まだまだ残暑がつづく夏の夜。東京・高円寺駅から10分程度歩き、からだがじんわりと火照ってきたところで昭和8年創業の銭湯「小杉湯」の看板が見えてきました。暖簾をくぐり下駄箱に靴をしまい、受付を済ませます。
このまま入浴したいところですが、今回は目的が違います。
そう、今日は株式会社ゼブラアンドカンパニー主催の3社合同採用説明会にやってきたのです。イベントのタイトルは「人と街と地球のためのファイナンスと事業のあり方」というもの。
初めて足を踏み入れる小杉湯の男湯。受付でもらった飲み物とドーナツを手に、並べられた風呂椅子に腰をかけます。仕事を終えてから来たのか、スーツやオフィスカジュアルの人たちの姿も。20個ほどの風呂椅子は着々と埋まっていきました。
今回の合同採用説明会には、主催の株式会社ゼブラアンドカンパニー、株式会社小杉湯、株式会社NEWLOCALの3企業が一堂に会しました。経営支援と銭湯と地域支援。事業がまったく異なる3企業の共通点は、社会課題の解決とビジネスの両立を目指す「ゼブラ企業」であるということ。そして、3企業とも「ファイナンスの担い手」を求めているそうです。
そもそも「ゼブラ企業」とはどんな企業のことを指すのか。また、なぜ「ゼブラ企業」でファイナンスに取り組む担当者が求められているのか。イベントの様子とともに紐解いていきます。
登壇者のプロフィール
株式会社小杉湯 COO
カスタマーサクセス、CRM、マーケティング領域を中心に事業責任者を勤めた後、同年末に取締役COOに就任。2022年に銭湯経営を目指し独立。現在は、高円寺で90年続く老舗銭湯「小杉湯」の事業責任者として、銭湯の運営や新規事業に関わる。小杉湯として、来年4月に、初の2店舗目となる「小杉湯原宿(仮称)」を開業予定。
株式会社NEWLOCAL代表取締役
東京大学大学院で建築・都市設計を専攻。卒業後、マッキンゼーアンドカンパニーにて国内外の企業・政府の戦略策定・実行を支援、主に都市開発、公共政策などを担当。2017年に株式会社MYCITYを設立、都市·不動産向けのIoTプラットフォームを提供。2019年 株式会社point0 取締役就任、企業共創のコワーキング施設を企画・運営。2021年 APイニシアティブ プログラムフェローとして全国のスマートシティーをリサーチ。2022年 株式会社NEWLOCAL創業。「地域からハッピーシナリオを共に」をミッションに、日本各地でまちづくりに挑む。
Zebras and Company 共同創業者 / 代表取締役
Tokyo Zebras Unite 共同創設者
Zebras Unite 社外理事
投資実行に加えて、投資後のビジョン・ミッションや戦略策定から、それらを実行するための仕組みづくりや組織作り・リーダー育成およびインパクト指標を使った経営判断の支援を行う。グローバルな視点・経験・ネットワークを持ち、世界における潮流のコンセプト化、海外パートナーとのパートナリング組成を得意とする。
「ゼブラ企業」ってなに?
