2023年の春、武蔵野大学(東京・有明キャンパス)に新しい学科が誕生します。その名もずばり、「サステナビリティ学科」。日本では前例のない学科名です。ここに、greenz.jp編集長の鈴木菜央が、教員の一人として参加することになりました。
2024年に百周年を迎える大学と、持続可能な未来のために対話と発信を重ねてきたメディアとの出会いから、どんな学びの場が生まれるのでしょうか。
今回は、新学科創設に重要な役割を果たした明石修先生(以下、明石さん)と、すでに前身となる学科で非常勤講師として学生たちと交流し始めている鈴木菜央(以下、菜央さん)に、「サステナビリティ学科」が必要になった背景や、そこで実現したいことを語っていただきました。
武蔵野大学工学部環境システム学科准教授
京都大学大学院地球環境学舎修了、博士(地球環境学)。国立環境研究所特別研究員を経て、2012年に武蔵野大学環境学部に着任。2015年より現職。気候変動をはじめとする環境問題は現在の社会や経済の仕組みが生み出しているという問題意識から、サステナブルな社会や人の暮らしの在り方について研究を行っている。近年は、パーマカルチャーという手法を用いて、都会において人と人、人と自然がつながるコミュニティづくりの実践を学生と共に行っている。
屋上から広がる多様な学び
サステナビリティ学科は、学生たちが取り組む「サステナビリティプロジェクト」を中心軸に据えた学び(PBL:Project Based Learning)を特徴としています。
その試みは、学科新設に先駆けて、環境システム学科(2023年の4月からサステナビリティ学科に改組)で始まっていて、学びの現場の一つ屋上コミュニティガーデンには学生たちが頻繁に出入りしています。
有明キャンパス3号館の屋上に上がると早速、明石さんがブルーベリーの実を摘み取って、みんなにウエルカム・フルーツを振る舞ってくれました。甘くておいしい!
たくましく伸びる草木の中には、食べられる野菜や果物がさりげなく混ざっています。ナスの苗の間からはコンパニオンプランツ(共栄作物)であるネギが顔を出し、ラベンダーの茂みやトウモロコシの苗などを見て歩いていると、うっかり踏んでしまいそうな所にも元気なカボチャがつるを伸ばしています。
屋上の隅のほうには落ち葉の山や、生ごみコンポスト、ミツバチの巣箱も。目を上げて観覧車やビル群を眺めない限り、人工都市「お台場」にいることを忘れてしまう自然あふれる空間です。
明石さん ここで出会う生き物や人から、いろんな学びが生まれています。みっちり計画通りにやることよりも、新たに生まれた関係を生かして柔軟に変えていくことのほうが大切で、プロジェクトが成長したり変遷したりすることも含めて学びだと思っています。
今も、たくさんの学生のプロジェクトが進行中で、例えば養蜂のチームは、はちみつを近くの「無印良品」店舗に期間限定で販売したり、学内の「ロハスカフェARIAKE」で販売したりしています。ロハスカフェから出た生ごみは、屋上のコンポストで堆肥にして野菜やハーブを育て、それをまたカフェで使って循環させています。
養蜂チームの学生たちは、近隣の公園で農薬を使っていないことを確認するなど環境の勉強に力を入れ、周囲の生態系をハチの目で観察するようになったそう。武蔵野大学発の「Rooftop Bee」ブランドのはちみつは、今では学外の有名レストランにも注目されています。
プロジェクト学修は2年生から履修可能な週200分間の科目でしたが、サステナビリティ学科が始まる2023年度以降は、倍の400分間に。しかもプロジェクトから広がる知的好奇心が4年間の学びの基盤となることを願い、1年生からの履修が必須となります。プロジェクトの現場はキャンパスの外にも広がっていて、自主的な学外プロジェクトにまで単位取得が認められるというから驚きです。
明石さん サステナビリティ学科のプロジェクト学修は、座学のおまけ的な位置づけではありません。自分で選んだプロジェクトに、週に6時間以上も専念できます。
