地域をフィールドに、日本各地にいる仲間たちと一緒に学ぶ、地域を旅する大学「さとのば大学」。2018年に1000万円を超えるクラウドファンディングに成功し、開校してから2年が経ちました。
今回は、さとのば大学の“地域留学先”のひとつ、福島・南相馬で1ヵ月半の夏季集中講義を体験した前野有咲さんと、南相馬の地域事務局兼メンターを担当する井上雄大さんにインタビュー。さとのば生の暮らしと学び、地域との関わりについて聞きました。
ふたりの話から見えてきたのは、「教える・教えられる」ではなく、関わるすべての人が「学び合う」さとのば大学のあり方。そして、知識やスキルの習得を優先するのではなく、授業での対話やメンタリングを通して「自分を軸とした学び方」を身につけて、生き生きと地域に関わっていくさとのば生の姿でした。
自分が何をしたいのかわからなくてモヤモヤしている人、地域に関わってみたい人、そしてさとのば大学が気になっている人たちに、ふたりの言葉を届けたいと思います。
1999年、山形・鶴岡市生。宇都宮大学地域デザイン科学部4年生。大学3年生の夏に、さとのば大学夏季集中講座で南相馬に地域留学。講座終了後も南相馬のさとのばシェアハウスに暮らしながら、宇都宮大学のオンライン授業を受けたり、Odaka Micro Stand Barでのアルバイト、地域でのボランティアやインターンに参加している。
1992年、長野・安曇野市生。石川・金沢市で学生時代を送ったのち、京都の医療系企業に就職。「社会的意義と持続可能性を両立する仕事をしたい」と、2018年にNext Commons Labにジョインし、福島・南相馬へ。2020年、南相馬がさとのば大学の地域留学先に加わったときに、地域事務局兼メンターとして白羽の矢を立てられる。
遠い未来が不安なら、3ヶ月先を考えてみればいい。
前野さんは、栃木県にある宇都宮大学地域デザイン科学部の4年生です。進路を考えはじめた昨春に、新型コロナウイルスの感染拡大により授業がオンライン化。「地域に関わりたいと思ってきたけれど、私は何がやりたいんだろう?」とFacebookなどで情報を集めるなかで、さとのば大学のオープンキャンパスのオンライン開催を知りました。タイトルは「予測不能な未来を想像しよう」。講師はさとのば大学の発起人・信岡良亮さんです。
前野さん 私は未来を予測することが苦手で、いつも漠然と「この道を選んだらいい」と行き当たりばったりに決める感じだったんですけど。信岡さんの講義では「その道を選んだら、どんな良いこと・悪いことがある?」と要素を分解したり、「ちょっと先の未来を描いてみよう」と3ヶ月、1年後を考えてみたり。「すごい! こう考えればいいんだ!」と思いました。参加者の人と対話しながら、いろんな考え方を学べるのもすごく楽しくて。
たしかに、自分が学生だった頃を振り返ると、未来なんて全然思い描けていなかったし、行き当たりばったりだったな……と思います。「もしあの頃に信岡さんの講義を受けていたら?」と想像すると、前野さんの「すごい!」という気持ちが理解できる気がするのです。講義の後、「あなたはさとのば大学に向いていると思う!」という信岡さんの言葉に背中を押され、前野さんは夏季集中講座に参加することにしました。
「ひとりではなく、みんなで活動すること」に興味があった前野さんは、いくつかの地域留学先候補から、「コミュニティ」をテーマに掲げる福島県南相馬市を選択。すでに、仲間となる応募者がいたことも地域を決める後押しになりました。
また、南相馬は東日本大震災による福島第一原発の事故で、避難指示区域に指定されたまち。前野さんが生まれ育った山形は大きな影響を受けなかったため、「同じ東北なのに震災について知らない、学びたい」という気持ちも、南相馬を選んだ理由のひとつになったと言います。
対話を通じて受講生がやりたいことに向き合うメンターの存在
南相馬にやってきた前野さんを迎えたのは、地域事務局の井上雄大さん。2018年からNext Commons Lab(以下、NCL)南相馬で地域コーディネーターとして活動しています。さとのば大学のことは、設立準備のためのクラウドファンディングで知ったそうです。
