猛暑の夏。
連日のように、熱中症の注意喚起が流れてくるのを横目に、コンクリートやアスファルトに覆われた都市に住んでいると、一歩家から外に出ただけで、全身を圧迫されるような熱気に包まれます。
一方で、先日私が数日を過ごした長野の山中は、日中でもクーラーがまったくいらず、びっくりするほど快適な気温。標高が高いゆえに気温が下がっているというのはもちろん、森の木々が茂る山の中は、強い日差しも和らぎ、街には戻りたくないと思うほど、心地よい空間でした。
日本は、そんな山々に恵まれた土地であり、国土の70%以上が山地とされています。ですが、近年はそういった山の資源を使う機会が減り、忘れられていく山がどんどん増えています。逆に間伐遅れを取り戻そうと、人工林が皆伐された山は、土砂崩れなどの災害を引き起こしてしまうといったことも起こっています。
そのような現状に課題意識を持ち、伐採から製材、加工、植林・育林までを一貫して担いながら、木を余すことなく使い、山を守り育てている「KURIMOKU」という会社があると聞き、宮城県栗原市に足を運びました。
山から命をいただいて、住まいをつくる
山に手を入れて守っていくところから、伐り出した木を余すことなく使い、ユーザーに届けるところまでを一貫して担っているKURIMOKU。それだけではなく、山に触れ、身の回りにある木材がどこから来ているのかを知ってほしいという想いから、KURIMOKUの木材を使って住まいを建てる施主自らが、家の材となる木を伐採するツアーも行っています。
今回は、これから住宅をリノベーションする相原洋一さん・里紗さん一家が伐採に向かうということで、宮城に到着してすぐ、まずはツアーへ同行。相原さん一家、KURIMOKUのスタッフ、長野県上田市に本社を持ち、住宅設計・施工を担当しているアトリエデフの設計士など、相原さん宅のリノベーションに携わるみんなで腹ごしらえのお昼ご飯を済ませ、早速KURIMOKUの管理する山へと向かいました。
装備を整えて山の中へ入っていくと見えてくるのが、まっすぐに空へ向かって立ち並ぶスギの木々。幹に巻かれている赤いテープが、大黒柱に向いている太さや形、長さを備えている目印です。この中から、どのスギを家の柱として迎えるのかを施主自らが選んでいきます。
立木をかきわけて山に入り、「う〜ん、これかな?」と言いながら、全身で木に触れて選ぶ子どもたち。大黒柱に使うのは、おおよそ6m程度の木材。今回は、高さ25mほどの木を伐り出します。
森から伐り出された丸太は、柱や梁といった建材だけでなく、テーブルやカウンター、椅子などの家具にも使われ、さらに残った端材は、紙の原材料やチップになり、バイオマスエネルギーとして活用されたり、製材する際の木屑などもペレットに加工され、余すことなく活かされています。
家族全員で相談しながら、大黒柱として家を守ってくれるスギの木を選んだ相原さん一家。伐採する前には、塩と酒をまいて、何十年と森を育んできた山と、これから命をいただくスギの木に感謝を示しながら、作業の安全を祈願します。
山とスギの木への挨拶が済んだら、チェーンソーの扱い方のレクチャーを経て、いよいよ伐採開始。施主の相原さん夫妻が交代で、チェーンソーの刃を幹に入れていきながら、受け口や追い口と呼ばれる切り込みをつくり、伐倒する方向を定めていきます。
チェーンソーは取り扱いに注意が必要なため、KURIMOKUのスタッフと一緒に、少し離れたところから両親の様子を見守る子どもたち。少し前まで、森の中ではしゃぎまわっていた子どもたちも、この瞬間はぴたりと止まって、伐られていくスギの木を真剣なまなざしで見つめていました。
そして、チェーンソーで切り込みを入れた後は、子どもたちも一緒に、木を倒すためのクサビを打ち込む工程も。家族全員で力を合わせて、スギの木を伐り倒していきました。
スギの木木が倒れていくメキメキメキッという命の音が響く森。光がキラキラと差す中で、私たちの命よりもずっと長くこの山で育まれてきた木が、振動とともに地面へと伏していく姿は、胸に迫るものがありました。そうして伐り倒されたスギの断面に触れてみると、指先が冷たくなるくらい水で濡れてぐっしょり。ほんの数分前まで、水を吸って生きていたのだということを実感させられました。
倒される木木を一緒に見つめながら、「この木が家を守ってくれるんだよ」とKURIMOKUのスタッフに教えてもらっていた子どもたち。伐倒されたばかりの切り株の年輪を数えて、家に迎えるスギの木が何歳なのかを考えたりする場面もありました