これまで多くの大学は1,2年生で基礎をインプットしてゼミで深めて、卒業研究でアウトプットするという4年かけて1周するサイクルでした。でもサステナビリティ学科では、入学直後から小さいサイクルを何回も回すから、アクションが多くなる。
まずは課題の現場に行って、小さく始める。最初は失敗しても、改善と工夫を繰り返しながら学んでいく。それを4年間続けて、プロジェクトで得た知見を卒業研究で言語化したり一般化したりする、という流れです。
武蔵野大学全体の学生数は約1万3,000人。キャンパスは2つあり、2012年にできた有明キャンパスには、工学部の他にグローバル学部、法学部、経済学部、経営学部、データサイエンス学部、人間科学部、看護学部、各種大学院があり、約6,630人が学んでいます。
屋上コミュニティガーデンは、毎週水曜日に開放され、有明から電車で2時間弱かかる武蔵野キャンパスの薬学部などから来る学生もいると言います。他学部の先生たちもやってくるし、パーマカルチャーに関心のある他大学生を連れてくる学生もいるそうです。
菜央さん ロハスカフェの店長さんが屋上に上がってきて、歴代の学生たちが積み上げてきた養蜂ストーリーを学生たちに熱く語っている日もありました。ここに来る大人たちはみんな、学生たちの「先生」なんだよね。
明石さん それぞれ自由に農作業をしたり、しゃべったり、ごろごろしたり。ここでは、ゆるやかなコミュニティが形成されます。意外と他学科の学生と話す機会がないようで、「ここに来てはじめて話せた」と言う学生も多い。
ある時、はちみつ販売の話をしていたら、経営学部の学生が、不意に「そういえば、私が学んでいるのは、これだったんだ」って(笑) 専門科目を生かせる現場を発見する場でもあるんです。
ここには月に1回、地域のこども園の子どもたちが約30人ずつ交代で来ます。6人ぐらいの学生が付いて、さりげなく子どもたちの好奇心をくすぐるように花を摘んだり、虫で遊んだりしますが、この時は、ファシリテーションの演習系の授業で学んだことが生きています。
虫を見つけると瞬殺する子どもがいた日は、「あれは止めた方が良かったのかな」と学生が悩んでしまって。「自分も昔は殺していたけど、いつの間にかやめた。あれは自分で命に気がついたからかな」とか振り返りつつ、どう対応したら良いか迷って、ほかの学生に相談していました。こういう問いに明確な答えはないんですよね。
菜央さんによると、コミュニティガーデンは、こういう「教材」に事欠かない場所で、行くたびに新しいエピソードが生まれているそうです。
菜央さん 「はちみつ」の経営学に気づいた子は学びが身体化したわけだし、子どもに対する声かけの悩みも、絶対に教室の中では出てこない問いだよね。
ここで次々と起きている交流やつながりは、授業の枠にははまっていないし、学部ごとの輪切りでもない。授業ではデザインできない学びが生まれる場には、すごく大きな可能性がある。
仏教思想とサステナビリティ
武蔵野大学の屋上コミュニティガーデンの開設は、2017年にさかのぼります。
明石さん もともとは東京都の緑化面積の規制に合わせて芝生を植えて屋上緑化していた場所で、お金をかけて放水して管理しながら、鍵がかかっていて入れなかった。すごくもったいないと思っていました。
武蔵野大学は2016年に「世界の幸せをカタチにする。」というブランドステートメントを宣言しています。生きものと人のつながりを育むパーマカルチャーは、循環を重視する仏教の思想と合うし、仏教の授業で教えていることの具現化でもあります。
建学の精神である「四弘誓願(しぐぜいがん。仏教の根本精神)」の最初にも「生きとし生けるものが幸せになるために」という意味の言葉があるんです。それこそ、生きとし生けるものが戻ってくる場として屋上を活用しましょう!と、大学に提案しました。
明石さんの提案は、ちょうど開設されたばかりの「武蔵野大学しあわせ研究所」の助成対象に選ばれて実現しました。そして屋上は今や、思わず会話が中断するほど珍しい色や形の虫たちが飛び交い、まさに生きとし生けるものの楽園になっています。
実践できる人をつくる
