地域に根差し、自分の生き方を表現する商いを始めるためのラーニングコミュニティ、
「ローカル開業カレッジ」。昨年始まったこの取り組みの第二期が、2025年8月よりスタートします。
「ローカル開業」と聞いてまず思い浮かべるのは、地域でお店や仕事を始めること。ですが、私たちはまず心の奥底にある自分自身の思いと向き合うところから始めてほしいと思っています。
「どんな人生を歩みたいのか?」「大切にしたいことは何だろう?」。そんな問いを出発点に、「心から求める生き方」=「自分の生き方を表現する商い」を見つけてほしい。それを続けることが、地域を豊かにしていくと考えているのです。
北海道・上川町に暮らす絹張蝦夷丸(きぬばり・えぞまる)さんは、そんなローカル開業を楽しみながら実践している人です。上川町と言えば、ここ数年で市街地の古い建物をリノベーションしたカフェや宿がオープンしたり、移住者による精力的なまちの発信や場づくりが注目されたりと、若者を中心に賑わいが生まれているまち。絹張さんはそのうねりを作り出した一人です。
絹張さんの求める生き方。それはズバリ、楽しく暮らしていくこと。シンプルかつ極めて個人的とも思えるその思いが上川町の景色をどう変えていったのか。絹張さんのローカル開業の歩みを伺いました。

1990年生まれ。北海道湧別町出身。2019年に札幌市から上川町へ移住し、地域おこし協力隊としてKAMIKAWORK プロジェクトなど、多くの地方創生事業に携わる。
2021年北海道上川町に交流スペースやシェアハウス、泊まれる複合施設などを企画運
営するローカルベンチャー株式会社EFC を創業。2022 年にロースタリーカフェ「KINUBARI COFFEE ROASTERS」をオープン。空き家・空き店舗を活用したエリアリノベーションや、地域コミュニティのコーディネート、移住定住支援、地域おこし協力隊のサポートなど、過疎地域における課題解決に向けた様々な事業を幅広く手がける。
たまたま辿り着いた上川町で、コーヒー店開業への一歩を踏み出す

北海道上川町。道内屈指の温泉地、層雲峡温泉で知られる大雪山の麓のまちに絹張さんが移り住んだのは2019年のこと。移住の大きな決め手となったのは、「コーヒー屋を開きたい」という自身の思いでした。
移住前は札幌市のゲストハウスで働きながら、自家焙煎コーヒーブランド「KINUBARI COFFEE」を立ち上げ、イベント出店やオンラインショップで珈琲豆の販売を行っていた絹張さん。コーヒーを「一生の仕事」と決め、いつか自分の店を持ちたいと思っていました。
曰く、コーヒーを仕事にしたのは、年齢を重ねれば重ねるほど魅力的に見える仕事だから。
絹張さん たとえば陶芸家や蕎麦屋って、仙人みたいな人が作っているほうがよさそうにみえませんか。おじいちゃんになった自分がやると考えたとき、年を取ることでアウトプットされたもののクオリティが落ちるとみられる仕事が多い中、逆に魅了が高まる職業って、めっちゃいいじゃんと思って。候補をいくつか挙げて、一番始めやすかったのがコーヒーでした。

