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映画館が子どもたちの居場所に。学校からちょっと離れて、自分の世界を広げていく「うえだ子どもシネマクラブ」

長野県上田市に暮らして、もうすぐ丸2年が経ちます。
縁もゆかりもなかったこのまちで過ごすうちに、まちを豊かにする”縁の下の力持ちさん”がたくさんいることに気づきました。

食糧に困っている人たちへ炊き出しをする人。空き家や空き店舗を蘇らせる人。アートを通して障がい者とまちをつなぐ人…。
この連載「うえだのひかり」では、彼らに光を当てていきたいと思っています。

そもそも上田ってどんなところ?と知らない人も多いかと思いますが、東京駅から新幹線で約90分ほどのところにあり、県内では長野市、松本市に次ぐ3番目に大きなまちです。
大河ドラマ『真田丸』のほか、『サマーウォーズ』などの映画の舞台にもなっています。

そんな歴史と文化が根付くまちの中心にある(と私は思っている)のが、映画館「上田映劇」。1917年に開業した老舗の映画館で、一度は閉館しましたが、2017年に現在の形態で再開しました。

大正時代に建てられた「上田映劇」はデザインの美しさも目を引きます。

この映画館にいま、学校に行きづらい子どもたちが集まっています。
「学校に行きづらい日は映画館へ」と呼びかける「うえだ子どもシネマクラブ」は、ただ映画を見るだけでない、子どもたちの成長につながる場となっています。

一体どんなことが起きているのか、スタッフの直井恵さんにお話を伺いました。

直井恵(なおい・めぐみ)
うえだ子どもシネマクラブ/草の根文化芸術コーディネーター
長野県上田市出身。学生時代は国際開発/国際関係学を専攻、卒業後フィリピンで活動する国際協力NGOや環境系NPOで勤務。主に開発教育・国際理解教育・ESD持続可能な開発のための教育を専門とする。2007年より上田に戻り、世界各地に残る自然共生の暮らしや知恵を学び、多様な民族や文化を認め合える社会の実現に向けて、映画や音楽や祭り、文化で交流する市民企画を行う。2015年度より文科省のSGH/WWLの認定を受けた県立高校において、海外交流アドバイザーとして赴任。また2017年からはNPO法人上田映劇の理事として、100年の歴史を持つ映画館の再起動に関わる。現在は学校に行きづらい子どもたちの新たな居場所と学びの場として映画館を活用する「うえだ子どもシネマクラブ」、また、フィリピン・インドネシアと日本の青少年を対象とする環境問題をテーマにした演劇交流事業「民話と演劇FOLKTALES」事業等に関わる。

映画館に行くことが、学校の「出席」扱いに

文部科学省によると、令和3年度の小・中学校における不登校児童生徒数は約24万人と、過去最多を記録しました。

そうした学校に行きづらい子どもを受け入れる「うえだ子どもシネマクラブ(以下シネマクラブ)」は、2020年4月に始まりました。

会場となる映画館「上田映劇」、若者の自立支援を行うNPO「侍学園スクオーラ・今人」、NPOの中間支援を行うNPO「アイダオ」の3団体が連携して運営しています。

2023年4月現在、上田市のほか、近隣の市町村からも約100人の小学生〜20代の若者が参加し、月2回の上映会と、週2日の受け入れを行っています。

どちらも事前登録制で、上映会は無料で見ることができ、親御さんと来る小学生も多いそう。また毎週水曜日と金曜日は、受付やポスターの張替えなど映画館の仕事を子どもたちに手伝ってもらいます。

映画館のチラシに判子を押すのも仕事のひとつ。

最近ではシネマクラブに参加することが、学校の出席として認めてもらえる子どももいるようです。

2017年に教育機会確保法という、学校以外の場所に通っても出席として認められる法律が制定されました。通常はフリースクールなど学習支援の場が多いんですけど、映画館が認定されたのは世界初かもしれません。