明石さんは2017年に環境システム学科長に就任し「サステナビリティ学科」の創設を構想し始めました。なぜ新しい学科が必要だと思ったのでしょうか。
明石さん 「持続可能な社会の創り手」の育成という言葉が組み込まれた学習指導要領(2017年公示)に基づく義務教育で学んできた子どもたちが、大学に入ると、いきなりタコつぼ化してしまう。大学の学びは専門ごとに細分化されていますから。
これまでの大学教育は、品質保証的に学位を出して、均一な品質の人を育てる工場みたいな側面があったんですね。でも、詰め込み型の教育でサステナブルな社会をつくれ、と言うのは矛盾がある。
これからは大学でも、一方的に教えられるだけでなく、自分で考える人を育てないといけません。その人が持っている思いや好きなこと、得意なこと、どうしようもなくやってしまうこと、そういう個性をいかす世の中のほうが多様だし、サステナブルです。
気候変動や生物多様性の危機は、将来世代が暮らせない地球になってしまうほど深刻だけど、人間社会が生んだ問題は人間社会が解決するしかない。今必要なのは分析や評論をする人ではなくて、実際にこの社会を変えていける「実践する人」なんです。
明石さんが2012年に武蔵野大学に来て所属したのが、環境学部環境学科。2015年に工学部の環境システム学科、数理工学科、建築デザイン学科に改組されましたが、かつての環境学部(2009-2015年)が築いた思想や制度は生き続けていて、今回、工学部の環境システム学科を「サステナビリティ学科」にバージョンアップさせる改革を下支えしました。
明石さんは、学科創設が現実となった2021年9月、菜央さんに連絡しました。なぜ、菜央さんに声を掛けたのでしょうか?
明石さん 現場に近い人に来てほしい! と思っていたんです。もともと僕もgreenz.jpの記事は読んでいましたし、学生たちもよく参照していました。
学生がもっと生き生きと自分の興味関心や良さを発揮して、思いを大事に、内側からの力で伸びていく教育の場をつくりたい。それが学生の幸せにもつながる。そういうコンセプトで立ち上げた学科には、社会の中でソーシャルデザインを実際にやっていて、事例にも精通している人が必要でした。
菜央さんは著書『「ほしい未来」は自分の手でつくる』(星海社、2013年)でも、小さく始めるとか、無理せずできる仕組みをつくる、とか、ソーシャルデザインの方法論を発信していました。自身の経験から体系化を経た「手法」を持っている菜央さんなら、学生に伝えていただけることも多いかなと思ったんですよね。
明石さんは、コミュニティガーデンを中心に活動し、生態系を取り戻し、コミュニティをつくり、必要な知識や技術を学ぶ場を構築していきますが、サステナビリティ学科には環境心理学、生態学、環境経営、持続可能な地域づくりなど多彩な分野の専門家がいて、各方面から学生たちの主体的なプロジェクトを支えます。
具体的には、技術、調査、分析、統計などを扱う従来の環境システム学科を引き継ぎ、より演習を増やした「環境エンジニアリングコース」に、新たに「ソーシャルデザインコース」が加わり、プロジェクトを軸としながら文理融合の学びを目指します。各コース5人ずつ先生が配置され、菜央さんは、このソーシャルデザインコースの准教授として2023年の春以降は週に約6コマの授業を担当する予定です。
明石さんによると、この2つのコースは車の両輪で、ゆるやかなコース分けはあっても完全に別れることはなく、サステナビリティ学科の学生はどちらも学べるそうです。
ところで、菜央さんは、今回のご縁をどのように捉えているのでしょうか。
菜央さん もともと武蔵野大学にはゲスト講師として何度か招いていただいて、2017年の時点で明石さんから「サステナビリティを学ぶ学科をつくりたい」という話は聞いていました。
僕はグリーンズをやってきて、「新しい世代の本質的な学び」が超大事だと気がついて、もうそれしかないんじゃないか! ぐらいに思っていたから、既存の大学がそういう方向に舵を切って、サステナビリティ学科をつくるのはすごいことだと。それで、「すごく良いと思うからぜひやってほしいし、手伝えることがあるなら手伝いたい」と言ったんですよね。
