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なんだかみんなが楽しそう。北海道下川町の交流会「タノシモカフェ」にみる、移住者、移住検討者、町民、下川ファンごちゃまぜからの関係性づくり

[sponsored by 一般財団法人しもかわ地域振興機構(しもかわ財団)]

北海道の道北にある人口約3,000人のまち、下川町。greenz.jp読者には、バイオマスエネルギー利用の先進地として知っている人が多いかもしれません。

実は下川町は、移住者が非常に多いことでも注目されているまちです。人口減少などの地域課題解決を担う中間支援組織「一般財団法人しもかわ地域振興機構」のプロジェクトリーダー/移住定住コーディネーターの立花祐美子(たちばな・ゆみこ)さんによれば、立花さんがコーディネーターとなった2016年以降、直接誘致した移住者だけでも200人近く。それ以前の移住者、結婚や仕事で転居してきた人、行政を通さずに独自に移住してきた人などを含めると、その数は少なくとも人口の1~2割程度ではないかと言われています。さらに特徴的なのは、定着率が非常に高いこと。移住者の多くが転出することなく長く定住しています。

冬は-30℃近くまで気温が下がり、アクセスも決していいとは言えない下川町に、なぜこれほど多くの人が移住し、定着率まで高いのでしょうか。その理由のひとつが、7年間欠かさず毎月開催している町民交流会「タノシモカフェ」にあります。

タノシモカフェは月1回、第1週か第2週の金曜、もしくは土曜日で、町内の他のイベントとかぶらない夜に「まちおこしセンターコモレビ」のエントランスホールで開催されています。下川町に興味があり、下川町が好きな人(下川ファン)ならば、町内外問わず参加OK。一品持ち寄り形式で、毎回30~50人ほどが参加するのだそう。

これだけ聞くと、よくある交流会だと思うかもしれませんね。しかし、立花さんのちょっとした工夫と下川町民のオープンな気質が相まって、現在「下川町といえばタノシモカフェ」と言われるほど、メディアや周辺自治体が注目する移住促進の取り組みになりました。いったいタノシモカフェの何が“スゴイ”のか。2024年5月10日に開催されたタノシモカフェに参加し、その面白さの秘密を探ってきました。

ちょっとした工夫で交流を深める

この日のタノシモカフェは、1年に1度の特別企画、バーベキュー大会の日。夕刻、常連だという数名がセッティングの手伝いに来ていました。「今日は中庭に椅子を並べたり、炭を熾さないといけなかったので、事前にお手伝いをお願いしました」と立花さん。他の職員や、この日に合わせて来ていた移住検討者の方も準備を手伝います。

日が暮れ始めた頃、少しずつ人が集まってきました。事前申し込みは不要なため、当日フタを開けるまで、誰が来るのか、どのぐらい人が集まるのかはわかりません。5月の下川町はまだ寒さが残っています。野外でバーベキューということで敬遠されたのか、いつもよりは人数は少なめとのこと。とはいえ、最終的には30人を超えました。

乾杯の掛け声は「タノシモ!」。このあとも続々と人がやってきました

そして、時間になるとおもむろに飲み物をカップに注ぎ、タノシモカフェのスタートです。自己紹介などの堅苦しい時間は一切なし。なんとなく空いている席に座り、いつのまにか周囲の人たちとのおしゃべりが始まります。バーベキューの台ごとに3つほどの輪ができました。

食べ物は持ち寄り。この日は焼きたいものを持ち寄り。食器やコップ、箸は一応用意するものの、マイ皿・マイ箸持参を推奨している

1時間ほど経った頃、立花さんから突然「席替えでーす!」と掛け声がかかります。実はこれだけが、タノシモカフェの唯一といっていいルール。最初はどうしても知っている人や近い世代で集まりがちですが、それだと新しい出会いが生まれないだろうと、必ず席替えをするのです。簡単な仕組みなのですが、これによって、どんな人でも自然と交流の幅を広げていけるのだそう。

来た人は、ビニールテープに呼んでほしい名前やあだ名を書いて洋服に貼ります。世代もさまざま

お酒も持ち寄り

地元民、移住者、移住検討者、それぞれの思い

大場将さん

それでは、いったいどんな人が参加しているのか。参考までに、何名かご紹介しましょう。まずは地元の方から。

大場将さんは、お隣の名寄市から6年ほど前に奥さまの地元である下川町にやってきました。タノシモカフェの常連で、バーベキューの準備も手伝いにきていたひとり。移住検討者に積極的に声を掛け、二次会にも誘うなど、立花さんも頼りにしているメンバーです。

