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日本三大秘境・宮崎県椎葉村で、“生きている手応えのある人生”をはじめよう。DIY可能シェアハウスで実現できる暮らしとは #仲間募集

募集要項は、記事末をご覧ください

人口は約2,400人、面積の約96%が森林という緑豊かな椎葉村(しいばそん)が位置するのは、九州山地の真ん中。

険しい断崖やいくつもの河川に囲まれ、約540平方kmという広大な面積のうち、わずか4%しか人が住めないという厳しい環境に切り拓かれた棚田は、天空に浮かび上がるようなその姿から「仙人の棚田」と呼ばれています。

「仙人の棚田」と呼ばれる風景には圧倒される(提供:一般社団法人逞しい未来)

そんな秘境に移住した村上健太(むらかみ・けんた)さんは、地域おこし協力隊として移住コーディネーターを勤めた後、椎葉村で「一般社団法人逞(たくま)しい未来」を設立。移住・定住促進事業を継続しつつも、潰れる寸前だったキャンプ場のリノベーションや、生きる力をつけるためのコンセプト型シェアハウス「でぇら(平)の家」の立ち上げなど、暮らしにフォーカスした事業を展開しています。

今回、グリーンズジョブではシェアハウス「でぇらの家」の住人を募集!
まずは、椎葉村が秘境と言われる理由をご紹介しましょう。

「ぼくらは、この村で生きていく。」

大久保地区にある、樹齢800年で日本一の大ヒノキ。複雑に絡みながら自在に枝を伸ばす姿は、圧倒的な存在感(提供:一般社団法人逞しい未来)

日本最古の循環型農法として知られる「焼畑」を日本で唯一守り続けていることでも知られている椎葉村。

その歴史をさかのぼると、およそ800年前、壇ノ浦の合戦に敗れた平家の武士たちが追っ手を逃れて、ようやくたどりついたのが、山深い椎葉村だったのだとか。追討にやってきた源氏は、かつて栄華を極めた平家の人々が細々と暮らす姿を見て、討伐したことにして村に残って共生してしまったのだそう。

山の斜面を開墾して、水源から水をひき、自然の恵みを人の手によって暮らしの糧に変え、みんなで分け合う。そうした暮らしぶりから、「日本のブータン」とも評されます。椎葉村には、厳しい自然環境と向き合い、助け合いながら暮らす知恵や技が受け継がれ、今も営みとしてそこにあるのです。

沢から水をひき、大きなタンク(簡易な浄水装置)にストックをして、そこから傾斜を利用して水を流している。椎葉村の水は“超軟水”で、口当たりが柔らかく、わずかに甘みがあるのが特徴

椎葉神楽を舞う村上さん。冬の伝統行事である「椎葉神楽」は、国の重要無形民俗文化財に指定されている(提供:一般社団法人逞しい未来)

そんな椎葉村の人々の暮らしに“たくましさ”を感じた村上さん。どんな状況下でも笑って乗り切る生きる力=たくましさを身につけたい。そして、そんなたくましい人たちによってつくられる未来にこそ、持続可能な幸せが生まれるのではないか。そこで、「ぼくらは、この村で生きていく。」という合言葉を出発点に、実践の日々が始まりました。

“生きている手応え” がほしかった

村上さんが椎葉村に移住したのは5年ほど前。以前は東京で暮らしていたものの、都市部での暮らしに、どこか空虚感を感じていたと振り返ります。

村上さん  地方出身で、上京する人は多いですよね。大学を卒業して、「仕事も人間関係もあるし、便利だし」と、そのまま東京に残る。でも、きっといろんな人が、東京にいる理由はないのかもしれないということに、ふと気づいてしまう経験をしているのではないかと思うんです。

上京して大学卒業後、農業系出版社に就職をするものの、3ヶ月で挫折をして退社したという村上さん。もともと夢だった舞台俳優を目指すものの、そこでも挫折。演劇のために一度はあきらめた、自転車で世界一周するという夢を実現しようと、まずは憧れの国だったアイルランドへと向かいました。