2021年に改めて声が掛かり、最初は外から関わることを想定していたけれど、「学校という新しいフィールドに移ることにもワクワクした」という菜央さんは、武蔵野大学に本格的にジョインすることを決めました。
今は、有機的につながる学生たちのプロジェクトの面白さにワクワクしていると言います。
菜央さん 単品のプロジェクトの面白さは当然ありますが、それより、プロジェクトが重層的に関わり合うと、すごく面白いことが生まれてくると思うんですね。
屋上では、はじめ野菜を育てるだけだったのが、養蜂がはじまり、ロハスカフェとの循環につながった。そして最近は特にさまざまな学科、教員、職員、地域の人たちのつながりづくり、もしかしたら、有明キャンパスのアイデンティティにすらなっていきそうな気配もある。世代のつながり、横のつながり、概念的なつながりの中で、豊かさが広がっていく。
サステナブルな社会をつくる時は「課題→解決」の最短距離を求めるよりも、どういうふうに「つながり」をデザインしていくか、その多様なつながりからいかに多様な幸せを取り出していけるか、という視点のほうが、めちゃくちゃ重要なんです。
将来どんな仕事に就こうと、どの世界のどの業界のどの分野に行こうと、今よりも遥かに拡大していく気候危機、孤独、貧困、格差、少子高齢化などの環境・社会課題に対して、取り組まないわけにはいかない時代です。
「サステナビリティをつくり出す力」、言い換えれば「社会と環境をデザインし、実現する力」は新しい時代の基礎学力。だからこそ、大学生には「いかしあう関係性のデザイン」ができる人に育ってほしい。僕もうなりながら一緒に実践して、一人ひとりの学生の学びもサポートしつつ、そのプロセス全体から学びたい。
大学そのものをサステナブルにするために、つながりをつくっていきたい。すでに学生同士で衣類を交換するとか、学内に給水機を増やしてマイボトルを普及させるといった取り組みが動き出しているから、例えば、卒業生の不要になった家電をリユースするとか新しい取り組みを増やしていきたいし、環境心理学や経済学の学生の知恵が加われば、まったく新しいプロジェクトが生まれるかもしれない。そんなふうに、ゆくゆくは、学部も超えて学び合えたら最高かな。
大学との出会いで一気にフィールドが広がって、菜央さんの中では研究意欲も高まりつつあるようです。
菜央さん といっても、「サステナビリティをつくり出す力」をつけるというのは、どういうことなのか?そこはまだまだ確立されていないので、僕はここサステナビリティ学科で、「誰にでもサステナビリティをつくれる方法論」をまとめていきたいですね。
それはまさにグリーンズの大人向けオンライン講座「いかしあうデザインカレッジ」のテーマでもあるから、学生と一緒にオンラインの場をつくってみるのも面白そう。アウトプットができるgreenz.jpというメディアもあるから、大学での研究をグリーンズに還元したり、グリーンズでのインタビューを学生と共有したり、大学にさまざまな分野の最先端で活躍する人たちをゲストスピーカーとして招いたり。いろいろな可能性があると思います。
大学とグリーンズのコラボは、学生たちが、大学ではなかなか出会えないような、いろいろな業界の多様な大人と出会うチャンスも増やしてくれそうです。
自分の足元から、同心円を描くように
明石さんも実践者として、プロジェクトを通して地域とのつながりを深めています。
明石さん ここにある堆肥の材料は、近くの公園の管理をしている方から分けてもらっています。とみさんというおじさんが、落ち葉が集まった日は電話をくれるんです。このつながりのおかげで、エネルギーを使って運んで燃やすだけだった落ち葉が、命を育む土になる。とみさんは昔は大工さんだったそうで、「何かつくる時には言ってよ」とも言ってくれています。