大場さん 下川の何がいいのかって聞かれるとよくわからないんだけど、タノシモカフェがあるおかげで、いろいろな人と知り合えるというのは間違いなくあります。参加するようになってから、明らかに友だちや知り合いが増えました。これがなかったら、職場と家の往復で、友だちなんてほとんどいなかったと思う。特に移住してきた人たちと交流できるのがいいですね。きっかけがないと、移住者とはなかなか知り合えないですからね。

伊藤成人さん

下川生まれ下川育ちの伊藤成人さんは、約1年半前からタノシモカフェに参加しています。生粋の地元民だからこそ、移住者とつながり、何か力になれないかと考えています。

伊藤さん タノシモカフェに来るようになって、やっぱり友だちが増えましたね。下川は移住者がどんどん増えていますが、その中にはまちの中心的な存在になって頑張ってくれる人たちが結構います。僕も地元出身として頑張るつもりですが、みんながこんなにまちのことを考えてくれているのかとびっくりすることがあります。

だから、ここで話を聞いているうちに、応援したいし協力したいって思うようになりました。せっかくタノシモカフェみたいな交流の場もあるので、たくさんの人にまちに馴染んでもらいたいし、長く住んでもらえたらなって思っています。

下川産小麦粉を使った蕎麦屋+パン屋「やまと屋」を経営する渋谷留以子さんは、数ヶ月前に友人に誘われて参加したところ、とても楽しくて、それ以来参加するようになったとのこと。なぜ蕎麦屋とパン屋を両方やっているんですかと尋ねると「ふたつやったら2倍儲かると思ったから」というシンプルな答えが(笑)

町民の憩いの場、スナック「コンパ」の嘉門由紀さん。渋谷さんに誘われて最近初めて参加した。「こう見えても人見知りだからひとりでは来れなかったんです。でも来てみたらいろいろな移住者の方と知り合いになれて、すごく楽しかった。ここで知り合った人が店に飲みにきてくれたりもするんですよ」

続いては、移住者です。2023年11月に山梨県から移住してきた小俣雪菜さん。移住相談会に参加した際、たまたま立花さんと話をして、2023年9月に初訪問。その際、ほとんど知り合いはいないまま、タノシモカフェに参加したのだそう。

小俣さん そのとき、そこにいた大人たちがものすごく楽しそうだったんですよね。それで「このまち、ちょっと面白いかも」と思い、すぐに移住を決めました。下川の人は移住者に慣れていて、壁が全然ないのもよかったです。

小俣雪菜さん(左)。実は小俣さんの地元は、筆者が暮らすまちの隣町だということが判明し、小俣さんが実家に帰省した際に再会しました。タノシモカフェがつなげてくれたご縁です。右は初参加の大槻柊さん。実家が長野県で酪農を営んでおり、酪農修行のため、春から下川町の牧場に就職。「タノシモカフェのことは前から知っていて、行ってみたいと思っていました。こっちにも友だちがほしいなと思って(笑)」

そしてこの日は、移住検討中の好本和弘さんが神奈川県から参加していました。下川町は2度目の訪問で、タノシモカフェは初参加。あっという間に場に馴染み、側から見たらすでに移住しているかのようです。

移住前ということで「記事に名前や写真が載っても大丈夫ですか」と確認すると「時期はまだ未定ですが、ほぼ心は決まっているので問題ないです!」と即答です。小俣さんといい好本さんといい、訪れた人を魅了し、移住を即決させてしまう何かが下川町にはあるようです。

現在は神奈川県在住の好本和弘さん。移住を考え始め、なんとなく「北海道 林業」で検索したところ、たまたま最初にヒットしたのが下川町だったとのこと。人生、どこで縁がつながるかわかりません

あっという間に2時間が経ち、終了の時間となりました。片付けは、何も言われなくても参加者全員で行ないます。それがまた、みんな酔っ払っているはずなのにものすごく速い(笑)。あっというまに元どおりになり、その後はサッと帰っていく人もいれば、二次会に向かう人もいます。二次会は強制ではありませんが、参加率が非常に高いのも特徴。移住検討者など外部から来た人たちには、積極的に声をかけるといった配慮は欠かしません。

