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アートを通して、障害者と仲間のように過ごす。 福祉施設「リベルテ」の「ケアしない」というケアとは?

住宅地のなかを進んでいくと、狭い路地の先に、青い一軒家が見えてきました。
家の前には、緑豊かな庭。
その庭を横切って、玄関まで行くと、ドアの横に「リベルテ」と書かれた看板が置かれています。

ここは、長野県上田市にあるNPO「リベルテ」のアトリエ。
精神障害のある人が集い、アート活動をおこなう福祉施設です。

中に入ると、絵を描いている人がいたり、煙草を吸っている人がいたり、みんな自由に過ごしています。

一見すると誰がスタッフで、誰が利用者なのか、わかりません。
それはスタッフが利用者を「ケアをする」という接し方ではなく、仲間として同じ目線で接していることが大きいようです。
そのせいか、「施設」というよりは、誰かの家に遊びに来たような雰囲気が漂っています。

一般的な「福祉施設」とは大きく異なるリベルテとはどんな場所なのか。代表の武捨和貴(むしゃ・かずたか)さんと、理事の黒岩友香(くろいわ・ゆか)さんにお話を伺いました。

リベルテの共同設立者でもあり夫婦でもある武捨和貴(むしゃ・かずたか)さん(左)と黒岩友香(くろいわ・ゆか)さん(右)。ちなみに二人が着ているTシャツもメンバーが描いた絵をもとに制作したもの。

本人が主体性を持って選べる福祉施設を

リベルテの起点は、武捨さんの大学時代に遡ります。
京都造形芸術大学(現在の京都造形大学)でアートを学んでいた武捨さんは、通信教育の大学に編入後、社会と芸術をテーマにした先生と出会い、「社会と芸術の接点」に関心を寄せていったそう。

卒業後は地元である上田市に戻り、福祉施設「風の工房」が企画していた展示会を訪れます。

武捨さん アウトサイドアートとかアール・ブリュット(※)とか、そういう切り口もあると知ってはいたけれど、春原喜美江さんという方の作品を実際に目の当たりにして、すごいなぁと衝撃を受けました。

代表の人に会いに行って、最初はボランティアをすることになったんですけど、気づいたらそのまま就職することになりました。

(※)美術教育を受けずに独学でつくられた作品のこと。アウトサイドアートは英語、アール・ブリュットはフランス語。精神障害のある人の作品を指すことも。

春原喜美江さんの作品集。

「風の工房」では障害者のアート活動をサポートし、「利用者さんが師匠で、僕が弟子のような関係」だったとか。

8年勤めた後、どうしてリベルテを立ち上げたのでしょうか?

武捨さん 障害者自立支援法という制度が変わったり、施設や組織が大きくなったりするなかで、だんだん自分のやりたかったことから離れてしまったんです。

また、当時は精神障害のある人の居場所が圧倒的に少なかったので、彼らが過ごせる場所が必要だなと感じていました。それも、単に「施設に通う」っていうことではなくて「絵を描きに行くんだ」と本人が主体性を持って選べるような施設があったらいいな、と考えていました。

そんな施設をつくりたいと同僚だった黒岩さんに相談し、2013年、ともにリベルテを設立。3人のメンバー(※)からスタートし、現在は50人ほどが通っています。
(※)リベルテでは施設の利用者を「メンバー」と呼んでいます。

メンバー、スタッフ、地域の人たちと。(撮影:直井保彦)

何をしてもいいし、何もしなくていい

「リベルテ」とはフランス語で「自由(liberté)」という意味。
その名の通り、リベルテの活動はとても自由。
「今日はこれをやりましょう」と決まったプログラムはなく、それぞれが、そのときにやりたいことに取り組みます。

絵を描く人もいれば、縫い物をする人、物語を書く人、クッキーをつくる人も。あるいは、何もしなくてもいい。そんな居心地のよさがあります。

リベルテのメンバーによる作品は、市内のあちこちで販売されています。

黒岩さん ダジャレをずっと考えて書いている人もいます。それが彼のコミュニケーションツールになって「ここにいていいんだ」と落ち着きました。

ほかのメンバーも最初は「自分はここにいていいのか」と不安になるみたいで。どう振る舞っていいかわからないとか、他者と関係がつくれないとか。でも、アニメとかゲームとか、何か同じことを一緒にやることで「ここにいていいんだ」っていう安心感につながっているようです。

何をしてもいい。何もしなくてもいい。
ただ、いるだけで、そのままで、大丈夫。
そんな場にいられたら、どんな人でも安心して過ごすことができそうです。

逆を言えば、社会では何かをしなくてはいけないし、それは評価されたり、競走したりすることが多いように思います。
得意な人はいいけれど、苦手な人はどんどん取りこぼされてしまう。
そんな人たちを、リベルテは温かく受け入れているように見えました。

