いつの間にか、「胡散臭いマーク」になってしまっている感があるSDGs。2015年に国連サミットで策定されてから8年が経ち、今年は2030年というゴールイヤーの折り返し地点にあります。
2000年代から環境問題をはじめとする社会課題に向き合い続けてきた私にとって、当初SDGsはとても輝かしく見えたものです。環境、社会、経済のさまざまな課題をビジュアル化したカラフルな17個のアイコンにはワクワクしました。
ステークホルダーを超えた共創により世界を変革するというヴィジョンにも勇気づけられました。社会課題の解決というものが、一気にメジャーな舞台に躍り出るような勢いを感じ、高揚したものです。
SDGsを共通言語として、これまでつながれなかった企業や団体の人たちとつながれるようにもなって、時代は変わるものだと思ったものです。
しかし、あれから数年。既存の取り組みにSDGsのゴールを紐付けて「私たちはSDGsやってます」とアピールする企業や、ありきたりなメッセージにロゴをつけて「SDGsの達成に貢献しています」と宣言してしまう行政などのPRが乱立するように…。変革とはほど遠く、むしろ何かをごまかすために使われているのでは…と懸念されるような事例に触れることが多くなり、私自身、辟易とし始めていました。
しかし、まだ希望は捨てきれない…。そんなモヤモヤを抱えていたタイミングで、SDGsのロゴデザインを指揮したクリエイティブ・ディレクター、ヤーコブ・トロールベック氏が来日し、登壇する講演会があると聞いて伺いました。疑いと期待が半分半分の気持ちのままで…。
政府機関や専門家だけではなく、みんなの目標にするために
訪れたのは、株式会社ワンプラネット・カフェ主催、合作株式会社/株式会社フューチャーセッションズ共催の「SDGs FUTURE DESIGN TALK」。
講演の始まりに、この講演会を主催したワンプラネット・カフェのペオ・エクベリさんが話しました。
エクベリさん これまでサステナビリティに関わる世界的な目標や取り組みが続けられてきましたが、SDGsが登場するまで、その内容は難しくて、専門家にしか理解できないものでした。それが、いまではヤーコブさんによるカラフルなデザインとシンプルなワードによって、多くの人に受け入れられるようになっています。
そうだ…。SDGsができる前までは、社会的な価値について企業とNPOが同じ目線で話をするのは難しかったものだ。企業も、行政も、非営利団体も、市民も、どんなセクターの人とでも目標感を共有できるツールとしてSDGsが広まることで、社会的な価値を向上させるという考え方そのものがスタンダードになった。それが行きすぎて取り組みが玉石混交になることで、飽きられたり、呆れられたりしているのが現状なのではないか。
SDGsのシンボルロゴ、そして17ゴールのアイコンをデザインしたのは、サステナビリティに関するコミュニケーションを企画するスウェーデンのThe New Division社の創業者でもあるヤーコブ・トロールベックさん。
トロールベックさんは国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の話を聞き、その重要性を認識しながらも、その複雑な内容をどう噛み砕いて伝えるかがカギになると直感。SDGsを成功に導くためには、地球上のすべての人にわかるくらいのシンプルさが必要だと。
そのために、まず各ゴールの言葉を短いフレーズに研ぎ澄ましました。そして、ビジュアルは標識などのサインのように端的にイメージが伝わるように。
SDGsといえばカラフルなアイコン。人びとの行動を促すには、17のゴールを好きになってもらうことが必要だということで、それぞれがアイデンティティを持ちながら全体として楽しい印象になる、17色のパレットのようなアイコンに仕上げました。そして、カラーサークル。SDGsそのものがブランドとして愛されるものになるように、17色で構成される親しみやすい円を用いたマークを完成させたのです。
推敲と検証を重ねてできあがったデザインとともに、瞬く間にSDGsは世界中に広まることに。17色で構成されたサークルと、カラフルでシンプルなアイコンは、目にしない日はないくらいですよね。
会場に置かれていたボードには、SDGsの17ゴールをつなげた文章が。SDGsが達成された2030年をバックキャスティングできるように構成されています。
日本語訳は以下のとおりです。
目標達成のために、具体的なアクションをキャッチーに
しかし、認知が広がったとしても、目標が達成されるとは限りません。昨年、国連によってまとめられた報告を見ても、各ゴールにはまだまだ多くの課題が残されています。
また日本ではいろいろな企業や行政が、これまでやってきたことを17ゴールに当てはめて「SDGsやってます、ずっと前からね」みたいな使い方をしていることが目立ちます。まるで、「なんとなくいいことやってる感アピール」のラベルに成り下がっているのが残念でなりません。
そうした雑な使い方を許してしまっているのはどうしてなのか…。アイコンを見ていると思うんです。17のゴールって、ザックリしすぎてません? と。「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」って…そりゃそうですよね、という。
認知は広がった。でも、行動は進んでいない。その原因は17ゴールの「ザックリ感」にあるのではないか。SDGsのアイコンをデザインしたトロールベックさんは、行動を促すために17のゴールのもとに設定されている169のターゲット(詳細目標)への注目を高めようと考えます。
「具体的にどんな行動が求められているのか、理解してもらわないといけない。」
そんな想いからトロールベックさんは、169のターゲットそれぞれを個別にアイコン化することにしたのです。
トロールベックさん 17の目標どれか1つに取り組めばいいのではなく、すべての目標は密接に関連していて、全てに取り組むことでゴールは達成されるということを、もっと人々に理解してもらう必要があると感じました。
そこで今回のイベントでは、参加した人たちにはカラーチャートのようなグッズが配られました。ワンプラネット・カフェが制作・販売している『ターゲット・ファインダー』というツールです。このツールは、SDGsの17のゴールと169のターゲットの束を金具で留めてあり、扇子のようにパッと開くと、ゴールとターゲットが手のひらで見られるようにデザインされています。
パラパラとターゲット・ファインダーを開いていると、確かに、169のターゲットそれぞれがどのような行動を求めているのかが、パッと頭に入ってきます。SDGsに関心があった私でも、ターゲットに関してはたまにウェブサイトに上がっているものを読むことはあったものの、細かい文字だらけなので積極的に触れることはありませんでした。それが、一つひとつに1コマ漫画的なアイコンがついていて、しかもパラパラと見られるツールになっていると俄然、読む気が起きてくるんですね。これがデザインの力か!
