「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

「千年続く」を軸に、地球も人も再生させる。「SHO Farm」が不耕起栽培に切り替えた根底にある“生き方としての有機農業”とは

「なぜ?」と言いたくなることが、たくさんある社会。

戦争が起こること、理不尽に命を落とす子どもがいること、環境破壊の影響で住処を失う動物たちがいること……。そのどれもが、複雑な要因に絡め取られていて、何かひとつを解消すれば解決するものではありません。しかも、何者でもない自分にできることなど、ほんの小さなことでしかなく、無力感を覚えることも少なくありません。

だからこそ、ぜひSHO Farmさんのお話をうかがいたいと思ったのです。

SHO Farmは「千年続く農業」を掲げ、環境再生型農業といわれる「不耕起栽培」に挑戦する農園です。それだけではなく、フェミニズムを芯とし、多様なバックグラウンドを持つ人が個人として尊重されるよう取り組むことを明言するなど、農法だけにとどまらない目指す世界のありかたを体現しようと歩み続けています。

その姿勢は、とても先鋭的な印象を抱かせる一方で、日々発信されているポッドキャスト「SHO Farmの農民ラジオ」の雰囲気は、芯がありながらも赤裸々でやわらか。迷いや悩みを抱えながら、それでも自らが掲げることに誠実であるとともに、行動を諦めないさまに、とても惹かれました。

そこで今回は、横須賀の農園にお邪魔し、SHO Farmが掲げる農業への想いや描く未来、農と社会がどう結びついているのかといったお話を代表の仲野晶子(なかの・しょうこ)さんに、詳しくお聞きしました。

仲野晶子(なかの・しょうこ)
1986年生まれ、埼玉県出身、筑波大学生物資源学類卒業、同大学院生命環境科学研究科農学修士(土壌化学)、中学理科教員として三年間の勤務後、2014年よりSHO Farm開園、ジェンダー平等を目指し、2022年より代表となる。

それは、千年続けられるものですか?千年先に残るものですか?

2014年に、有機農業の農園として夫婦で始めたSHO Farmは、2022年から、すべての畑で不耕起栽培を導入しています。そのため、植物を肥料として栽培し、そのまま土壌にすき込んで養分とする「緑肥」を取り入れており、かつ、畑を耕さず除草も極力行わないSHO Farmの農園は、農閑期にもかかわらず緑に覆われていました。

写真左手前は、ブロッコリーの畑。一見、どこにブロッコリーが生えているのかわからないくらい、地面を緑が覆っています。左手奥に見えるのは、DIYでつくられた作業場兼直売所の建物

不耕起栽培では従来の農法とは異なり、土を極力耕さずに土中に窒素を固定し、カバークロップとよばれる緑肥や刈り草で常に地面を覆い、多様な作物を混植することで、土壌の微生物や菌などの生態系の多様性を保ちながら作物を育てるのが特徴です。また、堆肥もほとんど必要とせず、苗が小さく弱い時期や夏場などをのぞいて、除草も基本的には行いません

SHO Farmが不耕起栽培に切り替えたのは、知り合いの方に不耕起栽培の圃場へ見学に行かないかと誘ってもらったのが、きっかけだったといいます。

晶子さん 不耕起栽培は、エネルギーを大量消費するトラクターも使わず、堆肥もほとんど入れないので、とっても楽そうでいいなという印象でした。

実は植物は、根っこの先に菌根という菌がついていたり、人間にはわからないぐらい綿密なネットワークを持っているんですよね。でも従来の農法では、土を耕すことでそれを断ち切ってしまう。だから植物が弱くなってしまって、簡単に栄養を吸収するための肥料をたくさん必要とするんです。

そのネットワークを切らずに野菜を植え続ければ、 土がどんどん良くなっていくし、肥料も減らせるという不耕起栽培の考え方は、私の専門である土壌学でも、とても理に適っていると思いました。

いきなり農法を切り替えてしまうと、収穫量も未知でリスクがあるのではと思いますが、意外にも農園の収益に大きな影響はなかったといいます。「振り切っちゃう気質なんでしょうね。これだ、と思ったら変えたくなっちゃう」と笑う晶子さん

