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考え方によっては、うんちより薬品類の方がよっぽど汚い。3つも会社を潰し、うつ病で3年間寝込んだ河辺たけひろさんが、「掃除はエンターテインメントである!」をテーマに、「おそうじ劇場」を始めるまで

これからの「あたり前」は、いまの「変」にあるのではないか。

連載「暮らしの変人」では、固定観念にしばられず、真剣にまじめに、そして楽しく、新しい何かをつくりだそうと探究している人たちを、愛を込めて「変人」と呼びたいと考え、変人たちに会ってきた。

そして今回は、自分の価値観を揺さぶってくれるような、新しい暮らしのヒントを持ち帰ることを目的に、100%ナチュラル・ハウスクリーニング専門店「おそうじ劇場」の代表・河辺たけひろさんに、「ナチュラルクリーニング」の伝授をお願いしますと依頼し、ワークショップの講師を引き受けていただいた。

以前、お掃除ワークショップに参加したことがあるというグリーンズ事務局長の小倉奈緒子の話によれば、便器を素手で洗っているのに驚いたが、河辺さんは「考え方によっては、うんちより合成洗剤や薬品類の方がよっぽど汚い」と言っていたのだとか。

ワークショップの日時調整では、「いま千葉で瞑想しているのでちょっとお待ちください」などと連絡があった。なるほど、時には心のクリーニングも必要である。そんなやりとりから期待に胸を膨らませ会場に足を運ぶと、赤い“制服”に身を包んだ河辺さんがやってきた。

河辺たけひろ(かわべ・たけひろ)
100%ナチュラル・ハウスクリーニング専門店「おそうじ劇場」代表。趣味は滝行と瞑想。茅ヶ崎在住。冷蔵庫、洗濯機、テレビ、掃除機、炊飯器、電子レンジのない自然な暮らしを楽しんでいる。歯も塩で磨き、洗剤も使わない。生活そのものがかなりのナチュラル派。

掃除は「姿勢」と「呼吸」が命

神奈川県茅ヶ崎を中心に、合成洗剤を使わないナチュラルなハウスクリーニングを展開する「おそうじ劇場」河辺たけひろさん。赤いオーバーオールに白シャツ、白フチメガネをかけた姿は、お笑い芸人のようでもある。

河辺 さあ、両足を肩幅に開いてください。手を組んでまっすぐ前に出します。手の甲を見たまんま、ゆっくり上げてください。顔も一緒にあがります。てっぺんまでいったら、顔だけ正面に戻して、そのままグーッと伸びてください。手をゆっくり下ろしてきて……これが正しい姿勢。おしりを軽く突き出しながら、上体を前に倒す。頭のてっぺんのツボ「百会」が引っ張られていることをイメージして。これが「おしり百会」です。呼吸は鼻で吸うのがキホン。吐くときは細くゆっくり長く、というのを意識してください。

これは決してヨガ教室でも気功教室でもなく、河辺さんが主宰するおそうじフルネスワークショップのひとこまである。

河辺さんにとって掃除とは姿勢と呼吸が命。背中を丸めた姿勢で掃除を始めると、腰に負荷がかかり、あわやギックリ腰になりかねないのだという。だから、掃除の基本姿勢は「おしり百会」である。加えて、頭の角度も重要だと力説する。

河辺 街を歩いていて、焼鳥屋さんの前を通りかかったときに、いい匂いがしますよね。そのイメージでくんくんやってみてください。くんくんのときに、たいていみなさん顎が上がって、鼻と耳の穴を結んだ線が地面と平行になる。この状態をカンペル平面といいます。アスリートの人たちは、みんなそうなっています。なぜなら、気道が確保されて空気が通りやすくなり余計な力が抜けるから。先程の「おしり百会」と「カンペル平面」、これを常日頃から意識してください。次に片膝をつくプロポーズの姿勢は……。

汚れは拭くだけで落とせる

姿勢の話だけで冒頭の20分が過ぎていく。いったい掃除はいつ始まるのか。不安な気持ちになりかけたとき、やおら河辺さんは、ダスターを手にした。それは今治タオルだった。

河辺 とにかく拭いてください。水拭きです。とにかく拭く。浅い汚れのうちに一に拭く、二に拭く、三に拭く、何がなくとも拭き掃除。油汚れも水拭きで大丈夫!

