「人間は自然にとって悪でしかない」
若き日の私は、そんなことを考えていました。
2000年代、地球温暖化に関する映画や書籍、テレビ番組を頻繁に目にして、人間の活動が自然環境を破壊し続けているという事実を突きつけられて。それなのに、私一人が地球のためにできることなんて、ちっぽけで限定的。なんとも言えない無力感が、当時の私の生きづらさにつながっていたように思います。
その後、社会課題をテーマに取材を始め、ライターとして15年以上に渡って活動するなかで、人の中に希望を見出し、今その生きづらさはかなり軽くなりました。そして数年前に出会った「リジェネラティブ」という概念に、ハッとさせられました。
「人間が自然をよりよくできる」
ということを教えてくれる「リジェネラティブ」な実践の数々に触れ、かつての私には想像もできないような世界が広がる可能性を感じました。
今回ご紹介するのは、リジェネラティブな農業の実践。なかでも農業を始めるにあたって欠かせない土づくりのノウハウを、読者のみなさんと共有したいと思います。
「どんなに荒れた大地でも、人の手で再生できる」
石巻市雄勝町モリウミアスファームの大地で始まっている最前線の取り組みをご紹介します。
植物そのものを堆肥として利用する「緑肥」による土づくり
言うまでもないことですが、農業を始めるにあたって、まず欠かせないのは土づくりです。
種をまいただけで芽が出て作物が実ればよいのですが、それは栄養分豊富な土壌があって初めて実現すること。山を切り崩した土地や、海に近い砂地、塩害被害に遭った地など、条件の悪い場所で農業を始める場合は、土づくりから始める必要があります。
その一つの手法として存在するのが緑肥(りょくひ)による土づくりです。
緑肥とは、植物そのものを肥料として利用すること。主にイネ科やマメ科の植物を栽培して刈り取り、そのまま土壌にすき込んで肥料成分として活用する方法で、世界中で古くから行われてきた記録もあるそうです。
化学肥料ではなく、緑肥や堆肥などの有機肥料を利用することで、地中に炭素が還元され地力(保水力)が向上し、水資源の節約にもつながります。特に乾燥地域の農地では、土壌表層の炭素を増やすことで干ばつ被害が抑えられるという効果も期待できるといいます。
そんな緑肥の中でも、今世界中で注目が集まっているのが、今回使用する「ソルガム」です。
日本では「たかきび」とも呼ばれるソルガムは、アフリカ原産のイネ科の穀物。すぐ人の背丈にまで伸びてしまうほど成長が早く、緑肥以外にも、さまざまな用途に利用可能です。
動物の飼料として、また、栄養価の高い食用の雑穀として、難民キャンプでも配られているそう。また、小麦に含まれるグルテンが含まれていないため、アレルギー対策としてソルガムによるパン製造が日本でも始まっているほか、作物から病害虫を守るために植えたり、バイオマス原料として利用したり、その利用は世界中で広がっています。
塩害の大地に入った山土からの挑戦
今回、緑肥による大地再生の舞台となるのは、宮城県石巻市雄勝町の旧市街地。山に囲まれ、川が流れ、太平洋へつながるこの場所には学校や商店街、民家が建ち並んでいましたが、2011年3月、東日本大震災による津波が押し寄せ、ほぼ全てを失ってしまいました。
瓦礫が撤去された後、この場所は長らく一面の残土置き場となっていました。災害危険区域に指定され、人のいない、寂しい場所となってしまったこの土地を「人の営みが感じられる場所に」と立ち上がったのは、雄勝町の住民のみなさん。この土地の利活用について石巻市と調整を進めた結果、2020年に農地としての利用が決まり、2021年から事業化がスタートしました。
2022年には石巻市によって塩害を受けた土から山土に入れ替えられ、2023年より土地を借り受けた民間5団体による「雄勝ガーデンパーク」の開発が始まりました。災害危険区域の農地利用は、被災3県(宮城・岩手・福島)でも初の試みです。
