10/22(土)3年ぶりの現場開催! 「作文の教室 1DAY@東京」

greenz people ロゴ

記録されたものの、歴史にならなかった事実。映画『バビ・ヤール』が伝えるのは歴史の危うさ

ウクライナの北西部にあるバビ・ヤール渓谷。なじみのある地名ではないかもしれませんが、ホロコーストで最も凄惨な事件のひとつが起きた場所です。

1941年9月にこの地で、33,371名ものユダヤ人がわずか2日間で殺害されました。事件の背景、そして結末を描いたドキュメンタリー映画『バビ・ヤール』を通して、いったい何があったのか、人々はその歴史にどのように向かい合ってきたのか、その目で目撃してください。

3万人もの命が奪われた事実がなかったことにされる

第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツによって多くのユダヤ人が殺害されたホロコーストについては、アウシュヴィッツなどの強制収容所がよく知られているかもしれません。けれども、ナチス・ドイツが侵攻し、占領した各地では、さまざまな形でユダヤ人が迫害されていました。

ウクライナもナチス・ドイツの侵攻を受けましたが、当時ソビエトに占領されていたことから、ナチス・ドイツを喜んで受け入れた人たちがいたことを映像によってうかがい知ることができます。ソビエトからの解放者としてヒトラーを誉めたたえるウクライナの人たちの姿を目にすると、何が善で何が悪なのか、思わず脳内が混乱します。

ドイツ軍はウクライナでの侵攻を進め、ついにキエフ(キーウ)を占領下におきます。統治体制が変更し、混乱に陥る中で爆破事件が発生。疑いの目はユダヤ人に向けられ、すべてのユダヤ人が出頭を命じられました。実際はユダヤ人の手による爆破ではなかったものの、バビ・ヤール渓谷に連れ去られた3万人ものユダヤ人たちは、財産や貴重品などを奪われたうえで無惨に殺されていったのです。

ナチス・ドイツが敗れ、再びソビエトの一部となったウクライナで、バビ・ヤールでの事件は思いがけない形で歴史の闇に葬られます。3万人もの命が奪われたという事実が、文字通り見えないものにされたと告げる字幕をスクリーンで目にすると、事実が消されるという恐怖よりも、そのあまりのあっけなさに驚きました。

このように、記憶されるべき大事件もいともたやすく消し去られます。現代の日本でも、歴史修正主義という言葉を目にする機会が増えているように感じます。もちろん歴史は視点によって描かれ方が変わるものです。けれども、このように事実がなかったことにされることもあるという現実を突きつけられ、その重大さを実感しました。

残された記録から伝わってくるものから目を背けない

監督のセルゲイ・ロズニツァ(Sergei Loznitsa)は、これまでにもアーカイブ映像を使用したさまざまな映画を世に送り出しています。スターリンの国葬の模様を映し出した『国葬』、1930年にソビエトで行われたスターリンによる見せしめ裁判とその裏側を描いた『粛清裁判』など、当時の映像だからこそ持つ力を最大限に活かし、映画という作品をつくり上げてきました。

『バビ・ヤール』では、空襲によって被害を受ける人々や戦闘で傷つく人々、炎や黒煙をあげる建物や破壊される街並。さらには軍事裁判で死刑を宣告された軍人の絞首刑の瞬間など、テレビでは放送が難しい、死体も含む生々しい映像が続きます。

戦争という非常事態でも、詳細な記録が残されていることに複雑な気がします。中には、プロパガンダや戦意高揚に使用することを想定して撮影されたものもあるかもしれません。けれども、これらの記録のおかげで、私たちは当時を垣間見たり、思いを馳せたりできるのも確かです。

さまざまな映像が使用される中、バビ・ヤールでの事件については、記録映像が残されていなかったのか、ロズニツァがあえて使用しなかったのか、ドイツ記者が翌日に撮影した写真のみが使用され、動画はありません。

大量の死体、防寒のためと思われる洋服などの大量の衣類が無数に散乱している中に、おしゃれな一足のハイヒールを映し出す一枚の写真があります。それを目にした途端、ハイヒールを履いていたであろう人が生きていた事実、その存在感をありありと感じ、ひとつの命が奪われることの重みが迫ってきました。バビ・ヤールの事件を伝える一連のシーンは、大量の命が奪われ、時間が止まったような恐ろしいほどの静寂をスクリーン越しに伝えてくるでしょう。

ウクライナでは、現在もロシアとの戦争が続いています。21世紀におけるこの戦争はどのように記録され、歴史として残っていくのでしょうか。戦争が一刻も早く終結し、その歴史が未来のために恣意的に歪められることなく残され、平和な世界へと続きますように。過去の凄惨な記録は、未来に平和を手渡すためにこそ活かされてほしいものです。

– INFORMATION –

バビ・ヤール

2021|ドキュメンタリー|121分|オランダ=ウクライナ|ウクライナ語、ロシア語、ドイツ語、ポーランド語|4:3|カラー・モノクロ|日本語字幕 守屋愛|
配給 サニーフィルム
監督・脚本 セルゲイ・ロズニツァ
編集 セルゲイ・ロズニツァ、ダニエリュス・コカナウスキス, トマシュ・ヴォルスキ
音響 ウラジミール・ゴロヴニツキー
イメージ・レストレーション ジョナス・ザゴルスカス プロデューサー セルゲイ・ロズニツァ、マリア・シュストヴァ
アソシエイト・プロデューサー イリヤ・フルジャノフスキー(『DAU.ナターシャ』、『DAU.後退』)、マックス・ヤコヴァ

プロダクション Atoms & Void, BABYN YAR HOLOCAUST MEMORIAL CENTER
原題 Babi Yar. Context
https://www.sunny-film.com/babiyar
©Atoms & Void