またSHO Farmでは、ビニールマルチ(※)を使わず、工業畜産ではなく、飼っている鶏のフンを堆肥として活用。自分たちでつくった竹炭や、近くの造園屋さんから仕入れたチップで苗土も自作しています。さらには、農園の収益を支える野菜ボックスの販売も、輸送エネルギーを抑えるために神奈川県の東部に限るなど、「千年続けられるもの」「千年先の環境に負の影響が出ないもの」をできる限り選択しているのが特徴です。

(※)雑草の抑制や、病気を防ぐために土を覆うフィルム資材。

輪作(同一耕地に、一定年ごとに異なる種類の作物を交互に繰り返し栽培すること)の一種で、農地を3分し、冬畑・夏畑・休耕地を年々順次交替させて作付けを行う「三圃式農業」を取り入れているそう。休耕地に鶏が自由に出入りできるようにすることで、糞尿を堆肥とした土壌の回復を図ります。鶏の卵は、直売所で販売もしています

写真奥に見えるのが、ソーラーパネルが設置され、蓄電池も完備したオフグリッドの建物。農機具の充電なども、こちらの発電でまかなっています。手前右手には雨水タンクや、まかないをつくったりする調理用のかまども備えられており、直売所兼作業場などとして使われています

竹でつくられたコンポストトイレ。炭素源となるチップや落ち葉を積み重ねていくことによって、臭くならず、自然に堆肥がつくれるそう。堆肥は、農園内の木や花など、直接食用にならないものに利用しています

「千年続く農業」に照らし合わせると、従来の農業で使っていた大型機械や資材は軒並み使えなくなってしまい、そのぶん人手にお金がかかります。でも、その方がいいじゃないですか?と晶子さんはいいます。

晶子さん SHO Farmには、正社員やパートスタッフもいますが、それだけでは足りないので、WWOOF(※)や援農(ボランティア)に来てもらったり、農福連携して障がいのある方たちに給料をお支払いして、 草取りのような作業をやってもらったりしています。

なるべく多くの人に農園に関わってもらうところが、「千年続く農業」を実践するうえで一番大変なところですが、うちは横須賀に位置していて、東京からも1時間ぐらいで来られるし、周囲の人口も多い地域なのでできていることだと思います。

(※)農場で無給で働く代わりに、「食事・宿泊場所」「知識・経験」を提供してもらうことを目的としたボランティアシステム。

人手や手間ひまをかけても、自分たちがいなくなった遥か先の未来までを想像し、真摯に実践を続けているSHO Farm。そのきっかけは、晶子さんが農学を学んでいた大学時代に出会った先生のひとことだったといいます。

晶子さん 有機農業の授業で、すごく印象に残るエピソードがあったんです。

風光明媚な山の近くに、景観にそぐわない近代的なビルが建てられて、それが気に食わないんですとある学生が言ったとき、先生が「大丈夫だ。千年後にはなくなってるから」って。

それを聞いて、「そうか!」と思ったんです。 千年後にはなくなっているんだとしたら、「千年後に残っているかどうか」という基準で動けばいいんだなと。

だから農園をはじめるときに、「これは千年後にも残るんだろうか?」とか「将来世代に対して、ツケが残るようなことをしていないだろうか?」という問いを判断軸とすることにしました。

写真右が代表の晶子さん。左が、農園を一緒に運営している夫の翔さん

 
ですがSHO Farmは、初めから現在のような運営スタイルだったわけではなく、試行錯誤を経たうえで、少しずつ今にたどりついたといいます。

たとえば、最初は品質に自信がなく、せめて見た目だけでもピカピカしていた方がいいんじゃないかと、スーパーのようなビニール袋で野菜を包装して販売していましたが、お客さんの声や協力を受け、現在では、寄付された空き瓶や袋を再利用したり、新聞を使うようになったそう。千年先までも資源を循環させられる方法や、未来の世代に負の影響を残しにくいもの、自分たちでつくれるものなどをできるかぎり考えながら実践しているのです。