札幌市で営んでいたときの「KINUBARI COFFEE」
コーヒー屋として活動し始め2年が経った頃、層雲峡で開催されたイベントに出店するため上川町を訪れた絹張さん。そこで偶然、まちで第一期生となる地域おこし協力隊を募集していることを知ります。
その中にあったのが、カフェの開業を目指す人向けの募集。「俺、これ募集してみようかな」。そう絹張さんが言うと、妻のいっくさんが別の募集を指差し「じゃあ私はこれにする」とひと言。さらに一緒に来ていた仲間も次々に応募すると言い出します。
その仲間というのが、当時任意団体としてアウトドアイベントの企画運営を行っていた
外遊び集団「Earth Friend Camp(以下、EFC)」のメンバー。
絹張さん すでに上川に移住していた友人もいたし、みんなで採用されたら面白いねとその場で応募を決めました。そうしたら、見事に全員採用されてしまって。まさか採用されるとは思っていなかったので、「うわ!引っ越ししなきゃ!」って焦りました(笑)
まちで暮らしを営むところから。少しずつ広がっていった「やれること」
オホーツク海に面した湧別町出身の絹張さん。自身も地方の出身だったことから、以前からまちづくりに関心を持っていたと言います。
そんな絹張さんにとって、上川町への移住はローカルとの関わり方を一気に深めた出来事でした。
絹張さん 札幌に住んでいたときに、ローカルメディアを運営する人に会いに行ったり、発信の拡散やイベントの手伝いなどに協力したりしていて。だから自分はローカルに精通している、まちづくりに役立てると勘違いしていたんです。それで「まちのためにこうしましょう」という提案をあれこれ持ち込んだけれど、全然実現されなくて。「なんでできないんだろう」って、とても悔しかったですね。

あるとき、その不満をローカルの分野で活動する先輩たちに打ち明けたところ、目の覚めるようなアドバイスが返ってきます。
絹張さん 「まずはお前がまちの人たちに貢献しなきゃ。求められていることをまずやって『こいつが言うなら協力しよう』と思ってもらえるポジションを取りにいかないと」。そう言われて、なるほどなと。そこからスナックに飲みに行ったり、毎日まちの銭湯に入りにいくようにしました。
絹張さんが始めたのは、まちでちゃんと暮らすこと。自身も上川の町民としてまちの人と言葉を交わすうち、次第にリアルな声が耳に入ってくるようになります。
それに対し、相談に乗り始めた絹張さん。「一緒にやりませんか?」「手伝ってくれませんか?」と、そう声をかけられるまでに時間はかかりませんでした。
絹張さん リニューアルしたホテルの客室の写真撮影を頼まれたり、農家さんと子ども向けの畑の収穫体験イベントを企画運営したこともありました。とにかく一緒に酒を飲んで(笑)、話を聞いて、アイデアを出す。その蓄積でやれることが広がっていって、一緒にやってくれる人も増えていく実感があって、楽しかったですね。
そんなふうに過ごし一年ほどが経った頃、さまざまなタイミングが重なりそれまで任意団体として活動していた「EFC」を法人化することに。すると「待ってました」とばかりに、町役場から「まちの交流スペースを一緒に作りませんか?」というお誘いが舞い込みます。
こうして2021年、株式会社EFC が管理するまちの交流&コワーキングスペース「PORTO(ポルト)」が運営をスタート。その翌年、移住して4年目の秋には、ついに自身の店「KINUBARI COFFEE ROASTERS」をオープンさせました。

「人と人、地域と人をつなぎ、暮らしを共に創る」をコンセプトにスタートした「PORTO」。移住定住・暮らし・観光の相談窓口や、交流スペース、イベントの企画運営など、町内外さまざまな人が訪れる場として親しまれている。
実は、この「KINUBARI COFFEE ROASTERS」の建物は、まちの人との何気ない会話をきっかけに購入へと至ったのだそう。

美容室だった建物をリノベーションした「KINUBARI COFFEE ROASTERS」。
絹張さん 建設会社の社長とご飯を食べていたとき、2軒目のスナックに行く途中であの物件の前を通って。「ここ、めっちゃいいなと思ってて」と話したら、「持ち主と知り合いだから、紹介するわ」って。その2日後くらいには契約の話がまとまっていました。
まずはいち上川町民として暮らしを営む。絹張さんは、まちの人と関係を築いていくところから少しずつ「やれること」の範囲を広げていきました。
外から訪れる人とまちに暮らす人が交わる場、「ANSHINDO」
2024年6月、絹張さんはまちの仲間とともに新たな場、「ANSHINDO」をつくりました。1階にベーグルカフェとショップ、2階にホテル、3階にシェアオフィスが入った「泊まれる複合施設」です。

