日本は、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界で三番目の地熱大国。小規模の発電所も含めると全国に約80以上の地熱発電所があります。ですが地熱発電の割合は、全発電電力量のわずか0.25%。発電設備容量は30年前からほとんど増えていません。一体なぜなのでしょうか。
初期費用が億単位でかかること、地熱の適地のほとんどが温泉地の近くや国立公園にあり開発が進みにくいこと。また掘っても当たらないリスクが高く、大規模な投資ができる企業でないと参入しづらいなどの理由があるためです。(*1)
ところが、出力電力の規模をおさえ、地域の住民が主体となって地熱発電を始めた人たちがいます。それが、熊本県小国町西里の岳(たけ)の湯地区。温泉だけでなく、地下に眠る熱資源を何とか地域資源にできないかと、10年ほど前に住民がのり出しました。
地区の全30世帯が出資者となり「合同会社わいた会」を設立。設備面や発電所の運用を「ふるさと熱電」と組んで2015年より地熱発電事業を開始し、現在は年6億円の売電収益をあげています。日本で初めての、住民主体の発電所。現地を訪れ、これまでの経緯や運営のしくみを取材してきました。
日本で初めて住民主導で始まった地熱発電所
ここは熊本県小国町西里の岳の湯地区。もくもくと、あちこちから白い蒸気があがっています。古くからある温泉地ですが、山深い場所なだけあって周囲の黒川温泉や杖立温泉のような観光地ではありません。
一部の旅館が温泉を利用してきたほか、地元では日常生活で野菜を蒸したり、乾燥させるなどで地熱を利用してきました。けれどこの地熱を、地域の未来にいかす資源としては活用できていませんでした。
一方、地区では高齢化が進み、温泉宿も跡継ぎがいない状況が深刻化。まちの衰退を避けるために利用できるのは「やはりこの資源しかない」と住民が始めたのが地熱発電でした。候補としていくつか業者があった中で、手を組んだ相手が「ふるさと熱電」です。
一般的なデベロッパーは地権者から土地を買い上げて地下を掘削し、地熱蒸気が当たればその後の利益はすべて業者がもっていくのがふつうです。
ところが、ふるさと熱電が提案したのは、ほかの事業者とはまったく違うしくみでした。土地はずっと地元の人たちのもの。事業主体は、地区住民による組織「わいた会」で行う。専門性が必要な発電所の建設と運営面を「ふるさと熱電」に委託するという形。
現在、わいた会には地区に暮らす全戸30世帯が加盟しています。つまり、地区の全世帯が合同会社わいた会の出資者。住民全員で、年間約6億円の売電収入を得る発電所を運営しています。その収益の2割がわいた会に入り、8割を業務委託費としてふるさと熱電に支払っています。
わいた会が生まれるまで
今でこそわいた会には全30戸が参加していますが、10年以上にわたって様々な難題を乗り越えてきた経緯がありました。
岳の湯地区における地熱発電構想は、国と大手デベロッパーによる国策として1990年代から何度も持ち上がっていました。ところが、温泉資源の枯渇などを懸念した一部の住民からは「温泉に影響が出たら取り返しがつかない」と慎重な意見が出ます。
現在のわいた会代表の後藤幸夫さんのお父さんは、その慎重派の一人だったといいます。
後藤さん うちの父はその当時村(岳の湯地区)の代表をしておったんです。慎重派といっても絶対反対だったわけではなくて、万が一温泉資源に影響が出たときの影響をきちんと考えて欲しいと。地区には温泉事業者も多いですから。ただ大手デベロッパーとはその取り決めがなされないまま、いつのまにか慎重派と賛成派が分かれてしまって。
そのような経緯の中で、地域での議論がまとまらぬまま意見が分かれ、700年に渡って盛り上げてきた岳の湯盆踊りも途絶えてしまいます。
2002年、大手デベロッパーはついに計画を断念。地域に発電所はできず「温泉が守られた」という安堵感が生まれたわけでもなく、残ったのは対立の傷跡だけでした。
それから約10年後。世代交代も進み、地域の跡取りがいないことから何とかしなければと、再び地熱を資源として活用しよう、という意見がもちあがります。
後藤さん まずは26世帯がわいた会をつくって、発電事業の計画を立てていきました。ほかにもわいた地区に参入してきた大手企業も複数ありましたが、地域の人間が中心になるという方針は「ふるさと熱電」だけ。土地の所有は地元の人たちのまま、何かあった際のモニタリング(調査)も補償もしますと契約に入れてくださって。事業の取り決めの協議もまとまり、はじめは半信半疑でしたが、少しずつふるさと熱電への信用ができていきました。
そして、2015年5月、わいた地熱発電所は正式に商用運転を開始します。その後、後藤さんたちもわいた会に参加し、30世帯全員が参加する形でわいた地熱発電所が運営されることになりました。