明石さん 大学の屋上だけじゃなくて、町中にコミュニティガーデンがあるといいですよね。こんな人工的な街でも、ビルの中には生身の人間がいるわけで、昼休みにちょっと土を耕せたりしたら、楽しいと思うんです。キャンパスの目の前の緑地に食べられる野菜を植えて、学外の方たちとシェアできないかな、と。
まずは自分の立っている場所を持続可能にする。自分の足元から同心円を描くように周囲へと広げていく。そんな変化をつくれる学生を増やしたいですね。
大きな仕組みを変えるのも大事だけど、まずは小さく実践して、身の回りの命を大事にして、人とのつながりも含めて生態系を大切に扱うと、巡り巡って自分も幸せになれるから。
菜央さんも、「学科も、大学も、地域も、すべてが現場であり、それぞれをサステナブルにしていかないといけない」と力説します。
菜央さん グローバリズムの恩恵を受けて食べ物や燃料が安定的に安く手に入る時代が終わりを迎えつつある今、自然資源をちゃんと維持して、生産していく練習がたくさん必要。大学が、そういう実験をどんどんしていく場所になったらいいな、と個人的には思っているんです。
学校そのものをまずサステナブルにするために、当事者である学生たちが新しい現実をつくる。その新しい現実は自分にそのまま返っていくし、次の世代にも恩恵が続きます。
持続可能な社会に「問い」はいっぱいあるけれど「答え」はない。でも、その土台にあるのは自然の恵みを生かす暮らしです。つまり、みんなが集まれて、食べ物が収穫できて、そこで循環して、自然と人同士がつながれるような場が大事。大げさに言えば、この屋上は未来の社会の縮図なんじゃないかな。サステナビリティ学科は、これからのサバイバルな時代の練習場でもあるよね。
「頭で理解する」と「体で感じる」は、だいぶ違う
菜央さんが、「もう一つ。やりたいことがある」と語ったのは、身体領域の実験でした。
菜央さん これまで僕はあまり体とか感覚の領域に目を向けてこなかったんだけど、体験してみたら、めちゃくちゃすごい世界が広がっていることを知りました。
シューマッハカレッジ(イギリスにある大学院)再生的経済学部(Regenerative Economics)のジョナサン・ドーソン教授による「演劇を通じて経済・社会・環境を理解する」というワークショップに参加したのですが、そこではひとりずつ「市場」「生態系」「政府」「コモンズ(共有地)」の4つの役を演じるんですね。
そこで僕は「コモンズ」を演じてみた。
「コモンズ」というのはサステナビリティを学ぶとよく出てくる概念で、僕も頭では理解していたつもりでした。ところが実際に自分自身が「コモンズ」になりきってみると、僕はコモンズの何も理解できていなかったことを知った。その時はじめて、「コモンズ」という概念が、なんというか、感覚として腑に落ちたんだよね。「コモンズ」が感じる世界は、こんなふうになんだ。というようにね。
たった30分ほどの体験だったけれど、僕の中で何かが変わった感じがしました。そんな、体を使った環境やサステナビリティの学びも、実験していきたい。
知識によって開かれる世界もおおいにあるけれど、地球が今こうなってしまった片棒をかついでいるのは、知識偏重とか、すべてを分けていく世界観だと思うから、バラバラにされてしまったものごとを統合していくような、持続的な社会や生き方を、あり方、哲学というのを実験して、つくっていく必要があるんじゃないかな。
明石さん 3H(Hed:頭、Heart:心、Hand:手)と言うけれど、バランスよく使うことが大事だから、大学もヘッドばかりでは駄目で。ハンドで技術を身に着けたりハートで感じたりを繰り返しながら実験していくことですよね。
この間、ケヤキの木と向き合って落ち葉を見ていたら、これが堆肥になって食べ物になって体に入る。ということは、この落ち葉は僕か? と思って。そうしたら、吐いた息を吸ってくれて、酸素を与えてくれる樹木とも一体感を感じて、このケヤキは1年後の僕かな? って。境界が区別できないような感覚を体験して、それからは感じ方が変わってきたんです。循環は頭で理解しているけど、頭で理解するのと体で感じるのとでは、だいぶ違う。
