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再生可能エネルギーは、自然豊かな離島の財産。電気の売買を通じて、島の未来と経済をつくる「五島市民電力」

NHK朝の連続テレビドラマ『舞いあがれ』の舞台のひとつとして話題になっている長崎県五島市。長崎港からフェリーで約3時間半、飛行機なら長崎空港から約30分で到着する、五島列島・南西部の人口約3万5千人のまちです。

じつは五島市は、再生可能エネルギーによる発電量が市内電力需要の約60%を占める再エネ先進地であることはご存知でしょうか。離島ならではの豊かな自然をめいいっぱい活用し、陸上風力発電や太陽光発電に加え、2010年には浮体式洋上風力発電の実証実験地に選定されました。現在は海洋エネルギーの推進に力を入れ、洋上風車1基の商用化を果たしているほか、今後の活用が期待される潮流発電の実証実験地にもなっています。

そんな中、2018年に始まったのが、市内52の企業・団体・個人が出資して始まった、五島発の地域新電力「五島市民電力株式会社」です。いったいなぜ、市民自ら電力会社を立ち上げるに至ったのでしょうか。代表取締役社長の橋本武敏さんに、その経緯と込められた思いを伺いました。

始まりは、洋上風力発電の実証実験地になったこと

キャプション:橋本武敏さん

五島市民電力の始まりを知るには、五島市の再生可能エネルギーの歴史を振り返る必要があります。

2010年、橋本さんの元に、環境省の実証事業の一環で、五島市に浮体式の洋上風車を設置できないかという相談が舞い込みました。じつは橋本さんは「イー・ウィンド株式会社」という風車メンテナンスの会社を経営しています。イー・ウィンドは、五島市に本社を置きつつ、全国各地の風車メンテナンスや管理、修理対応などを行なっている、業界ではかなり大きな会社です。

橋本さん 環境省が、実証事業をやらせてもらえる場所を探していたんですね。じつは以前に、自分自身のビジネスにもつながるということで、よかったら五島でやりませんかと提案したことがあったんです。そのときは別の地域に決まっていて断られました。でもさまざまな事情で実施できなくなったようで、代わりの候補地を探していたんです。

そこであらためて、橋本さんに連絡がきたというわけです。

橋本さん じつは五島は、20年ほど前にNEDOが主導して行なったFS調査(フィジビリティスタディ調査:新規事業やプロジェクトの実行可能性についての事前調査のこと)で、漁協の反応がかなり良かったらしいんですね。これからは、そういう新しいこともやっていかなければいけないという雰囲気があった。五島であれば地元の理解も得られそうだし、風車メンテナンスの会社もあるから、何かあったときにすぐ駆けつける体制もつくりやすい。それで、いいんじゃないかと思ったみたいです。

そこで市にも相談し、官民連携で受け入れ体制をつくっていくことになりました。市としても、洋上風力発電を起爆剤として、新たな産業が五島に生まれるかもしれないという期待があったのではないかと橋本さんは話します。

再生可能エネルギーの普及を見据えて

崎山沖に設置された浮体式洋上風力発電所「はえんかぜ」。視察ツアーでは、このはえんかぜを船に乗って見に行くことができるプランもある

こうして2013年から2年間に渡り、五島市の椛島沖で日本初の浮体式洋上風力発電の実証実験が行なわれました。2014年には五島市役所に「再生可能エネルギー推進室」という専門の部署がつくられ「再生可能エネルギー基本構想」も策定。合わせて「五島市再生可能エネルギー推進協議会」が設立されました。

実証実験終了後は、実証機を崎山沖に移動。2016年には、五島市と「五島フローティングウィンドパワー合同会社」が共同で、民間事業による初の浮体式洋上風力発電所「はえんかぜ」の商用運転を開始しました。最大2メガワットの発電能力を有する「はえんかぜ」の年間発電量は1,800世帯分ほど。現在も順調に運転を継続しています。

橋本さん 民間も行政も、再生可能エネルギーで五島を活性化しようという共通の目的と目標がありました。せっかく始めたんだから、洋上風力発電の商用化を実現しようじゃないかという思いを、みんながもっていましたね。