その事業者のひとつが、MORIUMIUS(モリウミアス)です。雄勝町の高台に残っていた廃校を全国から集まったボランティア5,000人の手で再生し、2015年7月、「サステナブル」「ローカル」「ダイバーシティ」をテーマにした子どもの複合体験施設「MORIUMIUS」を設立。子ども向けプログラムを主軸に、企業研修やアーティストの受け入れも行い、2019年には年間1,500人ほどの人が訪れる場所となりました。
そんなモリウミアスが、2ヘクタールもの土地を舞台に挑戦するのは、ワイン用の葡萄畑。将来的には「モリウミアススファーム」として敷地内に加工場やレストランもつくり、ワインやジュースを楽しめる場所にしていく構想です。
そこでモリウミアスの代表・油井元太郎(ゆい・げんたろう)さんが掲げたのが、「多くの人の手で」実践する「リジェネラティブな農業」。有機物が豊かな土壌を古来の方法でつくり、CO2を貯蓄し、気候変動を抑制する効果もあるといわれる農法です。
油井さん リジェネラティブは、オーガニック農業のさらに先の、温暖化対策になりうる農業だと言われています。雄勝町は豊かな森に囲まれていて、まちの真ん中を川が通っていて、その先には海がある。日本中を見渡してもこんなに自然が凝縮している場所は稀有だと思います。
モリウミアスはこれまでこの雄勝町で、「命」「自然」「人」を基点に、子どもたちとともに自然をより良くする循環する暮らしを積み重ねてきました。これからはまちづくりに軸足を置いて、農業によって生物多様な環境を再生していきたいと考えています。
農業への挑戦は、「自然をより良くする」ことを軸にしたこれまでの活動の延長線上にあると油井さんは語ります。そしてもうひとつ、「多くの人の手で」ということも、モリウミアスがいつも大切にしてきたこと。
油井さん モリウミアスは、多くのボランティアの手を借りて立ち上がりました。プロセスに多くの人に関わってもらうことで自然にマーケティングができているのか、その後もさまざまな人が継続的に足を運んでくれています。これまでもこれからも、「自然をより良くすることに多くの人に関わってもらう」というのが我々のやり方です。我々がすべてをやるというよりも、活動に共感する人と一緒にまちを育んでいけたらと思っています。
しかし、開発開始段階でこの土地を覆っていたのは、少し掘ると大きな石がゴロゴロと出てくる典型的な山土でした。塩害の土から入れ替わったとはいえ、当初は雑草も生えず、虫も這わない、無機質な大地が広がっていました。
葡萄畑という将来像から考えると、大きなマイナスからのスタート。でもだからこそ、今後のモデルケースになるとも言えるでしょう。この大地がどのように再生への道筋を辿るのでしょうか。
実践!雄勝町で進行中のソルガムによる土づくり
ここからは、モリウミアスが実践している、リジェネラティブな農業における土づくりのノウハウを時系列で紹介していきます。
1.4〜5月:土壌改良材(牡蠣殻・竹炭)のすき込み
2023年4月、モリウミアスが借り受けた2ヘクタールのうち約1ヘクタールの土づくりが始まりました。
工事用の土砂の一部のような山土に、まずは土壌改良材として、地元産の牡蠣の殻を燃やした牡蠣殻石灰を大量にすき込みました。その量、1ヘクタール全体で約3トン。雄勝町では特産である牡蠣の殻を使用していますが、他にも石灰など、その土地で手に入りやすいものでの代用が可能です。
また、同じく土壌改良材として使用したのが竹炭です。地元の荒廃した竹林から数百キロほどの竹を刈り取り、畑で燃やして炭にして土壌にすき込みました。
これはパリで行われたCOP(2015年、パリ協定締結)で始まったフォーパーミル運動(フォーパーミル・イニシアチブ※)をヒントにしたそう。竹を炭にして土壌に埋めることで炭素を閉じ込め、温暖化対策につなげる方法で、日本でも山梨県が自治体として初めてこの運動に参加し、果樹園の剪定枝を燃やして炭にして土に撒くなど、先進的な取り組みを進めています。