「ゼブラ企業」とは、「ユニコーン企業」へのアンチテーゼとして生まれた言葉。急成長を優先せずに、社会課題の解決と企業利益との両立を目指す企業のことを指します。
起業10年以内かつ時価総額10億ドル以上、つまり急成長急拡大している未上場ベンチャーである「ユニコーン企業」は、2010年代以降テクノロジーを進展させ、社会に大きなインパクトを与えてきました。
自動車配車サービス「Uber」や、宿泊施設や民泊仲介サービス「Airbnb」など、私たちが日常的に利用しているサービスの中にも「ユニコーン企業」が生み出したものが多くあります。
これまで「ユニコーン企業」という評価を目標に多くのスタートアップが誕生してきました。しかし、中には急成長を目指すあまり、過剰な競争や市場の独占をいとわない企業も見受けられ、その姿勢を疑問視する声も上がっています。
そんな「ユニコーン企業」への疑問から、新たなムーブメントとなりつつあるのが「ゼブラ企業」です。「ゼブラ」とは「シマウマ」のこと。白と黒を併せ持ち、群れで行動する習性から、社会貢献と企業利益という一見相反する理念を両立させ、競争ではなく共存に価値を置く考え方を表しています。
「ゼブラ企業」の成長支援に取り組む株式会社ゼブラアンドカンパニーの田淵 良敬(たぶち・よしたか)さんは、こう説明します。
田淵さん 「ゼブラ企業」は、2017年にアメリカの4人の女性起業家によって初めて提唱されました。彼女たちは「Zebras Unite」という組織とコミュニティをつくり、共感する経営者や企業を巻き込みながら世界中に支部を増やしています。私たちが運営している「Tokyo Zebras Unite」は、その日本支部に該当します。Tokyo Zebras Uniteを立ち上げてからしばらくした後、ゼブラ企業を社会に実装するために、投資や経営支援を行うゼブラアンドカンパニーを共同創業しました。
「成功」の定義が画一的でなくなってきている今、すべての会社や事業がユニコーン企業的な成功を求める必要はありません。人や自然、地域を大切にし、時間をかけてより良い社会を目指す「ゼブラ企業」のあり方を広げていくこと。それが私たちゼブラアンドカンパニーのミッションです。
急成長を目指すスタートアップで感じたジレンマ
今回お話をしてくれた小杉湯とNEWLOCALは、社会に本当に必要なものを残すためにビジネスを走らせてきた「ゼブラ企業」だと、イベント主催者のゼブラアンドカンパニーはとらえているそうです。ここからは、そんな2社で働く2人の話を聞いてみましょう。
小杉湯でCOO(最高執行責任者)を務める関根 江里子(せきね・えりこ)さんは、以前は金融サービスとテクノロジーを組み合わせたフィンテック(FinTech)業界のスタートアップでCOOを務めていました。当時はフィンテック業界が急成長しており、会社の売り上げは鰻登りで、大規模な資金調達を繰り返していたといいます。
関根さん しかし、新しいサービスをリリースしてから1年も経たないうちにコロナ禍がやってきて、フィンテックバブルが弾けました。これまでできていた資金調達が突然できなくなり、多くの社員に退職勧奨を行わざるを得なくなりました。結果、当時の代表が辞任し、私ともう一人で引き継ぐことになります。
「大規模な資金調達をして、短期的な利益を出す」を繰り返す。それができなければ、思い描いたビジョンをすべて手放さなくてはいけないーー。「ファイナンスとはどうあるべきなんだろう」という問いに向き合わざるを得ない、私にとってとてもタフな出来事でした。
「次は必ず銭湯で働きたい!」と決めていた関根さん。VCとともに、フィンテック企業を後任に譲渡したのち、銭湯の仕事に就くために奔走します。
しかし、歴史ある銭湯は信頼関係を重視する世界。突然「ここで働かせてください」と店主に声をかけても、そう簡単には信頼してもらえません。銭湯への熱い想いを伝えても、中には「銭湯なんてもういらないでしょ」と、店主本人から言われてしまうこともありました。
関根さん 「銭湯が必要なんだ! という想いをいくら感情で訴えても伝わらなくて、もっとロジックで説明できるようにならなくちゃいけない」。そんな内容をある日、Twitterでつぶやいたんです。
そうしたら「いま、まったく同じことを考えてました」と小杉湯代表の平松佑介さんがDMをくれました。それが私と小杉湯の出会いです。「ついに仲間が見つかった!」と、運命的なものを感じました。
銭湯が直面するファイナンスの課題