2012年にはFITも始まり、15年間は固定価格で買い取ってもらえることに(*2)。
わいた地熱発電所の年間発電量は、約1,700万kwh。これは小国町と隣の南小国町の全世帯をカバーするくらいの規模にあたります。
地熱発電の難しさと住民主導の理由
実際に現地を訪れると、わいた地熱発電所は想像していたよりコンパクトでした。タービンの入った建物は、面積にするとわずかテニスコート1枚分ほどの広さ。
わいた会事務局の高田直木さんと、ふるさと熱電の垣内ひまりさんが案内してくれました。
高田さん この地熱発電は、生産井(せいさんせい)から上がってくる蒸気を、蒸気と熱水に分けて、蒸気のみをタービンに当てて発電するフラッシュ方式です。それが太陽光や風力と違って天候などで左右されない、365日変わらないのが地熱発電の特徴です。
「こちらはバイナリー発電といって、熱水を使って揮発性ガスを蒸発させてタービンを回し、発電するしくみです」と垣内さん。
地熱発電の難しさは、その開発規模にあります。現在、小規模の発電所も含めると全国80カ所ほどに広がっていますが、その多くは東北電力、九州電力、出光興産、三菱マテリアル株式会社といった大手デベロッパーが占めます。
その理由は探査・建設・運営のすべてにおいて莫大なコストがかかるため。温泉は地下200〜300メートルほどから引きますが、地熱発電はそれよりもずっと深い、500から2,000メートル近くまで掘り下げます。そのため大規模な掘削機器が必要になり、コストも年月もかかります。一般的な実績では掘削コストは6〜7億円、探査も含めると開発リードタイムは短くても10年と言われます。
さらには地熱の源泉にあたるかどうか掘ってみないとわからないリスク(掘削成功率は国の報告書によると8〜10%未満)が大きい。また適した土地の8割は温泉に近い場所や国立公園の中であることが多く、地元の温泉旅館などとの対立関係を生みやすいといった困難もあります。このため、地熱発電事業者と地元住民の間には丁寧なコミュニケーションや信頼関係構築が欠かせません。
「地熱発電を成立させるためには、我々が地域に寄り添い、地域の方々も地熱発電事業に主体的にかかわる方が進めやすいんです」とふるさと熱電の赤石和幸社長は話します。
赤石さん 全国には温泉地域が3,000箇所あり、その熱源がどこにあるかは、地元の方々が一番知っているのです。温泉地域の方々が主体的にかかわり、地域の財源として事業を立ち上げることこそが最も大切です。
土地の所有者である住民と対立してもいいことは一つもないんです。合意形成を得ながら一緒にやっていく方が健全です。
その点わいたの場合は、住民の方々が主体なので、ともに協力し合うことができます。結果として、開発リードタイムが短く済んでいますし、掘削の成功確率も実績では現在は75%と比較的高くなっています。
わいた会の後藤さんも言います。
後藤さん 事業者と対立関係にあると、わずかでも問題が起こると、相手を責めるだけに終始します。でも今は丸ごと自分たちのことなので、仮に問題が生じてもどうすれば解決できるか、どう問題を回避してうまくいかせるかと、知恵を出し合う前向きな関係なんです。
ほかの開発現場では、外から入った企業が自然や周囲の環境に配慮なく開発を進めることが懸念されがちですが、地元の人たちにとっては温泉も周囲の自然も大事。だからこそ、いきすぎた開発は行われず、自ずとバランスが取られると言います。
現在、わいた第2発電所(4,995kW)の建設が始まったところですが、北海道でも地域共生型の地熱発電事業が立ち上がっています。
赤石さん 地熱は単なる”地下の熱”では無く、”地域の熱”です。当社では、地域共生型の地熱発電事業と呼んでいますが、地熱発電事業がゴールではなく、地熱発電事業からもたらされる収益や熱などを使い、地域が活性化し、子や孫のために残していくものをつくることを目指しています。
地熱発電への不安を緩和する、小国町の試み
現在まちで地熱発電を進める事業者は、わいた会・ふるさと発電を入れて5社あります。町役場でも、地熱のリスク対策を講じています。かれこれ8年、地熱発電の担当者として携わってきたという小国町役場の政策課課長補佐の長谷部大輔さんはこう話します。
長谷部さん 温泉をひく200〜300メートルの浅い層と、地熱発電のより深い800〜1,000メートルの層の間には一定のキャップロック(不透過性岩層)があって、基本的には影響しないと言われています。ですが、目に見えないので、それってどういう形?何メートルあるの?割れてない?って追求されると、役場としてもはっきりしたことは言えないんですね。
