土地でした。日々の暮らしが自然とつながっているのをはっきり意識できたというか。生ごみも土に埋めておけば目に見えない生き物たちが分解してくれる。森を歩けば悩みは身を潜め、本来の自分に還してくれる。豊かな自然の恩恵を日々受け取っていたので、東京に引っ越した後、生ごみを“燃えるごみ”として出すことに違和感がありました。これが当たり前じゃないよなっていう疑問があったんです。それに、佐渡島って人も植物もエネルギーが溢れているんですけど、東京で電車に乗るとみんな疲れているように見える。当たり前に見えていたものにも違和感を覚えるようになりました。

澱のように溜まった、「自分にとって当たり前の生き方をしたい」という思いから、コンポストや屋上菜園への活動につながり、そこで同じ思いを持っていた人たちと出会えました。そして、誰も入れないこの土地と出会ったときに、ここを緑豊かな土にしたいと思ったんです。そうか、東京には佐渡島にあった大地、すなわち”土の力”がないからだって気づいたんです。

「それでも東京でなければダメだった」と語る安西さん

安西さんと同じような思いに至った人の中には、東京を離れ、自然豊かな郊外に移住する人も少なくありません。安西さんはなぜその思いを原宿で実現しようと思ったのでしょうか。

安西さん 『アナスタシア』っていう本があるんです。シベリアの奥地で自然と共に生きているアナスタシアという女性の、実話をもとにした話なんですけど、アナスタシアに会いたいという都会の人びとに彼女が言うんです。「とり散らかしたものの掃除には誰が残されるの?」「私は誰もタイガに呼んではいない。あなたはここで何をするの?汚してしまうでしょう?ここに何を運んでくるの?」「私がやっていることに賛同するなら、あなたの住んでいる場所でそれを形にしてください」と。

それを読んだ途端涙が止まらなくなって。そこで初めて、自分が東京でやりたいことが何なのかを自覚したんです。

お話を伺っているうちに、安西さんが立っている原宿の大地を中心に、周囲のビル群がみるみる美しい緑に覆われていく光景が目の前に広がっていました。彼女は「みどりのゆび」(※)を持っている、そう感じました。

※『みどりのゆび』…フランスの児童文学。触れた場所に花を咲かせる「みどりのゆび」を持った少年チトが、その力で色々な場所を花でいっぱいにして人びとを癒し、戦争をも止めようとする話。

安西さんは手袋も「みどりのゆび」

「言われてみればここに初めて入ることができた日、原宿の大地が喜んでいるのが伝わって来ました」と安西さん。4月19日のオープニングでは、子どもたちがうれしそうにタンポポの綿毛を吹いているのを見ながら、原宿の大地に、ここから絶対にこの光景が広がっていく、広げていくと約束したそうです。

東京に、土とともに生きる循環型社会を定着させたい

「実験の畑」には埼玉県の飯能から運んできた木で自作した丸太ベンチも

土とともに生きる暮らしを東京に取り戻したいという安西さんの思いは確実に広がっている。そう感じるエピソードを教えてくれました。

安西さん 芸能事務所パパドゥの山田美千代社長は『死ぬまでに自分の手で育てた野菜を食べたかった』という理由で参加されているんですけど、彼女から『今まで体験したことのない種類の嬉しさを感じています』というメッセージを頂いたときは本当に嬉しかった。

山田さんのグループが野菜を育てている畑をのぞかせてもらうと、毎日のようにここに来て、丁寧に世話をされているという安西さんの言葉通り、トマトの枝は美しく剪定され、じゃがいもは太陽に向かって生き生きと葉を広げていました。

奥に見えるのがそのグループで毎日のように手入れをしているトマト

安西さん 原宿でこんな美味しいきゅうりやトマトがとれるんだって感動している方もいましたし、昨日は80代の女性が『生まれて初めてナスを自分の手で収穫した』って喜んでおられました。東京には、子どもも大人もそういう経験がないという方が本当にたくさんいる。そのくらい多くの人が土に触れることと切り離されて生きているんだなと改めて感じています。『天空の城ラピュタ』に「土と離れては生きていけないのよ」っていうシータの台詞がありますけど、本当にそうだなって。

フェンス沿いに広がる「みんなの畑」は、ここを訪れる誰もが在園スタッフと一緒に畑作業をしたり、収穫をしたりすることできる公園のようなスペース。みんなの畑サポーターは、現在も募集中です。

「みんなの畑」は、誰でも気軽に農作業や収穫に参加できる

安西さん 残りの期間でひとりでも多くの人に土に触れてもらって、生ごみを分解したり、野菜を育てたりする土の力を実感してほしいと思っています。それがタンポポの綿毛みたいに飛んでいって、東京のあちこちで花を咲かせてくれると信じています。

ここを中心に、都心に土と緑が広がっていく未来が見えてくる

41億年もの間、月や火星と同じ岩石だらけの惑星だった地球だけが緑の星になった背景には、バクテリアが5億年かけて有機物を分解してつくった土の存在があります。古の人びとが「創世記」に記したように、人は土から生まれ、土の力によって育てられた果実をいただいて生き、また土に還ることで、次の命をつないできました。わたしたちは土と共に生きてきたのです。土の匂いに懐かしさを感じるのは、そこがわたしたちの故郷だからだという人もいます。

その土を100年足らずでアスファルトで覆い尽くし、都市を形成したのも、また人間です。東京はもはや、月や火星と同じ無機物の星と同じではないでしょうか。命を育まないだけでなく、雨水の染みこまないアスファルトは時に洪水を引き起こし、わたしたちの命を危険に晒したりもします。大切なのは、わたしたちが自ら招いた危機に気づけるかどうか。

原宿はらっぱファームは2026年1月に閉鎖が決まっている、期間限定の希望です。ここで土に触れることが、その最初の一歩になるのかもしれません。

取材から2ヶ月後、2025年8月に撮影した原宿はらっぱファームには、夏の緑が溢れていた(画像提供:原宿はらっぱファーム)

(撮影:イワイコオイチ)
(編集:村崎恭子)

– INFORMATION –

「原宿はらっぱファーム」を未来に残すための署名を実施中!

原宿はらっぱファームの土地の管理契約の終了が迫ってきていますが、延長して利用できるよう、渋谷区にお願いするために「原宿はらっぱファームを継続したい有志」が中心となり署名を集めているそうです。みなさんもぜひ、ご協力ください。(2025年10月31日まで)

詳細はこちらから