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戦争における正義とは何か? 第二次世界大戦における両陣営からの視点を描くドキュメンタリーから、正義の危うさを考える

毎年のように、太平洋戦争をテーマにしたアニメ映画やドラマ、ドキュメンタリー番組など、さまざまな作品がテレビで放映される日本の夏。敗戦から78年目の今年は、「セルゲイ・ロズニツァ《戦争と正義》ドキュメンタリー2選」と題して、2本の映画が公開されます。死者を悼み、平和を祈るだけでなく、もう一歩踏み込んで、戦争における正義について思考を巡らせてみませんか。

ナチス・ドイツによる凄まじい空襲と戦勝国による軍事裁判

8月12日に公開されるのは、セルゲイ・ロズニツァ(Sergei Loznitsa)監督の『破壊の自然史』と『キエフ裁判』の2本のドキュメンタリー映画です。

『破壊の自然史』は、第二次世界大戦中に連合軍がハンブルクやケルンに行った空襲の模様を伝えるアーカイブ映像を中心に構成されています。連合軍がドイツ全土に対して絨毯爆撃を繰り広げた結果、ドイツの131の都市に合計100万トンもの爆弾が投下され、350万件の住居が破壊され、60万人近い一般市民が犠牲になったといわれます。

©️LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk

作品では、一見美しくさえ見える暗闇にきらめく無数の爆発の光や、逃げ惑う人たちの哀れな姿、目を覆いたくなるような剥き出しの死体が映し出されています。ほとんどの映像がモノクロですが、フルカラーであれば正視できないのではないかと感じるほど、その映像からは本能的な恐怖を感じました。

ドイツ軍によるイギリス空襲の報復として、連合国軍はドイツを爆撃し、やがて第二次世界大戦は終結へと至ります。攻撃に対して報いを与え、ひいてはそれが戦争を終わらせ、平和を取り戻すのだという正義が、連合国軍側にはありました。無差別に大量の一般市民を殺すことであっても、それは正義のもとに行われた行為だったのです。

©️LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk

一方、『キエフ裁判』では戦勝国によってふりかざされる正義を目の当たりにします。第二次世界大戦後、キエフ(現キーウ)で行われた軍事裁判のアーカイブ映像には、アウシュヴィッツ収容所の生存者などの証言や、少しでも自らを擁護しようとする被告の弁明がはっきりと記録されています。淡々と証言が続く法廷シーンからは、人間の強さや弱さ、ずるさや醜さを感じずにはいられないでしょう。

©️Atoms & Void

判決が下され、映画のクライマックスを印象付けるのは、被告たちの絞首刑シーンです。大勢の市民が集まる中、まるで見世物のように行われる絞首刑。そこには、罪人でも守られるべき尊厳などありません。命ある人間が息絶えるまでをつぶさに記録する映像からは、この絞首刑が法の下で執行される刑罰というより、仕返しや敵討ちといった感情的な行為であることが伝わってきます。戦勝国という立場に立てば、正義はどこまでも暴走するのです。

正義であれば、どんな行為も正当化されるのか。正義とはいったい何なのか。まして国と国が争い、人と人が殺し合う戦争において、正義がどんな意味を持つのか。この2本の映画は、正義の持つ危うさを観客に突きつけてくるようです。

空襲について語らなかったドイツ。原爆をはじめ被害を語り継いできた日本

戦後ドイツでは、贖罪意識によって、『破壊の自然史』で伝えられているような空襲の罪と責任については公に議論されることがなかったそうです。このようなドイツの態度は、日本とは対照的と言えるかもしれません。広島や長崎をはじめ、沖縄の地上戦や東京大空襲など、日本が戦中に受けた被害は日本国民に広く知られています。それによって、平和を求める価値観が多くの日本国民に醸成されているように感じます。

LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk

けれども、右傾化が進む近年の日本では、アジアでの日本による植民地支配を欧米諸国からの解放と捉えるような、誤った解釈をする傾向が強まっています。このように戦争では、立場によって正義が反転させられることが常であり、それぞれの側が都合のよい正義を主張するのです。

人類で初めて核兵器が用いられた広島と長崎における原爆投下でさえ、アメリカでは、戦争を終わらせ、これ以上多くの犠牲を生まないために必要な行為として正当化される傾向があります。今でもアメリカ国民の多くは、原爆投下は正しい行為だったと信じています。ウクライナに侵攻したロシアは、ネオナチからウクライナを解放するためと主張して戦争を始めました。

おそらく各国の歴史の教科書を見れば、歴史的な評価がある程度定まった過去の戦争でさえ、その記述はさまざまで、日本で教育を受けた身からすれば意外に感じられることもあるでしょう。『破壊の自然史』と『キエフ裁判』も、アーカイブ映像で構成されているとはいえ、ロズニツァ監督の手による編集が加えられていることは留意すべき点です。例えば、彼はあえて映像を時系列に並べることはせず、音声のほとんどが後から加えられています。

©️Atoms & Void

ただそこに、戦争の断片を伝える膨大な量の情報が含まれていることは間違いありません。量的にも質的にも圧倒的な情報を受け止めるだけでも、これまで教科書やテレビで見聞きしてきた戦争に対するイメージが、大きく更新されることでしょう。

監督であるセルゲイ・ロズニツァはウクライナ人です。彼はロシアがウクライナに侵攻する前から、ソビエトの強権政治にまつわる歴史をテーマにした作品を多く世に送り出してきました。けれども、ロズ二ツァが映画を通して訴えたいのは、特定の国や人物に対する批判だけではありません。権力者に国民が追従し、思考停止してしまう恐怖や、それでも声をあげて行動に起こす一般市民の勇気、そして民主主義の価値など、現在の日本では忘れ去られかけていることを提起してくれます。

セルゲイ・ロズニツァ監督

平和だからこそ、大切なことを忘れがちになる現代の日本社会。夏に報道される太平洋戦争関連のニュースも、年々減る一方です。『火垂るの墓』もいつの間にか、テレビで目にすることはなくなっています。今年の夏は、自ら映画館に足を運んで、しばし考える時間を持ってみませんか。

– INFORMATION –

セルゲイ・ロズニツァ《戦争と正義》ドキュメンタリー2選 「破壊の自然史」「キエフ裁判」

「セルゲイ・ロズニツァ《戦争と正義》ドキュメンタリー2選」は、ロズニツァが「戦争」をテーマにした新作アーカイヴァル・ドキュメンタリー2作品の同時公開企画である。第二次世界大戦の終結と戦争責任を問う二つの「正義」に着目し、戦争における当事者の正当性ではなく、普遍的倫理について考える。2023年8月12日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて公開予定。 https://www.imageforum.co.jp/theatre/movies/6442/

『破壊の自然史』
2022/ドイツ=オランダ=リトアニア製作/105分/1.33 カラー・モノクロ/5.1ch/英語/日本語字幕:渋谷哲也/配給:サニーフィルム

『キエフ裁判』
2022/オランダ=ウクライナ製作/106分/モノクロ 1.33/5.1ch/ロシア語、ウクライナ語、ドイツ語/日本語字幕 守屋愛/配給:サニーフィルム

[Top Photo: ©️LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk]

(編集:丸原孝紀)