デザインは長野県諏訪市のリビルディングセンタージャパン、施工は長沼町の大工、
yomoigiya が担当。リノベーション好きであれば熱狂するに違いない、最強タッグが実現した。
もともと「安心堂」という名前の薬局だった空きビルを解体作業から自分たちで手がけ、生まれた「ANSHINDO」。そもそもの始まりは物件を購入したことでした。
「実は僕、ここがずっとほしかったんです。だって、めっちゃかわいくないですか?」と絹張さん。長い間差し押さえにあっていたため一旦は諦めたものの、まちの人から競売にかけられたことを聞き、悩んだ末、「EFC」の共同経営者だった友人に相談し、「EFC」で購入することにしたのだそう。

解体作業の様子。グランドオープンの1 年前、2023年6月に「ANSHINDO プロジェクト」を立ち上げ、町内外の人の協力を募り、解体・施工作業をプロの手を借りながら自分たちで行った。
これまでにないほどの大規模な建物を手に入れてしまった。それじゃあ、ここで何をしよう? 思い浮かんだのは、宿をつくることでした。
「ずっと“まちなか”のことをやりたかったんです」と絹張さん。大型観光地として知られる層雲峡温泉は、上川町の市街地から車で30分ほど。その距離から、人が訪れにくいという課題を抱えていた上川町のまちなか。今後インバウンド需要が高まるであろう層雲峡に対し、高齢化が進み、このままいけば店がどんどん少なくなって、面白さも減っていってしまう。そんな危機感を移住した当初から感じていたと言います。
絹張さん 「PORTO」を始めたことで、人と人のつながりが生まれたり、まちの人の「やりたい」を叶えられたりと、いい変化をたくさん実感するようになって。それで今度は市街地の面白さを外にちゃんと伝えていくことや、外から来た人とまちの人が交わる場づくりをもっとやっていきたいと思ったんです。
僕はもともとゲストハウスの運営に携わっていたし、共同経営者の友人も層雲峡で宿をやっている。そんな僕らが始めるとしたら宿だよなと。

町内外さまざまな人の交流の場としてコワーキングスペースの提供やマルシェの運営、町民主導のワークショップの開催支援などを行ってきた「PORTO」。人と地域、人と人が交わることの可能性を感じた絹張さんは、外から来る人とまちで暮らす人が交わる場として、「ANSHINDO」という新たな挑戦を始めたのでした。
絹張さん まちなかに泊まって、宿の人おすすめの店でご飯を食べたり、お土産を買ったり、スナックで飲んだり。そこで出会った人に教えてもらった場所に足を運んで、また誰かと出会う。そうやってまちの人と交わりながら、上川の普通の日常を楽しむ。僕らが「生活観光」と呼ぶ、そんな過ごし方の拠点に「ANSHINDO」がなれたらと思っています。

頭の中に広がる景色を実現するために、何が必要かを考えて動く
「EFC」の法人化に始まり、この5年間で次々と新しいことに取り組んできた絹張さん。計画があるのですか?と尋ねると、「いや、特に考えてないんです」と、困ったように笑います。意外な言葉に驚いていると「景色が頭の中にあるんですよ」と続く返答が。
絹張さん 上川で自分たちが暮らしていて「楽しそうだな」とか、「こういうふうになってたらいいんだろうな」っていうのが、景色として思い浮かぶんです。それを実現するためには何があるといいのかを考えて、ひとつずつつくっている感覚です。
思い描くのはたとえば、上川で暮らす人と外から来た人が、どっちがどっちだかわからなくなるくらい、たくさんまちの中を行き交っている景色。
それを実現するには、泊まれる場所が少ないから、宿泊施設を増やしたい。ご飯を食べたり買い物を楽しめたりするところもたくさんあったらいいだろうな。遊びや体験ができる場所もつくりたい。そんなふうに「あったらいいな」を広げていく。そこへ「上川でこういう店を開きたくて……」という人がやってきたときには、全力で応援するのだそう。
絹張さん 「そういう場所、ほしいと思ってました!よろしくお願いします!なんでもします!」って(笑)。その状態になると、自分のやりたい事業が継続しやすくなるじゃないですか。僕はコーヒー屋をやりたい。道をいろんな人が行き交う場所が作れたときに自分の商売も成り立つし、そこでやっていて楽しいと思える。そう考えているんです。