この一編の詩のような美しい話を聞いて、菜央さんはひとこと「あまり頭で理解できなくてもいいのかもしれない」と、つぶやきました。
つながりを感じて、幸せを感じて
野菜の話になると表情がゆるみ、「植物でも人でも成長していくのを見るのが好き」と言う明石さん。最後は、そんな明石さんが最高潮の笑顔で語った学生たちの変化の話です。
明石さん 入学直後にコロナ禍に見舞われた学年は、2年生で通学が始まるまで学校に2回しか来られないような状態だったから、人とのつながりが壊滅的な感じで、中には「もう諦めていました」と言う子もいたぐらいです。
屋上に来て「はじめて大学に入った感じがした」と言う子や、「すごい『生きている感』がある」と言う子がいました。まったく話せなかったのに、農家に行ったりするうちに生き生きとして見違えるほど話すようになった子もいます。どんどん外に出るようになって、新たなプロジェクトも自主的に立ち上げて。目の前で急成長する姿を見せてくれました。
都会で、生きている実感を得るのは大人でも学生でも大変です。バイトと授業の往復、あるいは家で一人オンライン、娯楽はお金が必要な消費行動、人とのつながりはそれほどない。つながりを遠ざけて効率化を求めた末の社会に生きるのは孤独です。もう一度、自然や人とのつながりと、生きている感じを取り戻す必要がある。
その急成長した学生は、ある体験のチャンスを逃さずに自分で選び取り、そこからぐんぐんと変化していったそうです。
菜央さん つながりを遠ざけて効率化を求めた末の社会では、一人ひとりの中にあるエネルギーが生かされないということに、学生自身も気づいている。
「誰一人取り残さない(leave no one behind./SDGsの誓い)」サステナブルな社会をつくるには、個々の性質や良さを生かして多様な尺度で互いを認め合うことが大事だから、つながりや循環を体感できるように学び方から変わっていかないと。
落ち葉や樹木と一体化した明石さんの体験を聞いた菜央さんから、「土着の人たちの世界観」というキーワードも飛び出しました。明石さんも「46億年の歴史を持つ自然が、サステナブルの一番の先生」と答え、地球の歴史を体感したり、人間が自然の一部であることを思い起こしたりできる学びのプログラムを相談し始める二人。「学び方や、その人がどうあるかが社会を変える」と影響力を自覚しているからこそ、その議論には熱がこもります。
明石さん どちらかと言うと「足りない」所にばかり注目させられる教育を受けてきたら当然ながら自信を失う。だけど、そもそも僕たちは生きているだけで意味があり、バイオトイレを使うと分かるけど、呼吸だって排泄だって、ただ存在するだけで他の動植物の命に貢献しています。そもそも地球上には自分の居場所があるわけで、まず「ある」ということからのスタートなんです。
自分で自分を受容する。そこを起点に伸びていく学びの場をつくりたい。自然界だって、いろいろな生きものがいてこそ、バランスがとれているんです。人も同じ。個々の良さがいきる教育を実現したいと思っています。
ありのままでいい。
自分の輝きを見つけて、それぞれの良さを発揮してほしい。
自分の場所を自分で変えて足元から幸せになってほしい――。
こんな前向きなエネルギーに満ちた言葉を浴びながら学べたら、次々と潜在能力が花開きそうです。武蔵野大学は「幸せ」を掲げる大学であり、個人と社会の幸せを実現するために「サステナブル学科」をつくったのだな、と合点の行く取材でした。
(編集:福井尚子)
(撮影:秋山まどか)
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本カレッジは「環境再生」を学ぶ人のためのラーニングコミュニティ。第一線で挑戦する実践者から学びながら、自らのビジネスや暮らしを通じて「再生の担い手」になるための場です。グリーンズが考える「リジェネラティブデザイン」とは『自然環境の再生と同時に、社会と私たち自身もすこやかさを取り戻すような画期的な仕組みをつくること』です。プログラムを通じて様々なアプローチが生まれるように、共に学び、実践していきましょう。