小杉湯は、昭和8年から高円寺の町に根付く銭湯です。特にミルク風呂が有名で、“温冷混合浴の聖地”ともいわれています。また89年の歴史を持つ建物は文化財としての価値も高く、国の登録有形文化財にも指定されています。
平日は1日約600人、土日は約1,000人もの人が足を運び、深夜1時頃でもロッカーが埋まる日や入場制限がかかる日もあります。それだけ多く人が訪れる小杉湯ですが、それでも「入浴料金だけでは経営ができない」という現状があるようです。
関根さん 銭湯は物価統制の対象なので、入浴料金を上げることができません。しかし、毎月かかる何百万円もの修繕費やガス代の高騰、コロナ禍の借り入れを踏まえると、黒字化するだけでもギリギリな状態です。
それに加えて、20年ごとに水回りの大規模改修をおこなわなければいけません。前回の大規模改修からもうすぐ20年経ちますから、小杉湯は数年後までに2〜3億円のお金を用意しなければならないんです。
多くの人々の生活インフラとなっており、文化財としての価値も高い銭湯を存続させることは、社会性を持った取り組みだといえます。そしてその取り組みには「社会課題の解決と企業利益との両立」という、「ゼブラ企業」の視点が欠かせません。
そのための新たな挑戦として、2024年春には原宿に小杉湯の2店舗目がオープンします。「入浴料×来客数」だけでは改修費を賄えないなかで、どう資金調達をするか。小杉湯は現在、共に考える仲間を探しているそうです。
人口減少が続く地域で、持続可能なモデルをつくる
次にマイクを渡されたのは、2022年にNEWLOCALという会社を立ち上げた石田 遼(いしだ・りょう)さんです。不動産領域やまちづくりに携わるなかで、石田さんは切実な課題にぶつかりました。それは「人口は増えない。成長しつづける未来はない。そんな中で、いかに私たちは生きていくか」という問いです。
石田さん 「人口が増えて成長しつづける」という20世紀的な世界観は、もうこの日本では通用しなくなりました。そんな中で、人口減少社会における持続可能なモデルを地域から複数つくり上げることが私たちのミッションです。
例えば、スキーが有名な野沢温泉村という地域があります。冬場は多くの観光客が訪れますが、町の人口は3,400人程度、高齢化や建物の老朽化により多くの宿が閉業してしまう状況にあります。
そこでNEWLOCALは、野沢温泉村出身のスキーヤー河野健児さんと共に株式会社野沢温泉企画という会社を立ち上げます。閉業していた民宿等の施設を借りて改修をおこない、複数の宿泊施設やミュージックバーを開業。スキーだけではない通年での観光の強化や移住・定住促進、起業・雇用促進など、町を存続させるためのさまざまな取り組みを行っています。
石田さん 特に地域の企業は、都会のような急成長を見込めないため資金調達がしにくいという課題があります。だからこそ、起業などの新しい挑戦がしにくいわけです。
その打開策として、私たちは不動産開発に着目しています。野沢温泉村の例のように、使われなくなった物件を借りてリノベーションし、県外の人も来たくなるようなユニークな施設に生まれ変わらせる。その施設を訪れたことをきっかけに、ゆくゆくは移住を検討してくれる人も現れるかもしれません。
私たちも事業に取り組むなかで、「人が集まる場」をつくるとコミュニティが自然と強くなることを実感しています。
「人口減少社会における持続可能なモデルをつくるためには、不動産が大きな鍵になるのではないか」という石田さん。不動産は資本主義的なビジネスを代表するものだからこそ、不動産開発で新しいモデルをつくることは、お金の流れを大きく変える可能性があると、仮説を立てているそう。
実際にNEWLOCALは、資金調達がしにくいといわれる地方を舞台にした事業でありながら2023年に個人投資家等から約8,000万円の第三者割当増資を実施しました。
石田さん このモデルを他地域にも展開していきたいのですが、各地域には独自の歴史や文化がありますし、地元の方々に信頼してもらえなければ、そう簡単に横展開できるやり方ではないと自覚しています。
だからこそ、不動産に精通した方や、人口減少を前提とした地域での新たなお金の流れを共に考えてくれる仲間を探しているんです。
ゼブラ企業のファイナンスは、泥臭くてクリエイティブな仕事
関根さんからは銭湯が直面する課題を、石田さんからは地域での不動産事業の可能性を教えてもらいました。では、ゼブラ企業でのファイナンス担当の仕事とは、どんなものなのでしょうか。ここからは3名のディスカッションをお届けします。
ーー改めて、小杉湯とNEWLOCALが現状を打開する方法として、現在考えていることを教えてください。
