今日もテレビから流れてくるガレキの街と化したガザの様子。2023年10月7日にハマスが起こしたイスラエルへの奇襲攻撃に対し、その翌日からイスラエル軍の報復攻撃が始まってしまいました。
常に紛争の絶えないこの地域で起こっている戦争に、私たちはどう目を向ければよいのでしょうか。ただ凄惨なニュースを見続けるだけではなく、そして目を背けるだけではない、この問題を考える糸口が知りたいと思いました。そんな中、SNSを通じて、アップリンク吉祥寺が『ガザの美容室』という映画を100円で緊急上映することを知り、この映画の存在を知ったのです。
『ガザの美容室』は、2015年にカンヌ映画祭批評家週間でワールドプレミア上映され、日本ではアップリンクを通して2018年6月に公開された作品です。監督は、ガザで生まれ育ったタルザン&アラブ・ナサールという、ひげ面の双子の兄弟。
正直いうと、作品についても監督についても知りませんでしたが、多くの社会派作品を世に配給してきたアップリンクが100円で上映すること自体にメッセージを感じ、また登録している配信サイトでも視聴できることを知り、早速その夜に観賞してみたのです。結果、観て良かったと思いました。
(トップ画像:映画公式サイトより引用)
ガザで暮らす等身大の女性たちに親近感が湧く
何よりも良かったと思えたことは、ガザにおける市民の、しかも女性たちの暮らしや心情について想像できたことでした。振り返ってみると、これまで私はパレスチナをめぐる世界に女性のイメージを感じたことがありませんでした。ニュースが伝えるパレスチナ問題は、宗教対立や難民や政治の話に終始しがちで、本来そこにある市民の生活が見えてこないがゆえに、女性たちに何のイメージも持ち合わせていなかったのです。そして、そんな無知を問うように、映画は通りを見つめる少女の険しいまなざしから始まります。
少女の視線は、砂埃が舞う通りでボール遊びをしている男児に注がれています。少女は彼らと一緒に外で遊びたいのです。しかし、美容室を経営するロシア系移民の母親、クリスティンは、娘の願いを聞き入れることはありません。2階の部屋では、美容アシスタントのウィダドが携帯電話で向かい側のビルの屋上にいる銃をもった髭面の恋人を睨みつけながら、別れ話をしています。彼女もまた、決して表には出ません。通りには、銃を持った男たちがうろついているのです。
殺伐とした外の世界に比べて、ガラス戸一枚隔てた美容室の中は、ターコイズ色と花柄に彩られた壁とソファーのあるかわいらしい世界が広がっています。12人いる女性たちは、黒装束のゼイナブを除いて、ヒジャブを脱いだカジュアルな服装で、携帯をいじったり、おしゃべりをしながら順番を待っています。伝統的なスタイルを守る人もいれば、ボブやショートカットを嗜好する人もいる。多様な女性たちのあり方に、見ているこちらとしても親近感が湧きます。
監督のナサール兄弟は、公開時のインタビューで、こう言っています。
他の地域の女性と同じように、彼女たちは幸せを感じたり悲しんだり、日々の問題に向き合い、恋もするし、自分の意見も持っている。僕らは、そんな人々の暮らしを映画にしたかったんだ。(web DICEより)
その言葉をよく表しているのが、夜に結婚式を控えて期待感に満ち溢れたサフタの隣の席に、夫の浮気への当て付けに弁護士とのデートを目論むエフィティカールがすね毛の脱毛を受けているという対比です。結婚と浮気という、女性の人生における光と影がさらりと示されているのです。
しかし、不意に停電が起こります。外の様子をうかがいながら、やおらマントとヒジャブを被って発電機を外に持ち出すウィダドの姿に、自由な女性の姿はありませんでした。彼女たちが自由に振る舞えるのは、この小さな美容室の中だけなのです。
化粧が女性をエンパワメントしていく
舞台を美容室の中だけに限定したワンシチュエーションのこの映画で、ストーリーを回すのは、女性たちの会話です。当然ながら、その会話には戦争の色が滲みます。