この日伐り出されたスギの木は製材所に運ばれ、施主も立ち合いのもと、木材へとカットされます。その後、数ヶ月かけて乾燥させ、新しい住まいを支える大黒柱となるのです。「この柱に、身長を書き込んだらいいよ」と話す子どもたちとKURIMOKUスタッフの会話からは、このスギが、これから何十年と住まいを支え、家族と暮らしをともにする存在になっていく光景が、頭に浮かびました。
食卓をともにしながら、暮らしや山への想いを語り合う
家に住まう人と、その家の基盤となる木材が育まれる山との接点をつくる伐採ツアー。山での伐採作業のあとは、KURIMOKUのスタッフや、木こりさん、家づくりを担うアトリエデフのスタッフ、施主の相原さん一家のみんなで集まり、食卓を囲みながら、山や仕事、住まいへのそれぞれの想いを語り合います。
現在の住まいも、KURIMOKUの木材が使われているという相原さん。食卓での話題は、気温によって伸縮する木の家に住むと、時期によって床の溝にゴミが詰まってしまうので、メディテーションの一環のように、木が縮む時期に集中して床掃除をするといった相原さんの笑い話や、KURIMOKUの木こりさんやスタッフが、なぜ林業に携わっているのか? といった話など、多岐に渡りました。
木下さん 小さい頃から、おじいちゃんやおばあちゃんに山に連れて行ってもらっていました。だから山が好きで。山で働いている人たちを見たりして、かっこいいなと思い始めて、山で働く職種に就きたいと思い、木こりとして就職したんです。
前田河(まえだこ)さん もともとは、施工管理として家をたくさん建てる仕事をしていました。海外から輸入された木材をたくさん使って、機械で一律に管理するプレカットで大量に建てて…。でも、もともと山が好きだったので、3〜4年前に、KURIMOKUに転職しました。
ビジネスとして成り立たせる難しさも相まって、若手の就業もめずらしくなっている林業の世界。そのなかでもKURIMOKUには、「山が好き」「山に関わりたい」という想いで、20〜30代の若い世代も集まってきています。その若手を育て、ときに社長とも対等に議論しあいながらKURIMOKUを支えているのが、木こりの大場さんです。
大場さん 最近は、高性能の林業機械も出てっけど、日本はロープを使って登るような険しい山も多いから、大型の機械は入れない場所ばっかなんですよ。やっぱり、チェーンソーを扱う腕を上げていくしかないんです。
安全に、かつ木を傷つけないようにちゃんと倒そうとか、山の手入れをしていこうとか、そういう想いを持ちながら山に入っています。
と話す大場さん。その言葉を証明するように、「KURIMOKUが伐った山は綺麗」と地域の人の評判も良く、KURIMOKUに山を預けたいという人も多いといいます。
いただいた命を、余すところなく循環させる
分業化が一般的な林業において、KURIMOKUでは、植林・育林・伐採から、木材の製材・乾燥・加工、そしてユーザーの手に届くまでを自社で一貫して行っていますが、その工程で出る端材や木屑、建築材にはできない丸太なども、すべて余すところなく使い、山の資源の循環を目指しているのも大きな特徴です。
特に、2023年から本格的に全稼働がはじまった新工場では、製材時に出る端材や木屑を燃料として活用するだけでなく、木工品やペレットとして加工するための設備を備えたり、自家発電装置を備えたりなど、完全オフグリッドによる資源のさらなる循環にも力を入れています。また、木材を加工する機械には、木屑を回収してペレット工場へ送るダクトもそれぞれ備えられ、各工程で出る木の粉までを徹底的に使い切る仕組みになっています。
さらに最近KURIMOKUでは、ペレットを燃やしたあとの灰の活用や、年間何トンという単位でつくられるペレットの販売を伸ばす方法なども考えているそうで、伐採ツアー後の食卓では、企画会議かと思うほどに熱のこもった議論も起こっていました。
千葉さん KURIMOKUのペレットは、添加物を使わずに、純粋なスギ材からつくられています。なので、燃焼した際に、クリンカといった塊ができてしまいやすいという特性があります。製材・加工の段階で、こうしたペレットが大量につくられるため、ホームセンターでの販売なども伸ばしていきたいのですが、お客さんの理解を得るのが課題で…。
塊になりづらいように、混ぜものを含んだ一般販売用をつくるべきか悩ましいです。
と話すKURIMOKU営業担当の千葉さん。それに対し、自宅で10年以上ペレットストーブを愛用しているという相原さんや、アトリエデフの設計士さんが反論します。
新井さん(設計士さん) 利便性やウケを気にして、自分たちの理念に反するような添加物を混ぜ込む必要はないと思います。万人がいいと思うようなものなどつくれない以上、クリンカができるというクレームがあったとしても、丁寧に理念を説明することに注力するほうがいいのではないでしょうか?
