ごはんをつくらなくちゃ、早く子どもを寝かしつけなくちゃ…。
私はつい「〜しなくてはいけない」と思いこむ癖があります。
他人に「よく『〜しなくちゃ』と言っているよね」と言われて初めて、自分の考え方の癖に気づきました。そしてそれが自分を苦しめ、できないとさらにストレスになるという悪循環にも、ようやく気がつきました。
こうした自分の思考の癖やそれによる行動は、自分ではなかなか気づきにくいもの。また、直そうと思っても、すぐに直るものではありません。
そこで自分を客観視し、感情の揺れ動きのパターンを掴むことで、自分とうまく付き合う方法を探究していく。今回はそんなプログラムである「ジブン研究」を紹介します。
どんな内容なのか、立ち上げた原田優香さんにお話を伺いました。
社会福祉士、精神保健福祉士。1994年京都府出身。大学卒業後、宮城県石巻市で仮設住宅の訪問相談員として生活困窮者の支援をおこなう。2019年より東京に移り、現在は「ジブン研究」のほか、フリーランスとして多様性を理解し合う場や対話が生まれる場づくりの運営に携わっている。
他者の目線から「新しい自分」を発見する
「ジブン研究」は、ワークショップ形式のプログラム。3人1組のグループで対話を進めていきます。
プログラムは3ヶ月と6ヶ月のコースがあり、それぞれ月に1度、オンライン(ZOOM)で実施しています。1回につき90分で、1人あたり30分の時間を与えられます。そのときに感じていることや考えていることを話し、それに対してほかの2人が思ったことを伝える…という流れ。他者からのフィードバックを受けることで、自分では気づかなかった「新しい自分」に気づく機会になると原田さんは言います。
一人だけの思考だと主観が強いので、自分がどういうパターンでものごとを考えているかを俯瞰して見ることは難しいですが、他人に「よくこういう言葉を使っているよね」とか「よくこの表現をするけどどうして?」とか言われることで気づくことは多いです。
3人のうち1人はメインファシリテーターで、現在は原田さんが担っています。(6月からはほかに2人増える予定)ですが、原田さんもほかの参加者と同じように30分持って参加しているそう。
なぜかと言うと、私自身も悩んだり迷ったりするひとりだからです。それに、ファシリテーター役がいると「この人が解決してくれるだろう」と期待してしまう人もいるため、一参加者という役割で輪に入らせてもらっているんです。これは有効だと実感していて、参加された方から「優香さんにも悩みがあるんだ」と安心してもらったこともありました。
このように教える・教わるといった関係性ではなく“同じ目線から接すること”を一番大切にしているという原田さん。そんな丁寧さも一般的なワークショップとは違う「ジブン研究」の大きな特徴と言えるでしょう。
さらに、悩みを抱える人たちが話しやすいように心がけていることとは。
安心・安全を感じてもらえる場所にすること。良い・悪いと評価されると、言いたいことが言いづらくなるので、何もジャッジせずにそのまま受けとめるようにしています。参加者からも「話したことをこうやって受けとめてもらうのは初めてだった」という感想があって、世のなかには想像以上に言いたいことを言えない抑圧された状況が多いことに驚きました。
その安心・安全のベースには、“相手が自ら変われる力を信じる”ことが大事だと思っていて。私が答えを持っているのではなく、導くわけでもなく、相手の言葉をありのまま受けとめるようにしています。
参加者のなかには、はじめはそれこそ初対面同然の人たちに言いたいことを言えなかったけれど、少しずつ「これは言ってもいいかも」と感じるようになったり、「言えないのは他人にこう見られたいからかも?」とみんなで一緒に考えたりしていくそう。
こうした本気で向き合ってくれる人の存在との対話の積み重ねによって、「ジブン研究」が日常生活に寄り添う心のよりどころになっている、という参加者もいるようです。
日常生活にホッとできる場を
これまでに80人ほどが参加してきたこのプログラム。参加者はどのような人が多いのでしょうか。
悩んだときにどう自分を建て直したらいいかわからない人や、忙しすぎてゆっくり考える余裕がないから心を整える時間をとりたいという人もいます。なかにはうつ病や適応障害の人などもいらっしゃいますし、そうした”診断”をされていないけれど、何かしらの生きづらさを抱えている参加者も…。
このように参加される動機はさまざまなんです。月に1度でも、自分についてじっくり考えて、話して、聞く時間を持つことは本当に大事だなと実感しています。
「月に1度のZOOMでの対話で自分は変われるの?」
そんな疑問をもつ読者もいるでしょう。
しかしこのプログラムでは、ZOOM以外にも、つながりのベースとして、週に1度はFacebookメッセンジャーのグループで連絡を取り合っています。感情などを書き出す振り返りシートも用意。でもこれ、全く強制はしていないそうで、特に宿題もないのだとか。
「参加するとこういう自分になれますよ」と謳わないようにしていて。もしかしたら変わるかもしれないし、変われないかもしれないし、参加者次第なんですね。
このように“相手の変われる力を信じる”ことをあくまでも貫く原田さん。
そんななかで、原田さんもとても印象に残った、人生が変わるような変化を体験した参加者も現れてきたのだとか。
6歳くらいのときに両親が離婚して、それから20年以上もお父さんに一度も会っていないという人で。お母さんは再婚したけど、新しい家族に馴染めず、言いたいことも言えなくて我慢してきたみたいなのですが、「ジブン研究」に参加するうちに「思っていることを言ってもいいんだ」という感覚をちょっとずつ得られたんですね。
