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いかしあうけど、依存しないビジネスを。小田原の平飼い養鶏場「春夏秋冬」からはじまる、地域循環の輪。

神奈川県小田原市にある養鶏場「春夏秋冬」。
ここの卵は、なんと1個150円。

もともと銀行員、そして経営者として働いていた檀上貴史さんが養鶏家を目指し、地域循環型のビジネスを実践している様子は前回の記事でお伝えしましたが、あれから4年、さらに地域循環の輪が広がっているようです。

「奪う」ビジネスから「与える」ビジネスに。そんな背景のもと、養鶏家へ転身し約10年。
今回は改めて、地域で循環するビジネスが成り立つための気づきと、ここで養鶏をやる意味について伺いたく、再び養鶏場を訪れました。

檀上貴史(だんじょう・たかし)
地域循環型養鶏「春夏秋冬」代表。銀行員、経営者を経て、独学で養鶏家に転身。
2013年4月から小田原市久野の里山にて雛の飼育を開始。「鶏の喜び」を軸に外部飼料などに依存しない養鶏を営む一方で、地域課題の解決にも尽力。妻・智子さんと愛犬2匹、400羽以上の鶏とともに農民的暮らしとビジネスを両立している。

養鶏を中心とした、地域循環型のビジネス

まずは現在の「春夏秋冬」についてお伝えしましょう。

4年前の取材時と同様、約400から600羽の鶏を飼育中。檀上さんがセルフビルドした250㎡ほどの養鶏舎3棟に、落ち葉などを発酵させてつくる発酵床を敷き詰め、平飼いというスタイルで養鶏を営んでいます。

小田原市中心部から車で20分ほどでたどり着く里山の養鶏場。都市近郊にありながら田畑や果樹畑が広がっています。

抗生物質、ワクチン、農薬、飼料添加物などの人工資材を一切使わずに飼育されている。季節ごとに飼料も変わるためその時々を感じる素朴な卵の味が特徴。鶏たちの人懐っこさにも心奪われます。

「春夏秋冬」の養鶏が従来と大きく異なる点、それは「地域循環型」であるということ。
地域の農家さんや食品生産現場から出る食品廃棄物、いわゆる食品残渣を食品副産物として引き取り、加工。それを鶏の飼料にすることで、輸入飼料といった外部からの調達に依存しない環境を整えています。

スタート当初は4、5件だったという取引先も、車で1時間圏内の大手食品メーカーや酒蔵など、今では15件ほどに。餡子をつくる際に残る豆の皮や練り物、こだわりのパン、大吟醸の酒粕などが鶏の飼料という贅沢さは驚きです。現在、年間300t以上の食品副産物の受け入れを実現しています。

回収した食品副産物は細かくカッティングし発酵飼料へ。
形状を工夫することで雛も大人の鶏とほぼ同じものを食べているそう。

鶏の糞は堆肥にし、農家さんに還元。また、高齢化で手入れができなくなった田畑や山の管理など、地域の困りごとを積極的に養鶏に取り入れていることも地域循環型と言える点です。(山3つを含め農地の規模は6haあるそう!)

新しい果樹の栽培、食品副産物加工のための機械への投資、棚田の管理といった多岐にわたる生産技術を高め、地域でできることを増やし、その結果、地域循環の中で養鶏が活かされビジネスが成り立っている。それが「春夏秋冬」の養鶏です。

鶏の喜びを軸に思考をめぐらせる

現在は卵の販売のほか、果樹を中心とした農作物を自前の生産物直売所で販売し、養鶏と農業で売り上げは年間2000万円ほどに。そこにはどんな道のりがあったのでしょうか。

4年前の取材の時、地域の困りごとを解決していたら、売り上げが上がったというお話をしたと思うんですけど。実はその後、5年目にやっと黒字化したとき、突然、養鶏場をひとつ失うことになったんです。卵の売り上げがどんと落ち、経営危機に陥りました。

自分の意思とは関係なく、急に金銭的に窮地に追い込まれる事態を身をもって体感したという檀上さん。しかし、果樹や野菜、穀物の売り上げが経営を大きく助けてくれたそう。

土地を借りることも含め、依存するリスクを改めて感じました。その時から自分の生業すべてをビジネスと捉えるような意識に変化したんです。

「農民的キャッシュフロー」という考え方で、今は地域で管理できなくなった山もリスクに備えるという意味で買っています。

「農民的キャッシュフロー」

1、日給…卵の通販(毎日の売上)
2、週給…毎週開催の生産物直売会(週に1回の売上)
3、月給…卵や野菜の定期発送、飲食店、販売店への販売(月に1度の売上)
4、季節給…果樹や穀物の販売、発酵鶏ふん堆肥の販売(4半期に1度の売上)
5、年給…果樹畑の新設(10年後の売上)