子どもの状況や学校にもよりますが、スクールソーシャルワーカーの方が対応してくれたり、私が学校側と話したりして、進めています。

学校以外の場が出席扱いになるということは、子どもたちが楽しい場所を自分で選択できるようになると思うんですよ。そうすると、「学校を選択するかどうか」ということを、学校側が突きつけられる状況にだんだんなっていくだろうし、学校教育も変わるきっかけになるといいなと思っています。

「うえだ子どもシネマクラブ」のウェブサイトから登録できる。

じつは直井さんのお子さんも、不登校を経験していました。

長女が小学1,2年生の頃に、2ヶ月くらい学校に行かない時期があって。無理やり行かせようとしていたんですけど、あるとき通っていた幼稚園の先生に「子どもは楽しくない場所には行かないですよ。行きたくないのは学校が楽しくないからじゃないですか?」と言われて、「そうだな」ってすごく腑に落ちたんです。「楽しくないならいいか」って。

そのあと楽しそうな時期は学校に通っていたので、やっぱり子どもは正直なんだなと思いましたね。

多様な大人たちに触れ、世界を広げていく

学校へ行かない理由はそれぞれですが、シネマクラブにはどんな子どもたちが通っているのでしょうか。

みんな個性のかたまりみたいな子たちで、学校という集団の中ではなかなかやりづらいだろうなと思います。
ある男の子は、中学校にほとんど行ってなくて、高校に進学もしなかったんですが、シネマクラブの映画をいつも見に来てくれていました。はじめは全然喋らなかったのが、だんだん話すようになって、本が好きだということがわかって。

学校って朝、読書時間があるじゃないですか。15分とか決まっていて。「あれを僕は読書体験とは思えない」って言うんですよ。本の世界に浸っているのに「はい、おしまい。次は算数の時間です」ってなるのが嫌だったみたいで。

自分の世界観とか時間軸がちゃんとあるんだなあと思って話を聞いてたら、この春から通信制の高校に入ったりして。しっかり自分のペースがあるんだなと思いましたね。

映画館での子どもたち。

そんなふうに、子どもたちはシネマクラブに通ううちにどんどん変わっていくそう。

最初はみんな学校に行かないことに対する後ろめたさみたいなものを抱えているけれど、それがだんだん剥がれて、「このままでいいんだ」って自信がついてきているように見えます。

また、映画館にはさまざまな人が訪れます。スタッフや近所の人、舞台挨拶に来た監督や俳優など、普段接する機会のない多様な大人たちと会うことで、「世の中にはいろいろな人がいるんだな」「自分が思っているより世界は広いな」と知ることは、自分の枠組みを広げる大きな糧となりそうです。

そして、映画もその一役を担っています。

シネマクラブ向けの作品は、毎月「上田映劇」のスタッフが選定していて、子どもが主役の作品やアニメーションなどが多いです。

もともと、子どもと映画の相性はいいなと思っていました。映画は心の糧になるだろうなと確信があったから。私も映画に刺激を受けたり、救われたりしたので、もうその絶対的な確信だけでこの活動を走り続けてきた感じですね。

映画館内の様子。

どうなるかわからない。でも、きっとうまくいくはず。
そんな思いから始まったシネマクラブは、今年で4年目をむかえました。
直井さんはこの3年を振り返り、「思った以上の反響だった」と言います。

助成金が3年で終わり、4年目からどうしようかと考えていたときに、利用している子どもたちに「この場をなくさないで」って言われて。「この場がなくなったら困る」ということを当事者の子たちが言ってくれるのが一番うれしかったですね。

みんな学校に行かないのに、わざわざ電車とかバスに乗って来るんですよ。家でダラダラしていてもいいのに。それがどういうことなのかっていうのは、まだ言葉にうまくまとまってないんですけど、この場が必要とされていることはすごく嬉しいし、面白いです。