テレビショッピングの司会者のように韻を踏みながら発せられた言葉は、拍子抜けするくらいシンプルなことだった。拭くだけ、しかも水拭きでいいのか?

河辺 みんな掃除っていうと、何の洗剤を使ったらいいのってなるでしょう?実は掃除に洗剤はそれほど必要ないんです。掃除のレベルを上げる要素は3つしかありません。それはこする強さを上げるか、洗剤の強さを上げるか、温度を上げるか。でも、汚れは出来立てのうちなら拭くだけで落とすことができます。それが放置されてこびりついてきたときに洗剤が必要になり、時には熱湯の出番になります。だからこそ、軽い汚れのうちに拭いてください。

河辺さんは3つの拭き技を伝授する。ひとつは手首の力を抜いてブラブラさせるように拭く「バイバイ掃除」。もうひとつは腕を棒のように伸ばし、ひじを曲げずに腕の付け根を起点にした「ゴッシーゴッシー」。3つ目は椅子の背もたれなどの平面的ではないところに利用できる「握り拭き」。いずれも、おしり百会とカンペル平面を姿勢に取り入れることがポイントだ。

「ゴッシーゴッシー」を実演する河辺さん。脇をしめてひじをなるべくボディにつけて「ゴ」で前に押しながら拭いて、「シー」で引くのがコツ。筋肉を使わずに楽に拭ける

やってみると、おしり百会の姿勢によって、全身に筋が通った状態になるので、力まずに拭ける。「バイバイ掃除」は埃をとるなど軽い汚れをとるのによく、しっかり拭きたいときは「ゴッシーゴッシー」などと、汚れの程度によって使い分けるそうだ。

河辺 拭くときは、汚れをガン見しない。首に力が入り姿勢が崩れて全体の筋肉が緊張し、体重を下半身に素直にのっけられなくなります。視線は、大仏さんのような半眼がいい。これ、カンペル平面にすれば自然と半眼になるんです。

掃除は「気」を高める

インストラクターのように掃除におけるからだの使い方を説明するその言葉を聞いていると、拭くという動きは反復運動で、エクササイズの要素を持っていることに気づかされる。しかし、河辺さんが拭き掃除を推奨する理由は、運動ができるとか、あるいは洗剤を使わないので環境によいということに主眼が置かれているわけではない。

河辺 僕がみなさんにとにかく拭いてくださいと話をするのは、拭くことで床や窓、壁、テーブルなどの「気」がよくなるんです。返す・報いるという返報性の法則でいえば、ものに対してこちらが愛情をもって接してあげれば、ものも愛情をもって返してくれる。それが掃除だと思っているんですよ。

つまりは、「気」なのであった。

握り拭きはマッサージをするように圧をかける。椅子が喜ぶ様子をイメージして

たしかに、禅寺の修行が掃除から始まるように、掃除という行為は気、つまり心のありようにつながっているものなのかもしれない。掃除と似た分野の片付けの世界では、やましたひでこの「断捨離®️」のようにものへの執着を捨てること=「人生が変わる」ことを訴えるものが少なくない。近年では、こんまりこと近藤麻里恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』が「ときめき」という心の揺れ動きを片付けに取り入れて世界的なベストセラーになった。ものとの付き合い方が変わると生き方の問題にも関わってくるのだ。河辺さんの掃除もよい気を高め、人生を好転させてくれることにつながるのだろうか。

人生の大転機、「第一次オレの目覚め」

ちなみに、河辺さんは発信に熱心な人で、自身が運営するホームページに多くのことを書いている。取材前にそんな文言を読んでいたら、河辺さんがもともと音楽制作の仕事をされていて、しかし経営不振に陥り会社をたたみ、8桁の借金を抱えたことをきっかけにうつ病を患ったことが書かれてあった。そして東日本大震災をきっかけに自然の素晴らしさに目覚めるのだが、その際に家電製品をあまり持たない暮らしを経て、現在のナチュラルな掃除を始めたことも。