村上さん いざ自転車旅が始まると、トラブルが起きまくるわけです。いきなりキャリアが壊れてバッグが固定できなくなったり。

マニュアルには書かれていないことが起きたら、その辺にあるものを使って自分で対処するしかない。人に教えてもらうのではなく、自分でひらめいたことが正解だったりすることって、あると思うんですよね。さまざまなトラブルを工夫して乗り越えていくことが楽しかったし、それこそ“生きている手応え”を感じました。

そんなとき、東日本大震災が起きたんです。これはもう自転車旅どころではないと、被災地に駆けつけました。

津波で途方に暮れた人たちをよそに、じいちゃん、ばあちゃんたちは瓦礫を集めて煮炊きを始めたというエピソードが好きで。なんでそんなふうにできるのかと聞くと、子どもの頃にやっていたことを思い出してやっているだけだと。自分も同じことができるかといったら、その時の自分だったら多分できない。そんな“たくましさ”に胸を打たれました。

スマホとコンビニさえあれば生きていけるような便利な暮らしに背を向けてでも、“生きている手応え”がほしい。生きる力が自然と身につくような暮らしを実践したい。そう考えた村上さんは、東京を離れることを決意し、友人のもとを巡る旅をすることに。そして、移住先を探している中で出会ったのが椎葉村であり、地域おこし協力隊の求人でした。

村上さん 下見に来て、自分が椎葉村に暮らすイメージがすぐに湧きました。

パーマカルチャーとか、パラレルワークとか、都市部の人が目指すようなことが、すでにここには営みとしてあるんです。村の人たちは概念としてもっているわけではないんですが、僕からすると「それってつまりパーマカルチャーですよね」っていう。それに、ティール組織ですら成立していると思っています。つまり、ここには僕が理想とする暮らしを、すでに生きている人たちがいた。

椎葉の人たちに“たくましさ”を感じたのも、移住した大きな理由の一つですね。たとえば、ここではみんな、山の傾斜を利用して、大きなタンクに水をストックする。簡単な浄水装置と水道設備による簡易水道を、自分たちで管理しています。蛇口をひねれば水が出るというのは、当たり前のようで当たり前ではないんです。それで、昔ながらの自給自足ではなく、好んでやろうとする「自給自足」を「自給自足2.0」と呼び、僕も挑戦することにしました。

「ぼくらがめざす たくましい未来」を説明したイラスト。(提供:一般社団法人逞しい未来)

おじいちゃん、おばあちゃんが経験してきた「強いられる、そうせざるをえなかった」自給自足から、知恵と技と、現代のテクノロジーが融合した「自ら選び取る」自給自足2.0へ。キャンプ場では約3kmに及ぶ水道設備を自身で手掛け、人が集まるカフェラウンジを併設する「BASE CAMP Shiiba」として再スタート。シェアハウス「でぇらの家」では大工さんに基礎工事を依頼をしつつも、村上さんが自ら、広範囲にわたってリノベーションに取り組んでいます。

村上さん 都会と田舎の交差点として、コンセプト型シェアハウスをつくりたいなと。

田舎暮らしとシェアハウスって、相性がいいんじゃないかとずっと思っていたんですよ。

シェアハウス「でぇらの家」のコンセプトは、さっきお話した「自給自足2.0」です。家族、住まいという最小構成単位で、小さな循環をつくりたい。

そして自給自足に憧れる人は多いはずなのに、一歩目を踏み出すきっかけが都市部には少なかったりしますよね。「自給自足」という暮らしかたを、都会と田舎、昔と今、といった両面から再構築して、アップデートできたらと思っています。

