18世紀フランスの法律家で政治家のブリア=サヴァランは、
食べているものによって個人のひととなりがわかる
と語りました。その概念は、You are what you eat.(あなたは、食べているものそのものだ)というフレーズに変化し、広く現代にも浸透しています。
サヴァランの言葉を用いながら、どんな人にもわかりやすい表現で、現代における食文化の重要性を伝える人物といえば、アリス・ウォータース (Alice Waters)の名前を挙げないわけにはいきません。
greenz.jpでもこれまでに、来日した際の講演内容や地域の食文化における課題解決のヒントなど、彼女の言葉を紹介してきました。
2021年、アリスさんは、同じ思いで共に活動するボブ・キャロウさん、クリスティーナ・ミュラーさんと一緒に新たな書籍”WE ARE WHAT WE EAT: A Slow Food Manifest”を上梓。この本が2022年10月より、日本語版『スローフード宣言 – 食べることは生きること』として発売されることに。翻訳を担当されたのは、greenz.jpでも度々ご登場いただいている小野寺愛さんです。
アリスさんの原書を手にする小野寺愛さん(写真2枚目、中央)
料理、それはアクティビズム
『スローフード宣言 – 食べることは生きること』には、サンフランシスコ近郊バークレー市のレストラン「シェ・パニース」のオーナーとしての50年以上のキャリアを背景に、地域の伝統食を世界規模で讃える「スローフード・インターナショナル」の立役者、さらに、食の大切さを体験を通して学ぶ「エディブル・スクールヤード」の発起人として活動し続けてきたアリスさんの哲学が詰まっています。
それまでになかった概念を言葉と行動で示し、目指す世界をみんなでつくり上げる歩みを止めずにきた彼女を「食の革命家」と呼ぶ人は少なくありません。この代名詞は、それほど画期的なことを成し遂げている賞賛であると同時に、言葉通りの事実です。
1960年代のアメリカ・カリフォルニア。フリースピーチ、反戦デモ、公民権運動など、政治的意識が活発だった時代にバークレーの大学に入ったアリスさんは、「そこで政治的なスイッチが入った」とあるインタビューで語っていました。本書でも冒頭からそうした思いが綴られています。
いくら全米一の人気レストランや著名な立場になったとしても、あるいは、ミッシェル・オバマ氏の意向でホワイトハウスに畑をつくるような偉業を達成したとしても、彼女自身の基盤は決して体制側ではなく、常にオルタナティブで文化を尊ぶ人であることが本書を通してしっかりと伝わってきます。
願う世界が包括する文化とは
本書は2つの文化軸で構成されています。前半は「ファストフード文化」、対する後半が「スローフード文化」。
さすが長年の活動家、膨大な事実情報を細やかな歴史的解説をもって伝えてくれています。読み進めていくことでそれぞれの特徴と現在のかたちに触れ、分かっていたようで初めて知ることの多さに改めて驚きました。
正直に言うと、「日常的にファストフードのお店を利用する人々、特に何らかの理由でそうせざるを得ない立場の人々はどんな気持ちでアリスの言葉を受け取るのだろうか」という考えがよぎったのも事実です。しかし後半に進むにつれてその疑問は消えました。その強い言葉は、ファストフードを食べざるを得ない人々も含めて届けられる、彼女の学びと誠実さからくるものだと感じたからです。
食にまつわるさまざまなキーワードが章題になっている本書には、グリーンズのタグラインと同じ「生かしあうつながり」という章が出てきます。英語の原書では、相関性や連動性を意味する”Interconnectedness”というタイトルを「生かしあうつながり」と訳した思いについて、小野寺愛さんに聞きました。
小野寺さん オーガニックとは単に農薬を使わないことではなく、生きかたであり、暮らしかたの話だと思っています。では、どんな暮らしかたか。周囲と自分のつながりに自覚的であり、それを大切にするということなのかもしれません。
人も、野菜も、魚も、どんな命も、単体では生きることができません。アリスも、「食でいえば、食べ物を育てる人は収穫をする人につながり、収穫をする人は輸送する人につながり、輸送する人は販売する人につながり、販売する人は料理をする人につながり、料理をする人は食べる人に… つまり、皆がつながっています」と書いていますが、育てる野菜だってそもそも、受粉させてくれるミツバチたちや、土壌に暮らす無数の微生物や菌に支えらて育っています。
そして、そんな土壌からの養分が海に流れ込まなければ、海藻が減るし、海藻が減ればそれを食べる魚も減るのです。
Interconnectedness=自分は、他者や自然と互いにつながりあっている。一度そこに気づくことができたら、暮らしかたは自ずと変わっていきます。
そのことを日本語にしようと思ったとき、すぐにgreenz.jpがテーマに掲げていた「いかしあうつながり」を思い出しました。
その言葉から連想が広がって、菌と植物の共生関係や、分断を越えて支え合う人々のイメージも湧きました。代表の鈴木菜央くんに電話をして、訳語として使ってもいいかを訊ねると「もちろん! 聞いてくれてすごく嬉しいし、光栄だよ」と一言。
意訳したいときにピッタリの訳語が見つかると、心の奥で「よっしゃ!」とガッツポーズが出るものですが、このときは本当に嬉しかったですね。
今を生きる全員が逃れられない「食べること」について、あなたはアリスの語るどの部分を自分ごとにするでしょうか。読み終わったらどうぞ、親しい人たちと語り合ってみてください。その時はぜひ、おいしい旬の何かを一緒に食べながら。
(画像提供:小野寺愛)
(Top Photo: Wikipedia Commons)