井上さん 信岡さんはクラウドファンディングのページに、豊かになっているはずなのに、生きづらそうな人が増えているこの社会に、「”自分に根ざし”、”私たち”という感覚で未来を共創していく人を育てる場として『さとのば大学』をつくります」と書いていて。その理念にすごく共感して支援したんですね。
その後、NCLの地域コーディネーターとして、さとのば大学の前身となった「地域共創カレッジ」に参加したこともあり、南相馬が地域留学先になるときに、地域事務局兼メンターをやらないかと話をいただいたんです。
しかし、引き受けはしたものの、「地域事務局として受講生にどう伴走すればいいのだろう?」と不安を感じた井上さんは、さとのば一期生の知り合いに連絡。「地域事務局にしてもらってうれしかったことは?」「受講してみてどうだった?」と聞いてみました。
井上さん 彼女は「まずは、自分のやりたいことに立ち返ることが重要だから、それがかたちになっていれば、プロジェクト実践の規模は小さくてもいいと思う」と話してくれて。「受講生がやりたいことに向き合っていけば、かたちとして出てきたものを僕も一緒に受け止められるんだ」という感覚になれました。今も、「その人固有の価値観やモチベーションの源泉を見つけていこう」という気持ちで受講生と対話しています。
新しい場所で初めて出会う人と一緒に学んだり、見知らぬ地域に入ってプロジェクトを立ち上げたりするのは誰だって不安なもの。さとのば生にとって、井上さんのようなメンターはどんなに心強い存在だろうかと思います。実際に、前野さんは井上さんとの面談に支えられながら、さとのば大学で「自分は何をやりたいのか」を見つけていったようです。
それでは、さとのば大学ライフのようすを具体的に聞いてみましょう。
さとのば大学で発見したのは「自分のモヤモヤに目を向ける」大切さ
前野さんが南相馬に来たのは、2020年8月12日。まずは、さとのば大学の拠点のひとつ・小高パイオニアヴィレッジ(OPV)へと向かいました。小高パイオニアヴィレッジのある小高区は、福島第一原発の20km圏内にあり、2016年まで5年間避難指示区域として住民がゼロになった地域。ここで「ゼロベースから新しい社会を創造しよう」と生まれたのがOPVです。
OPVには、コワーキング・スペースとドミトリー、ガラス工房が入居するメーカーズ・スペースなどがあり、さまざまな人たちが集まってきます。前野さんの第一印象は「若い人がたくさん集まっていてすごくにぎやかな場所」。地域といえば高齢者が多いというイメージを覆されたそうです。
生活の中心になるのはシェアハウス。同期のさとのば生2名のほか、東京の会社から仕事で来ている社会人2名と共同生活を送っていたそう。実は前野さん、さとのば大学の夏季集中講座が終わった後も南相馬に残り、もっぱらこのシェアハウスで宇都宮大学のオンライン授業も受けています。あまりにも居心地がよくて「ひきこもってしまうくらいですよ」と笑います。
夏季集中講座では、全国の地域留学コースに参加した17名、そして半年コースに参加していた8名、合わせて25名で受講。高校生(17歳)から会社役員を務める50代の社会人まで、多種多様な人がともに学びました。
前野さん さとのば大学の特徴は、人と対話する時間が多いこと。いろんな年齢や背景をもつ人たちと話して、それぞれの考え方を聞くことからもすごい学びがありました。
また、自分を軸にしていろんなものごとを考える授業が多いことが魅力だと思います。ふだんの大学の授業では「いいことを言わないといけない」「それっぽいことを言わなきゃ」という感じで受けてきたけど、さとのば大学では等身大でいられる感覚がありました。
「マイプロジェクトを考える」という授業でも、「この自分がいるから、こういう未来を目指したいんだ」と、自分とつながりながら考えられましたね。
何かを学ぶには、もちろん知識は必要です。でも「自分はどうしたいのか」がないままに知識を受け取っても、それをどう生かしていいのかがわからなくなってしまいます。まずは自分を知ることを起点とすることに、さとのば大学の「学び」の本質が感じられます。授業のなかで、どんなことが印象に残っているのでしょう?
