「大切な人が胸の内を語ってくれたとき、私は寄り添うことができていたのだろうか」
性被害を打ち明けてくれた友人。
鬱病を患った末に自死を選んだ身近な人。
つらい思いをしている人を見守っていた頃のことは、どれだけ年月がたっても手に感触が残っていて、あの時の対応は適切だったのだろうかと自問自答してしまいます。
コロナ感染による偏見や差別、雇い止め、孤立。そんな悲しいニュースを耳にすることが増え、苦しい人が増えていることを実感する一方で、見守る人の数も増えているのではないかとも思います。
職場の同僚や友人が悩んでいることに気づいたとき、見守る人の声かけ一つで、その人の人生を変えることができるかもしれません。いざという時のため、見守る人に求められるのはどんな対応なのか学ぼうと、「NPO法人ゲートキーパー支援センター」の理事長、竹内志津香さんを訪ねました。
NPO法人ゲートキーパー支援センター理事長。2012年にゲートキーパー支援センターを立ち上げ理事長を務める。講師も育成し一人でも多くの人にゲートキーパーの役割を伝えたいと活動に邁進。傍ら、ポリテクセンター兵庫(職業訓練校)非常勤講師や自治体の電話相談も続けている。(資格)公認心理師・キャリアコンサルタント
コロナ禍になってどう変化した? 日本の自殺数
竹内さんのお話をうかがう前に、まずは日本の自殺の現状を見ていきましょう。
コロナ禍になってからの変化を見てみると、令和2年の自殺者数は11年ぶりに増え、21,081人。自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は16.7になります。
性別で分けて見てみると、令和1年から2年にかけて男性の人数が減少しましたが、女性は増加していることがわかります。
参照: 令和2年中における自殺の状況(厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課)
「令和2年度自殺対策白書」(厚生労働省)によれば、10〜54歳までの死因のトップ3が「自殺」であり、中でも15〜39歳の若者の割合が高く、同居人・配偶者の有無によっても大きく左右されることがわかるデータもあります。
また、自殺の多くはさまざまな要因が連鎖する中で起きています。「健康の悩み、家庭の悩み、学校の悩み、職場の悩み、お金の悩みなどが重なり、また相談できる人がいない孤立・孤独が全体を覆っている」と竹内さんは話します。
参照: 令和2年版自殺対策白書 第1-13図 平成19年以降の原因・動機別の自殺者数の推移(厚生労働省)
悩んでいる身近な人に耳を傾けても、かける言葉や解決策が見つからず、もどかしく感じることも多いと思います。孤独・孤立を防ぐためにも、私たち一人ひとりが悩んでいる人の「話を聞く力」を身につけていくことは、有意義なのではないでしょうか。
命の門番「ゲートキーパー」
危機介入のための4つのステップ
ゲートキーパーとは、自殺の危険を示すサインに気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守ることができる人のこと。言わば「命の門番」です。
ゲートキーパー支援センターを立ち上げる以前、竹内さんは、職業訓練校でキャリアコンサルタントとして働いていました。就職できない相談者から「生きるのがつらい」「死にたい」といった言葉を聞いた経験から、自殺予防に関心を持ち、東京でゲートキーパーの養成講座を受講。2012年、関西で初めてとなるゲートキーパーの養成所「NPO法人ゲートキーパー支援センター」を立ち上げました。
ゲートキーパーとはどのような役割を担うのでしょうか。ここからは、ゲートキーパー支援センターが開催している「ゲートキーパー入門講座」の内容をもとに、「危機介入のための4つのステップ」をご紹介していきます。
ステップ1:自殺のサインに気付く
「いつもと違う」「何か様子がおかしい」。職場の同僚や友人からそんなサインを受け取ったら、もしかすると悩んでいることがあるかもしれません。サインは、感情・言葉・体調・行動に現れます。
竹内さん 理性的な判断ができない心理状態にあるかもしれません。「心の叫び」と受け止め、軽視しないようにしましょう。ときには誰にもサインを見せないこともあります。
ステップ2:声をかけ、話を聴く
サインを受け取ったら、「どうしたの?」「もし良かったら話を聞かせてもらえませんか」と勇気を出して声をかけてみましょう。その時に大切にしたいのは、傾聴の姿勢を持つことです。
