「もしも迷い込んだら、決して車の窓を開けてはいけない」
そう忠告される町がロサンゼルスの日本人街、リトルトーキョーのすぐ南にあります。
Skid Row(以下、スキッド・ロウ)と呼ばれるその地域では、約4,500人がホームレスの状態に置かれているそう。その見捨てられた町で、8年も続けられているボランティア活動があるんです。
その名は「Brown Bag Lady」。ひとりの女性の衝動的な行動からはじまったその支援は、コロナ禍でも途切れることなく、現在も活動の幅を広げています。
きっかけはクリスマスに遭遇した、ある出来事
Brown Bag Lady発足のきっかけは、ひとりの女性に起きたクリスマスの出来事でした。法律事務所で働くJacqueline Norvell(以下、ジャクリーン)さんは、息子と出かけた帰り道、交差点で曲がる方向を間違え、スキッド・ロウに迷い込んでしまいました。
寒空の下、ホームレスの男女が暖を取るために体を寄せ合っているのを目にしたジャクリーンさん。
何もせずにはいられなくなり、職場の仲間の協力を得て、70人分の食事をつくって戻ったそうです。
用意した食事がなくなるまでかかった時間は、たったの5分。そのことに衝撃を受けた彼女は、翌年のクリスマスには1年かけて集めた衣類も加え、食事と一緒に配りました。
そして2014年3月に正式に非営利団体「Brown Bag Lady」を発足。食事の提供を軸にした、月1回の定期的な活動がはじまりました。
食べ物の支援から、生活の質の支援へ
印象的なのは、彼らのミッションステートメントである「Feeding the Body…Nourishing the Soul(目指すのは、体だけでなく魂にも栄養を与えること)」というフレーズ。
これは彼らの活動が食事の提供にとどまらず、「魂に栄養を与える」、すなわち生活の質を向上するための支援を大切にしていることを表しています。
提供される料理は、すべて手づくり。ランチボックスには著名人の名言など、ひとつひとつ前向きなメッセージが添えられています。そのこだわりには、単純に胃が満たされればいいわけではないという想いがあるのでしょう。
せっけん、歯磨き粉、シャンプーなど衛生用品を詰めたバッグの提供や、毎月の活動日に行われているプロの理髪師による無料のヘアカットサービスもそうした活動の一環です。
他にも恒例のプロジェクトとして、新学期を前に学童用品を詰めたリュックを数百個、子どもたちに送る支援が毎年夏に行われています。
あの危険なスキッド・ロウでボランティア活動が行われているという衝撃はSNSを通じて広がり、VansやLay’sなどのブランドや著名人たちの支持も得て、多くの支援を集めるようになりました。
これらの活動からは、ジャクリーンさんの人間の尊厳を守ろうとする想いが見えます。以下は、彼女が出演したKelly Clarkson Showのインタビューでの言葉です。
あなたはホームレスがどれほどアイコンタクトを避けられているか、気づいていないでしょう。
毎日毎日、無視され続けているんです。
社会的なつながりを持てなかったパンデミックのとき、みんながどうなったか思い出してみてください。私の言っていることの意味が分かりますか?
コロナ禍においては、多くの人がうつなどの精神的な危機にさらされました。わたしたちは人とつながることで生きている実感を感じ、心の健康を保つことができます。
常に社会から孤立し、目の前にいても存在しないかのように扱われることが、ホームレスの人たちの心をどれだけ傷つけ、不健康な状態に追い込んでいるか。そう、ジャクリーンさんは指摘しているのです。
目の前の困りごとに応え続ける姿勢が生み出す、持続可能な支援
2022年現在、アメリカのホームレス人口は50万人を越え、LAのホームレスは推定70,000人に及ぶと言われています。スキッド・ロウは彼らの集まるエリアのひとつに過ぎません。
(※)なお「スキッド・ロウ」は、都市部の荒廃した地域を表す俗語で、ここ以外にも北米の多くのエリアがこの名で呼ばれているそうです。
多くの人が巻き込まれている問題に対し、目の前のひとりを助けることは、一見不毛なことにも見えます。
でも、Instagramで更新中の彼女たちの様子から伝わってくるのは、課題の困難さを吹き飛ばすほどのポジティブなエネルギーです。
目の前の困りごとにひとつひとつ応えていくことで影響力を広げながら、より根本的な課題へとアプローチするジャクリーンさん。その姿を見ていると、そこに道はあるのだという希望を感じました。
[via Upworthy]
(Text: 高橋友佳子)
(編集: スズキコウタ、greenz challengers community)