学校以外にも居場所があって、それでみんながハッピーなら全然問題ないんじゃないかなって思います。

その思いは共感を集め、今年1月に行ったクラウドファンディングでは約260万円を調達。おかげで4年目以降も活動を続けることができました。

自ら一歩を踏み出すための、エネルギーを溜める場所

シネマクラブに救われているのは、子どもだけではありません。
就労支援の一環として、20代の若者も通っています。

不登校を経験すると、そのあと社会に出て働くことも難しい人も多いです。就職しても対人関係がうまくいかなくて続かなかったり、でも働いていないと家にも居づらかったり。シネマクラブはそういう若者たちの居場所にもなっています。

ある20代の女の子は、もともと初対面の人と話すことに緊張したり、人前でごはんを食べるのが苦手だと話していました。でも最近、マッチングアプリにはまり(笑)。ちょっと前なら、アプリで知り合った初対面の人と会うなんて考えられなかったのに、「シネマクラブのおかげで初めて会う男性と話ができるようになりました」とか言って、そんな場面でも効果があるのか!と思うとすごく面白くて。

その子は館内の掃除や、中学生たちのお世話など、気配りが上手でリーダーシップを発揮して取り組んでくれています。

上田映劇の館内では、雑貨や本なども販売されている。

子どもは学校に行かなければいけない、大人は働かなければいけない。それができないのは、社会に適合できないダメな人……。そんなふうに自らを追い詰めてしまう人も多いでしょう。

でも映画って、ダメダメな主人公とか多いじゃないですか。それでも生きて、物語になるわけですよ。だから、ダメな人を全肯定する場があってもいいんじゃないかなと思って。

みんな行きたくなれば学校に行くし、「そろそろ働かないと」って働きはじめるし、自分で一歩進んでいきます。そのエネルギーをためたり、自分を取り戻したり、そういう時間として使ってもらっている感覚はあって、私はすごく楽しいんです。

子どもたちが進学や就職することに喜ぶ一方で、シネマクラブに来なくなると「仕事を手伝ってくれる人が減るので困る」と笑いながらこぼす直井さん。
不登校や働かないことを否定されず、また仕事を手伝うことで、自分は誰かに必要とされていることを実感する。それが子どもたちの自信につながっていくのだと思いました。

正解のない問題を、みんなで一緒に考えたい

じつは直井さん、シネマクラブを運営する上田映劇、侍学園、アイダオの事業すべてに携わっています。ほかにもさまざまな仕事に取り組み、本人も「何をやっているかわからない」と笑うほど、何足もの草鞋を履いて活動しています。
その原点はなんだったのでしょうか。

ずっと昔から国際協力の仕事に就きたいと思っていて、大学卒業後はフィリピンで活動するNGOで働きました。スタディツアーのコーディネートなどで1年のうち数ヶ月はフィリピンで過ごしていましたが、基本は事務局のあった名古屋にいて。

当時名古屋の近隣の学校から、国際理解教育のための総合学習の授業について依頼をされて、先生たちと一緒に授業を組み立てたりしました。この経験がすごく大きくて、いまシネマクラブでやっていることにもつながっているなと感じています。

授業では、なぜ貧困が生まれるのか?といったことを学校の人たちと一緒に考える機会が多く、現地での活動よりも興味が湧いたと振り返ります。

現地でできることはもう限られているんです。貧困というのは構造の問題で、もともと農家だった人が時代の影響で、多国籍企業に農地を渡して、農薬まみれの作物をつくっているうちに健康被害で働けなくなって、都会に出て日銭を稼ぐ…という。そういう社会構造のなかに居合わせた結果、貧困になってしまった。

学校に行けない子どもたちも同じなんですよね。いまの学校に合わない子どもたちがその社会構造には当てはまらないだけで、彼らには責任はなくて、それをつくっている大人の問題だと感じています。