傾聴とは、「耳」「目」「心」を傾けて真摯な姿勢で相手の話を聴くコミュニケーション手法。声をかける前に、まずは心のスイッチを入れ、傾聴の姿勢を整えます。「心から受容して聴く」のは難しいもの。できるものから取り入れて、その時の自分の精一杯の力で話を聴いてみましょう。
竹内さん まずはじっくりと事情を聞いて、信頼関係を構築することが大切です。決して否定から入らず、精神的痛みを理解しようと努めましょう。
入門講座では、ロールプレイングを取り入れ、うなずき・あいづち・繰り返しを使って話を聴く練習をしていきます。
竹内さん 適切な知識がないと、助けになろうとしているのに逆に相手を悲しい気持ちにしてしまうこともあります。鬱病の方からは、「励ましてもらってもつらくなるだけ」と言う声をよく聴きます。だから、ロールプレイングしておくことが大切。実際やってみることで、ちょっとした言葉で相手を傷つける可能性もあることに気付く方もいます。
ステップ3:危険度をはかる
話を聴いていくうちに相手が深刻な悩みを抱えているとわかったら、具体的な状況を把握しましょう。
竹内さん ここからは傾聴だけでなく、本人が訴えていることやその他の領域のことを質問していきます。
竹内さん 3つの視点から、できるだけ立体的に把握するよう質問します。
一つは「多面性」。複数の問題を抱えていることが多いので、一つの問題が明らかになったとしても、他の領域の問題も抱えていないか合わせて尋ねます。
二つ目は「時間軸」です。過去から現在にかけての時間軸を意識し、初期の頃の程度や状態と、現在の程度や状態、そして、ここに至るまでにかかった時間を尋ねます。最後が「関係性」です。抱えている問題が、生活・健康状態などにどのような影響を与えているかを把握します。
竹内さん もし、話をする中で「自殺を考えているのではないか」と感じた場合は、信頼関係を築いた上で思い切って自殺の企図があるかを確認します。
竹内さん 「もう消えてしまいたいよ」「私なんか何の価値もない」などの言葉が、自殺したいという意味なのか、弱音を吐いて励ましてもらいたいのか、わからないまま話が終わると、自殺の危険性を知ることができません。
自殺の企図を把握する質問は、難しいし抵抗があると言われる方が多いです。しかし、この質問をすることで自殺企図のある方が自殺について話すきっかけにもなります。なかなか口に出すのは難しいからこそ、練習をしておくことをおすすめしています。
ステップ4:必要な支援につないで、見守る
最後のステップは、悩んでいる人の了承を得た上で、必要な支援につなぐことです。
竹内さん ゲートキーパーとして見守る側も、決して一人で抱え込まないようにしましょう。
また、専門家につないだ後も、悩んでいる人に「心配しているよ」と伝えて、見守っていくことが大切です。
竹内さん 4つのステップをご紹介してきましたが、ゲートキーパーである自分自身が疲れてしまっては長く支援をすることができません。まずは自分自身を大切にし、自分が苦しい時は誰かに相談することを忘れないでくださいね。
資格でも職業でもない。
ゲートキーパーという「役割」を引き受ける
ここまでご紹介してきた内容をゲートキーパー支援センターでは、「ゲートキーパー入門講座」として随時、開催しています。設立10年目を迎えた現在、受講生はのべ1万人を超えました。
受講生は年齢・性別もさまざま。共通するのは、「人の役に立ちたい」という思いです。「周りにつらそうな人がいるから」「自分自身が過去にしんどい思いを経験したから」を理由に挙げる人が多く、“自殺予防”に何らかの意味を感じて訪れています。
「家族で衛生面の基準が違う」「コロナにかかって周囲から白い目で見られている」など、コロナ禍特有の悩みに寄り添いたいと、ゲートキーパー入門講座を受講する人も増えています。
竹内さん ゲートキーパーは資格でも職業でもなく、役割だとお伝えしています。なんだか様子がおかしいし、追い詰められていると気づいたら、勇気を出して「どうしたの?」って声をかけられる人がゲートキーパーだと思うんですね。
竹内さん 例えば、職場で何かつらいことがあり、「自殺しかない」と思い詰められている方がいるとします。職場の誰一人知らん顔していたとしても、一人でもゲートキーパーの役割の引き受けてくれる人がいたら、休職して療養したり別の世界で生きていく選択をしたりすることもできるかもしれません。
