「働く」で社会を変える求人サイト「WORK for GOOD」

greenz people ロゴ

森と街をつなぐ「もち」をつくりたい。都市のニーズと地域のリアルに向き合う建築士・大庭拓也さんに聞く、「木造建築の最適解」

整然とデスクが並ぶオフィスにドーンと鎮座する、角材で組まれたブースのような物。そこで仕事に打ち込んでいたのは、日建設計 Nikken Wood Lab大庭拓也さん。このブースのような物の開発者です。

このブースのような物(もったいぶって繰り返してすみません)は、実は、木をめぐる森と街のあり方を変える可能性がある革新的なプロダクト「つな木」のプロトタイプなのです。

つな木は、大庭さんのモットー「つくればつくるほど生命にとって良い建築」を実現する、ひとつのアイデアだったりします。

「つな木」って?
「つくればつくるほど生命にとって良い建築」って?
設計士でありながら木に取り憑かれつつあるという大庭さんに、話をうかがうことにしました。

大庭拓也(おおば・たくや)
株式会社 日建設計 Nikken Wood Lab ラボリーダー。ウッドスケープアーキテクト。1982年福岡県北九州市生まれ。福岡大学建築学科卒業、東京工業大学大学院建築学専攻修了後、日建設計に入社。
「つくればつくるほど生命にとって良い建築」を自身のマニフェストとし、建築・都市の木質化に従事。最近では森林(もり)と都市(まち)の新しい関係を見いだす「つな木」プロジェクトを推進中。有明体操競技場、選手村ビレッジプラザ、渋谷区立北谷公園などの木質建築を手掛け、農林水産大臣賞、環境大臣賞、林野庁長官賞、ウッドデザイン賞などを受賞。テレビ東京「未来シティ研究所」、BS TBS「宇賀なつみの そこ教えて!」、TBSラジオ「ACTION」など多数のメディアに活動が取り上げられる。

原風景は、故郷の農村の自然。原点は、東京で感じた違和感。

北九州の農村で育った大庭さんは、都市計画に携わっていた父の影響で建築に関心を持つようになり、福岡大学の建築学科に進学。その後、東京工業大学の大学院で学ぶために上京します。今も胸に刻んでいるモットー「つくればつくるほど生命にとって良い建築」は、上京したときに覚えた違和感に原点がありました。

大庭さん 自然に囲まれて育ったので、東京に来たときにものすごく違和感があったんですよね。なんでこんなにビルばっかり、コンクリートばっかりなんだろうって。

でも、そこでハッと気付かされたんです。それまでは、設計っていうとデザインだ、ということで、頭の中にあるものをカタチにしよう、それがクリエイティブだ、と思っていました。でも、建物を建てることは生産的なだけじゃない。それまであった風景や環境を壊すことだってあるんだと。

最先端のデザインを学ぼうと東京に来たけれども、そこで、原風景として刻まれている自然の大切さに気づいた。そこで、都市にありながら、生命とか地域とかとつながりをもてる設計方法はないだろうかと考えるようになったんです。

こちらの椅子は、製材する機械に入らない太い径の丸太を活用

大きな木造を建てるだけでは解決できない、大きな課題

大学院を卒業し、大庭さんは、当時「環境設計」を掲げていた総合設計事務所、日建設計に入社。「つくればつくるほど生命にとって良い建築」を実現するためにさまざな仕事に取り組みますが、自らの理想と、社会からの要請の狭間でわだかまりを感じるように。そんなときにチャレンジし続けたのが公募によるアイデアコンペでした。

大庭さん 大学院の修士制作では、「建てれば建てるほど新しい大地を生み出す建築」という考えのもと、構造の中に土を埋め込んでハニカム状に積み上げる建築を考案しました。

「つくればつくるほど生命に良い建築」の具現化ですね。その道を追求したいと思い続けているのですが、会社に入ると自分の理想を実現するにも限界があります。アイデアコンペに挑み続けているのは、実務に携わりながら「つくればつくるほど生命に良い建築」の実現に向けて思考を止めないためだったりします。

