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人はもらう側から与える側になれる。「革靴をはいた猫」の靴磨きマイスターたちが、障がいの有無にかかわらず続けてきたチャレンジとは?

『長靴をはいた猫』の物語を知っていますか? 父の遺産として3兄弟の末っ子に引き取られた猫が、長靴をもらうことで大活躍し、飼い主を幸せにしていくお話です。

今回お話をうかがったのは、京都にある靴磨きと靴修理のお店「革靴をはいた猫(以下、革猫さん)」。代表の魚見航大さんは、そんな『長靴をはいた猫』を引き合いに出し、社名の由来を「僕らは革靴をもらってチャレンジしていこうと思った」と言います。

2017年、魚見さんの龍谷大学在学中に設立された革猫さんでは、障がい者と健常者が一緒に働いています。そして興味深いことに、障がい者就労支援の事業所ではなく、株式会社として運営をしているのです。

ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(多用な人材を受入れ、活かす)、ノーマライゼーション(障がい者などの社会的弱者でも“普通に”生きられる環境を整える)など、私たちの意識を変えるための新しい概念があふれる中、とても自然体で経営をしているように見える革猫さんの、誕生の経緯と現在の思いなどをお聞きしました。

魚見航大(うおみ・こうた)
株式会社革靴をはいた猫 代表取締役。
2017年、大学在学中に「株式会社 革靴をはいた猫」を設立し、企業へ訪問する靴磨きから事業をスタート。2018年には実店舗を京都市中京区にオープン。現在では訪問靴磨きのほか、店舗での靴磨き、靴修理、他企業とのコラボや講演への登壇など幅広く活動している。

売るのは靴ではなく文化

大丸ポップアップショップ内での魚見さんと副代表の宮崎さん。もちろんここでも、店舗同様にカウンターで靴磨きをします。かっこいい!

革猫さんのユニークな取り組みの一つが「手放す貢献プロジェクト」。履かなくなった靴の寄付を受け付け、靴磨き修行に活用したり、ピカピカに蘇らせて次の持ち主に届けたりする活動を行っています。この取り組みに共感した大丸京都店と株式会社エコミットの協力により、大丸京都店にて2021年3月31日から4月20日の間、ポップアップストアを展開しました。

寄付により集められ、磨き上げられて次の持ち主へ届けられる靴たち。すべて1サイズのみの1点ものばかりです。

9,000円、16,000円、24,000円…とプライシングされた靴。これが靴の販売価格なのかと思いきや……

面白い点は、販売する靴の価格は0円であること。では何に価格がついているのかと言うと、その靴のメンテナンスです。つまり、ここで売られている靴を買うと、もれなく革猫さんでその価格分の靴のケアを受けられるということなんです。

靴を買うのではなく、その靴を大切にする“こと”を買うという、新しい買い物の形。なぜかすごく幸せな気持ちに。

魚見さんは「文化をつくりたい」と言います。

魚見さん この「手放す貢献プロジェクト」の目的は、お客さまとの関係を長くつくっていくことと、「靴を大事に、長く履く」という文化をつくっていくことです。そして、靴を寄付していただくことで、革猫との関わりを持つ人を増やすということもあります。

靴が、消耗品じゃなくて「履くと元気になる」とか「大切にすることが気持ちいい」というような、人生を豊かにするアイテムになっていけないかと思っていて。そういう靴を持つ人が増えれば靴磨きの文化がもっと広がって、靴磨きをする人が増え、くすぶっている人がどんどん立ち上がるきっかけになると思うんですよ。

実際、靴磨きは今ちょっとしたブームで、特に京都では靴磨き屋は増えているそうです。お金を出して靴磨きをしてもらうなんて高級な靴だけと思いきや、安価なものでも磨きに来る人がいるのだとか。値段ではなく、自分が好きな靴を大切に履くという価値観が新たな雇用を生み、若者がやりがいを持って働き、生きる未来につながっているんですね。

それに貢献できる糸口のひとつが、靴を寄付すること。革猫さんでは店舗だけでなく、郵送による寄付も受け付けているそうです。いますぐ自宅のクローゼットを漁って、靴をかき集めたい衝動にかられました。

サイズもぴったり、まさに運命の出会いをした取材メンバーがいました!