2015年には、五島市内の商工業者を中心に、再生可能エネルギーの関連ビジネス創出を目指す「五島市再生可能エネルギー産業育成研究会」が発足し、継続的に勉強会を実施しました。

橋本さん 研究会では、風車のメンテナンスや建設に、いかに地元の企業を使ってもらうかについての勉強会をやっていました。実際、風車の土台のコンクリート部分の造成については、地元の会社が工事を請け負うことになりました。けれども、再生可能エネルギーについて勉強していくうちに、だんだんと「これは販売もやらんといかんな」みたいな話になってきたんです。

再生可能エネルギーは今後、さらに普及していくことが確実な分野です。そして、電気自動車や電化住宅が当たり前になっていけば、ガソリンスタンドやガス会社をはじめ、既存のエネルギー産業は苦境に立たされることになります。そこで勉強会では、今のビジネスを守るだけではなく、新たなビジネスの創出を模索するようになったのだそうです。そこで出てきたのが地域新電力をつくるというアイデアでした。

橋本さん 電力会社をつくって、いろいろなお店が取次店になり、電気を販売したらいいんじゃないか。化石燃料から再生可能エネルギーに移行していくことは避けられないから、早いうちに対策に取り組もう、全国から注目されるような最先端のことを、五島はあえてやっていこうということになったんです。

五島市の再生可能エネルギー関連の団体が集まった建物の中に五島市民電力も

商工会議所の会頭は、五島市民電力の会長でもある「株式会社神田商会」の清瀧誠司さんです。清瀧さんはまさにガソリンスタンドを経営しており、将来に対する強い危機意識をもっていたひとりでした。そして、新たなビジネスをつくっていくことを積極的に推進してくれたのだそうです。

橋本さん 会頭が言ってくれたからみんなが動いたところはあったと思います。新しいことをやるときには、会頭のようにリーダーシップがあってみんなを引っ張っていってくれるキーマンが必要だし、我々みたいな実行部隊も必要です。このふたつが揃っていたというのが、五島市民電力の特徴かなと思いますね。

取次店に雇用を生んでもらいたい


こうして誕生した五島市民電力、通称「ごとうの電気」は、五島産の再生可能エネルギーをメインに、五島市内と九州電力管内で電気の販売を行なう地域新電力です。五島市民であれば九州電力よりも電気料金が5%安くなる「市民限定割引プラン」をはじめ、取次店ごとに特色のあるプランが用意されており、利用者は好きなプランを選ぶことができます。

取次店制度を導入しているのは、地域の企業の利益となり、雇用を維持することがなにより大切だと考えているから。この取次店制度、電力事業法で認められている販売方法ではありますが、小規模な新電力会社で導入しているところは、とても珍しいのだそう。それは単純に、取次店を介すことで電力会社の売り上げが減ってしまうからです。

橋本さん 我々としては、既存の企業に自分たちのもっている人脈や信用を生かして電気を販売してもらい、それがちゃんと利益につながる仕組みをつくりたかったんですね。取次店に雇用を生んでもらいたいから、市民電力が直接販売することはしないんです。

再生可能エネルギーの島で暮らす恩恵を感じてもらう

さらにもうひとつ「五島市民電力には大きな目的がある」と橋本さんは言います。それが「多くの人に、再生可能エネルギーの島で暮らす恩恵を感じてもらうこと」でした。

橋本さん 五島は今、再生可能エネルギーの島と言われていますが、じつは市民にはその実感はほとんどありません。実際のメリットが見えてこないと理解は進まないし、協力もなかなか得られない。やっぱり、電気代が安くなるとか新しい産業が生まれるとか、わかりやすいメリットが必要なんですね。つまり「再生可能エネルギーの普及は、五島にとってメリットがある」と思ってもらえるようにしていくのが、五島市民電力の役割だと思っています。

たとえば五島市民電力では、電気料金を5%安くすることに加え、収益のほとんどを荒廃した椿林の再生、集会所の電気代サポート、子どもたちの部活動の遠征費を補助するスポーツ振興サポートなど、地域の活性化に役立てています。

また、五島版R100ということで、すべての電力を五島産の再生可能エネルギーで賄う「ごとうの電気100プラン」を用意し、プランを利用している企業に対しては供給証明書の発行も行なっています。CO2排出量ゼロのエネルギーを選択するということは、今や企業にとって大きな付加価値のひとつ。実際に、市内で食品加工を手がける会社が「ごとうの電気100プラン」で工場を稼働していることをバイヤーに評価され、新たな契約につながったという事例もあるのだそうです。