ある意味、物質から精神へ。見えるものから見えないものへの移行を物語るようなプロフィールである。ものへの執着を捨てた先に精神的な豊かさがあったということなのだろうか。目の前でお尻を突き出し、妙なポージングをするご本人からはあまり想像できないことだが、河辺さんの心の旅路についてお話を聞いてみた。

河辺 僕は以前CMの音楽をつくるような仕事をしていて、外車を乗り回してブイブイやっていたわけです。毎日スタジオにこもって朝方まで仕事をするような不規則な生活で、そのときの姿勢の悪さから股関節が歪み、今もその後遺症に悩まされています。会社も潰してしまい、それが原因でうつ病になって3年間寝込みました。

でも東日本大震災が起きて、自然の力に驚いて、それまであった価値観が崩れました。原発もそうだけど、人間の築いた堤防が全く役に立たずに多くの人が被害に遭ってしまったわけでしょ?そのときに「自然はすごい」、「人間という生き物の、なんと愚かなことか」と強く感じたことが、人生の大転機になりました。“第一次オレの人生の目覚め”って呼んでいます。

冷蔵庫をやめてみる

自然の脅威に目覚めた河辺さんは、しばらくして家族と別れ、車一台に布団と多少の着替えだけ詰め込んで、箱根の別荘物件に移住した。150坪の温泉・家具・ミニ冷蔵庫付きの別荘がなんと家賃5万円である。

河辺 若い頃は音楽をやって、ヒット曲を出して億とか稼いで温泉付きの家に住もうと思っていました。そうしたら、まさか40歳を超えて家賃5万円でそれが実現するとはね。

ただ、現実にはお金がないから、食器や鍋も拾い物を使っていました。炊飯器はなかったけど、ご飯も別に鍋で炊けばいいし、温泉が来ているから、ガスもカセットコンロでいい。洗濯も別に手で洗えばいいやと思って。

河辺さんお手製の牛革の名刺入れ。東日本大震災後の“第一次オレの目覚め”の直後に始めたのが、革細工だった。掃除で呼吸を意識したのも、呼吸を止めて一気に革を裁つ動作がヒントになった

それでも借金は増えていく一方で、包丁伽ぎの仕事を覚えて、イベントなどで出店するほかは、わずかな音楽の仕事とほとんどお金にならない革細工の小物をつくり、できるだけ出費を減らして切り詰めて暮らしたという。

河辺 2年ぐらい経ったときに、これで冷蔵庫をやめたら、オレすごいなと思って、2月のある日、思い切ってコンセントを抜いてみました。冷蔵庫のない生活でいつまでいけるかと思っていたら、春になり夏になり……全然いらないことがわかったんです。

“冷蔵庫なし生活”で役に立ったのが、豚肉の塩漬け技術である。

河辺 震災後に「自然がすごい」となってから、塩豚づくりにハマったんですよ。肉に塩をまぶしておくと、発酵が進んでうまみの素のアミノ酸がばんばん出てきてうまいんです。塩蔵だから常温で保存できるし、箱根に来てからもよくつくっていました。あと、魚やエビでもやってみると、出てくる汁はナンプラー(魚醤)だから、それは料理に使えるんです。

河辺さんが教えてくれたレシピをもとに、グリーンズ事務局長の小倉奈緒子がつくった塩豚のオードブルをランチにいただく。塩豚はナッツのような香りがした

また、冷蔵庫を使わなくなったことで、必要なものと必要ではないものが何かということが見えてきたという。

河辺 必要なものは生鮮品。野菜、肉、魚はいる。味噌、油、乾物のような昔からあるものも買います。必要じゃないものは、インスタント食品、レトルト食品、冷凍食品、何とかのタレとか。戦後登場したと思われる便利な加工食品って、実はいらないものでした。

河辺さんは、この食生活によって、以前あった胸焼けや胃もたれがなくなったという。それだけ食が健康的になったということだろう。

「ときめき」から開けた掃除のへの道

ところで、ここまであまり掃除に関する話題が出ていないのだが、河辺さんはなぜ掃除の道へ進んだのだろうか。

河辺 僕はもともと掃除ができない人間でした。でも震災後にこんまりさんの『人生がときめく片づけの魔法』に出会い、そこからちょっと掃除ができるようになったんですよ。それから、箱根で一人暮らしを始めたことをきっかけに初めて拭き掃除をしてみたら、すごく気持ちがいい。本に書いてある「気が良くなる」ってこういうことかと目からウロコ状態でした。加えて発見したことは、拭くだけで大丈夫だということ。別に洗剤にお金をかけなくてもいい。拭くだけでいいんだって。