greenz.jpの合言葉「生きるを、耕す。」に通じるターゲットはあるかなとパラパラやってみると…あるわ、あるわ。
どうでしょうか。これを読むだけでも、SDGsへの解像度がグッと上がり、具体的に何をすればいいのかが明確になったのではないでしょうか。シンプルなアイコンを入り口にそれぞれのターゲットの内容を読んでいると、私たちの社会は複雑な生態系や文化のもとに成り立っているということが想像できるようになってきます。
SDGsのアイコンはシンプルなデザインですが、トロールベックさんはそれは「単純化」とは捉えていません。概念を広く流通させるためのシンプル化であり、そこに内包されている複雑性を楽しんでほしいと言います。
自分を変えることと世界を変えることをつなぐチャレンジ
複雑に絡み合った世界の課題を受け止め、解決に向けて具体的に行動する。そのために、さらに必要なことは何だろう。社会課題の文脈ではよく、「自分ごと化」という言葉が使われます。社会の課題を、自分の課題や関心ごとにすることで関心を高め、行動につなげていくことが大切だ、というような意味で。SDGsの達成のために必要なのも、一人ひとりの内面の変化なのかもしれない。そうした仮説のもとでいま議論が進められているのが、IDGs(Inner Development Goals)です。
IDGsの策定に向けて、国際的な研究チームは世界中にいる200万人を対象に、SDGsを達成するために人間に求められる能力は何かを明らかにする調査を行いました。その結果明らかになったのは、以下のような5つのスキルと行動でした。
つまり、SDGsによって示された外部課題と、IDGsによってめざす内なる力の向上が組み合わさることで、社会をダイナミックに変えていくという考え方ですね。これは、「生きる、を耕す。」ことで、「ほしい未来をつくる」ための道筋なのではないか! と勝手に興奮してしまいました。
トロールベックさんによる講演のあとは、シンク・ジ・アースの上田壮一さんとセイタロウデザインの山崎晴太郎さんを交えてのトークセッション。「行動変容を促すデザイン」をテーマに、海外からの視点と実践者としての視点を交えて話が盛り上がりました。
全ての国の文化が同じになってはつまらない、違いがあるからこそお互いに学べることがあるということを前提にしながら、トロールベックさんは日本における課題としてジェンダーの不平等についてこう語りました。
トロールベックさん 女性はもっと声を上げたほうがいい。みんなが楽しく生きるために、私たちの声を聞いて、いっしょに決めて、と。男性がダメと言っているわけではない。権威は人をハッピーにしないのです。
そして、競争から共創へのマインドシフトが鍵を握ることも強調しました。
トロールベックさん 競争は人を掻き立てるロケットになることがある。競争がないと、人類はここまで進歩できなかったという側面もある。しかし、全ての人のためにならないこともある。誰か強い人がまとめてつくったシステムはベストではない。たくさんの人が考え尽くし、合意して生まれるハーモニーこそが美しい。
共創のハーモニーは、一人で生み出すことはできません。「明日から、いろんな人と話してください」。トロールベックさんが最後に呼び掛けた言葉は、改めて、SDGsの達成のために大切なことを思い起こさせてくれました。
SDGsは国連によって採択された2030アジェンダの目標ですが、そのアジェンダの正式名称は「Transforming Our World: The 2030 Agenda for Sustainable Development (我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ)」。つまり、いままでの世界を延命させるためではなく、世界のあり方そのものを変えていくことで、社会を持続可能にしていくための枠組みです。
世界を構成する単位としての一人ひとりが、自らのマインドを変革し、人とつながりながら、自然とともに新しいハーモニーを奏でていく。そんなイメージを浮かべながら改めてSDGsのアイコンを見てみると、それぞれが動きを持って自分に語りかけてくるような気持ちになったのでした。まだまだ世界を、SDGsを、あきらめない。
(撮影:丸原孝紀)
(編集:廣畑七絵)