アイデアコンペで成果を上げていくうちに審査委員をつとめられた隈研吾さんから評価をいただいたり、テレビなどのメディアで修士制作を取り上げてもらったりするようになりました。そうなると会社の方から「緑や木材に興味がある人」と認識されるようになって、どんどん中大規模の木造建築に関わるプロジェクトに呼ばれるようになってきたんです。

都市に里山を建築するような発想で企画されたコンペ出品作品

有明体操競技場や選手村ビレッジプラザなど、スケールの大きな木造建築プロジェクトにもチャレンジ。そんな中で、木造建築のこれからの課題も見えてくるようになりました。

大庭さん 中大規模の木造建築に使える材はざっくり言うと、建具を含めても丸太の半分くらいだと言われています。残りの半分くらいは燃料として使われるか、捨てられてしまうかなんですね。とてももったいないことをしているんです。

そして、超高層や特殊な建物で求められる精度の高い木材に加工ができる製材所も限られてきます。そうなると、小規模の製材所には仕事が行かないですし、対応しづらい地域が出てくるんですよね。

「湾岸地区に浮かぶ木の器」をコンセプトにした有明体操競技場(撮影: 鈴木研一)

森と街、木と人をつなぐ画期的なアイデア「つな木」

中大規模の建築だけでは限界がある木の利用をどう進めていくか。この課題のために大庭さんが立ち上げたのが、社内ベンチャー「Nikken Wood Lab」でした。

大庭さん 日建設計で社内ベンチャーを募るコンペがあり、木材利用を促進するために設計ビジネス以外の領域でもチャレンジできるチームとして応募し、2018年にスタートしたのがNikken Wood Labです。木造建築に取り組むのはもちろん、建物では使えない部材を使ったプロダクトの開発や、地域とのつながりを大切にした材料の使い方などを考え、カタチにしていくことに取り組んでいます。

そのNikken Wood Labから生まれ、注目を集めているのが、冒頭にご紹介した「つな木」。

つな木は、ホームセンターなどでも流通している規格の小径材木を、クランプという金属部品を使って、誰でも簡単に組み立て・解体・移設ができるユニットです。ベンチやプランター、カフェやショップ、ときにはオフィスブースなど、利用方法は変幻自在。ユーザーのアイデア次第で、身近な木材を多様なスタイルで活用できるのです。

木材と専用クランプで、自由自在に空間をつくることができる「つな木」

大庭さん ただ木の家具をデザインして売る、というのはものたりないと思ったんですよね。完成されたプロダクトというよりも、オープンソースとして発想しています。木に関心があるいろんなプレーヤーが、それぞれの地域で、それぞれのアイデアで膨らませていける。そんなツールとして「つな木」が広がっていけばいいなと。

組み方や使い方によってバリエーションは無限大なので、たとえば、北海道の人がグランピングでこんな風に使った、というアイデアがあったとして、そのアイデアをヒントに北九州の人がグランピングでまた新しい使い方をする、というような水平的なムーブメントになっていくと面白いなあと思っているんですよね。

足利赤十字病院との仮設医療ブースや、スノーピークなどとの「つな木ドーム」といった数々のトライアルを経て、その可能性の広がりへの期待が高まる「つな木」。大庭さんはこれからどのような展開を考えているのでしょうか。

大庭さん どんな地域のどんな規模の製材所でもつくりやすい規格の木材を使うユニットにすることで、それぞれの地域の山で活動するいろんなプレイヤーがそれぞれに合ったスタイルでユニットを提案して、販売していけるようになるといいなと思っています。

いわば、フランチャイズ化ですね。「つな木」のユニットをベースに、それぞれの地域の方が独自の付加価値をつけて販売する。それが広がっていくことで、日本中の地域の山が有効活用されて、森に関わる人たちにお金が行き渡る、そんなサイクルができることを期待しています。