アートを通して、「福祉」を地域に開放する

庭を公園にしようと取り組んでいるアトリエ「roji」には緑がたくさん。

現在、リベルテのアトリエは上田市内の中心部に3箇所あります。徒歩圏内に点在していて、あえて「まちなかにつくりたかった」と武捨さんは言います。

武捨さん 場所は、まずメンバーが自分で歩いて来られる場所にしたかったんです。語弊があるかもしれないですけど、僕たち自身の活動を晒(さら)すというか、まちの中に普通にメンバーがいる状況が、なんかいいなと思っていて。

実際に、自分で通っている人も多いそうですが、リベルテのことを知った人が増えたことで、送迎スタッフとして手を上げてもらうこともあり、送迎の支援をお願いすることもできました。

武捨さん 人手が足りないのもありますが、メンバーもいろんな人と関わったほうがいいなと思うので、まちの人たちに送迎を手伝ってもらっています。とてもありがたいですね。

市内のスターバックスに展示された、メンバーの作品。

地域に開いているところがリベルテの特徴の一つですが、一方で、不安やトラブルはないのでしょうか?

武捨さん アトリエにどんな人がいるか分かると、だいたい受け入れてもらえるかなと思っています。そのためにはお互いに知り合える機会をつくることが大事ですね。

以前イベントで、たくさんの人がアトリエの周囲を見てまわったことがあって、それを見たご近所さんが「うちの敷地を通るかもしれない」って不安になったみたいで。でもちゃんと説明をしたら、理解をしてくれたかはわかりませんが、それっきり何も言って来ないです。

メンバーにも被害妄想が出て他者が怖いという人もいるんですけど、「怖いけど、僕とは大丈夫だよね」「スタッフとも大丈夫だよね」とか、ちょっとずつ、じんわり関係性をつくっています。

約10年かけて、メンバーとも地域の人とも関係性を築いてきた甲斐もあって、アトリエの外でもさまざまなつながりが生まれています。

スタッフもメンバーも一緒に楽しむ

そのひとつが、2020〜21年に開催されたアートイベント『ちくわがうらがえる』。
メンバーによる作品をアトリエのほか、市内のお店などに展示・設置し、まちなかで偶然出合うきっかけをつくりました。

武捨さん アトリエで何が取り組まれていたのか、まちとの関係はどうなっているのかを伝えようと企画しました。ただ、福祉を伝えるとか「関係性が大事だよ」とは言いたくないというか、感じてほしいな、と。

障害も関係の中で起こるので、関係性が大事っていうことよりも、起こってしまったことに対して、どういうアクションをするか、どういう風な気持ちで自分がいれるかが大事だと思っています。

『ちくわがうらがえる』で展示された、井出勝利さんの作品。

それにしても、『ちくわがうらがえる』とは印象的なタイトル。
どんな思いがこめられているのでしょうか?

武捨さん リベルテにはコンセプトがないんです。つくろうと思っても、設立時に「何気ない自由や権利を尊重していける社会や人、関係づくりを行っていきます」と謳ってしまったから、これ以上なにも言えないというか。

この「中心」のない感じが、ちくわみたいだな、とふと気づいたんです。
誰でも通り抜けられるし、内も外もないし、かといえばあるし。この不思議な状況がリベルテっぽいなと思って。

で、それを「裏返す」っていうのは、不思議なことが起きているとか、地域に見せるという意味もありますが、それぞれの解釈に任せています。

実際にスタッフはちくわを裏返してみたとか。茹でて、くるくる裏返して、その様子をビデオに撮って…と、かなり盛り上がった様子。
そんなふうにスタッフもメンバーも一緒になって面白がったり、ケアする・されるという役割を超えて楽しむことをリベルテでやりたかった、と言います。

リベルテのスタッフとメンバー。

その際に大切なのが、主体性。
インタビューのなかで、武捨さんは何度も「主体性」の話をしていました。

武捨さん 主体性はメンバー本人にあるので、やる・やらないって選択してもらいたい。僕らは提案したり、本人からの提案に対して何ができるか対話したりするのが役割で、ただ一方的にケアするっていうのはちがうな、とずっと思っていて。

イベントも、メンバーが消費されないというか、潰れないように気をつけています。日常のなかに寄り添うかたちで、たとえば『路地の開き』もアトリエの前にある空き地を庭にしよう、というアイデアからはじまって、それが自然とアートプロジェクトに発展しました。

2021年からはじまった『路地の開き』は、ガーデナー・和久井道夫さんのデザインのもと、メンバー、スタッフ、地域の人たちと土を耕し、草木を植え、小さな公園を育てています。


『路地の開き』の庭づくりの様子。「誰もがサボりに来れる公園」を目指しているとか。

この『路地の開き』は「のきした」のひとつでもある、とのこと。
はて、「のきした」とは?