※「フォーパーミル」とは、1000分の4(4%)のこと。「フォーパーミル・イニシアチブ」は、「全世界の土壌中に存在する炭素の量を毎年4/1000ずつ増やすことができたら、大気中のCO2の増加量をゼロに抑えることができる」という計算に基づき、土壌炭素を増やす活動を推進する国際的な取組み。
その他、モリウミアスでは500リットルほどの勲炭(お米を籾から籾殻を取り除いた際に発生する籾殻をいぶし焼きして炭化させたもの)を土壌改良のために使用しました。
あくまで身近にあるもので、無理なく無駄なく土壌改良を進めることがポイントと言えそうです。
2.5月上旬:ソルガムの種まき
5月、ゴールデンウィークの頃から、いよいよソルガムの種まきを始めました。モリウミアスは多くの人に関わってもらい関係人口を増やすことを大切にしているため、あえて手でまくことを選択。モリウミアスが主催するプログラムに参加した子どもたちや保護者、クラウドファンディングの支援者、企業研修の方など総勢約200名で1ヘクタールの大地に種をまきました。
ソルガムの種まきは、気温が15℃以上になる5月〜8月が最適。畝の間隔を30センチほど取り、数センチの溝を掘って筋まきし、軽く土をかぶせます。
種をまいていると次々に石が出てきたため、石を取り除きながらの作業になってしまったそうですが、そんな大地でも数週間後には、小さな芽が生え始めました。
3.6月:堆肥と鶏糞を投入
実はこの段階で想定外の事態が起きていました。土壌の状態のせいか、ソルガムの成長が想像よりもかなり遅かったのです。
そこでいかされたのが、モリウミアスの持つつながりです。
ベランダでも手軽に生ごみを堆肥に変えることができる「LFCコンポスト」と連携し、全国の家庭から堆肥を送ってもらいました。20リットルのバッグ130袋分の堆肥に加え、鶏糞も投入したところ、それらを入れた場所とそうでない場所では、ソルガムの伸びが大きく違ってきたそうです。
自然の力と人の営みによるさまざまなプロセスを経て、7月にはようやく、大人の腰ほどの高さまで成長しました。
8月初旬には、人の背丈まで届くほどに。4ヶ月前とは全く違う、サトウキビ畑のような場所へと生まれ変わっていました。
4.8月上旬:ソルガムの刈り取り&すき込み
さて、ここからは私自身の実体験とともにお伝えします。8月上旬、グリーンズ主催「リジェネラティブツーリズム in MORIUMIUS FARM」に集った約20名の参加者のみなさんとともに雄勝町に向かいました。
実は私は4月にもこの場所に訪れていました。でも、この日私が目にしたのは、わずか4ヶ月ほどの間に大きく姿を変えた雄勝の大地。私の背丈以上に伸びている箇所もあり、ソルガムの強さ、そして雄勝の大地に眠る底力を見せつけられたような気持ちでした。
この日のミッションは、刈り取りです。種まきと同様、敢えて人の手で刈り取り、多くの人の息吹を大地に吹き込んでいきます。
長袖長ズボン、帽子にタオルという農業の基本装備に加え、欠かせないのは軍手。ソルガムは側面で手を切ってしまうこともあるので、必ず軍手を着用して作業に臨みます。斧を使用し、稲刈りと同様にザックザックと刈り取っていきました。
刈り取り作業は、しゃがんでも中腰でも、それぞれのスタイルで構いませんが、ポイントは、左手(利き手と逆の手)でソルガムを束状につかみ、根本に対して角度をつけて一気に切り込むこと。気持ちよくザクっと刈り取れた爽快感は、たまりません。
刈り取った根本に目をやると、ゴロゴロとした石がたくさん見つかりました。こんな大地でも成長を続けるソルガムの圧倒的な生命力を感じます。