私もお声がけいただき、最近できたというクラフトビール屋さんへお邪魔しました。「取材は終わりでいいじゃないですか、飲みましょう!」と言われ、お言葉に甘えて町民のみなさんと楽しく宴会(笑)。いち参加者として、すっかりタノシモカフェを満喫させてもらいました。

タノシモカフェに参加した移住検討者の8割が実際に移住

「一般財団法人しもかわ地域振興機構」のプロジェクトリーダー/移住定住コーディネーターで、タノシモカフェ発起人の立花祐美子さん

「タノシモカフェがなければ、ここまで移住者が増えることはなかったと思います」と話すのは、発起人でもある立花さんです。

実際、タノシモカフェに参加した移住検討者の8割が、その後、実際に移住を決めているのだそう。まちのリアルな雰囲気を体感し、町民とのつながりが築けることで移住に対する不安が減って、「ここだったら楽しく暮らしていけるかも」とイメージが湧いてくるのでしょう。その安心感と信頼感は、タノシモカフェに参加した私自身、ありありと想像することができました。

しかし、よくよく考えるとタノシモカフェはただのポットラックパーティです。派手でもなければ壮大でもない、ごく小さな取り組みといっていいのではないでしょうか。それが7年以上続き、毎回40人前後が参加して、移住誘致にも一役買っているというのは、注目すべき点ではないかと思います。そもそもタノシモカフェが始まるきっかけはなんだったのでしょうか。

立花さん 私は2016年夏に、しもかわ地域振興機構の前身団体の職員に採用されました。当時は役場の中にその団体が入っていたんですね。役場だから戸籍係もあって、転入出の人もやってくる。そうしたら職員になってすぐ、知り合いの移住者のご家族が転出届を出しにきたことがあったんです。私たちにも挨拶にしに来てくれて、お子さんを真ん中に、手をつないで去っていきました。

ご夫婦が、いろいろなイベントに参加してお手伝いしたり、頑張って馴染もうとしていたのは知っていました。でも結局、馴染みきれなくて転出したんだなというのが感じ取れてしまったんですね。もちろん、それだけが原因ではないかもしれません。でもそのときに「そうやって頑張らないと地域コミュニティに馴染めないこと自体が良くない」と思いました。誰もが当たり前にいていい場所がつくれないと、出ていってしまう人はこの先も減らない。もっと気軽に参加できるコミュニティがつくれないものかと思いました。

そこで上司に相談してみると、その年の予算が決まったあとだったこともあり「今から新しいことをやるお金はない」と言われてしまいます。では、どうしたら予算をかけずにコミュニティづくりができるのか。考えを巡らした立花さんが思いついたのが「ポットラックパーティにする」というアイデアでした。

立花さん 食べ物も飲み物も全部持ち寄りにすればお金はかからない、それでもダメですかと交渉するところから始まりました。

「移住者交流会」から「町民交流会」へ

普段は「まちづくりセンター コモレビ」の室内で開催

こうして半年後の2017年1月、移住者と移住検討者のみを対象とした移住者カフェとして、第一回タノシモカフェが開催されました。ところが数ヶ月が経った頃、地元住民からもらった、ある「クレーム」をきっかけに方針転換することに。

立花さん 「移住者だけで集まるって何? 俺らは入るなってこと?」と突っ込まれたんです。いやいや、むしろ全然来てほしいと。じゃあこれを機に、誰が来てもいいオープンな場にしようと思いました。それもどうせなら、町民に限らず、視察の人なんかも来ていいことにしようと。

それからは、視察者や移住検討者に、なるべくタノシモカフェに合わせて来てもらうよう提案。ウェブサイトやSNSで告知し、町内向けには各家庭に設置されているIP端末に情報を流したり、チラシを貼ったりと地道に宣伝しました。すると徐々に、多種多様な人が集まるようになり、やがて「面白い」「楽しい」と評判になって、参加者が増えていったのだそう。

立花さん やっぱり移住者カフェから町民交流会に切り替えたのがよかったのかなと。そこでガラリと雰囲気が変わりましたね。移住者はつながりづくりができるし、視察に来た人は町民と接点が生まれてリアルな声が聞けるから面白いって言ってくれる。移住検討者は先輩の話が聞けて、移住を検討する材料が増えると喜んでくれます。それと、私が意外だったのが地元の人たちの反応なんです。まちにいながら、町外の人と話す機会ができるのが嬉しいと言ってくれるんですね。