不登校も、貧困も、何かがおかしい。でも、それが個人の責任とも限らないし、正解もわからない。だからこそ、みんなで考えたい。
この「みんなで一緒に考えたい」というのが、直井さんの原動力のようです。

今年1月には「re-seitou」というフェミニズムをテーマにしたフリーペーパーを作成・発行。

「seitou」は明治時代に女性解放運動をおこなった、平塚らいてうが創刊した婦人月刊誌『青鞜(せいとう)』の現代版として発案されました。

フェミニズムをテーマに、6人の男女に自由に文章を寄稿してもらった。書き手のなかにはシネマクラブに参加している人も。

直井さんの編集後記には、こんな言葉が綴られていました。

「フェミニズム」という言葉がなんとなく嫌われてしまっている空気を感じていますが、あえてそこを全面に出した表現の場を作っていきたいと思います。(中略)性について、生きることについて、個人的な心情を吐露する場としても、自由に語り合いたいと思います。

創刊記念に開催された対話の場は、夜から朝まで続くほど白熱したとか。さらに最近では市内にある劇場「犀の角(さいのつの)」主催の演劇公演でコラボ企画が生まれたりと、「re-seitou」は直井さんの予想以上に大きな広がりを見せています。

市内にある劇場・カフェ「犀の角」では、フェミニズムやジェンダーに関連する本を約100冊集めた「seitou書庫」を期間限定で設置した。

一人ひとりの力を信じたい

社会問題はあまりにも大きくて、複雑で、「一人で何かをしても変わらない」と思ってしまいがちです。が、直井さんは「一人ひとりの力を信じたい」と訴えます。

個人が変わることで世の中が変わることはあるし、とても可能性を感じています。
たとえばシネマクラブも、上田市の学校ではまだ出席の認定をされていないんですが、先生方や教育委員会と話すうちに、来年度からガイドラインを作成してもらうことになったんです。

受け身のかたちになっている教育や学びを主体的なかたちへと取り戻すには、一人ひとりに力があることを思い出して、すごくワクワクしています。

インタビュー中、直井さんは「ワクワク」「楽しい」という言葉を何度も発していました。
一般的に、なにかの社会問題について声を上げるとき、怒りがこもっていることが多い気がします。「搾取に反対!」とか「女性にもっと権利を!」「人権を!」と。

しかし直井さんは楽しそうで、穏やかに、でも強く、社会への反抗を試みています。

たぶん20代のころはもっと怒っていたけど、だんだんなくなってきて、それよりも個人に力があることを信じています。そのためには協力が必要なので、どうやって協力関係をつくっていけるか、が課題です。

シネマクラブも実験している感覚があって、運営している3つの団体はコンソーシアムと言っているんですが、トップダウン式ではなくて、みんなで連携しているんです。

映劇のスタッフが映画を上映し、私は調整役で、侍学園のスタッフは上映会の日に館内でカフェを切り盛りして。誰かが指示するわけでもなく、それぞれが役割を果たすことで、シネマクラブが成り立っています。お互いに信頼がないとできませんが、まだ実験中ですね。

シネマクラブそのものも実験中とのことですが、今後についてはどのように考えているのでしょうか。

いままでは映画館をみんなが安心して過ごせる居場所として開放してきましたが、今後は映画監督や俳優、アーティスト、ダンサーなどさまざまな人たちと一緒に、つくることの楽しさや、表現することの楽しさに触れられるような機会をつくりたいなと考えています。

そのためには映画館だけでは役不足なので、地域にもっと場を開いていきたいし、そもそも「学ぶ」とはどういうことなのか、みんなで一緒に考えていきたいです。

学校だけが、正解じゃない。
学校以外にも、居場所があっていい。
当たり前だと思いこんでいたことを改めて見つめ直すことで、自分にとってのベストな道を見つけられるはずです。
うえだ子どもシネマクラブは、子どもたちの未来を広げる可能性に満ちていました。

(写真:丸田 平)
(編集:福井尚子)