前野さん 兼松佳宏さんの「マイプロジェクト入門」では「モヤモヤ探求員になります」という回がすごく面白くて。
私は地域に入るなかで「地域の課題はなんだろう?」と自分を置き去りにしてものごとを考えることが多かったんですけど、自分のモヤモヤに目を向けることから誰かのモヤモヤを解決できるというのは新しい発見でした。この授業を通して、ものごとをもうちょっと小さいスケールで見ていっても、誰かの役に立てるんだなと学びました。
もうひとつは、西塔大海さんの「共創キャリア論(旧:地域おこし概論)」。この授業で学んだことは、前野さんが進路を考えるうえで大きなヒントになり、さっそく行動にも移しているそう。西塔さんからは、どんな学びがあったのでしょうか。
「こんなふうに働きたい」というロールモデルを見つける
西塔さんの「共創キャリア論」のなかで、前野さんがピンときたのは「自分にとってのロールモデルを見つける」という考え方です。
前野さん 自分がやってみたいことをすでにやっている人、似たような活動をする人は「ロールモデル」になる。そういう人たちの働き方、生き方を知っていくだけでも「自分自身はどうありたいか」を考えたり、未来を描くヒントをもらえたりするというお話をしてくれました。ちょうど進路を考えるタイミングだったので、「こういうふうに考えていけばいいんだ!」と参考になりました。
前野さんは、授業で得た学びをさっそく実行。身近なロールモデルだと感じた井上さんのもとで、NCL南相馬の地域コーディネーターのインターンをしているそうです。なぜ、前野さんは井上さんを「ロールモデル」だと感じたのでしょう。
前野さん もともと地域コーディネーターの仕事に興味があったのですが、週一回の井上さんとの面談で自分のモヤモヤが整理されたなと思っていて。自分も誰かの話を聞くことを通してその人自身のモヤモヤを受け止めて、一歩を踏み出すエネルギーに変える時間を提供できる人になりたいと思い、井上さんに「インターンさせてください」とお願いしました。
すると、井上さんは「こんなにうれしい言葉をかけてもらったことない気がする」と驚いたようす。「あれ、言ってませんでしたっけ」と前野さんは笑っています。そんなふたりのやりとりからも、受講生とメンターのよい塩梅の関係性が垣間見えるようです。
前野さん 今は、Odaka Micro Stand Bar(通称:OMSB, オムスビ)というカフェでアルバイトをしています。オムスビには地域で何かしたいという想いを持つ人を応援しようというコンセプトがあるので、そこにもすごく惹かれました。
今までは、アルバイトってお金を稼ぐためにするものだと捉えていたけれど、自分が関心あるテーマのある場所で働けて、お店に来てくださる地域の人とも話せるのが楽しいです。あと、さとのば期間も今も、地域のイベントのお手伝いや農業ボランティア、起業家の方のお手伝いなどもさせてもらっています。
前野さんは、ボランティアやインターンに参加したり、起業家の仕事を手伝う「関わりしろ」がたくさんあり、「巻き込まれやすさ」があることも南相馬の魅力だと言います。そして、いろんなことを経験するなかで「これはやってみて楽しかったかも?」という実感を通して、自分の好きなもの、やりたいことに気づいていける。さとのば大学で学び、地域と関わることを繰り返しながら、自分なりのマイプロジェクトをつくっていきました。
マイプロジェクトは「突撃!隣の晩御飯」!?
さとのば大学での集大成は、地域留学先で立ち上げるマイプロジェクト実践。前野さんは、ふたつのマイプロジェクトに取り組みました。
ひとつは、リレーインタビュー企画「数珠つなぎプロジェクト」。さとのば大学で「自分は人の話を聞くのが好きなんだ」と気づいたことから、地域のプレイヤーとなる人にインタビューをして、次のインタビュイーを紹介してもらい、主な活動場所だった小高区から、南相馬市の他地域のプレイヤーの人たちへと対象を広げていきました。
もうひとつは「突撃!隣の晩御飯プロジェクト」。いったいどんなプロジェクトだったのでしょうか?