「ANSHINDO」の1階にあるベーグルカフェ「hibi」のカウンターにて。店主の淀大祐さんは、絹張さんが札幌のゲストハウスで働いていたときのお客さんだったのだそう。「『上川に来ちゃいなよ!』って言ったら、本当に来ちゃったんですよ」と絹張さん。
外からも、内からも。絹張さんを起点に、少しずつ変わってきた上川の景色
移住して5年。絹張さんの周囲で新しい場や取り組みが生まれる中で、上川町のまちなかはさまざまな変化を遂げています。
絹張さん この間のゴールデンウィーク、「KINUBARI COFFEE」 の売り上げが過去最高だったんです!
聞けば、層雲峡の宿泊数は例年に比べ少なかったのに対し、市街地にはこれまでにないほどの人が訪れたのだそう。まちなかに人が訪れる流れが少しずつできていると、絹張さんも手応えを感じています。
変化は外からに加え、内側からも起こっているよう。
絹張さん まちの人の「本当はこういうことがやりたい」という声に、「じゃあ、一緒にやりましょう」と、当たり前に協力する空気感ができあがっているんです。
「たとえば」と聞かせてくれたのは、まちなかでもうすぐオープンを迎えるネパール料理店の話。長野県から移住してきた店主の「店を開くのにいい物件はありませんか?」という相談から始まり、物件探しや移住するまでの建物の管理などをみんなで協力して行ったのだそう。
絹張さん そういう関わり方をしているから、いよいよオープンするとなると「やっとだね!」って、応援するじゃないですか。
ビジネスの関係や義務的な動機から動くのではなく、自然と協力したくなる。それは、まちや自分たちの暮らしがもっと面白くなる予感がするからだと絹張さんは言います。外から訪れる人だけでなく、暮らす人もまた、上川町での暮らしを楽しみ、「さらによくしていこう」と動く。絹張さんを起点に、そんな温かな変化が生まれているのを感じました。

絹張さんの案内で、「ANSHINDO」の隣にオープンしたばかり(取材当時)の古家具屋「積分堂」へ。店内の壁塗りや家具の搬入など、「オープンにあたり、まちの人にたくさん協力してもらいました」と店主のタサキアツヤさんが教えてくれた。
自分の未来は自分で切り拓く。それがやがて大きなエネルギーとなって
絹張さん 楽しいことは多いほうがいい人生になると思うんですよ。だから、楽しく暮らし続けるためにどうしたらいいんだろうって、ずっと考えていて。
絹張さんの求める生き方。それは、辿り着いたこのまちで、楽しく暮らしていくこと。そこへ向かって「どうすればいいのか」を考え、歩みを進めてきた絹張さん。「楽しそう」「面白い」をとことん追い求める姿勢は、人と人のつながりをつくり、まちに賑わいを呼び込みました。
絹張さん 僕、グリーンズの前のコピーの「ほしい未来は自分でつくる」っていう言葉が好きで。ローカルではそれが実感を持ってできるんです。
ローカル開業において大切なのは、心のうちにある「こうありたい」という揺るぎない軸を見つけ、そこへ向かって道を自分で切り拓こうとする気概。それがやがて周囲を巻き込むほどの大きなエネルギーとなり、地域の景色を彩っていくことを、絹張さんに教えてもらいました。
(撮影:畠田大詩)
(編集:古瀬絵里)
– INFORMATION –
「ローカル開業カレッジ第2期」の申し込みは2025年7月31日23:59まで。あなたのご参加を、心からお待ちしています。