鮮度にこだわり、販売の当日、もしくは前日までに収穫した鮮やかな野菜が並ぶ直売所。それぞれ量り売りで購入できます

農園も暮らしも、社会へのまなざしも、すべては生き方

SHO Farmでは、不耕起栽培に切り替えたのと同時期に、すべての人が個人として尊重されることを目指すフェミニズムを農園の芯とすることを明言し、代表も、夫の翔さんから妻の晶子さんに交代しました。

その背景には、翔さんが代表であったことで、夫婦ふたりで農園を運営してきたにもかかわらず「翔さんが主役、晶子さんは補助」という認知をされてしまうことが多く、それ自体が社会の男女差別の構造と同じだという問題意識があったといいます。

晶子さん 私はどうしても翔よりは力がないし、農園で使うトラクターを運転できないことも引け目に感じていました。でも不耕起栽培に切り替え、力やスキルによらず、私もきちんと農園でのイニシアチブを取れるようになったことは、 ふたりのパワーバランスが大きく変わるきっかけになったと思います。

変わったことをすごく良かったと今では思ってますが、もともとは、「夫婦でビジネスをやるなら、夫が代表になるのは自然なこと」と私も思っていたので、女性である私が代表になることにためらいもありましたし、学生時代にラグビー部に所属して、「男たるもの強くあるべき」「リーダーであるべき」といった男社会のど真ん中を生きてきた翔も、変化への葛藤がいろいろあったと思います。

今はだいぶ合意形成が取れていると思っていますが、パワーバランスの変化には、社会規範や思い込みも深く関わっていたので、おたがいの腑に落ちるまでは、ぶつかることもたくさんありました。今でもたまに難しいなと思うこともあるので、折り合いをつけるのは簡単じゃないですね(笑)。

ブロッコリーを収穫する晶子さんと翔さん

SHO Farmが取り組む社会へのアプローチは、不耕起栽培や代表交代だけではありません。海外の農園での取り組みを参考に、野菜セットの値段を自分で決められる「Pay It Forward」という仕組みを導入しているのもそのひとつ。

Pay It Forwardでは、野菜セットを購入する際に、正規の値段よりも多く支払った人の分だけ、誰かが安く野菜セットを購入できるという仕組みを通し、地球環境にもからだにもいい食を誰もが手にできる公正な社会を目指しています。

Pay It Forwardをより機能させていくための仕組みなどについて、お客さんも交えてディスカッションする場を年2回ほど設けているそう。小さなことでも、自分にもできることがあるとお客さん自身に感じてもらい、より主体的に農園のことを考え、社会参画してもらう機会にもつながっているといいます

また、ポッドキャストで配信している「SHO Farmの農民ラジオ」も、自分たちの言葉を社会に届けるうえで、大きな意義があるといいます。

晶子さん エコロジーやオーガニックという言葉は、いろんな政治性に引っ張られやすいふわふわしたものです。親和性がいいのはメリットでもあるんですが、たとえば、ナチスも環境保護に先駆的に取り組んでいたように、愛国主義や排他的な動きとも結びつきやすいという怖さもあります。

そういった危うい方向に利用されないためにも、私たちが軸に置くべきだと思ったのが、価値観の多様性と尊重を求めるフェミニズムです。そういったことは、SNSなどの短い言葉では語りきれないので、ポッドキャストはとてもいいツールになっています。

ポッドキャストでは、「いったん農業の話題を封印して、フェミニズム・環境問題・社会正義など、政治的な話題を、でもやっぱり農業についても語り合う農民ラジオ」を配信しています

農園を通じた環境への取り組みにとどまらず、多様性の尊重や格差の解消といった社会へのアプローチにも積極的に取り組んでいるSHO Farm。その土台には、単なる農法ではなく、1970年代の社会運動と結びついた「ありかた」という本質が根付いていました。

晶子さん 大学の授業で出会った「生き方としての有機農業」がすごく衝撃的だったんです。端的に言うと、反近代思想。私の生きている近代という時代を徹底的に批判していくのが、強烈でした。