前野さん ごはんをいただく代わりに「手伝ってほしいこと、誰かがいたらやってみたいことはありますか?」と聞いて、その人のやりたいことを手伝うというプロジェクトでした。お昼くらいに「今日の夜、ごはんをご一緒させていただいていいですか?」とアポをとってお邪魔するんです。起業家だけではなくて、地域を思って活動する地元の人たちともっとつながりたいという思いで始めました。
まったく関係性がないなかで「何か手伝いましょうか?」と申し出ると、相手は遠慮してしまうかもしれません。でも、ごはんを食べながらいろんな話をして、やりたいことを話せる関係性ができたら「手伝いますよ!」「じゃあお願いしようかな」という雰囲気になれそうです。
マイプロジェクト実践に至る過程では、井上さんとの面談でもらったフィードバックも、前野さんの方向性をはっきりさせる一助となりました。
前野さん 今までは、やりたいことはたくさんあってもなかなか言えなかったんですけど、ある企画のブレストをしたときに、「自分が言った意見をみんなが『いいね』って言ってくれてうれしかった」と話したのをすごく覚えています。
その後の面談でも、井上さんにその出来事を話したんです。よっぽど熱がこもっていたんですかね(笑) 最後にコメントをもらったときにも、「その出来事を話している姿が印象に残っているよ」と伝えてもらって。私の言葉を返してもらうことで「やっぱり自分にとってこの体験は大きな出来事だったんだな」と思うことができました。
一方で、さとのば生の伴走をしていた井上さんも、彼らとの関係性から影響を受けていたよう。「さとのば生の受け入れ体験の価値を高めたい」という気持ちもあり、コーチングのスキルを身につけるためにスクールに通い始めています。
井上さん 夏季集中講座の受け入れが終わった後、「お互いにどう思っていたか」を手紙に書いて交換したのですが、受講生から本当にうれしい言葉をもらえましたし、僕自身もありきたりな言葉ではなく、その人固有のものをエンパワメントする言葉をかけられた感覚がすごくあって。それは、自分の中でうれしいこととして残っていたんですね。その経験が、その後のモチベーションにつながっています。
さとのば大学では、「自分たちで問題を考えて、自分たちで学び方を考えて、お互いに学び合う関係」を「学習するコミュニティ」と呼んでいます。受講生だけでなく、メンターや講師、事務局のスタッフ、さらには地域の人たちも含めて、さとのば大学という場で紡がれる関係性そのものが「学習するコミュニティ」として広がっていく。そのひとつのかたちが南相馬に生まれつつあるのだと思いました。
さとのば大学を通して幸せの総量を増やしたい
今年、宇都宮大学の4年生になった前野さん。日本では、4年生の多くが卒業後の進路を決めようとする季節ですが、今の前野さんには焦るようすは見受けられません。さとのば大学を経て、卒業後の未来はどんな風に見えているのでしょう。
前野さん 私は未来を考えすぎると「大丈夫かな?」と不安になってくるんです。さとのば大学でみんなと一緒に「いいね! やってみよう!」と動いてみた経験が、自分にとってすごく大きかったので、そういうスタンスであり続けたい。「就活だから自分のやりたいことができない」ではなく、自分のやりたいことはやって仕事も考えていくというあり方が一番いいなと今は思っています。
井上さんには、「さとのば大学を通してどんな未来がつくりたいですか?」と尋ねてみました。
井上さん 就活をしていたとき、自分がやりたいことをいったん脇に置いて、「期待されていることや与えられたことをこなすのが仕事だ」という感覚がありました。でも、実際に就職するとその感覚では仕事が「自分ごと」にならなくてモヤモヤして。
もし、さとのば大学のプログラムを通して、自分がやりたいことと与えられた仕事の接地面を見つけられるようになってもらえたら、自分の仕事にちゃんと体重が乗っている人が増える。すると、幸せの総量みたいなものが増える気がしていて。自分を含めて、シンプルに幸せな人を増やすことにさとのば大学は寄与できるという感覚が僕にはあります。
よくよく考えてみると、人生のなかで「自分のやりたいこと」に向き合う時間は、あらかじめ用意はされていません。今回のおふたりの話を聞いていて、自分自身と、自分が暮らしている足元にある地域の関係を結び直す意味でも、さとのば大学という時間と場はとてもよいのだろうなと思いました。そして、これから地域で何かをしたいと思っている人にとっては、またとない学びの場であることも。
さとのば大学には3ヶ月と半年のコースが用意されています。もし、この記事にピンときたらぜひ、さとのば大学が開く受講希望者向けのイベントなどに参加してみてください。あるいは、今すぐではなくても「こんな時間が自分の人生にあるといいな」と思ったら、「さとのば大学」の名前を記憶の片すみに置いてもらえたらと思います。世の中にこんな場があるということが、仕事や人生に立ち止まりたいときに、小さな光を投げかけてくれるかもしれません。