その人なしには始まっていなかった物語

革猫さんのはじまりは、魚見さんが大学生のとき。龍谷大学キャンパス内にある障がい者就労継続支援B型事業所の「カフェ樹林」でした。学生との交流を通じて「障がいのあるなしにかかわらず共に学べる空間に」というコンセプトから、働いている障がい者と学生が一緒に学ぶプロジェクト「トリムタブ・カレッジ」が生まれ、その立ち上げを手伝うことになったのが魚見さんでした。

自分たちがどう生きていくか、どう働くかなどを理論で学ぶ「座学」と、働く力を身につける「実践」とがあり、実践の部門には飲食、農業、職人の3コースがありました。魚見さんが担当したのは職人コースで、それが靴磨きを修行し、学ぶきっかけとなったのです。

龍谷大学内にあるカフェ樹林

そこへ導いてくれたのは、カフェ樹林のおばちゃん、河波さんでした。

魚見さん 河波さんは、カフェの存在意義や運営をすごく真摯に考えている人でした。そこで働く障がい者の人たちは、本当に社会に出ていける人材だと信じていて、その仕事として靴磨きが良いと思う、だから学んできて、と言われたことが靴磨きを始めたきっかけです。

現在に至るまで革猫さんにとって最重要人物と言えるほどの河波さんは、現在も樹林で働きながら、学生だろうが障がい者だろうがそうでなかろうが、みんなに「主体的に生きるべきだ」と伝え続けているのです。

魚見さん 樹林では知的障がい者の方が働いていましたが、彼らは「してもらう」存在として、与えられた環境の中だけで生きてきたような部分があったんですが、河波さんの影響で「自分がどうしたいか」という意識が芽生え、変わっていきました。

魚見さんが修行に行き靴磨きの技術を習得しては、樹林で他のメンバーに伝える。それを何度も繰り返す中で、どんどん技術を習得し変化していくメンバーを見て、魚見さんは「自分が教えているようで、むしろ自分のほうが力を引き出されている部分があった」と振り返ります。

樹林での靴磨き活動は、当初は一部の先生には理解されず、「なぜカフェで靴磨き?」「障がい者と靴磨きなんて商売が成り立つわけがない」などの声もあったそう。かたや、前向きにがんばるメンバーたちがいる。葛藤を抱えながらも奮闘するなか、卒業を間近に控え、魚見さんは自分たちがやってきたことを知ってもらうため、学内でシンポジウムを開きました。その場には企業の障害者雇用担当者や行政の人など、外部の人も招かれました。

魚見さん シンポジウムでは、「障がいの有無は関係なく、挑戦する環境があれば誰もが変わっていける、だからどんな人にもチャンスをつくることが大事だ」ということを伝えました。

そう言いながら、「じゃあ自分は挑戦しないのか?」という思いになってきて。きっとやらないと後悔すると思い、起業を決意しました。

可能性を見限らなければ株式会社でもやっていける

卒業間近の2017年3月に起業し、革猫さんは先生からの紹介で得たクライアントや人脈をいかし、拠点は設けず企業やホテルなどへ出張して靴磨きをする事業からスタートしました。

革猫さんの靴磨きマイスターのみなさん。魚見さんが会社を立ち上げた1年後、宮崎さんが副代表に、発達障がいのある丸山さんと知的障がいのある藤井さんが正社員になりました。さらに1年後、もともとカフェ樹林のトリムタブ・カレッジ仲間だった後藤さんが東京の会社を退職して取締役として参画。

革猫さんの注目すべき点は、障がい者のスタッフがいながらも、障がい者就労支援の事業所ではなく、株式会社としてスタートしたことです。

魚見さん しっかりしたサービスをつくれば、サービスを提供する人に障がいがある・ないは関係なく、それでお金をいただいて経営していくことは可能なんじゃないかと思いました。

また、いろんな企業に出張するにあたって、株式会社のほうが受け入れられやすいんじゃないかというのもありました。電話営業でも障がい者がいることは一切言わず、「靴磨きのクオリティで勝負している」と伝えて。やはり「障がい者だから靴磨いてもらおう」じゃなく、「彼らに頼めばきれいにしてくれるから」という理由でご依頼されたいですし。

障がい者雇用とかソーシャルビジネスはこれからも増えていくと思いますが、そもそも会社がちゃんと成り立つかどうかはすごく大事だと思います。社会貢献ビジネスって、存在意義が優先で数字が後回しになりがちなこともあると思うんですけど、やはり大事なのは強いビジネスモデルをつくることだと思うんです。

出張靴磨きに始まり、その1年後には藤井さんの「自分たちのお店がほしい」という言葉をきっかけに、現在の店舗ができました。店舗はいつかほしいと思っていたそうですが、まさかこんなにいい立地でこんなに早く持てるとは、魚見さんも想像していなかったようです。

京都市役所近くの御池通の路面店。高級感のあるおしゃれな佇まいに、ふと立ち止まって思わず中を覗く人が何人も!