テレビの画像が乱れたことから、誰かが「イスラエルのドローンよ」と言うと、「あんたたち、戸棚を確認しなきゃ。砂糖、小麦粉、オイル。次の戦争はもっとひどくなる。ガザを地図から消す気よ」の声。すかさず、「まだ消せるものがある?」との問いに、「私たちよ。いっそ楽になるかもね」「あっちは選挙、こっちは戦争」「我らの戦士が敵を滅ぼすように」「もう戦争はうんざり!」。
うんざりすることは他にも。喘息を患うワファは、エルサレムで医療を受けようと、4回申請してもイスラエルから通行許可が下りないと嘆きます。ガザから出られない理由は、検問所が3つあるから。
イスラエルとの境界、ここにファタハが検問所をつくった。それに怒ったハマスがここに検問所を。だから、まずハマスの検問所で3時間尋問されて、ようやく通過したら、次はファタハから2時間の尋問。ハマスとの関係を聞かれ、やっとイスラエルに着いたら、刑務所に一直線。(サフィアのセリフより)
やがて、夕方の礼拝を告げるアザーンを合図に、通りでは銃声とともにマフィアのメンバーをせん滅するためのハマスの攻撃が始まります。美容室は幽閉状態になり、デートに行くことも、結婚式に出ることも困難な状況に。それでも、ランタンの薄明かりの中、ヘアメイクが行われ、鏡に写った自分の姿を見て微笑むサフタ。化粧という行為がいかに女性をエンパワメントしてくれるものなのかを感じさせるシーンでした。
差別が生み出した戦争にNOを言う一歩に
映画は、ハマスが叫ぶ「女たちを中に入れてドアを閉めろ!」というセリフで終わります。あくまで紛争は男たちが行っていることであり、そこに彼女たちは関与しない。ただそれは、守られているというより、実質的に閉じ込められているだけでもある。
外で男たちが戦争をしているさなか、活動家とおぼしきサフィアが、女性たち一人ひとりに政府の要職を任命していく姿が印象的でした。
「想像してみて。もし私が大統領なら、あんたは宗教問題相。女は有能だから、いい政府がつくれる」と。
監督のナサール兄弟はこうも言います。
パレスチナ人社会は家長制度だけど、僕らは社会が女性たちに見合う場所を与えていないと思っているんだ。彼女たちは、社会において重要な役割を担うべきなのに。(web DICEより)
10月23日(現地時間)のパレスチナ保健省の発表によれば、ガザ地区でパレスチナ人5,087人が死亡し、そのうち1,119人が女性で、2,055人が子どもであるとのこと。それは、外に出ることのできない女性と子どもたちが、建物ごと爆破されていることを意味するのではないでしょうか。
2002年からイスラエルは「テロから国民を守る」との大義名分で、高さ8mの分離壁をガザの周囲に建設しました。これによりガザの人々はどこにも逃げることができない監禁状態に置かれてしまいました。その中に、さらに閉じ込められた女性や子どもたちがいることを私たちは忘れてはいけないでしょう。
そして、同時に、この抑圧された状況をつくり出した根本がいったい何だったのかを想像する必要があります。それはテロでもなく、また宗教対立でもなく、土地の支配権をめぐる争いであり、自分たちと異質なものを恐れ、排斥するという差別にあるのではないかと思えてなりません。その意味では、ホロコーストを経験したユダヤ人の方々も歴史的な差別の被害者です。だからこそ、私たちと同じように化粧をし、おしゃれを楽しむ等身大のガザの女性の姿に共感することが、差別が生み出した戦争にNOを言う第一歩になるのではないでしょうか。
– INFORMATION –
アップリンクでは、報道で知ることのできないパレスチナ自治区ガザの住民たちの声を、劇映画という形ですが知ることができる本作を100円均一の入場料で緊急劇場公開しています。
また10月23日(月)から、 アップリンクが運営するミニシアターサブスク『DICE+』にて『ガザの美容室』を無料配信が開始されています。
詳細はこちらのページをご覧ください。