加えて地熱発電で使う蒸気の量は、温泉旅館で使うよりずっと多い。すると影響がないと断定はできないんです。すぐに悪影響はないけれども、不安が残る。たとえば地熱発電所の隣にある温泉旅館にとっては、メリットはゼロで、不安だけが募ると。
万が一温泉が枯れても、地熱が原因と証明できなければ、法的には補償の義務が発生しないんです。それでは小規模の旅館さんは立場が弱い。うちは知らん、証明してみろと言われたらどうするんだ、と。
そこで、せめて何かあった時に対応できるようにと、地熱発電に関わる事業者と「地熱協議会」をつくりました。
長谷部さん 発電業者さんに出力電力1kwあたり2,000〜3,000円の寄付金をお願いする協定を結んでいます。わいた会の発電所は出力数が2,000kwなので、年に400万円いただいていて。それが3年分たまって1,200万円ほどになっています。いまはまだ発電に至っているのはわいた会のみです。
ほかの事業者でも売電が始まれば寄付を募る予定。そのまま何ごともなく、協議会のお金が5,000万、1億円とストックされていけば、よりまちのため、未来のために使っていけるかもしれないそうです。
得た利益を地域に還元する
ほかにも、ふるさと熱電ではさまざまな形で地域還元を行っています。垣内さんが案内してくれたのは、バジルなどを育てる「グリーンハウス」。地熱発電所から分湯されたお湯を熱源に、年間を通して栽培ができるようになっています。
垣内さん 復活した盆踊りなどの維持に加えて、新しい景観づくりや人を呼び込む施策も進めていきたいと考えています。
一方、わいた会に入る収益は、30世帯で分配する配当と、水路を整備したり、公民館を手直するなどに使われています。
後藤さん 地熱を木材や食品の乾燥に利用した産業も考えられると思いますし、地区に公園をつくったり、見晴らしのいい高台にカフェをつくったり。子や孫が帰ってきたときに就ける仕事をつくっておきたい。FITの固定価格による買取期間があと7年あります。その間に次への一手を打ちたいと考えています。
赤石さん わいた会のみなさんと当社で、これからわいた地区や小国町全体の地域活性化を進めていく予定です。例えば、地下の蒸気からは約15%くらいしか電気がつくれませんが、残りの85%の熱や温水をうまく活用すれば、化石燃料代替として排出権クレジットなども創出できます。
古民家を再生したコミュニケーション拠点の構築や、地熱をキーワードとした地熱を活用したテナント誘致も可能です。当社だけでは力不足なので、当社の株主のみならず、小国町やESG(環境・社会・ガバナンス)などに関心がある大手企業なども参加してもらう枠組みを考えています。
「地熱」を発信する拠点としてできた「地熱珈琲」
地熱を活用していこうという動きの中、昨年わいたには「地熱」を発信するフラッグシップショップとして、地熱を活かしたコーヒーショップ「地熱珈琲」もオープンしました。始めたのは山本美奈子さん。もとは小国町の地域おこし協力隊として観光事業に関わってきた方です。
山本さん 地域資源を価値化するというのが自分のテーマなんです。小さくても経済をまわし続けるために、地域資源を生かすとすると、この場所の場合は地熱なのかなって。金額は小さくても珈琲って人を呼ぶ力があるんですよ。
地熱珈琲のような新しいカフェができ、店ができ、宿ができ……。「地熱利用の聖地=小国町」といった価値を発信できれば、新たな事業者が増え、地熱がまちの熱を生むようになるのかもしれません。
「わいたモデル」を新たな展開へ
この住民主導型による「わいたモデル」をふるさと熱電では、ほかの地域でも展開を検討し始めています。また、赤石社長がもう一歩踏み込んだ話を聞かせてくれました。
赤石さん このわいたモデルを応用すると、生かすべきは地熱発電に限らないことに気づきます。全国を見渡すと、多くの〇〇組合が存在するんですね。例えば、温泉組合、森林組合、漁業組合などの地域資源に一番向き合っている方々です。こういった方々が主体感をもち、我々の企業が地域に寄り添い、地域の資源を地域の収益にし、地域活性化を実現していくことができると思います。
地域資源を住民が主体となって、専門の事業者と足並みをそろえて生かし、また地域に還元していく。わいたモデルは、その一つの大きなヒントになりそうです。
(*1)2021年の日本国内の全発電電力量(自家消費含む(に占める自然エネルギーの割合は22.4%。太陽光やバイオマス発電の増加により、前年の20.8%から2ポイント近く増加。地熱はそのなかで0.25%(環境エネルギー政策研究所2022年4月発表)。発電設備容量は約54万kW。発電電力量は2,472gW(2019年度)「地熱発電の現状と課題」(日本地熱協会2021年1月より)
(*2)2011年に始まった固定買取価格制度により出力15,000kW未満は1kWhあたり40円が基準価格
(撮影:柚上顕次郎)
(編集:増村江利子)