関根さん そもそも銭湯は物価統制があるのに、民間企業が資本主義のルールで守っていかなくてはいけないという、矛盾を抱えている業界なんです。
そんな中で、入浴料以外でどう成り立たせていくかを考えたとき、先ほど石田さんが話していたように、例えば、小杉湯の近くにある風呂なしアパートを私たちが購入し貸し出すなど、不動産は大きな鍵になると思います。
他にも、海外からの資金調達も大きな可能性があるのではないかと思っていて。日本は「文化に投資する」という感覚が薄く、そのこと自体が課題ではあるのですが、逆に海外の方たちが日本の文化に価値を置いてくれることも十分考えられると思うんです。
石田さん いま資本金100万円の会社をいろんな地域につくろうとしています。信頼も実績もゼロのところから、どうやって資金調達をしたり物件を確保したりするのか。借りた物件でどんなおもしろい企画を打ち立てていくのか。地域に足を運びながら地道に一つひとつ条件をクリアしていく必要があります。
地域の事例を10個以上生み出すことができれば、それまでNEWLOCALが培ってきたノウハウを一般化して、多くの地域に展開できるようなサービスにすることもできると思うんです。NEWLOCALという会社自体が持続可能でなければ、持続可能なまちづくり支援もできなくなってしまいますから、「地域のお金のつくり方」「地域支援をする側のお金のつくり方」の両方を、これから組み立てていきたいと思っています。
ーー最後に、それぞれどんなファイナンス担当を求めているのか教えてください。
関根さん 「痺れるファイナンス」ができる人!(笑) 調達から出口までお金の流れをみたときに「なんて美しいファイナンスなんだろう」と、思わずうっとりしてしまうようなものを一緒につくってくれる人、むしろ先導してくれる人を探しています。
誤解を恐れずにいうと、小杉湯が新しい店舗をつくることや不動産を借りて銭湯を中心とした経済圏をつくることが、一番のやりたいことではありません。変わらぬ街の銭湯を残すために、これだけ力を尽くしたんだという血と汗が染み付いたファイナンスのあり方自体が、「それだけ銭湯は社会に必要なんだ」と伝えるための強いメッセージになるんです。必死にもがいて生み出したお金の流れは、銭湯を社会に残すんだという小杉湯の覚悟そのものです。
石田さん 関根さんの話を聞いていて、改めてゼブラ企業のファイナンスは泥臭い仕事だなあと思うんですよね(笑)
地域貢献の仕事を志望される方の中には、「一般企業で働くのに疲れたから、もう少しゆるい仕事がしたい」といった思いを持つ方もいらっしゃるんです。でも、ゼブラ企業は社会課題解決とビジネスという、そもそも両立しにくいものをどうにか成立させるわけですから、結構泥臭いし大変な仕事なんです。だから、それを覚悟した上でより難しいことにチャレンジしたい方にお越しいただきたいなと思っています。
田淵さん 「ゼブラ企業」のファイナンスは、前例も正解もないものを世に創り出すという非常にクリエイティブな仕事なのだと、お二人の話を聞いていて改めて感じました。
私たちのコンセプトの中に「Different scale, Different future(これまでとは違う物差しがあれば、これまでとは違う成長と未来がある)」という言葉があります。僕らは「ゼブラ企業」の経営支援を行っていますが、既存の方法ではない、新しいファイナンスのあり方を提案できるような存在でいなければなりません。
これまでファイナンスに携わってきたけれど、既存のやり方に疑問を感じてきた方や「ゼブラ企業」を経営面から支援したい方にぜひ仲間になっていただきたいです。
「その企業らしさ」は、ファイナンスの担い手が引き出す
人や社会、地域にどれだけいいことをしようとしても、私たちが生きる資本主義社会ではお金のことを避けて通ることはできません。
3社の話を聞いていて、ファイナンスとはひたすらに数字を追いかけることではなく、「その企業が何を大切にしたいのか」を色濃く映し出すものなのだと感じました。
小杉湯、NEWLOCAL、ゼブラアンドカンパニー。それぞれの「らしさ」を引き出すファイナンスの担い手が求められています。自身の経験やスキルをいかして、守りたいものやありたい未来のためのファイナンスに挑戦したい人はもちろん、ユニコーン企業的な経営に疑問を抱いてきた人にも良い仕事かもしれません。これまで感じてきた違和感が、「ゼブラ企業」のファイナンスをつくる強いエンジンとなってくれるはずです。
(編集:山中散歩)
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