ポロシリ自然公園内で実験的に設置された「つな木ドーム」

このところ大庭さんが頻繁に口にするワードは、「もち」。もちといっても、あの食べる餅ではありません。課題を共有し、行動につなげていく「森(もり)」と「街(まち)」のつながりをあらわす概念として大庭さんが提唱しているのが「もち」です。「もち」に関わる人を増やし、つないでいくアイデアを広く募集するために学生を対象にしたコンペを行うなど、「つな木」のこれからの展開には目が離せません。

SDGsやカーボンニュートラルの達成からこぼれ落ちるもの

街で設計の仕事に取り組みながら、山に足繁く通い自然と向き合うことを繰り返す、「もちな人」。そんな大庭さんは、SDGsや脱炭素が世界的な課題となる中で木が注目を集めていることについて、どう考えているのでしょうか。

大庭さん 目標達成のために「とにかく木を使えばいいんだ」ということになると、おかしな方向に行くのではないかと懸念しています。トレーサビリティーなんかも疎かにされて、山の木が不適切に皆伐されるというようなことも起こりかねない。

ただ木を使うというだけではなくて、どこの木を、どう切るのか、どう使うのか、そして、木を伐ったあとの山をどうしていくのかといったところまで考えるべきなんじゃないでしょうか。木を使うことはもちろんですけど、山を維持していくことも大事なことですから。

地域の山々には、街にいる私たちには計り知れないことがたくさんあります。木を使って建物を建てることがいいことだと思っていたけれど、何年か後になって自分が設計した建物のために材料となる木を伐った山が荒れた…というようなことにならないように配慮しないといけない。

そして、建物が解体されたあとですよね。CO2を固定する木を使っていても、数十年後に解体して建材となった木を燃やすとなると、そのCO2はまた放出されてしまうわけで。解体のときにこそ、設計者の力量が問われるのではないでしょうか。

「つな木」は「どこでもハンモック」にアレンジできたりも

国産材だけで中大規模の建物をつくりたいという都市側の理想と、自然の中で生きる木を育て、産業として厳しい林業を営む地域の現実。その両方を知る大庭さんから見た、木造建築の現段階での最適解というのはどこにあるのでしょうか。

大庭さん 設計する側は普通、デザインや構造計算に基づいて図面を描いて、それを具現化する材料を調達して、という意識で仕事を進めます。すべて国産材で、ということで単純に鉄筋や鉄骨などを木に置き換えるとなると、コスト的にどうしても厳しくなります。

まず心に留めているのは、木というのは、工業的に生産される人工物ではなく、自然に育まれる生き物だということ。

そういうことをふまえて、逆に、使いたい材料ありきで考えてみたり、全部を木材にするのではなくて、施主が満足するポイントに絞って木材を効果的に利用したりと、バランスよく考えてみることも意識しています。木造建築をめぐる法律や補助金も日進月歩で変わっているので、その辺りのノウハウを組織レベルで蓄積して、チームとして施主の要望に応えつつ、山や森にも、街にとってもメリットがある提案ができるようにしていきたいですね。

計画的、ではなく、生育的に、街づくりや建築を考える

さまざまな仕事や、地域の人たちとの対話を繰り返しているいま、大学院の頃からのモットーである「つくればつくるほど生命にとって良い建築」は、大庭さんの中でどのような概念として育っているのでしょうか。

大庭さん 木を適切に使えば使うほど資源が循環し、国土のゆたかさを守ることにつながっていく、というイメージは変わりません。変わっているとすれば、それを実現するための手段としてのデザイン領域が広がっているということですね。建物のデザインだけでなく、しくみやインフラをつくっていくことを最近は意識してます。

建築から、しくみやインフラづくりへ。仕事への意識が変わるとともに広がっていった社会的な視点から見えてきたという、これからの文化のあり方についても聞きました。

大庭さん 先ほどのSDGsやカーボンニュートラルにまつわる問題にも通じるんですけど、なんでも計画的に物事を進めようとするやり方に違和感を感じますね。木のこと、山のこと、地域で生きる人たちのことを知れば知るほど。