河辺さんは、本に書かれてあるように、掃除の気持ち良さに「ときめいた」のだ。すると、包丁研ぎの出店で、あるハウスクリーニング会社の人と知り合い、仕事に誘われるという事態が起こる。掃除が向こうからやってきたのである。

河辺 うつ病から回復してきてめちゃめちゃ「人」に興味が出てきた時期だったし、軽い気持ちで始めました。入社3ヶ月目ぐらいに1人で現場を任されるようになったんですが、薬品類がキツかったです。業務用の洗剤の中には、飲んだら死ぬような劇薬もあるんですよ。臭いもキツいし、そのうち健康被害が出て、社会問題になるんじゃないかと思うくらいやばいんです。

だから、ネットで重曹やセスキの使い方を勉強して、途中から自分の判断でナチュラルな掃除をやり始めました。会社の同僚から「河辺さん、なんで会社の薬品とか使わないんですかね」って噂されていたけど、知るかと思って。その頃には自分でナチュラルな掃除の会社を始めようと思っていましたから。

掃除の便利グッズなんていらない!

河辺 合成洗剤って、結構界面活性剤が残るんです。掃除をやっていると、何かぬるっとした膜みたいなものが残るのがわかるんですよ。そうすると、薬品臭が残るし、そこにカビが生えて新しい汚れを呼びやすくなります。だから、洗剤を使わない方が実はきれいになるし、考え方によっては汚れが残らないうんちより合成洗剤や薬品類の方がよっぽど汚いと思います。

以後、河辺さんは拭き掃除を基本に重曹やセスキ、クエン酸などの洗浄剤を使い分けてウォッカで仕上げるナチュラルな掃除方法を実践していった。

河辺 このやり方で掃除をすると、本当に何も残りません。僕はケミカルなものを全部否定しないんだけど、住環境はなるべく薬品的なものがない方がいいし、その方が気持ちいいと思うから。

掃除道具は、重曹、セスキ炭酸ソーダ、過炭酸ナトリウム(酸素漂白剤)などのアルカリ系洗浄剤が中心。仕上げにウォッカを使うと本当にすっきりするという

一方で、ハウスクリーニングの仕事を通して、掃除を便利にしてくれるさまざまなアイテムが持つ矛盾にも気づいたという。

河辺 エアコンの洗浄スプレーやトイレのタンクに置くだけの洗浄剤も、黒カビを抑えてくれるものではないんです。お掃除機能付きのエアコンだって、ダストボックスにたまったゴミはとらないといけないんだけど、案外使っている人はそれを理解していません。また、そういう便利な機能がつくことで、すごく複雑なつくりになっているから、僕たち業者は分解するのに1時間くらいかかります。だからその分、料金も割高なんですけどね。

つまり、便利をうたっているものは、実は便利じゃなかったということです。掃除機だってごみを吸い取るだけの単機能じゃないですか。でもタオルが一枚あれば、窓も床も風呂もどこでも掃除できます。一般に洗剤は掃除用とかお風呂用、キッチン用に分かれているけど、重曹やセスキは、お風呂に入れると入浴剤がわりになるし、残り湯は洗濯に使えます。また重曹は研磨剤にもなりますね。アルカリ性か酸性かを理解して使い分ければいいだけです。

からだの使い方を知り、心の問題を乗り越えて

ちなみに、掃除の仕事を始めてから悩まされたのが持病ともいえるギックリ腰だ。

河辺 戸建ての家を一人で4、5日かけて掃除していたときに腰をやっちゃって。休むわけにいかなかったから、本当にしんどくて、それから絶対腰はやるまいと誓ったんですよ。

以来、さまざまな整体院を訪れ、自分に合う整え方を探したという。ある姿勢治療科の先生に、姿勢や呼吸が悪いと精神面で不具合が出てくることを教わった。そして、改善のためにスクワットのやり方を教えてもらったことが、のちに「おしり百会」の原型になったという。また、古武術の先生の元では力の抜き方を教わり、それによって「ゴッシーゴッシー」が生まれた。