「家も仕事も夢も、すべてが揃っていた街、東京。でもここにいる限り、僕の理想の暮らしはできないと悟りました。それは、生殺与奪(せいさつよだつ)を他の誰かに握られているから。すべてが揃っていても、欲しい未来だけがなかったのです。」(「椎葉へ移住」パンフレットに綴られている、村上さんの言葉より抜粋。提供:オノコボデザイン)

“椎葉銀座”と呼ばれるメイン通り。役場や農協、病院、郵便局、スーパー、パン屋、ガソリンスタンド、旅館、美容室などが並ぶ。パン屋にはブックカフェも!また、図書館を併設する複合施設「かてりえ」も徒歩圏内にある。

たくましさを、自分の手に取り戻す

シェアハウス「でぇらの家」は、村役場がある中心部から車で30分ほどの、川の口という集落にあります。もともと村上さんが借りていた住まいで、シェアハウスを運営するにあたり、法人で借り直し、自身は管理人として住むことにしたのだそう。

集落の一番奥に位置する「でぇらの家」から、川の口集落へと続く道

そして“でぇら”とは、“平(たいら)”がなまったもの。川の口集落では、すべての家に屋号がついているのですが、その屋号が「平」になるほど、希少な「平」な土地なのだとか。

それでは、今回住人を募集するシェアハウス「でぇらの家」を少しご紹介していきましょう。

シェアハウス「でぇらの家」の母屋の隣には、以前は牛舎として使われていた建物も残っている。牛は、田んぼの土を耕す労働力として重宝されてきた

村上さん 玄関を入るとL字型の土間があります。コンクリートではなく、昔ながらの土間三和土(たたき)といって、赤土と消石灰、そしてにがりの三種類を混ぜてつくります。この土間スペースは靴でそのまま入って、土間の先にはキッチンスペース。農作業をして、お昼になったら靴を脱がずにそのまま調理をして、みんなでいただくイメージです。

玄関を入ると見えるのがこの土間。土を入れて三和土に仕上げていく予定。土間から一段上がった広めの部屋は共有のリビングで、フローリングは無垢材仕上げ。リビングにはソファと薪ストーブを置き、ゆっくりと暖をとれる空間になるのだとか

奥にあるこの空間がキッチンになる予定

村上さん 目の前の田んぼは、長年耕作放棄地だったため、16年ほど前から集落のみんなでそば、あわを栽培しています。僕がこの家に入る前は、この家を休憩場所として使っていたみたいですね。なのでそのまま、シェアハウス内にオープンスペースをもうけて、集落の人たちも休憩をしにくる、そんな場所になればと考えているんです。

シェアハウス「でぇらの家」から見える風景。使われなくなった農地を活用して、必要な農作業を集落みんなで協力して行う「集落営農」が行われている

地域のみなさんがふらっと寄りやすそうな、田んぼに向かう縁側

土間スペースを境界とするプライベート空間は、3部屋。つまり、今回募集する住人は最大で3人です。

村上さん自身が描いた間取り図イメージ(提供:一般社団法人逞しい未来)

プライベートスペースは土間を境にしっかりと分けられていて、廊下はかなり広めの設計

村上さん 3部屋それぞれ、趣きが異なるんですよ。4.5畳から6畳ほどの空間で、壁は石膏ボードで仕上げていますが、そのままでもいいし、好みの壁紙を貼っても、漆喰を塗ってもいい。DIYは自由で、最初の住人が手を入れていくDIY賃貸的な場にできればと。

特徴的なのは、お風呂は薪で沸かす必要があることでしょうか。外で薪をくべる時間も楽しめるように、焚き口を囲ってあたたかくして、コーヒーをじっくり淹れるような場所にできたらと思います。

「お風呂をいただく」という表現があるが、お風呂を借りることは「もらい湯」と呼ばれ、ものをいただくのと同じように感謝をされることだった。ちなみに、シャワーはキャンパーやサーファーがよく使う装置を使って浴槽内のお湯をシャワーで使えるようにしているが、これも村上さんならではの工夫の一つ