ペレットを梱包する紙袋などに、お客さんの理解を得られるような商品の説明を書いておくといった配慮も必要だと思います。
相原さん クリンカができると、タイマーでストーブを自動点火できないのですが、クリンカができる方が掃除が楽なので、私はむしろそちらの方が好きです! それに我が家にとっては、誰がどんな想いでつくってくれているかの方が大事ですし、畑にもまけるように、混ぜものがないペレットの方がありがたいんです。
施主の相原さん、KURIMOKUのスタッフ、木こりさん、設計士。それぞれが、暮らしや仕事、山に対して大切にしている想いを持っているからこそ、そこかしこで、ときに熱く、ときに和やかに、食卓を囲んでにぎやかな会話が続いていきました。
「生きている木」で、住まいをつくる
「自分たちが伐採した木が、誰に届くかわかるようにしたい」という創業者の想いを受け、木材がユーザーに届くまでの全工程を一貫して担うようになったというKURIMOKU。とはいえ、当時は外材や防腐剤をどんどん使って、効率よく、より安価に木材を流通させる時代であり、KURIMOKUも例外ではありませんでした。
その当時の状況に変化をもたらしたのは、自然素材でつくる注文住宅を請け負う、アトリエデフ代表の大井さんとの出会いだったと、KURIMOKUの代表菅原さんはいいます。
菅原さん 大井社長と出会ったときに、「国産のいい材があるのに、 なんでわざわざ海外産の外材で、なおかつ防腐剤を使った健康によくないものを使って家を建てなくちゃいけないんだ」という話をされたんです。
その考え方が目から鱗で、このときの大井社長との出会いがなければ、私たちも、外材でもなんでもありの事業者として、今頃価格競争に負けていたかもしれません。
現在の製材で一般的なのは、100℃以上の高温乾燥と防腐剤による処理です。この製材方法であれば、1週間ほどの短期間で乾燥を終えられ、歪みも少なく、表面に割れのない木材をつくることができます。また、高温乾燥は木の細胞を破壊し、どれも一律に同じ状態にするため、コンピューターで制御して製材することが可能になります。このため、高温乾燥や防腐剤は効率的だと考えられているのです。
ですが、効率性や均一性と引き換えに、高温乾燥は細胞を破壊して木を殺してしまう上に、内部割れを生じさせるため、木材としての強度を弱めてしまいます。そのためKURIMOKUでは、燻煙と天日を用いた製材を採用しています。
燻煙処理では、40〜60℃程度の低温で、木材の表面の割れから水分を排出させることで、木材の芯を傷つけず、木の細胞も生かしたままにすることができます。そのため、木が呼吸して少しずつ乾燥する過程で、年月をかけて建物としての強度を増していくことができるのです。
大井さん 家というのは、地震のような災害がなくても力がかかるものです。高温乾燥材のように芯が割れている木材は、さらに力がかかった時にポキッと折れる可能性がある。
我々プロからすると、もちろん見た目がいいのはいいけれど、何かあった時に、人の命を守る家が割れてしまうような、みなさんの命に危険が及ぶものでは困るわけです。
木材に急激な負荷をかけず、防腐剤などの役割も果たす燻煙処理は、環境や人へのメリットも大きいように感じますが、一方で、木を生きたまま保つがゆえの扱いの難しさもあります。
たとえば、燻煙処理した木材は天然乾燥後に、表面をきれいに削る仕上を行ってから出荷するため、必要とされる木材の大きさよりも多く余白を取る必要があり、端材にせざるを得ない部分が増えてしまったり、出荷する前に寸法の修正をするなどといった手間もかかってしまいます。
また、燻煙と天日干しでの乾燥は、木が一つひとつ違う性質を保っているため、必要な手の入れ方もそれぞれ異なります。人間が生育環境によって受ける影響が一人ひとり違うように、木材も育った環境によってすべて性格が異なるため、それを無駄なく製材するためには、木を観察できる職人の腕が必要とされるのです。
それでも、山を守り育てていくために
技術的な難しさはもちろん、燻煙と天日での乾燥は、最低でも3ヶ月、長いと1年ほどの時間がかかることもあり、高温乾燥材と比べ、会社で多くの在庫を抱えなければならないという経営上のリスクも高まります。
燻煙自体は、奈良時代から伝わる製材方法ですが、現代にかけて廃れてしまった背景には、そうしたリスクなどにも押され、安価で扱いやすい輸入材がどんどん一般的になっていったという時代の流れもありました。そのため現代では、日本の山にあまりお金が戻らなくなり、木を伐る人も手入れする人も減って、山を守れなくなりつつあります。