キャッシュインに着目し収入を安定させる考え方。小規模生産のビジネス展開において応用しやすいビジネスモデル。

さらに養鶏だけに留まらず、農地を増やしたり、山を購入する理由をこう語ります。

自分の養鶏規模を大きくしたり、生産効率を上げることは、外部に依存せざるを得ない環境になります。それは僕の望む事業プランではなくて。それよりも、新たに養鶏や畜産をやりたい人がでてきたときに「山があるからやってみなよ」って言えるほうが大事なんです。

うちで研修した人が独立するときに使ってもいいし、半農半Xみたいな暮らしがしたいって人が来てもいい。高齢化や過疎などの課題を抱える地域ではの、地域力を高めるという意味でも新しい人が入ってくることに価値があると僕は思っているので。

地域で未利用とされる資源をもっと循環させるために、自分がたくさん使い、たくさん生産するのではなく、自分のような養鶏家や循環型ビジネスをもっと増やすことが地域のためになる。そんな思いは「養鶏トラスト」という取り組みにも通じています。

月一回、30個の卵を6000円で定期購入してもらい、そのお金はプールして研修生の育成や山の購入、将来のための投資にあてています。個人がメインで今は80件くらいの契約があります。

今年の夏にはグリーンズの学生インターンも5日間作業を体験しました。

不定期ですが、農大生インターンや研修生の受け入れもおこなっている檀上さん。地域の空き家を買い取って滞在場所を提供、滞在費の支給など未来の投資として「養鶏トラスト」の資金を回しているそう。

僕の場合、自分の利益を最大化させることが思考のスタートではないんです。鶏の喜びを軸に思考を展開するところがスタートで、その方が思考が広がるんです。

自分のいいところはなかなかわからないけど、人のいいところは言える、みたいな。軸を自分ではなく鶏や地域におく、それって楽しいし、実はまわりまわって返ってくるんです、不思議と(笑)

それに「一代で10万羽の養鶏規模にしました」っていうより、「1000羽規模の養鶏家10人育てました」っていう方が、人生が豊かだなと思います。

10年を経てもなお、地域課題に寄り添ったら成り立ったというビジネスを「不思議」と笑う檀上さんですが、地域循環と養鶏、自分の生業と向き合ってきたからこそ、地域に必要とされる存在になっています。

物質循環だけではない。お金や応援、信頼の循環から生まれる強さ

地域で未利用なものを養鶏に取り入れることで、お互い活かされる循環の輪をつくる。その中でビジネスを成り立たせる。そんな循環型ビジネスを実践するなかで、どんなことを感じているのでしょうか。

小田原近郊の取引先にだけで予約せず手に取れる「春夏秋冬」の卵。
「どこでも買えるわけではない」というブランド価値ではなく、ちゃんと顔が見え、卵の背景まで知り尽くした場所で売るところに価値と意味があるという思いから。

地域にコミットすると、やはり信用・信頼の価値ってすごいなと感じていて。食品副産物の取引先には業界トップクラスの会社さんもあるのですが、当然のように事業責任を果たそうとしているんですね。

ものすごい量の製品をつくって、何百億円も売り上げて。でも、その裏でものすごいコストをかけて、あらゆる副産物を蘇らせ、余すとこなく使い、自然に負荷をかけない形で還している。その企業姿勢は言わずともブランディングにつながっているのを目の当たりにしました。

そんな企業とも未利用資源の再利用という点でがっつり一緒にできる、これは本当にありがたいというか、僕や事業においても、とても大きな信用につながっています。

たとえば老舗の蒲鉾店では、早めに引き上げられた贈答用の蒲鉾を引き取り、飼料にしています。この取り組みの背景には「取引先から商品が戻ってきても再利用しているから思い切って売ってきてほしい」という蒲鉾店の若旦那の思いもあるそう。結果として営業マンのモチベーションにつながり、蒲鉾の売り上げが伸びたという、思わぬ好循環も生まれています。

小田原の名産物のひとつでもある蒲鉾を飼料にすることで、より地域性のある卵にもなっています。

また、大きな企業だけでなく、近い関係性や小さなコミュニティだからこそ成り立つ強さもある、と檀上さんは続けます。

町に根付いたパン屋さんって本当にローカルなビジネスなんですよね。取引しているパン屋さんは地元の食材を使ってパンをつくり、うちの鶏糞堆肥を自分たちの麦畑に撒いて収穫する。パンが残ってしまったらうちが引き取り飼料へ。