本来、社会というのは計画的なものではなくて、非常に「生育的」なものなんじゃないかと思うんです。未来は、頭で考えた計画通りになんか行かないですよ。計画的に考えていくと、どうしても生態系とか文化とか暮らしとかいった大事なことを排除していかざるを得ないところがある。この建築は、このしくみは、どんな幸せにつながるのかな、といった感覚を忘れないようにしたいです。

大庭さんは、山に入って自分のアイデアを人に話し、深めていくこと大切にしているとか

木をめぐる環境を変える、出会いとひらめきを

「まちと森がいかしあう関係が成立した地域社会」をめざす「キノマチプロジェクト」のカンファレンスとして、「木のまち」をつくる全国の仲間がオンラインで集まり語り合う「キノマチ大会議」。10月5日に開催される会議には、大庭さんも登壇されます。いつも頭の中は木でいっぱいだという大庭さんが、「キノマチ大会議」に期待していることは何なのでしょうか。

大庭さん いろんな地域に足を運んでいますが、木をめぐる環境はそれぞれの地域で全然違うんですよね。

地域材がけっこう使われているところもあれば、まだまだというところもある。山や木についての考え方も、地域によって、さらに人によって違ったりします。そういう文化や解釈の多様性を、ゆたかさとして感じとってほしいですね。木を通して地域の暮らしとつながる楽しさを味わってもらうきっかけになればと思います。

さらに、「キノマチ大会議」を通して新たなプレーヤーが入ってくることで、木をめぐる環境が変わることを期待していると大庭さんは語ります。

大庭さん デジタルの知見をもった人が山に入ってくることで、新たな可能性が拓けるようになるのではと思っています。

たとえばいま、服にICチップをつけることでトレーサビリティーが手軽にチェックできる、といったことが可能になりつつありますよね。そうしたテクノロジーが使われるようになることで、どういう地域でどういう人が育てた木なのかがわかったり、リユースの木について、昔はどこで、どういう使い方をされていたとかがわかったりするようになると、木にも文化的な価値がついていくと思うんですよね。

デジタルに限らず、木が好きな人たちが情報を共有しあって勉強しあってチャレンジしていく、そんな場として楽しみにしています。

地域の山を歩いたり、人と話したりして得たひらめきを大切にしているという大庭さん。最後に、最近ひらめいたという、小径の木を活用するアイデア「すて木」をお披露目してくれました。

大庭さん 建物にも家具にも使われない小径の木を、燃やしたり捨てたりする前にうまく使えないかと考えているんですけど…。こんな風に強くくっつくマジックテープを使ってガッチリ組めるようにするアイデアです。その辺にある木を組んでタープをかけたりすることでキャンプに使ったりとか。捨てられる木を素敵に使う、だから「すて木」です(笑)

本邦初公開、これが「すて木」! 膨らませるアイデアを募集中だそうです

木について話し出すと止まらなくなる大庭さんのような人たちが集結する「キノマチ大会議」。山側の人たちも、街側の人たちも「素敵!」と手を叩きたくなるような出会いとアイデアが生み出される機会として、ワクワクが止まりません。

(撮影: 秋山まどか)

– INFORMATION –

2024年は先着300名無料!
10/29(火) キノマチ大会議 2024 -流域再生で森とまちをつなげる-


「キノマチ大会議」は、「キノマチプロジェクト」が主催するオンラインカンファレンスです。「木のまち」をつくる全国の仲間をオンラインに集め、知恵を共有し合い、未来のためのアイデアを生み出すイベントです。

5年目となる今年は2024年10月29日(火)に1DAY開催。2つのトークセッション、2つのピッチセッションなど盛りだくさんでお届けします。リアルタイム参加は先着300名に限り無料です。

今年のメインテーマは「流域再生で森とまちをつなげる」。雨が降り、森が潤い、川として流れ、海に注ぎ、また雨となる。人を含めて多くの動植物にとって欠かせない自然の営みが、現代人の近視眼的な振る舞いによって損なわれています。「流域」という単位で私たちの暮らしや経済をとらえ、失われたつながりを再生していくことに、これからの社会のヒントがあります。森とまちをつなげる「流域再生」というあり方を一緒に考えましょう。

イベントの詳細はこちら