突然ですが、思い浮かべてください。
あなたはスーパーに夕食の食材を買いに来ています。お腹をすかせて待っている家族を思うと、一刻も早く帰りたい。でも、いまレジにはあなたより前に5人が待っています。
クレジットカード、電子マネー、QR決済。さまざまな方法で支払って、前のお客さんたちが店を出ていきます。いよいよ次は、あなたの番。しかし、あなたの前の人は現金払いのようです。しかも、小銭がなくて・・・と時間がかかっている様子。
この状況、あなたはイライラしますか。
それともゆっくり待てますか。
せっかちで時間を無駄にするのが大嫌いな僕ならばきっと、イライラしてしまうことでしょう。
新型コロナウイルスの影響もあり、無人レジや非接触の支払い方法がたくさん増えました。スピーディーに精算ができるし、感染リスクも減らせる。いいことづくめに見えますが、こういったデジタル技術の加速化により、便利になりすぎることが、常に素晴らしいことなのか。そう省みるきっかけをくれる取り組みをオランダで見つけました。
効率の真逆を行くレジが生むつながり
今回紹介するのは、オランダのスーパーマーケットチェーン「JUMBO」を中心に展開されているレジ「Kletskassa」です。この言葉が意味するのは、「雑談をする場所」。
レジなのに、雑談?
精算が遅くなっちゃうじゃん。
長蛇の列ができちゃうじゃん。
僕もそうツッコミを入れたくなります。
ですが、効率や回転率を上げて、お客さんが無駄な時間を過ごさせないための施策ではありません。
では何かというと、孤独や孤立を感じている人を救うこと。その目的のために、店員がゆっくりお客さんと話しながらお会計を済ませるスローなレーンを特設したのです。
この取り組みが始まったのは、2019年の夏のこと。オランダのフレイメンにある店舗で実験的に行ってみたところ、とても好評だったそう。その結果、翌年には200ヶ所へ拡大。新型コロナウイルス感染防止対策に取り組みながら、今も続いているといいます。
「もともと『JUMBO』というスーパーマーケットは同族経営で始まったからさ」と話すのは、Colette Cloosterman-van Eerd(以下、コレットさん)。彼は、このスーパーマーケットチェーンのCCO(最高顧客責任者)であると同時に、オランダ国内の孤独を解決するための連合のメンバー。そしてこの「おしゃべりレジ」を積極的に推し進めるひとりでもあります。
コレットさん 家族経営でつくりあげてきたスーパーマーケット・チェーンである「Jambo」にとって、人びとの絆はとても大事なものです。
お客さんへあたたかい言葉を投げかける親切なサービスにより、孤独を抱えた人びとを救う。私たちの活動は小さなことだけれど、このデジタル化が加速する世界において、大きな意味をもつことだと信じています。
実際に店内では、「Kletskassa」での精算を待ち遠しく並ぶ人びとの姿も見受けられる様子。ようやく順番が回ってくると、
あら、いらっしゃい。今日のご機嫌はどう?
まあまあよ。今日はシチューにしようと思って、野菜と肉を買いに来たの。
いいわね。
探しものは全部見つかった? シチューをつくるなら、〇〇を買っておくといいわよ。
なんて会話を楽しみながら、お会計をするお客さんと従業員。お客さんの孤独・孤立を解決するだけでなく、楽しそうに接客をする従業員の様子を見ていると、接客する側もお客さんと心でつながることで、働く意欲や自己肯定感が高まる仕組みにもなっているように感じます。
他にも、「現金でしか払えない仕組みにすれば利益が店に最大限流れるし、地域内でお金が回る」と、地域循環型経済への発展を意識した評価の声も上がっているそう。
利益を追求するための効率を考えると、なかなか簡単に広げることはできない取り組みかもしれませんが、この活動が継続・拡大していくことによる効果に期待したくなります。
「Kletskassa」が設置されているのはレジだけではありません。売り場にも座って店員と話せる場があるのです。おすすめの商品を聞いたり、小休憩を取るのに素敵な場になっています。
孤独の解決には、無駄と決めつけたことを省みるのが第一歩?
実はこのような「ゆっくり」レジを導入した店が、日本にもあります。
2020年7月、福岡県行橋市にある「ゆめタウン南行橋店」でのこと。孤独・孤立の解決というよりも、ご年配の方々を中心に、現金を財布から急いで出さなければいけないというプレッシャーから解放してあげることが目的だったそう。(出典元)
この取り組みは好評だったこともあり、2021年からは1台を常設するように。お客さんの表情がいきいきしてきたのはもちろん、「レジでの会話を楽しみに来てくれるお客さんが増えてうれしい」という従業員の声もあり、オランダの事例と同様に働く側のモチベーションにつながっているようです。
孤独は日本でも無縁とは言えない社会課題です。内閣官房孤独・孤立対策担当室の「人々のつながりに関する基礎調査(令和3年)」によると、孤独を「しばしば感じる」「時々感じる」「たまに感じる」という回答の合計が全体の約40%。3人に1人以上が、時に孤独を感じ、つながりから断絶された感覚を抱くときがあるようです。
買い物の精算という一瞬でも、誰かが話し相手になってくれ、尊重・共感して話を聴いてくれる。コレットさんが話すように、それは小さなことかもしれないですが、技術の発展やパンデミックで進んだ分離・断絶を解決する一歩であることは間違いないことでしょう。
黒人で初めてルイ・ヴィトンのデザイナーにのぼりつめ、一躍カリスマになるも早逝したヴァージル・アブロー氏は、かつてこう語りました。
人生はとても短い。誰かの期待でなく、自分に何ができるのかと考え動くのだ。(出典元)
限りある、いつ終わるか分からない人生を走りきろう。
無駄に使える時間なんてない。
ヴァージル氏に心酔している僕は、無駄に思える時間をいかに早く終えるかということばかりを日々考えています。
しかし、雑談や待ち時間といった空白を減らしていき、それらの時間を仕事や創作に使おうと考えすぎると、役に立つことだけに取り組む功利主義に囚われ、どこかで息苦しくなる。そんな経験もたくさんあります。
非効率的で、無駄な時間を楽しむ「Kletskassa(おしゃべりレジ)」。この取り組みから僕が学んだのは、時に待ちくたびれたり、「無駄」と決めつけている時間を省みてみようということでした。
無駄だと切り捨ててきた時間に、実はワクワクが隠れているかもしれません。
(Text: スズキコウタ)
(企画: 中鶴果林)
(編集: 「メディコス編集講座」第2期受講生)
(編集協力: greenz challengers community)
[via retaildetail, jumbo, brightvibes, unilad, unsplash, assouline, 内閣官房孤独・孤立対策担当室, ヨミドクター]