一緒に食べることで生まれたつながり

のきした」は新型コロナウィルスを機に、上田市にある劇場・ゲストハウス「犀の角(さいのつの)」やNPO「場作りネット」などが連携して、みんなで軒下で雨風をしのぐように助け合おう、と始まったプロジェクト。リベルテもその一員です。

黒岩さん 「のきした」のミーティングで集まった人たちと話してみたら、分野は違うんだけど、問題意識がすごく似ていることに気づきました。

たとえば「場作りネット」は自殺や貧困の問題に取り組んでいますが、根本にあるものは、小さい頃に家庭環境が恵まれなかったところから派生している問題だったりして、居場所が大事だという考えが共通していることに気づきました。
そうやって話していく中で出てきたのが『おふるまい』です。

『おふるまい』は寄付で集まった食料を配布したり、炊き出しをしてみんなで食べたりするイベント。食べ物をただ持って帰るだけでなく、一緒に食べることで会話が生まれて、出会える。そういう場になっています。

「おふるまい」ではライブ演奏や、正月には書き初め、夏には盆踊りなど、さまざまなお楽しみも。

さらに、「のきした」によって生まれたネットワークが「ありがたい」と黒岩さん。

黒岩さん 今まで福祉分野でのつながりはありましたが、分野を超えていろいろな人たちと仲間として出会えたのがすごく心強いです。

リベルテのメンバーも「のきした」の人たちとつながったことで、確実に一人で行ける場所が増えたんです。知らないうちに本屋さんで居座っていたりして(笑) みんなが見守ってくれているのも本当にありがたいですね。

障害のある人もない人も、一緒においしいものを食べて、しゃべって、交わる。
本来は「普通」の光景が日常になりつつあるようです。

場を続けるということ

もう一棟のアトリエにて、作品やスープを販売したときの様子。

ほかにも「犀の角」のカフェでメンバーが働いたり、地元の高校生が授業の一環でアトリエに通ってきたり、地域のイベントに出店したりと、リベルテではさまざまなことに取り組んできました。

今後もやりたいことがたくさんあるようですが、「法人の成長は目指していない」と言います。

武捨さん 僕は法人を大きくしようとは思っていなくて、メンバーやスタッフとそのときにできることをやっていきたいし、いや、できないことがあってもいいなと思えるような場にしたい。

唯一、実現したいなと思うのは、リベルテ自体が続いていくこと。僕がいなくなっても、リベルテの場が続いていけばいいなと思っています。

この思いの根底には「居場所への切なさがある」そう。

武捨さん 大阪に「ココルーム」というゲストハウス兼カフェがあるんですけど、その代表の上田假奈代さんが居場所について言っていて。
「ある人には必要で、必要なければもうさっさと出てしまって、だけどまたいつか帰ってくるかもしれないし、思い出すかもしれないし、切なさがある」と。

すごく共感しました。場所を続けることは大事だけど、 その人がそこに居続けることは別に求めてないし、でも場は続けなきゃいけない。

よく障害福祉の仕事をしている人で、福祉の仕事が必要なくなるように、つまりみんなが自立してケアが必要なくなるように、と言う人が多いんですけど、僕は、困ったことをみんなでどうにかしようと考えることが福祉だと思っているので、絶対に困ることがなくならないという意味で福祉の場はなくならないというか、なくしてはいけないと思っています。

だからこそ、リベルテの場は続いてほしい、という強い思いが伝わってきました。

パレードに使うドライフラワー。メンバーがブーケをつくります。

9月25日には「犀の角」のアーティストや有志の人たちとともに、ドライフラワーでつくったブーケを渡しながら、まちなかを練り歩くパレード「花とひらく〜ちんどんパレード〜」を開催予定。
その案内文にはこう書かれていました。

争いや奪い合う出来事もあるこの世界で、人と人とが手当するように、人に花を手渡していくアートプロジェクトです。

武捨さんたちを見ていると、障害のある人たちをケアしようとしているのではなく、アートを通して、ただ一緒にいようとしているーーそんな印象を受けます。
そしてその姿勢が、じわじわと、アトリエから地域へと広がっているように感じました。

(写真提供:リベルテ、撮影協力:古瀬正也)