あるとき「お父さんに連絡したいから、お母さんに聞いてみようと思う」と言って、実際にお父さんに会ったそうなんです。そのように「ジブン研究」を通して大きな一步を踏み出せた瞬間を見られたことは、すごく嬉しかったです。
長年会っていないお父さんに連絡するって、もしかしたら拒否されるかもしれないし、それでもやろうと思った勇気に感動しましたね。いまでは定期的に会っているようで、その後もいろいろと相談や報告を受けています。
この方のようにプログラムが終わったあとも交流関係は続き、希望する人はSlackを使った「ジブン研究部」というオンラインサロンに入ってもらっています。ここでは悩みを相談したり、今日がんばったことを投稿したり、感情を吐き出したりできる場。また毎月1回、ZOOMで話す機会もつくっています。
プログラムが終わったら必要ないと思ってもらえることが本当は一番なんですけど、それでも必要としている人がいる限りは、何かしらでつながっていたいなと思っています。日常生活に心からホッとできる場を提供できていたらいいですね。
悩んだときに、帰れる場がある。自分だけで自身に向き合うだけではなく仲間もいる。ここにも“心のよりどころ”としての「ジブン研究」の価値があるのでしょう。
できないことがあっても、得意なことがあればいい
実は自身も、思考の癖に悩んでいたという原田さん。
怒りの感情を鎮めることが苦手だったり、白黒はっきりさせないと落ち着かない二分化思考だったり、極度の不安に陥ったり…。それらによって人と衝突することも多かったそう。特に怒りのコントロールに関しては、深刻な悩みを抱えていたと振り返ります。
子どものときから、思ったまま言葉を投げかけたり、物に当たったりして、それをまわりのせいにしていました。社会人になってからも職場の人たちとうまくいかなくて、「これは私自身の問題なのかもしれない」と気づきはじめました。
その後、会社に行くこともできなくなり、休職することに。
そして自分を見つめるために、学びの旅に出ます。
以前から興味があった、北海道にある精神障害を抱えた人たちの拠点「べてるの家」でどのように当事者研究をしているのかを学んだり、さらには幸福度が高いとされているフィンランドやオランダにも訪れ、どのように教育や働き方の選択をしているのか、その現場を見に行ったりもしたそう。
一番印象深かったのが、あるフィンランド人に「いま仕事をしていなくて、次どうしようか迷っているんだよね」と話したら「すごくいいね、そういう時期って大事だよね。僕もそういう時期があってさ…」とその思いを素直に受けとめてくれて。
当時の日本の環境では、ニートだと言うとあまりいい目で見られなかったけれど、ほかの国ではいいと思われるんだ、私はこのままでいいんだ、と心が軽くなりました。
一方、フィンランドの学校では、生徒はみんな手を上げて発言し、間違っても気にしていない様子だったことも印象に残っているようです。
できないことがあっても恥ずかしくないし、苦手なことがあっても得意なことがあればいい、その得意なことを伸ばそう、という考え方が根づいていました。
私は苦手なことは克服して直すべきだと思ってきたけれど、それが自分を苦しめていたんですよね。
こうして旅のなかで収穫したことを、ある形にしようと思いつきます。
以前は悩んだり自分を責めたりしたときに、誰に言ったらいいかわからなかったんです。友達にわざわざ連絡するのも気が引けるし、当時はまわりに弱いところを見せたくないと思っていたし。
あるとき、Facebookで「自分の感情のコントロールが難しい」という投稿をしたら、けっこう反響があったんです。「実は私も」と連絡をくれた人もいて。
私以外にも悩みを話したい人がまだまだいるのかもしれない、そういうコミュニティを求めている人が多いのかもしれない。これまで学んだことを形にできないかなぁと。
そして「ジブン研究」というプログラムとして、他者へ広げていく決心をしたのです。
苦手なことは、「克服」ではなく「うまく付き合う」
2018年にはじめてから丸3年。
運営するなかで、自分自身の変化も含め何か見えてきたことはあるのでしょうか。
私自身は3年前に比べれば感情のコントロールがだいぶできるようになりましたが、完全に治ったわけではなくて、どちらかというと「付き合い方がうまくなった」と理解していて。
どうしたら自分は落ち着くか、他人にどうお願いすればいいかなどがわかったので、ストレスはすごく減りましたね。「ジブン研究」を通して自分が一番救われているな、という感覚がとてもあります。
「ジブン研究」を通して「自分にしかない強みと魅力を発見してほしい」と話す原田さん。
私もつい自分のだめなところに目を向けてしまいがちですが、自分をだめだと思いこむのではなく、自分とうまく付き合っていく、という考え方は新鮮な発見でした。
グリーンズでも「いかしあうつながり」を掲げていますが、まずは自分自身をいかすことが大切なのだと思います。
そのためには「どんなときに自分は苦しくなるんだろう?」「どうしたら楽になるんだろう?」と客観的に見つめ、分析し、実践してみる。仲間がいれば、より深く、そして楽しく自分を”研究”できそうです。
4月18日には参加者による報告会が、5月11日からは自分を表現する言葉を増やす「トリセツワークショップ」があるので、興味のある方はぜひチェックしてみてくださいね。