こうして刈り取ったソルガムは、その場に横倒しにしておきます。黙々と作業を繰り返すこと1時間。大量にソルガムが敷き詰められた大地に、さらなる土壌改良のために牡蠣殻を撒いていきました。
作業中、たくさんの虫たちに出会いました。トンボ、蛙、蜘蛛、蝶々、そのほか名前も知らない虫たちも。
大地に目を向けると、ソルガムではない植物も見受けられました。トマトやカボチャといった身近な野菜が芽生えたその訳は、コンポストで熟成した堆肥にあります。家庭の生ごみの中にあったカボチャやトマトの種が、この大地で芽を出したのです。
「ソルガムって食べられるんだよね?」「キビってことは甘いのかな?」なんて会話から、刈り取ったソルガムをかじってみる私たち。ザクっとした噛み心地と優しい甘みに心もほっこり。
牡蠣殻、竹炭、そして堆肥。これまでこの地で施されたさまざまな土壌改良のストーリーにも思いを馳せながらの、楽しい農作業の時間でした。
ここからは機械の出番。刈り取ったソルガムを耕運機で土壌にすき込んでいきます。まだ青々としているその日のうちにすき込んだ方が微生物が集まりやすいため、この日は午前中に刈り取り、午後早めの時間にすき込み作業まで終えました。
5.9月上旬:2度目の種まきから刈り取りへ
刈り取り・すき込みから1ヶ月の熟成期間を経て、再びソルガムの種をまきました。その際、刈り取った大地から再び芽を出すソルガムもたくさんあったのだとか。9月上旬、種をまき終えた畑はこんな様子です。
土壌の変化については大学と連携して研究を進めているとのことですが、まだ化学的にはっきりとした変化はわかりません。ただ、虫の数や植物の生え方をみると明らかに栄養分豊富な大地への変化が感じられます。
今後、2ヶ月後には再び成長したソルガムを刈り取り、1回目と同様に土壌にすき込む予定です。さらに冬場には排水のための暗渠(あんきょ)を入れ、来年4月にはいよいよ1,300本ものワイン用葡萄の苗木を植える予定。
さまざまな品種を試すことから始め、約5年後の2029年春には立派にワイン用葡萄畑に生まれ変わる計画ですが、この未来予想図がどうなるかはまだ、誰もわかりません。
「先が見えない。だからこそ、面白い」
と油井さんは、口癖のように言います。
たくさんの人たちとともに学びながら、荒廃した大地を葡萄畑へ。モリウミアスの壮大なチャレンジは、まだ始まったばかりです。
リジェネラティブな農業が教えてくれること
ここまで緑肥による土づくりのノウハウを、実践を交えながらお伝えしてきました。この手法は、どんなに無機質な大地にも応用可能な手法である一方、時間と手間がかかることは否めません。
お金をかけて土を購入したり化学肥料に頼ったり、すべて機械で行ってしまった方が、手っ取り早いことは確かです。でもこのプロセスを一つずつ丁寧に辿ること、そしてそこに多くの人が関わっていくことで、育まれるものは大きく違ってくるでしょう。
種をまいた人、刈り取った人、堆肥を送った人、そのプロセスを目の当たりにした人、そんな大人たちのとなりにいた子どもたち。
この大地がたわわに実をつけた葡萄畑に変容したとき、彼らは何を感じるのでしょうか。この地で初めてジュースやワインを味わったとき、何を思うのでしょうか。
雄勝町に人の息吹を送り込み続けるモリウミアス。みんなの手でつくるこの大地の「明日」は、間違いなく、雄勝町の「明日」へとつながっていくでしょう。
たとえ時間がかかっても、最初から葡萄が豊富に実らなくても、きっとこの地を訪れる人が途絶えることはない。そんな確信とともに、私は雄勝町を後にしました。また必ずこの地に足を運ぶことを、心に強く誓って。
「人の手で自然をよりよくできる」という確かな実感を、子どもも大人も、たくさんの人とともに。
土づくりから始めるリジェネラティブな農業、モリウミアスファームをひとつのモデルとして、あなたのまちでも実践してみませんか?
(撮影:山田真優美)
(編集:増村江利子)