そのなかで、これからも山を守り育てていくためには、KURIMOKUの想いや取り組みを理解し、木材を使ってくれる相原さんのような存在がとても貴重だと、菅原さんはいいます。そこで、さらに多くの人にKURIMOKUの取り組みを理解してもらえるよう、最近は、より客観的にも納得できる強度や含水率などの数値を示せる木材をつくろうと取り組んでいるところだそうです。
菅原さん 木が生きているからこそ、湿度の関係で、地域によって材の特徴の出方が違ってしまうこともあります。だからこそ、防腐剤など薬剤を使わない低温乾燥材の良さを客観的なデータでも説明できるように試行しています。
また、今のように木の細胞を壊さない状態で、歪みの少ない木材をつくっていくことも、今後の課題だと考えています。
製材過程を説明してくれたKURIMOKU営業の千葉さんは、現代で一般的になっている林業の分業は効率がいい一方で、分業化されていることで、自分の仕事の先に責任を持たなくてもよくなり、山を俯瞰して捉えることができなくなっているといいます。
千葉さん KURIMOKUは、木材を扱うすべての工程を一貫して担い、木材となる木を伐り出すために山を丸々ひとつ買うという事業形態をとっています。そのため、伐採の過程で材としては使えない木もたくさん出てしまい、効率的とはいえません。
でも僕らは、伐採したあとに植林して、時間をかけて山を育てていくためにも、今のかたちをとっています。すべてが見えているからこそ、責任を持って植えなきゃと思うんです。
KURIMOKUでは、自社で山を管理するだけでなく、アトリエデフと共同で山を整備していく取り組みなども行っていますが、伐ったあとの植林や育林といった木を育てていく過程には、また労力がかかるのだといいます。
大井さん 人間の子どもだって、生まれてから親がお世話をするから育つわけで、木も同じ。植林しても、草刈りをしないと日が当たらなくなって、枯れてしまうわけです。
しかも、下草を綺麗にすればするほど、蔦なども伸びやすくなってしまうため、木に巻きついて窒息させてしまったり、木材としては使えない二股の木などが育つ原因となったりもします。だから、定期的に手を入れないといけないんです。
手がかかりますが、土砂災害などを見てもわかるように、山が育たなければ、その山だけでなく、人間も動物も植物も、生きる場所がなくなってしまう。そうやって木を植え育て、山を守るということは、私たちの命を守るということでもあるんです。
千葉さん やっぱりこれだけ緑がいっぱいの土地なので、ちゃんと循環させないと、と思います。
自分が子どもの頃は、山は今よりもっと手入れがされていましたが、それがこの20〜30年で、荒れたままの場所へと変わってしまった。私たちの子どもたちが大きくなったとき、今のような山はあるのか。もう50年も経ったら、本当にまずいのではないかと思います。
昔は気軽に山に入っていましたが、今は親が山に行っちゃダメと子どもたちを止めてしまったりします。その結果、山は怖くて危険な場所という意識がつくられ、どこが自分たちの山かもわからなくなってしまい、手入れする以前の問題に陥っています。僕たちは、そういった意識から変えていかなくてはいけないと思っています。
KURIMOKUの木材からつくられた家に住んでいると、ときどき響く「ピシッ」という音とともに、少しずつ乾燥し、変化していく木の様子が伝わってくるところが、生きものと一緒に住んでいるようだという経験談も印象的だった今回。
相原さんは、伐採ツアー後、念願の場所に来られたと、その想いを菅原さんに語っていました。
相原さん 10年間、私たちが住んでいる家を守ってくれた山に来られたから、すごく嬉しかったです!
周りの友人も何人か栗駒に来たことがあって、いいなとずっとうらやましく思っていて。リノベーションに着手するときの初めのヒアリングシートに、伐採ツアーに参加しますか? という項目があって、「リノベですけど、行けるんですか!? 行きます、行きます!」って、二つ返事で参加を決めました(笑)
自分たちで選んで伐り倒し、命をいただく。KURIMOKUが紡いだ経験は、子どもたちにとってどんな思い出となっていくのでしょうか。自らの手で命をいただいた木が、これからの暮らしのなかに溶け込んでいったとき、大人になった子どもたちは何を思うのでしょうか。
「長く住んでもらうためにも、家に愛着を持ってもらいたいんです。自分たちが伐り出した木でつくられた家であれば、簡単に手放そうとは思わないのではないか」と話していたKURIMOKUの千葉さんの言葉が現す未来が、思い浮かぶような気がしました。
(撮影:佐竹歩美)
(編集:増村江利子)