つまりタノシモカフェは移住施策の一環として始まりましたが、今はいろいろな属性の人が参加して、それぞれ違った目的で足を運んでくれている会なんです。

確かに、みなさんと話をしていて思ったのは、参加する理由もきっかけもバラバラだということでした。いちばん多いのは友だちづくりですが、なかには料理の腕を振るうのが楽しみで参加している人、子連れでの参加ができるので、子育て中のちょっとした楽しみになっている人もいました。また、もともと飲み屋が多く、お酒好きが多い土地柄です。大勢での飲み会と、その後の二次会を楽しみにしているという人もいました。あえて目的を限定しないことで、それぞれに楽しみ方を見出しているのです。

子連れでの参加も多いので、開催時はキッズスペースを用意。子どもたちはキッズスペースで遊び、大人たちは気兼ねなくお酒が飲める

立花さん ただし、人の入れ替えは結構あります。最初からずっと参加している人は数えるぐらいですね。それは嫌になって来なくなるというよりも、それぞれのフェーズが変わっていくから。移住した直後で友だちをつくりたいというフェーズのときは、みんなが積極的に参加してくれる。でも気の合う友だちができたら、もうお世話にならなくていいかなと感じて来なくなる。それはそれでとっても幸せなことだなと思うから、特に後追いはしていません。

かと思ったら5年ぶりぐらいにフラッと現れて「知らない人が増えて面白い」と言って、また参加するようになる人がいたり。いろいろなフェーズの人が順繰りにやって来るので、メンバーは変わるけど全体の人数としてはほとんど変わらないんですね。

現在の参加者の割合は移住者が7割、地元民が2割、残り1割が移住検討者や視察など町外の方だそう。

立花さん でも最近、ちょっとずつ地元民の割合が増えているんです。多いときは3割ぐらいのときもあります。移住者の参加が減ったわけではなく、単純に参加者の総数が増えているので、それが私としては嬉しいなと思っていて。

今はありがたいことに、移住の問い合わせはとても多いんですね。なので今後は、むしろ町民に「下川って楽しい」と思ってもらえるような場にしていきたいなと思っています。町外の人との出会いを楽しみにしている人が多いので、これまで以上に視察者や下川ファンの町外の人に参加してもらい、関係人口創出につなげていきたいと考えています。

タノシモカフェが町民の楽しみの場となれば、自ずとそこに参加する移住検討者にもまちの楽しい雰囲気が伝わる。町民が楽しめる場をつくれば、結果的に移住誘致にもつながっていくのです。

成功のカギは「ちょっとした配慮や工夫+下川町の町民性」

参加者にタノシモカフェでやってみたいことを投票してもらうボード。3つまで選んでシールを貼ることができる。「男の料理教室」など、すでに実現した企画も

立花さんのお話を聞けば聞くほど、下川町の移住誘致の成功や地域コミュニティの醸成に寄与しているものは、こうした小さな取り組みの積み重ねであり、地道な努力なのだなと思いました。

立花さん 本当に、地味でごめんなさい(笑)。そうなんですよね。私たちのやっていることって作為的でもないし、すごく地味なんです。タノシモカフェだって、途中で席替えするとか二次会に行くのが当たり前な雰囲気をつくるとか、やっているのはどれも小さいことばかり。でも、小さいことを積み重ねると相乗効果が得られる。これって移住施策では大事なことなんですけどね。派手じゃないから、なかなか注目されないんです。

しかもタノシモカフェは、スタートしてから7年間、中止になったのはコロナ禍のたった1回だけ。毎月継続し、参加者も一向に減っていません。こうした取り組みは思ったようにいかなかったり、マンネリ化して徐々に参加者が減ったりと、なんらかの理由で続かないケースが多いものです。なぜここまで長い間、続けることができているのでしょうか。

立花さん いちばんの要因は、下川町民はよそから来る人が好きで、そもそもウェルカムだからです。それはもう大前提にあります。

下川町の風景

立花さん さかのぼると、このまちには金山と銅山があり、1920年ごろから採掘から始まって、そこで働く人々がたくさん移り住んできたという歴史があります。ところが1980年代に入って休山になると、今度は仕事がなくなって、人がどんどん去っていくという苦い経験をすることになるんですね。2週間に1度、たくさんの人が大型バスに乗って一気に転出していく。そういう意味では昔から移住者は多いし、その人たちが去っていく悲しみもよく知っているんです。