魚見さん 最初は、出張靴磨きを1ヶ月にどれくらいやれば黒字になるか、と計算していたんですが、やっていくうちにどんどん計画は変わっていきました。

出張だけでなく店舗も必要だし、もっとサービスに付加価値をつけなければということで、靴修理も始めたんです。今は靴磨きだけでやっていけるとは僕らも思っていませんから、大学時代に「靴磨きで商売が成り立つわけない」って言われたのは正しいなと思います(笑) やはり、変化しながら新しいものを作っていかないとダメだなと。

現在も、カフェ樹林では未来の「靴磨きマイスター」たちが靴磨きの修行をしています。そこには障がい者も健常者もいますが、魚見さんは特に、障がい者を優先的にスタッフとして受け入れようとは考えていないそうです。

魚見さん 僕らを応援してくれている人や、靴磨きをしたいと思っている人の中には障がいのある人も多いので、結果的にその中から次の職人が出てくるだろうなとは思っています。でも、スタッフは障がいの有無は関係なく、純粋に技術や戦力に合わせて採用したいと思っていますし、優先するのはやはり靴磨きのクオリティです。

ホテルや企業、社会福祉法人などで靴磨き研修をすることも。その他、障がい者雇用や起業をテーマに、さまざまな講演にも招かれています。

今後、企業における障がい者雇用はどんどん発展していくと予想されます。革猫さんの元へは「自社で靴磨きを導入したい」という企業からの相談や見学などの問い合わせが多くあるそう。魚見さんは、企業の障がい者雇用への意識の変化に期待を寄せています。

魚見さん 「障がいのある人がやってるんだから事業として成り立たなくてもOK」という考え方は変わっていくと思います。どんな事業部であっても成り立っていくべきだし、そこで働く障がい者たちも、社会や会社に貢献できているという意識を持つことが本人たちの幸せにつながっていくと思いますし。

現在、大阪の有名なオフィス街では「淀屋橋本町障がい者雇用協議会」が立ち上がり、いろんな企業から障がい者雇用担当者が参加し、定期的に意見交換をしているのだそう。

魚見さん 障がい者雇用の担当者って、社内で孤独になりやすいんじゃないかと思っていて、そんな人たちが企業の垣根を超えて、ライバルじゃなく意見交換できるというのはすごい取り組みだと思います。「いやいや任される」じゃなく、もっと「盛り上げていきたい!」と思う障がい者雇用の担当者が増えればいいですよね。

とはいえ、一筋縄でいくことではありません。魚見さんの考える、障がい者雇用における「難しさ」とは何なのでしょう?

魚見さん 「教育」にすごく時間がかかるということですね。靴磨きの技術よりも、人としての主体性とか行動とか、そういうことってなかなか伝わりにくいこともある。でも、時間をかければ伝わっていくんですよね。そこに障がいの有無は関係なくて。

ただ、会社として、そこの教育に時間をかけられるかというと、現実は難しいと思う。僕らは、カフェ樹林と提携していて、そこでずっと靴磨きの修行と教育をする環境があるんです。社会に出る前に、そのような機関がもっと必要なんじゃないかなと思います。

障がい者であっても、社会に出るならば自分自身の意思で選択、行動できるようにならなければいけません。難しさもありますが、そのために時間をかけて学べる場をどう設けるかは、大きな課題になりそうです。

夜は、一段とおしゃれな雰囲気に。

また、本人たちだけではなく、周りの人間が「障がい」をどう捉え、アプローチするのかがさらに重要なことです。

魚見さん 副代表の宮崎がよく言うのですが、「障がいとは可能性を見限ることだ」と。誰かに何かできないことがあるときに、どうやったらできるのかを、いろんなアプローチで考えるということを僕らは大事にしています。

例えば今、修行中のメンバーに自閉症の人がいて、彼は電車の中なんかで大きな声を出すことがあるんです。いくら靴磨きがうまくても「出張先で大きな声を出したらみんなびっくりしない?」と言うと「そうですね。邪魔になりますね」と言う。「じゃあ、それって電車の中でも一緒じゃない?」と言うと「そうですね」と。結果、彼は声を出さないようになってきてるんです。

だから「声を出すから彼はダメ」じゃなくて「なぜそうなるか」「どうすればいいか」を考える。そうすれば、変わる可能性があるって思っています。

誰もが与える側の存在になれる

革猫さんの企業理念は「与え、わかちあう存在へ(Change from Taker to Giver)」。

「してもらう」側だった人も、自らが「与える」存在になれるという、たくさんの若者の変化をずっと見てきた魚見さんの確信からきている理念です。

魚見さん これこそ、河波さんがよく言われていた言葉。“支援される側”として扱われることの多かった障がい者に「そうじゃない。できることがあるならチャレンジしていくべきだ」とずっと言われていて、これを理念にしようと思いました。

魚見さんのお話をお聞きしていると、その人の障がいの有無にはまったくこだわらず、とてもフラットに経営をされていることが伝わってきて、「障がい者雇用」について質問するのを忘れそうになるほどでした。

立役者であるカフェ樹林の河波さんや大学の先生、現在の店舗のオーナーさん、協業しているいろんな企業など、数々の応援があっていまの革猫さんがあります。なぜそんなに応援してもらえるのか?「自分たちは本当に恵まれている」と魚見さんは言いますが、とてもフラットにあたりまえに、自身のできることを目の前の人に与えてきた「Giver」としての姿に、たくさんの人を頷かせる力があるのだと感じます。