「あ、あそこにルリカケスがいますよ」
瑠璃色と呼ばれる濃い青と、鮮やかな赤い羽。鹿児島県の奄美大島に生息する美しい鳥で、国の天然記念物に指定されています。
そんなルリカケスが訪れるほど豊かな自然に囲まれているのは、奄美大島・龍郷町(たつごうちょう)にある就労支援施設あまみん。毎日20名前後の方が通い、農作業や食品加工の仕事を通して、心身の健やかさを取り戻す、農福連携の場です。
しかしお話しを伺い始めると、幅広い取り組みと大きなビジョンに、農福連携という一語では収まりきらないような勢いを感じました。個々人の幸せを願う姿勢が、地域の活性化にも波及するのかも。そんな予感を感じて、あまみんを運営する株式会社リーフエッヂの代表であり施設管理者である、田中基次(たなか・もとつぐ)さんのお話を聞きました。
いろんな人がいるから、いろんな仕事をつくる
2016年に開所した「あまみん」。1000坪という広々とした敷地には、利用者の皆さんが作業する施設だけでなく、食品加工場をはじめとする3つの建物と農地など、いろいろなことがここで完結するようにできています。お庭で自由に過ごすニワトリたちも気持ちよさそう。
田中さん 私たちがつくっているのは、ジェラートと、ハーブティーが中心です。ジェラートの原材料は主に、近所の農家さんのお手伝いをして、農作業の対価としていただく果実を活用しています。
ハーブはほとんど自分たちで育てていて、月桃やバタフライピー、ローゼル、ホーリーバジルなど、たくさんの種類をつくっています。リゾート感のあるハーブティーはおいしくて色もきれいなので、奄美のお土産としても喜ばれます。最近は、蒸留器も導入したので、ハーブはもちろん、摘果たんかんなど、これまで廃棄するしかなかった未利用資源も有効活用できるようになりました。
「あまみん」は就労継続支援B型の事業所で、障害者総合支援法に基づいて運営されている施設です。心身に困難を抱えていたり、身体障害者手帳を持っている方など、診断によって障害福祉サービスの受給を認められた人、あるいは、不調により休職中の方が復職(リワーク)を目的にして通っています。
田中さん 利用者さんは本当にいろんな方がいます。太陽の下で体を動かすような屋外作業をしたい人もいれば、空調のある屋内で静かに行う作業を好む人もいます。また、見知らぬ人と会うことを避けたい人もいれば、少しずつでも慣れていきたい人もいるので、ジェラートもオンラインで販売するだけでなく、実店舗として「ジェラテリア Tropica Amami」をつくりました。奄美は、沖縄に比べるとまだジェラートやアイスのお店が少ないので、差別化すればお客さんは来てくれるはず、と考えたんです。
お金の代わりに果物をもらう理由
ひとことで農福連携といっても、福祉施設ごとに、仕事もはたらき方もさまざまです。自社管理の農地ではたらく施設もあれば、毎日農家さんのところに行って農作業を行う施設、農作物は仕入れて加工だけを行うなどの場合もあり、「あまみん」ではそのすべてを実践しています。
田中さん 今のかたちを初めから決めていたわけではないんです。なんとなく畑を借りて自社栽培することは考えていましたが、ここをつくった時に、お隣のマンゴー農家さんが家族経営だと知って、人手が必要そうだと感じたことがありました。
マンゴー栽培は、収穫は年に一度ですが、一年中手が掛かるものなんです。樹形を整える手入れとか、ハウスの開け閉めとか、とにかく作業がたくさんある。ご家族だけでは大変だろうと思って、「手伝います」と申し出たのが始まりです。今は他にも、たんかんという柑橘やドラゴンフルーツの農家さんなどにもお手伝いに行っていて、いずれも対価は果実をいただいています。