たった一人で力になるのは難しいことです。それでも、声をかける勇気を持つ人が、世界に一人でも増えたらいいなと願っています。
悩んでいる人も、見守る人も
一緒に笑顔になれたらいいね
ゲートキーパー入門講座を受講した参加者からは、「まずは自分自身を大切にする重要さがわかった」、「今まさに悩んでいることについて、本音で話すことができた」といった声も届いています。
最後に、今日からゲートキーパーの役割を担えるヒントを、竹内さんにお伺いしました。
竹内さん ちょっとおかしいなって気づいた時に、放っておかないでください。何となくざわざわしたり、「おやっ」と思ったりしても、忙しいと後回しにしてしまいがちです。でも、もしその方が死を考えて何か起こってしまったら、取り返しはつきません。だからすぐにでも時間をとって話を聴いてほしいです。話を聴くことが、まず最初にできることだから。
いきなり面と向かって話をするのが難しければ、「最近どう?」って声をかけてみてください。話したがらなければ、温かいお茶を出して、一緒にいるだけでもいいかなって思います。
竹内さん ゲートキーパーの役割を引き受けると、少しの間、あなたは忙しくなるかもしれません。悩んでいる人の近くにいたら、明るい心でいられないかもしれません。でも、私は見守る人にも後々いいことが返ってきて、一緒に笑顔になれる未来がくると思うんです。
「いいことが返ってくる」経験を、竹内さんは何度も経験してきたと振り返ります。その一つが、長年介護をしてきたお父様との関係改善です。
竹内さん 介護中はイライラしたり落ち込んだりすることもありました。そんな時、身近な人に話を聴いてもらう機会があり、心が軽くなる経験をしています。だからこそつらいときに、気軽にじっくり話ができる場を持てたらと思い、NPO法人を立ち上げたんです。
じっくり話を聴いてもらう時間をもつようになってから、私自身も変わりました。疎ましく思っていた父の介護ですが、素直に父の優しさや愛情を受け取ることができるようになり、最後は愛おしい存在として看取ることができました。
竹内さん 専門家だけではなく、市民の方一人ひとりが学んで、ゲートキーパーの役割を引き受けることができるようになったら、すごく素敵ですよね。今後も活動をつづけて、つらそうな人がいたら「どうしたの?」と声をかけられる、おせっかいな人を増やしていきたい。それが私の願いです。
一人ひとり、性格も価値観も取り巻く環境も異なります。だからこそ、相手をよく知る身近な人がゲートキーパーの役割を担うことができたら、つらい思いをしている人にとって心の拠り所になるはずです。
見守る中で、ご紹介した4つのステップの通りに物事が進まなかったり、適切な声かけができなかったりすることもあるでしょう。見守る人自身がしんどくなることもあるかもしれません。
そんな時は、竹内さんのような専門家に相談をしてくださいね。あなた自身の心のうちを聴き、その上で適切なアドバイスをくれるはずです。
ゲートキーパーについて詳しく知りたい、学びたいと思われた方は、ぜひNPO法人ゲートキーパー支援センターのサイトから、入門講座に参加してみませんか?オンライン開催もあるので、全国どこからでも学ぶことができますよ。
●講座のお申し込みは、NPO法人ゲートキーパー支援センターのWebサイトから
– INFORMATION –
今つらい思いをされている方を支援する電話相談や窓口があります。ここでは、NPO法人ゲートキーパー支援センターが紹介している専門機関の中で、全国共通のものを一部ご紹介します。
●自殺を図ろうとしたり、自分自身を傷つける行為がある時:警察へ110番 (場合によっては119番)
●他人に暴力を振るったり、器物破損などがある時:警察へ110番
●よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター):0120-279-338
どんな悩みでも。通話料無料。24時間365日。
●チャイルドライン(NPO法人チャイルドライン支援センター):0120-99-7777
18歳までの子どもが対象。毎週月〜土・16時〜21時。
●働く人のこころの耳メール相談(厚生労働省):https://kokoro.mhlw.go.jp/mail-soudan/
●いのちと暮らしの相談ナビ(NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク):http://lifelink-db.org/ 相談をどこにしたらいいか探せる総合検索サイト。