地産地消と地産外商

太陽光発電所も島のあちこちにある

五島市民電力の市内シェア率は10%程度。新電力への理解が進んでいる都市部では、新電力が20~30%のシェアを占めていることを考えると、まだまだ需要はあると考えています。ただし現在は、ご多分に漏れず、電力価格の高騰によって売れば売るほど赤字になってしまう状況に。そこで自主電源の確保を進めるべく、太陽光パネルを無償で屋根に設置するかわりに、五島市民電力と契約してもらい、使用した分は電気代として回収する事業を始めようとしているところだそうです。

さらに今後は「島外に電気を販売して外貨を稼ぐことも考えていきたい」と話します。

橋本さん 五島市民電力は、本当にたくさんの会社や個人に出資してもらっているので、半分は公的な会社だと思っています。だから、これが五島のためになるんだったらそれでいい、ここで儲けなくてもいいじゃないかと思ってやっています。

ただ地域新電力としては、地産地消という一面もありつつ、付加価値をつけて島外に販売していくという、地産外商の意味合いも大きいんです。つまり、五島で発電した電気で外貨を稼ぐことも目的ではある。今は九州電力の管内だけですが、いずれは関西や関東にも広げていけたら、五島出身者や五島に縁のある人たちが電気を購入してくれるんじゃないかと期待しています。

だから、今は公的な意味合いが大きいですけど、ゆくゆくは五島の産業のひとつになって、五島初の上場企業にする、ぐらいの夢はあっていいのかなっていうふうに思ってるんですけどね。

「島はいつも本土から物を買ってばかりです。だけどエネルギーに関しては、島が本土に売ることができるんですよ」と橋本さん。どう外貨を稼いでいくのかということは、離島にとって常に大きなテーマであり、再生可能エネルギーは、島の発展につながる大きな希望なのです。

ウィンドファーム事業による地方創生

五島市は、収益を地域振興に活用するという協定書を結び、庁舎の半分の電力を五島市民電力と契約しています。五島市総務企画部未来創造課ゼロカーボンシティ推進班の川口祐樹さんと簗脇太地さんは、主に3つの理由から官民連携で再生可能エネルギー事業を推進してきたと話します。

川口祐樹さん

川口さん 1番目が「雇用創出」です。洋上風車は1基あたり20年間という長期間の事業になるため、メンテナンスや製造など、関連産業の雇用が生まれます。また、全国に先駆けて行なうことで視察に訪れる人が増えており、外貨の獲得にもつながっています。

2番目が「自主財源の確保」です。洋上風車は船舶登録となっているため、償却資産として多額の固定資産税が市に入ります。市としては、一般財源が増えることはとても大きなメリットになっています。

最後に「環境保全」です。漁業との共生を図りながら、美しく豊かな五島の海を守り、さらに豊かな海にして子どもたちにバトンタッチする。これが、なにより大きな目的だと思います。

簡単に言ってしまえば、ウィンドファーム事業による地方創生ということになるんですが、無料の地域資源である風や海を使って、雇用創出、交流人口拡大、漁場の造成を行い、最終的には人口減少対策につなげていきたいと考えています。

現在は、2024年1月の売電開始を目指し、計8基の洋上風車をもつウィンドファームを計画中です。これが完成すると、五島市の再エネ率は約80%になると推計されています。

大切なのは、少しずつ進めること

簗脇太地さん

今、全国各地で洋上風力発電所や地上風力発電所の建設が、ものすごいスピードで進められています。あまりの規模の大きさとスピードの速さに、反対運動が起こっている地域がたくさんありますが、なぜ五島市では、スムーズに実証事業を受け入れ、その後の商用化、事業拡大まで漕ぎ着けられたのでしょうか。

簗脇さん  実証事業という形でスモールスタートにしたことが、漁協の理解が得られた要因だったのではないかと思います。いきなり100基、200基となると受け入れてもらえなかったかもしれませんが、まず1基を建ててみて、環境や漁業への影響をきちんと調べ、問題ないとわかってから次に進むというふうに少しずつ進めているので、うまくいっているのだと思います。