奄美は台風の影響を受けやすいところで、2021年にはフェリーの運行が一週間以上も止まってしまい、ちょうど出荷時期だったマンゴーを島外に出せない、ということが起こりました。青果は出荷のタイミングが大事なのに、どうしようもない理由で市場価格が下がってしまうのは気の毒だし、つらいものです。その時は、他のマンゴー農家さんの分も含めて、できるだけ買い取らせてもらってジェラートにしました。
うちのジェラートがおいしい理由のひとつは、地域の農家さんが一生懸命育てたものをふんだんに使っているからです。香料など余計な添加物を使わず、50%以上が果汁なので、フルーツそのものみたいな味がするんですよ。
田中さん カップ入りのジェラートは、ネット販売やふるさと納税の返礼品になっていますが、島内のお土産物屋さんや飲食店でも販売してもらっています。アイス専用の冷凍ケースもこちらで用意して、置いてもらえる場所を営業して回りました。最初は冷凍ケース満タンにカップジェラートを入れて納品して、「売れたら次回から発注してもらえばいい」としたんです。それなら先方には初期費用が掛からないですから。
農作業の対価として、金銭ではなく農作物を提供してもらうことで、ニーズを叶え合う関係性ができる。人によって障害の状況は異なるので、いろんな人を受け入れられるようにさまざまな仕事を用意する。田中さん自身はごく自然にしていることのようでしたが、こうした細やかな配慮の一つひとつが、信頼関係の構築を後押ししているように感じました。
勢いのある事業拡大は、人間関係の良さによって成せるものなのか、あるいは、田中さんの経営手腕なのか。福祉施設の運営についてもうかがいました。
「自分への関心」を取り戻す。お金の循環をつくりたい
田中さん 就労支援施設には、A型とB型の2種類があります。A型は、サポートを得られれば、はたらくこと自体に支障がない方が通う福祉サービスで、雇用契約に基づいて仕事をします。
一方でB型は、一般企業などではたらくことが難しい状況にある方が、少しでも就労の機会を得たり、自分の能力向上のために、生産活動を行う場所です。ステップアップの場でもあるので、週2〜3日だけとか、1日に数時間からはたらくことができ、より困難な状態にある方も通うことができるんです。
B型の福祉施設で何を事業にするのか、特に制限はないんですが、重要なことは、利用者さんへお支払いする「工賃」の出所です。というのも福祉施設には、利用者の人数に応じた訓練等給付費が国から支給されて、それを収益にして運営できるんですが、工賃はそこから払ってはいけないことになっています。施設の目的は、利用者さんたちの就労支援なので、就労につながる事業をつくる必要があるからです。うちで言えばジェラートやハーブティーのように、なんらかの事業収益をつくり、工賃はそこから支払うことが決められています。
田中さん 利用者さんの希望や体調を最優先するのはもちろんですが、将来的に自活できるよう、事業収益を増やして、できるだけ彼らにお支払いしたいと思っています。
そこで、利用者さんの仕事にもリーダーやサブリーダーといった役職をつくり、本人が望めば基本給にプラスされる仕組みをつくりました。どの仕事で何ができれば役職が上がるのか。条件もすべて開示しており、役職が上がる時はまず「自己管理」ができるようになることを目標としています。
これは精神疾患がある方の特徴と言えるかもしれませんが、多くの方は、自分自身への関心を失ってしまうんですね。なので、自分自身に関心をもち、自分の病気や体調を理解したり、どうしたら体調を崩さずに出勤できるかを考えられるようになること。就労支援のプロセスにおいて、個人の自己管理はとても大事だと思っています。
役職をきっかけにやりがいをもって、朝ここに来るために夜は早く寝るとか、ここで仕事をして適度な疲れを覚えれば自然とよく寝れる、といった良いサイクルを得るきっかけにしてほしいと考えています。
田中さん なかには、短期間に何度も福祉施設を替えてしまうような方もいるんですが、できれば一定期間ひとつの施設に通う方がご本人のためになります。そのためにも、仕事をすること自体にやりがいと楽しさを持ち、生活リズムを取り戻したり、生活保護から抜けて自信を持ってほしい。