そうやって地域のために循環するのは、別に売り上げを上げるためではないんです。自分のビジネスを地域にもちゃんと還元する。パンを買う人たちも、買うことで地域の生産者が豊かになったり景観を守ったりする貢献につながるのを知っていて、その背景も含め買っている。それがローカルビジネスの強さであり豊かさなんじゃないかなと思います。

それに、僕の卵を買ってくれるお客さんもそこのパンを買いにいくんです。お互いのお客さんが流れ合うというか、信用の付与になるんです。スタートは物質の循環なんだけど、お金とか応援の循環にもつながっていて。こちらもお客さんの顔が見えるからこの人のために養鶏をやっているって明確にわかり、モチベーションにもつながっています。

開成町にある「ベーカリーアスラン」で人気のフレンチトースト。取材に伺った日は外にお客さんが並ぶほど、地元で愛されているパン屋さんです。

顔の見える関係から信用が生まれ、ビジネスにつながり、強さにもなる。
こうした関係づくりをしっかりやることで、収益も上がると言います。

10年やってきて感じたのは、やはりお金もすごく大切だということ。収益を上げないと意味がないとまではいいませんが、要は収益の上げ方だと思うんですね。

今の商品価値を維持できる収益は上げるべきだし。ぶっちゃけ、右肩上がりとまではいかなくても、地域の中でしっかりやっていれば収益は上がっていくと僕は思っています。

事業を通して社会課題を解決しているとどんどん必要とされるから、当然仕事も増えて、解決しているから見合ったギャラも返ってくる。長い目で見るとゆるやかに満たされているんです。

それに、すでにたくさんあるものをもっと多くつくって売って…という従来の手法はもう行き詰まっていて、これまでの資本主義的なやり方は手詰まりになると思っています。そうじゃない、再現性の低いものをつくる。たくさんはつくらない。それが地域循環型の養鶏をする意味だし、長い目で見ても簡単にはゆるがない事業モデルになりうると思います。

コロナ禍で企業主催のマルシェが中止になったことから「売る場所の依存」にも気づいたそう。2020年より東京・西麻布のマンションの1階で生産者直売会を週2回定期開催。月額20万円という賃料ですが、近隣にフレッシュな農産物を買える場所がないこともあり住民に寄り添った直売所として好評です

事業責任を取るのは当たり前で、それをあえて顧客に多くは語らない。でも、信用や信頼はどんな企業とどんな思いの人とどういう取り組みを一緒にしているか、どんなつくり手に届けているのか、そこから生まれてくるものがビジネスを強くする。

「結局、人と人なんですよね」。
そう笑う檀上さんの言葉がとても印象的でした。

依存しないけれど、いかしあう関係を

「奪う」ビジネスから「与える」ビジネスへ。決して順風満帆ではない道のりも「自分にできることを増やす」ことで乗り越えてきたと振り返ります。

僕にとって豊かであることって、依存していないことなんです。経済的にも自立、思考も誰にも依存していないから、自分で決められる豊かさもある。

金銭的に資産が増えたかというと、そうではないと思うけど、生産できる土地、力は増えているから、そういう意味でも豊かかなと。基本的に生きるための食べ物などはつくっているから心配はないし、不安がないんです。

最近の相棒は保護施設からやってきた凄腕番犬メレンゲちゃん。夜な夜な現れるタヌキ対策に奮闘中とのこと。

依存をなくすことで得る豊かさ。一方でなんでもすぐに手に入る世の中も、少しの変化で簡単に崩れてしまう環境。企業に依存した雇用の不確かさ、必要なものを「つくる」ことから離れすぎた暮らし。普段は気づかない生活に潜む、依存しすぎる暮らしの危うさを改めて気付かされた気がしました。

そんな檀上さんが実感している「いかしあうつながり」とは、何なのでしょう?

鶏がつないでくれた縁、ですね。言葉を話さない動物がつないでくれる。人間主体に見える社会だけど、やっぱり生かしてもらっているんだなって思います。いかしあうつながりって、人間と自然がやっぱり密接だな、と。

そのことが抜け落ちている状態って、実は綱渡りの状態というか。会社勤めをしていたころ、自分の評価を自分以外の人が決める怖さもあって、そのぐらぐらした状態がいやだった。今は、いかしあうんだけど、依存しあう関係ではない。自分で決めて、自分で動く、そんな人生の時間は豊かだなと思います。

小田原の山々に囲まれ小さな養鶏場「春夏秋冬」。鶏が鳴き、子猫たちは昼寝し、愛犬はタヌキを見張る。そんなのどかな風景の中で、檀上さんの営みは今日も続いています。