薪ストーブが置かれる共有のリビングには、天井近くにあたたかい空気をとなりの部屋へと回す工夫がされている

村上さん この村で暮らしていると、物理ってすごいなって思うことが多いんですよ。

薪風呂は、熱が浴槽内の水に伝わって、温かい水が上に、冷たい水が下にいく対流を利用して、向こう側にある水をお湯に変えていく。昔からありますけど、考えてみると非常にシンプルな仕組みですよね。薪をくべて火を焚くという行為を通じて、暮らしの中でお湯を使うことがどれだけ難しいのか、そしてありがたいのかを、常に意識したいと思っているんです。

薪の調達は、暮らしの中の大切なしごとの一つ。自然倒木や間伐した木を、軽トラックであちこちからもらい集めている。チェーンソーで玉切りし、積む作業は楽ではないが、楽しいと話す村上さん

シェアハウス「でぇらの家」のトイレは簡易水洗で、農作業中など、外から靴のまま入れる汲み取り式トイレもあります。浄化槽は大学の研究室と連携して、自作をする予定なのだとか。都市部のように下水道が整っていない中山間地域では、合併浄化槽といって、水洗トイレからの汚水やキッチン、お風呂などからの排水を一箇所に集め、薬品や微生物のはたらきなどを利用して浄化してから流すのが一般的です。

村上さん 浄化槽って、僕にはブラックボックスなものに思えるんですよ。「臭いものには蓋をする」という習性の象徴なのではないかと。合併浄化槽は、一日24時間、ずっと電気をつかいますしね。

自分の体から出たものが、土となり畑に還る。そうした小さな循環が、わかりやすくなっているほうがいいと思って。暮らしの中で、合成洗剤などは使わないなど、環境への配慮もしたいと考えています。将来的には、外にバイオトイレも設置する予定です。

庭のゆずの木。宮崎県はゆずの産地としても知られているが、寒さに強いことから、椎葉村のような中山間地域でも多くみられる

シェアハウス「でぇらの家」の家賃を聞いてみると、水道光熱費、Wi-Fiも込みで月3万円とのこと。水は沢からひいているし、目の前には田んぼや畑がある。椎葉村には「山の恵みはみんなのもの」という考えがあるので、つくったお米や野菜、おすそ分けでもらったものはみんなで分けて、ある程度の食材は手に入ると考えると、税金の支払いや、車のガソリン代などは必要だとしても、年間100万円もあればお釣りがくると村上さんは話します。

村上さん つまり、貯金がないとしても月10万円ほど稼げばいいということになります。それなら週3日だけ働いて、それ以外の時間はやりたいことに使うという考えかたもできますよね。一度考えてみてほしいのですが、例えば月30万円稼ぐけど手元に1万円しか残らないのと、月15万しか稼ぎがないけど手元に5万円残るとしたら、どちらがいいですか?という話だと思います。

あくまで今回はシェアハウスの住人募集であって、地域おこし協力隊制度のように、住まいとともに仕事を提供するわけではないけれど、地域の仕事を紹介することはできる、とのこと。シェアハウス「でぇらの家」で暮らすことは、働きかたを含めた、生きかたを見直す機会にもなりそうです。

村上さん リモートワークをベースにしつつ、椎葉村ならではの仕事もぜひやってみてほしいです。

どの地域でも同じだと思いますが、安定した雇用はないかもしれないけれど、日当7,000円程度の仕事は結構あるんです。七草粥の時期に七草を発送する仕事なんか、鬼のような忙しさらしいですよ(笑) 椎茸の駒打ちといって、原木に種菌を打ち込む作業とか。