うちでは今、一般的な福祉施設よりも3〜4倍高い基本給に設定しているので、役職手当を得て、障害者年金と合わせたら、島でなら自活を目指せるんです。なかには利用者さんとして来ていた人が、うちの従業員になってくれることもあって、それも嬉しいことです。
問題意識は地域の未来。ほどよくみんなが幸せになる産業をつくる
田中さんの仕事は、自社事業の拡大に限らず、学生インターンを受け入れたり、政治家の視察先になったり、地域の生産者や団体の活動に伴走してサポートするなど、奄美におけるさまざまなことに関わっています。なぜ、そんなに地域や周囲に尽くせるのか。田中さんの中にある問題意識についてうかがいました。
田中さん 私自身は、みんなにとってはたらきやすい、暮らしやすい、といった環境をつくることに面白さを感じています。自分の会社もそうですし、地域づくりでも同じ感覚で、仕組みをつくることはすごくやりがいがあり、自分をいかせることだと思っています。
自分だけに富が集まっても仕方ないとも思っていて、それより会社や地域に反映した方が良い。次につながっていきますから。例えば、うちのスタッフには子育て中の方も多いんですが、数年後、少し子育てが落ち着いたらもっと仕事したいかもしれない。その時のために、自分も今から5〜6年先を見て仕組みをつくるように考えています。
田中さん 奄美大島は、沖縄と大阪に並んで、生活保護の受給者が多いところです。また産業構造を調べると、医療・介護・福祉が飛び抜けて多く、その次は公務員。観光業やトロピカルフルーツの農業がさかんなイメージですが、公費を使った産業が上位ということは、自ら稼ぐ力が弱ってしまっている状態だと言えます。
これから人口が減ることはある程度わかっていることなので、規模はほどほどであっても、少しずつ成長しながら、みんなが暮らしていけるような産業を育てる必要があります。おそらく農業は、それが可能な分野の一つだと思うんです。そういう仕組みを、小さくも確実に増やしていきたいですね。
お話をうかがっていたら、「8年前に、ある出来事があった」と思い出した田中さん。それは、大学進学から沖縄在住だった田中さんが、奄美大島に引越して1年が経ち、「あまみん」を始める目処を立てたタイミングのことでした。
田中さん 2016年に突然、この静かな龍郷町の海に、巨大クルーズ船が寄港するための大きな桟橋を建造する話が出たんです。奄美のなかでも龍郷町は人口6,000人の町です。こちらのキャパシティを超えている規模の工事で、そんなことしたら住民の生活環境も、海の生物多様性も壊されてしまう。有志で署名運動を行い、なんとか行政の理解を得て、計画を退けることができました。
その時クルーズ船の企業は、行政に対して「66億円の工事と雇用を生む計画」だとうたっていたんです。だったら、その何分の一かでも、自分が始める福祉事業で奄美のためになることをしよう、島の中に雇用をつくり、観光にもつながる仕事をしていこう、と決めました。
あれから8年が経って、うちの年間売上は1億円に成長しました。これからも、今の事業を拡大しつつ、農地も広げたいと考えています。ゆっくり来てもらえるように、農泊事業も始める予定で、やっと見つけた土地もだいぶ整備が進みました。しばらく人の手が入ってなかった場所なので、少しずつ整えるのは大変な作業でしたが、すでに一部でハーブを育て始めています。
小規模事業者でもこのくらいはできると示せれば、他にも同規模の事業者が育ちやすくなり、そうしたらもう余計な開発や環境破壊もすることなく、ほど良く豊かに暮らせる島になる。今もそう思っています。そのためには、障害を持っている人も、一緒に地域を豊かにする大事な人材です。
将来は「奄美大島でハーブといえば、あまみん」と言われるくらいに成長したいですね。
(撮影:CHARFILM)