河辺 どんなに疲れていても姿勢と呼吸を意識して掃除をしていると、だんだん調子がよくなってくる。それは血の巡りがよくなって細胞が活性化しているから。それに姿勢が良くなれば、精神状態もよくなってきて、結構いろんなことが解決することもわかりました。

極め付けは、10日間の合宿で平静な心を育てるというヴィパッサナー瞑想との出会いだった。誰ともコミュニケーションをとらず、1日12時間座禅を組み続けるハードなメニューは、物理的な体の痛みなどから中には脱落者もいるそうだが、河辺さんは何度もめげそうになりながら全行程を終えて、痛みを乗り越えることができたという。

河辺 これは痛いに違いないと思うことで、痛みの感情を自分から取りにいっていることがわかったんです。うつになったのも、「俺は駄目な人間だ」と思い込んでいたから。そういう固定観念に執着していて、それを握りしめていたんですよね。

ものを持たないシンプルな生活を送り、掃除に目覚め、からだの使い方を追求し、さらには心の動きを内観した河辺さん。ナチュラル掃除と並行して起こった気づきは河辺さんにとって必要な心の再生のプロセスでもあった。

グリーンズ編集長の増村江利子さんも、生活家電をできるだけ手放して少ないもので暮らすミニマリスト

最後に、グリーンズの編集長が「いろんなものやコトを手放しても、なお持っていたいものは何か」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。

河辺 その時々で考え方も変化すると思うけど、今は「何も持ちたくない」かな。

僕はいろいろあったけど、やっと今執着を手放した状態にあるような気がするんです。だから、そういう気づきを伝えるために、掃除をすることによって、心が解放されていくというところを僕は目指したい。

ただ、それは楽しくやりたいですね。「おそうじ劇場」という名前にしたのも、掃除をエンターテイメントにしたいから。エアコン掃除をしに行くと、真っ黒な汚れが出るほどお客さんは盛り上がるんですよ。やっぱりお客さんを前にしたときに、楽しんでいただくことがやりたいことなのかな。

こちらから注文しなくてもコミカルなポーズをとってくれる

ちなみに、取材を終えたあと、筆者は年末の台所掃除で河辺さんのお掃除法を取り入れてみた。恥ずかしながら、半年以上放置したこびりついた油汚れもあったため、最初からセスキ炭酸ソーダをお湯で溶かした溶液をボウルにつくり、雑巾をひたして絞り、コンロ周りのパンチングボードを「バイバイ掃除」で拭いてみたのである。すると、油汚れがすんなり落ちた。そこで、今度はお湯だけで絞った雑巾で別の面を同様に拭くと、ある程度やったところで汚れは落ちていった。洗剤を使わなくても、また強くこすらなくても汚れは落ちるのだ。話には聞いていたけど、やってみるとその効果に驚いた。そして、それによって私の心はときめいたのである。

ひょっとして、河辺さんが箱根の家で初めて拭き掃除をしたときもこのような気持ちになったのだろうか。洗剤を使わずに拭くだけできれいになった部屋の心地よさを想像してみる。それは自分がからだを動かしたことで成し遂げられたのだ。

洗剤がなくても掃除はできる。冷蔵庫がなくても食べ物は保存できる。河辺さんはそうやって、これまで使うのが当たり前だったものを減らし、代わりに自分でからだを動かしたり、手づくりしたりすることで、自分への信頼を取り戻していった。そういうささやかな気づきが、裸一貫から再スタートした河辺さんのいまをつくっている。

だから、たとえ人生に失敗しても、そのような「当たり前」を変えることから、私たちは明日の自分をつくっていけるのかもしれない。私たちはありあまる便利なものに囲まれて暮らすことで、そういうシンプルなことが見えにくくなっているだけなのだ。

河辺さん流おそうじの仕方

[用意するもの]

●拭くもの
綿のタオル(おすすめは今治タオル)またはマイクロファイバータオル

※拭くものが自然素材の場合は綿のタオル(おすすめは今治タオル)、石油由来の化学素材には同じく石油由来のマイクロファイバーが合う。窓ガラスは、綿のタオルで拭くと繊維が残る場合があるのでマクロファイバーの方がきれいになる。