だから移住者を温かく受け入れる。よそ者に寛容だから、移住者が入ってきやすいし、先輩移住者が楽しく暮らしているから、次の人も面白そうだと感じてまた入ってくる。このいい連鎖は、すでに出来上がっているのではないかなと思います。

その結果、町民一人ひとりが移住コーディネーター化していると立花さんは考えています。

立花さん 多くの町民が移住者や移住検討者に下川町を紹介するために、まちの情報に常にアンテナを張っているんですね。そうするといい部分がたくさん知れて、まちのことが自分ごとになり、誇りがもてるようになるんです。

目の前の環境や出来事を自分ごと化できる人の多さは、場の雰囲気に大きく影響します。これも小さなことですが、タノシモカフェが出入り自由で予約不要なのも、一人ひとりの自発性を大切にすることにつながっていると感じました。強制されていないからこそ、その場に能動的に関わり、楽しもうという意識が芽生える。「ちょっとした配慮や工夫+下川町の町民性」によって、タノシモカフェは魅力的な場へと自然に成長していきました。

下川町はスキージャンプのオリンピアンを7人輩出しているスキージャンプ教育の先進地。町なかから見える距離にスキー場(ジャンプ台)がある

「ケの日」を大切にする下川町

ちなみに、立花さんがさまざまな取り組みを継続できているのは、周りの人たちの支えのおかげでもあるとのこと。

立花さん 私が関わっている取り組みは、ほとんどが長く続いているんですよね。何かと何かをくっつけたり、やっていく中で形を変えていくことはありますが、完全にやめたものはひとつもない。それってなぜだろうと思ったら、私はあれこれやりすぎて、やめることを考える暇がないんです(笑)。タノシモカフェだって、安定的に来る人がいるし、移住誘致にもちゃんとつながっているから、特にやめる理由がないなと思う。

もちろん、何事も続けるのは大変です。全然やめないから、やることは増えていく一方で、なんでまた新しいことを始めちゃったんだろうって自分で思うときもあります(笑)。でも、私がぼやっとしているからか、みんなが手伝わざるを得ない気持ちになっていろいろ助けてくれるんですね。タノシモカフェも周りの人たちが一緒に盛り上げてくれています。俺らが頑張らなきゃって思ってくれているかもしれません。

地域衰退に一石投じるため、1980年代に町民の手づくりでつくられた観光名所「万里長城」。全長2kmで、本家・中国の万里長城の1万分の1。詳しい経緯はこちらから。これを何年もかけて成し遂げてしまう「町民力」がすごい

なぜ多くの人が下川町に魅了されるのか。その理由がはっきりわかった気がしました。下川町では「一人ひとりが自らの意思によって楽しみをつくり出し、日々の暮らしが満たされている」のです。

実は私が下川町を訪れるのは2度目のことでした。前回訪問したのは、ちょうど「森ジャム」というイベントが開催されていたとき(ちなみに森ジャムの仕掛け人も立花さん)。近隣地域でものづくりをするアーティストや作家、生産者が集結し、町内外からやってきた大勢のお客さんで賑わう、まちの一大イベントです。森ジャムはある意味で、下川町の「ハレの日」なのだと思います。

翻ってタノシモカフェは「ケの日」における、日常の延長上の楽しみのように感じました。だから立花さんも言うように、決して派手さはない。しかし、暮らしというのは、本来的にはそのようなものではないでしょうか。今日も明日も明後日も何も変わらず日々は続く。タノシモカフェは、そうした暮らしの中の楽しみとして、存在感を放っていました。

下川町は、暮らし(ケ)が充実して満たされている。力むことなくゆるく、自由に、自然体で。そのことを、今回あらためて実感しました。

下川町に興味をもった方は、まずはタノシモカフェに参加して、この空気感を体感してみることをオススメします。関係人口としてつながりをつくるもよし、移住を検討するもよし。難しいことは抜きにして、ただただとっても楽しい時間が過ごせます。そしてきっと、なんだか居心地がいいなぁと、下川ファンになってしまうこと間違いなしです。

タノシモカフェの開催情報はこちら
https://shimokawa-life.info/category/tanoshimokafe/

[sponsored by 一般財団法人しもかわ地域振興機構(しもかわ財団)]

(撮影:島﨑亜侑香)
(編集:増村江利子)