都市部の仕事を持ち込まずに百姓的な生きかたをするとしても、月10万円の収入を得ることは十分に可能だと思います。

そして、日頃お世話になっている集落の人に“ちょっと手伝って”と言われた仕事は、単なる日雇いの仕事とは異なります。地域の人とともに、地域で暮らす。椎葉村では、昔から“かて〜り”という精神が根付いていて、お互いを思いやり、助け合う相互扶助が大切にされていますが、誰かのためにやったことが、結果として収入として還ってくるような顔の見える関係性と、稼ぐことの意味を、あらためて考えるきっかけになるのではないでしょうか。

集落営農の作業で「でぇらの家」に集う集落のみなさん。ここに都会から来たシェアハウスの住人が加われば、リアルな「都会と田舎の交差点」が生まれる(提供:一般社団法人逞しい未来)

椎葉村のパンフレット。表紙には「ONLY ONE Shiiba(世界に一つだけの椎葉)」という言葉がある

村上さん 働きかたを変えたり、何かの違和感を解消したい人、秘境でフリーランスを楽しみたい人、そして暮らしという土台づくりを自分の手に取り戻したい人に、ぜひ来てもらえたらと思っています。

仮に1年だったら、人生の夏休みじゃないですけど、人生のトランジション(転機)をここで過ごしてみようといったノリでも参加できるかなと。基本的に入居は4月からの募集ですが、個室は好きにDIYをしてもらっていいし、シェアハウス全体のリノベーション工事が佳境に入っているので、今すぐ来てもらって手伝ってもらえたら最高です!

最後に、上で紹介した「ぼくらがめざす たくましい未来」というタイトルのイラストに書かれている言葉をあらためて紹介します。

ぼくらがめざす
たくましい未来

あるものを使う。買うよりも作れないかを考える。
そして失敗は恐れず笑いに変えて、試行錯誤で助け合う。
この村の暮らしぶりは、知れば知るほど、たくましい。
便利さに飼い慣らされたぼくらが求めていた魅力がここにある。

科学が進歩すればヒトは退化してくのが時代の流れならば、
効率と経済性、進歩が優先される都市ではできない暮らしを、
自給自足のDNAが息づくこの秘境の村で実現していく。

お金がすべてじゃない価値観と、生きている手応えとともに、
何が起きても笑って生きのびていけるように、
実用性と美しさを大切に、たくましく進化していく。

くらし たくまし うつくしい

ぼくらがめざす未来は、そういうものでありたい。

村上さん 都市部での暮らしって、面倒なことはボタン一つで解決したり、外注するなりして、浮いた時間でその先のことをしましょうよ、ということだと思うんですよね。でも人類総体としてできるすべてのことが、自分にもできると勘違いしてはいけないんじゃないかなと。自分にはできないスキルを、お金で交換して手に入れているだけかもしれない。すごく合理的ではあるけれど、自分にできることがどんどん減っていく怖さも感じるんです。

その辺にあるもので工夫して暮らすのって、とても楽しいんですよ。そこを外注するなんてもったいない。標高の高い雪山に挑んで生還する、みたいなサバイバルではなく、日常でも“生きている手応え”を感じられることってあるはずで。僕はそんな手応えを感じることができる暮らしを、つくりたい。やってみないとわからないことって、たくさんあると思うんです。一緒に試行錯誤してくれる人を、お待ちしています!

村上さんが4月までに終えたい作業は、土間を叩く、壁を塗る、風呂トイレを改装するという3つ。その作業を手伝いながら、個室のDIYを始めてみては?

今後、広い敷地内に離れのような小屋をいくつか建てる構想もあるのだとか。

もしこの記事にピンと来るものがあれば、村上健太さんにぜひ連絡をとってみてください。そして、椎葉村での暮らしに興味をもちそうな知人、友人がいたら、記事をシェアしてもらえたらと思います。

自身の暮らしかた、働きかた、生きかたが変わることは、きっとその周りの人の暮らしかた、働きかた、生きかたも変えることになると思うのです。

(撮影: 柚上顕次郎)

[sponsored by 一般社団法人逞しい未来]