川口さん  五島には「洋上風力発電は五島の水産業を必ず良くしてくれる」と言って、前向きに協力してくださっている漁協前組合長の熊川長吉さんをはじめ、清瀧さんや橋本さんなど、キーマンになる人がたくさんいます。そういう方々を中心に、オール五島で進めているからいい結果になっているのだと思います。五島は官民連携だと言われますが、どちらかというと民の力が強いんです。行政は民間の力をお借りして、大きな事業をやらせてもらっているだけだと思っています。

橋本さん 大きな事業を誘致するときって、どうしてもまず行政が動いてしまうじゃないですか。でも並行、もしくは先行して民間が積極的に動かないと、うまくいかないように思います。民間っていうのは地元住民っていうことね。住民が動かないと地元の理解は得られにくい。

たとえば、住民の中に反対する人と賛成する人がいたとします。でも住民同士なら、これからも同じまちで暮らしていくわけだから、必ず解決せざるをえないんです。だから、お互いに話し合って理解しあおうとする。それって結構大事なことなんじゃないかなと思います。

次に、何をやるにしても、いちばん恩恵を受けるのが地元であるように考えること。市民感覚としては、どうせ風車の発電事業者は東京あたりからきて、お金は全部持っていかれるんだろうぐらいにしか思わない。それじゃ協力しようとは誰も思いません。

五島には今、いろいろな地域から、これから洋上風車の建設を推進しようとしている自治体や漁協さんが視察に来ています。その度に話しているのは、建設からメンテナンス、そして電気の販売まで、一体となって地域でお金を回していく五島モデルを、ぜひ同じようにやってみたらどうですかということです。

五島で再生可能エネルギーの利活用が推進されているのは、地域の経済発展に非常に有効であるという現実的な側面が大いにあります。これがもし、地域とは無関係に、いち企業によって実施される事業であったらどうなっていたでしょうか。関係者とのコンセンサスがうまくとれず、まちの経済には何のメリットもなく、ここまで順調に発展していかなかったかもしれません。

橋本さん 五島はもともと、よそ者を受けつけない閉鎖的なまちでした。でも今の五島は、こういった新しいことの誘致にすごく柔軟なんですね。なぜかというと、40年ぐらい前だったかな。上五島に石油備蓄倉庫ができたことがあったんです。それは、もともと五島に設置される計画だったんですけど、反対運動が起こって、上五島に設置されたという経緯がありました。

そうしたら、上五島にはかなりの補助金が出て、ものすごく栄えたんですね。五島よりも10年先をいってるんじゃないかっていうぐらい都会になっちゃった。五島は漁業で生計を立てている人が多かったから、海の環境を守るために反対したんだけど、その結果まちが衰退して、漁業をやる人自体が減ってしまった。だから、なんでもかんでも反対しているとまちがダメになるっていうことが、五島の人たちは身に沁みてわかっているように思います。

とはいえ、大規模な開発を手放しで受け入れることもできないよね。だから、まず1基だけで実証事業をやってみようっていう形で始められたのは、すごく良かったんじゃないかなと思うんだよね。

再生可能エネルギーは自然豊かな地域であればあるほど、大きなポテンシャルをもっています。つまり、地方創生と再生可能エネルギーは、親和性が高いということでもあります。五島市民電力を始め、オール五島でつくりあげてきた先進的な地方創生モデル=五島モデルが成功し、全国に広がっていけば、再生可能エネルギーの普及もますます進んでいくかもしれません。

五島市では地域を活性化させることを目的に、自分たちのできる範囲で再エネの導入をスタートさせました。

地域をよくするために地域が恩恵を得られる再エネの仕組みを、地元の住民・企業・行政が一体となって真剣に考え作りあげてきました。

その結果、再エネをうまく活用しながら、新たなビジネスや地元の活気を生み出せたのだと思います。

まさにこれがこの連載のテーマでもある「エネルギーを自分事化して考えること」ではないでしょうか。

今後全国各地で地域共生の再エネ導入が進んでいく際には、この五島市の取組はよいモデルケースになると期待されます。

(Text: 生団連)

(撮影:重松美佐)
(編集:増村江利子)

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