みなさんには、「おばあちゃん」を思い出す味はありますか?
私はおばあちゃんがつくるキュウリのぬか漬けと塩昆布が大好きでした。コロナ禍でなかなか気軽に帰省できない日々が続くと、そんな家族の味を恋しく感じるかもしれません。現在イタリアに住んでいる私は、いつも家族の味を懐かしく思っています。
イタリアの大学院で世界の食文化を学ぶ中、ブラジルで漬物をつくる日系人のみなさんに出会いました。今回ご紹介する「親子つけもの」はそんな日系人のひとり、サンパウロに住むGuilherme Tooru Uyekita(ギリェルメ・トオル・ウエキタ、以下ウエキタさん)。ウエキタさんは、おばあちゃんの漬物レシピを再現して販売しているんです!
「親子つけもの」を始めたウエキタさんは、もともと、大学で建築を学び、さらに美術学位の取得を目指しながら、革かばんの工房で働いていました。しかし、パンデミックで失業してしまい窮地に。生計を立てるために手づくり漬物の販売を思いついたのだそう。
そこで、お母さんに「漬物店をやりたい」と伝えると、反対するどころか「おにぎりも一緒にやろう」との返事! こうして、お母さんと一緒に漬物とおにぎりを売る小さなビジネス「親子つけもの」がスタートしました。
実はウエキタさんにとって、漬物はおばあちゃんの味。ウエキタさんの子どもの頃から「家の冷蔵庫はおばあちゃんの漬物でいっぱい」だったそう。色とりどりの手づくり漬物が何種類もマヨネーズの空き容器に詰められていました。
小学校の運動会や遠足には漬物とおにぎり。おばあちゃんの漬物とおにぎりが身近にある子ども時代を過ごしたウエキタさん。そのおばあちゃんから、お母さんに受け継がれた手づくりの味が商品になり、漬物店が生まれました。そして、店の名前も親から子につながれた味を表す「親子つけもの」に。
そんな「親子つけもの」では、手づくりの漬物とおにぎりをInstagramで発信し、宅配アプリで注文を受けています。お客さんは、日系ブラジル人や新しい味に興味のある若い人が中心なのだとか。
ブラジルは、世界で最も多くの日系人が暮らす場所。かつて日系1世・2世の多くは、家で漬物を手づくりしていました。
今はスーパーマーケットなどで気軽に漬物が手に入るようになり、手づくりする人も減ってしまったのだそう。だからこそ、「親子つけもの」は、懐かしい手づくりの味だと日系人から喜ばれています。また、漬物を食べたことがない人は、その酸っぱい味と独特の匂いに最初は驚きますが、徐々に美味しさにハマっていくようです。
「親子つけもの」では漬物とおにぎりを固定と月替わりのメニューで提供。漬物は歯応えがあり、しっかり味がつくシュシュ(はやとうり)の醤油漬が人気だそう。加えて、おかずの入った握らないおにぎり「おにぎらず」も展開中。どれも美味しそうで、迷ってしまう品揃えです!
「漬物はおばあちゃんの生き方そのもの」と語る、ウエキタさん。
というのも、おばあちゃんがブラジルに移民した頃はとても貧しく、手元にあったのは自分で育てた野菜だけ。そして、おばあちゃん自身の子どもだけでなく、いとこや夫の兄弟もいる大家族。家計を少しでも助けるために、野菜を漬物にして保存し、大切に食べていたそうです。
おばあちゃんにとって生きるために不可欠だった漬物が、今度は孫であるウエキタさんのピンチを救いました。
漬物のレシピは、おばあちゃんが僕のお母さんに教えたもの。それを今、僕がお母さんから学んでいます。
家族の味が日本からブラジルに渡り、さらに世代を超えてつながっています。
漬物店としてはまだまだこれから。でも、ここまで来られると思っていませんでした。
とウエキタさん。漬物は、おばあちゃんにとってだけでなく、日系ブラジル人にとっても大切な存在だとも感じているそう。
「漬物は日系人コミュニティのシンボル」だと考え、いつか実店舗を持って販売し、漬物とおにぎりを少しでも多くの人に楽しんでほしいと情熱を燃やしています。いつか日本にも漬物とおにぎりの視察に来たいのだとか。
新型コロナウイルスのパンデミックによる失業という思わぬ状況から、自分のルーツである「漬物」と新たな関係を築きはじめたウエキタさん。
日本生まれの漬物が、ブラジルで日系人コミュニティのシンボルへと成長したストーリーに、ごく普通の家庭料理が持つパワーを感じます。
世代をつなぎ、生活を助け、元気と勇気をくれる食べ物の力。自分が暮らすコミュニティの食が、その人の身体だけでなく、自分のルーツにもなるのだと教えてもらいました。
(Text: 中村圭)
(編集: スズキコウタ)