●削るもの
コゲとりスポンジ(ダイソーで販売している)、サンドペーパー(#800ぐらいとか)、ケレン(金属のヘラ)

●洗浄剤
アルカリ性洗浄剤…重曹、セスキ炭酸ソーダ、過炭酸ナトリウム(酸素漂白剤)、アルカリ電解水
酸性洗浄剤…クエン酸

●仕上げ剤
ウォッカ※40〜50°のものでOK。除菌効果を求めるなら80°以上。※スプレーボトルに移し変えて使う

[掃除の心得]

掃除のレベルを上げる要素は以下の3つ
1.擦る強さを上げる
2.洗浄剤の強さを上げる
3.温度を上げる

[拭き方]

ほこりをとるときや軽い汚れに「バイバイ掃除」

手首の力を抜き、バイバイするような手つきで小刻みに拭く。

中〜重度の汚れに「ゴッシーゴッシー」

壁に対してからだをハスに構え、おしり百会を意識しながら足を前後に開き、雑巾を持つ手をまっすぐに棒のように伸ばして、体重を前に後ろにかけながら、「ゴッ」で前に出し、「シー」で引く。このときひじを曲げると腕の力で拭いてしまう。あくまで拭く力は体重移動を利用しすると疲れない。

なお、顎を上げめにしてカンペル平面をつくり、汚れを上からふわっと眺めるようにして、汚れを直視しないようにすると、リラックスして拭くことができる。

床を拭く場合は、四つん這いになり背筋をまっすぐにしておしり百会とカンペル平面をつくり、雑巾を持つ手(腕)を斜め45°前に出し、肩を起点にして、ひじを曲げずにゴッシーゴッシーと拭く。やはり、「ゴ」のときに前側に体重をかけるようにして拭き、「シー」で引く。

立体的な部分の汚れに「握り拭き」

椅子の背もたれやテーブルの側面などの立体的な場所は、雑巾を持って握るようにして拭く。このときも基本は力を抜いて何度も小刻みに拭く。しつこい汚れにはマッサージするように拭く。いずれも、おしり百会とカンペル平面を取り入れた姿勢で挑むべし。

お湯拭き

水で拭いて落ちない汚れには、お湯を使う。ただし火傷しないように注意する。

洗浄剤の使い方

水拭きで落ちない汚れには、洗浄剤を使う。家の中の多くの汚れは酸性(油)汚れのため、アルカリ系洗浄剤をつかう。アルカリのpHは、重曹<セスキ炭酸ソーダ<過炭酸ナトリウム(酸素漂白剤)<アルカリ電解水の順に高くなる。

アルカリ度が強すぎると、そこだけ白抜けする場合もあるため、注意が必要。弱いpHの重曹でも一晩つけておけば、汚れはゆるむため、つけ置きを上手に利用するといい。また、水に溶かすよりもお湯に溶かした方が汚れは断然落ちる。

水垢などの酸性汚れは、クエン酸水のつけ置きでゆるめた後、コゲとりスポンジやサンドペーパーなどで削る。サンドペーパーは、目の細かな800番程度のものであれば、便器などの陶器を磨くのに使える。

ウォッカ仕上げ

スプレーボトルに移し替えたウォッカを吹き付けるだけ。台所、トイレ、洗面台、あらゆる掃除の仕上げや、テレビ、パソコン、メガネを拭いたりするのにも使える。

(撮影:廣川慶明)
(編集:増村江利子)

– INFORMATION –

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動力を使わず、自分の脚力と腕力だけで旅する「グレートジャーニー」で知られる探検家・関野吉晴さんはなぜ今、旧石器時代の暮らしを再現しているのか


greenz.jpの連載「暮らしの変人」は、固定観念にしばられず、新しい何かをつくりだそうと探究している人たちを愛を込めて「変人」と呼び、彼ら彼女らとの出会いから、自分の価値観を揺さぶり、新しい暮らしのヒントを持ち帰る連載です。

6人目の「変人」はグレートジャーニーで有名な関野吉晴さん。グレートジャーニーはテレビでも放映されていたのでご覧になった方も多いのではないでしょうか。今回は東京都青梅市に、関野さんを訪ねます。

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