自分の生きている時代や社会に対して疑いを持っていなかった学生が、そういう思想にはじめて出会って、もちろん混乱もしました。でもいろいろな本を読んだり、人に会ったりして、自分の中で消化し、言語化していく中で、今のようなSHO Farmや暮らしのありかたを目指すようになりました。

育てたい野菜にのみ焦点を当て、自然のメカニズムを単純化して切り分ける慣行農法。一方有機農業では、今そこに野菜や植物が生えているということは、日光や微生物、菌根菌など、さまざまな要素が絡み合って成り立っているものだと捉えています。

晶子さん 私が今ここに存在しているのは、網目のように、さまざまな人や生き物、石などがあってこそ。それは人間が知り得ない不思議によって支えられてるような感じというのでしょうか。

そのわからなさに対してリスペクトすること。そして、自分自身や人間の知に対して、とても謙虚であること。単に化学肥料を使わないかどうかということよりも、そうしたありかたを持っているかどうかが本質であり、実践するうえで欠かせないことだと思っています。

「農薬を使わない農法」や「耕さない農業」であっても、化学合成物質や遺伝子組換え作物を利用する農家はいます。実際、いち早く不耕起栽培が普及するアメリカでは、その大半が、強力な除草剤とそれに耐えうる遺伝子組み換え作物を使っているといわれています。また、たとえ環境面に配慮した農法に取り組んでいたとしても、自分の食べるものや生活には無頓着な農家は珍しくありません。

ところが晶子さんは、「生き方としての有機農業」に取り組むからこそ、完璧じゃなくても、できるだけ農園の野菜を使って、食べるものを自分で調理し、化学物質を使わない生活を送るといった基本的なことも日々の暮らしのなかで心がけているといいます。お話を聞くほどに、SHO Farmでは、環境や社会へのまなざしや取り組み、暮らしのすべてが生き方として一貫しているのだと感じました。

自然や他者への敬意を忘れず、千年先を想像し続けているSHO Farmにとって、破壊や搾取ではなく、土壌の再生、ひいては多様な生物や自然との共生といったつながりを土台とした環境再生型の農法を取り入れることは、生き方の深化として必然だったといえるのかもしれません。

取材前日に援農でお邪魔させていただいた際のまかないご飯。当番のスタッフが、農園で採れた野菜を使ってかまどでつくったご飯をみんなでいただきます

私たち一人ひとりが豊かさを体感することが、
再生に向けた初めの一歩

担い手の高齢化が進み、数十年後には存続が危ういとも言われている日本の農業。SHO Farmでは、未来の農業従事者を増やしていくためにも、農業研修生を受け入れていますが、そのほかにも、実践しているからこそ伝えられる技術や知識を広めるために、農家向けの不耕起栽培・再生型農業の勉強会もはじめたそうです。

晶子さん 不耕起栽培が普及しない背景には、やっぱり、まだ技術的な知見がすごく少ないというのはあると思います。研究段階にあるために、日本の土地にあった不耕起栽培用の機械が少ないのも課題です。

また、知り合いの農家さんからは、忙しすぎて考える時間がないという話や、何千万というお金をかけて農業機械をすでに購入してしまっているので、あとへ引けないという声も聞きます。

農業研修生に対しても、実践を大切にしているSHO Farm。こちらの畑では、栽培した小麦でパンをつくりたいという農業研修生が、不耕起栽培の麦を育てているそうです。緑肥に覆われているので肥料をあげる必要もなく、また、ここまで育った麦は雑草に負けることもないため、草も生えるがままだとか。訪れた時期は、緑肥と麦の間からホトケノザがちらほらとピンクの花を覗かせていました

晶子さん 農家自身ももっと勉強していかないと、今のままでは事業が続かないことは明らかです。でも、環境再生型の農法に切り替えられないのは、農家のせいだけでは決してないと私は思っていて、既存の仕組みや構造も大きな要因です。

そこを変えていくためには、投票という形での政治参加だけじゃなく、市民でできることもいろいろあると思うんです。志ある農家を買い支えたり、「ここの区画だけオーガニックにしてくれたらどんなかたちでも買います」と声を上げるなど、 何か働きかけることもできるのではないでしょうか。

そうやって日々の暮らしで化学物質や環境負荷ができるだけ少ない商品を選ぶのはもちろん、大地に近い暮らしこそが豊かさなんだと体感すること。それこそが、環境再生に向けた取り組みとして、私たちがすぐにでもできる1歩ではないかと晶子さんはいいます。

晶子さん お忙しいとは思うんですが、 休日の1日や半日でもいいから、ちょっと郊外へ行って農作業のお手伝いをするというのが、導入しやすい1歩じゃないかと思います。

いきなり生活の100%にしなくても、だんだんと大地に触れる暮らしや仕事のバランスにシフトしていく未来を想像してみること。

理論ではなく、感覚で体を動かして得たものは重みが違うと思っていて、「これが本当の豊かさなんだ」と 自分の生き方のコアにするためには、やっぱり自分がその場に赴いて没頭することが、欠かせないのではないでしょうか。

畑の奥に見えるのは、竹を使ってつくられた鶏小屋。近隣で竹林もお借りし、自分たちが竹材を活用することで、農園を訪れた人たちに建築や資材としても使える竹の利便性や美しさを感じてもらえるように、心がけているそうです

農園を運営するなかで、苦労や葛藤もありながら、それでも行動することを諦めずにいられるのは、土からすごくエネルギーをもらっているからという晶子さん。その豊かさを体感する機会として、SHO Farmが提供するような援農の機会や、ファームステイ、農業インターン、WWOOFといったプログラムを活用してみてほしいと話します。

晶子さん 自然の力を目の当たりにすると、同時に未来に対してすごく希望を感じます。

ここの果樹園も、もともとは粘土質の土地でしたが、植物が生えるのに任せて、できるだけ人も入らずに草をどんどん増やしていったら、自然と土がふわふわになっていきました。自然の再生力は、すごいですよね。

SHO Farmの果樹園の様子。実りの季節ではありませんでしたが、一面緑に覆われた果樹園はとても美しい風景でした

晶子さん 今の地球の状態は、絶望的な状況でしかないけれども、やっぱり自然には再生する大きな力がある。だから、もしみんなが再生を加速させることにエネルギーを注いで、ライフスタイルもシフトしていったら、地球はまだここから再生に向かうポテンシャルを持っていると思います。

未来を変えるためには、私たちがそれを選択するかどうかにかかっているのではないでしょうか。

「未来を変えるためには、私たちがそれを選択するかどうかにかかっている」という晶子さんの言葉が、インタビューが終わったあとも私の中にポッと残り、帰りの電車で自宅周辺の農園や援農ができそうな場所を思わず検索しました。

私はここ数年、いろんな方の生き方に触れ、暮らしを自分の手でつくれるようになりたい、自分の大切だと思うことに誠実でありたいと意識するようになり、家庭菜園を少しずつはじめたり、多世代のシェアハウス暮らしに飛び込むなど、日常のなかで想いを実践しようと試行錯誤していました。とはいえ、違和感を感じる状況からなかなか抜け出せなかったり、思うような変化を起こせず、漠然とした無力感にとらわれることもありました。

ですが、SHO Farmで体感した豊かさや自然の力強さ、美しさ、そこで出会った方たちのしなやかさを思い出すと、私にもまだまだできることはあるという声が、聞こえてくるような気がするのです。今回のインタビュー前に、私がSHO Farmの援農にお邪魔したのは、小雨が降り、風の強い凍えるような寒さの日。とても快適とは言い難い天候でしたが、鳥の声や草木の中で身体を動かすのはとても気持ちがよく、農園の野菜でつくられたごはんをいただいたときは、生きている心地が身体をめぐるようでした。

これを書いている今も、生きる実感と実践をともなう誠実さが根を張っていた農園のありようを思い出し、「あんなふうに自分も生きたい」という希望が、私のなかでふつふつと湧いています。

(撮影:ベン・マツナガ)
(編集:村崎恭子、増村江利子)