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組織のすべてをフラット化して仲間とともに成長する。ホステル業界を牽引するBackpackers’ Japanの新しいチャレンジとは

日本にゲストハウスやホステルと呼ばれる宿泊施設が増え始めたのは2000年代半ば頃から。1990年代から世界的な海外旅行のカジュアル化で広がった、廉価で滞在可能で多様な人や価値観と出会えるゲストハウスは、ヨーロッパや東南アジアで普及し、やがてその波が日本にもやってきました。そんなゲストハウスという存在に心惹かれ、わたしは『ゲストハウスプレス』というメディアで運営者の想いや営みを伝える仕事を続けています。

今日ご紹介するBackpackers’ Japan(バックパッカーズジャパン・以下BJと表記)の登場は2010年のこと。当時20代だった彼らが「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。」を掲げて仲間とともに会社をつくり、最初は小さなバーと宿「ゲストハウスtoco.」の運営からスタート。数年後に古いビルを丸ごとリノベーションした大型施設「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」を開業しました。

Nui.は、商業的な成功も果たしたことで、ゲストハウスに対する人々の価値観を「単なる安宿」から「ここに行けばおもしろいことに出会える、カッコいい場所」へとアップデートしたアイコン的存在に。常識にとらわれない生き方で仲間と楽しく仕事をするBJメンバーも、同年代の憧れのような存在となったのです。

Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE

創業10周年を迎えた2020年、彼らは新型コロナウイルスの感染拡大による影響を大きく受けました。1度目の緊急事態宣言が発令された4、5月は2ヶ月間休業。宿泊のメイン顧客層である外国人観光客が復活せず、BJが運営する4店舗は、飲食部門こそ比較的早く客足が戻ってきたものの、宿泊業の売上は苦戦する状況が続いています。

そんななか、創業者である本間貴裕さんが別会社を立ち上げ、代表を退任。新代表として藤城昌人さんが就任するとともに、以前から準備を進めていた上下関係のないフラットな組織づくりを本格化させるため、改善を重ねています。

現代表取締役の藤城さん、取締役の石崎嵩人さんと、グリーンズのビジネスアドバイザー・小野裕之。3人で交わした今回の鼎談は、会社組織の新しいあり方から、飲食・宿泊業界の地位向上についての意見交換まで、活発なトークセッションとなりました。

20代の頃、友人同士で創業した彼らが、新たな組織で行っている新しいチャレンジとは? 普段は聞けない裏話もたっぷり。長文ではありますが、ぜひ最後までお楽しみください。

左から石崎さん、藤城さん、小野。取材は2020年10月にBackpackers’ Japanが運営するNui. HOSTEL & BAR LOUNGEで行いました

藤城昌人(ふじしろ・まさと)
Backpackers’ Japan代表。2020年4月前代表の本間貴裕氏より代表職を引き継ぐ。元はNui.の常連客で、本間氏に誘われ2014年に入社、Len 京都河原町マネージャー、現場統括マネージャーなどを経て現職。通称「あいちゃん」。
石崎嵩人(いしざき・たかひと)
1985年生まれ 栃木県出身。Backpackers’ Japan取締役。クリエイティブのディレクションやブランド構築を中心に活動。BJ設立当初からのメンバーのひとり。通称「イッシー」。

かたちは変わっても、旅への情熱は変わらない。
会社のビジョンとミッションを見直してわかったこと 

小野 2020年、BJは10周年で社長が変わってオリンピックもあったはずで、いろいろ仕掛け時だったと思うんですが。

藤城さん オリンピックは残念ですけど…仕方ないですよね。代表交代は1年ほど前から決まっていて、10周年のタイミングと重なったのは偶然なんです。

小野 外側から見ると、前代表の本間くんのイメージがすごく大きく見えていたんですが、実際はどうでしたか?

藤城さん 彼の代表としての大きな役目は、新しい案件や次の店舗を開発することでしたので、そこが少ししづらくなったと感じることはあります。ただ彼はまだ非常勤としてBJに残っているので、今もたまに話を持ってきてくれますね。そのほかの運営面では、代表が交代してもほとんど変わらない感じです。

石崎さん コロナの前から、代表交代のこともあり、そろそろ求心力を創業者の本間個人からビジョンや理念、会社そのものに移さなきゃいけないと感じていました。数年かけて新しい代表と一緒に構築していくつもりだったんですが、コロナの状況がその必要性を高めたんです。「自分たちはいったい何のために仕事をしていて、今後は何をしていくべきか?」と問題提起を突きつけられることになった。

本間の仕事のひとつに「どんな会社にしていくか」を考え続けるということがあったと思います。代表交代前は本間がいて、語り続けていればよかったところから、この会社の持つ性格や姿勢、文化を棚卸しして明文化していこう、とフェーズが変わっていきました。それさえしっかりと掴めれば、世相に影響されずまだこの先も会社を走らせられるなと思って。

Webサイトに掲載されている、創業時からある会社のコンセプト「あらゆる境界線を超えて、人々が集える場所を。」のコピーは大きな反響とともにその後のホステル運営会社の経営方針にも影響を及ぼした

小野 「プライベート空間を小さくして共有部を増やし、交流を最大化する」というゲストハウスの今のあり方がこの先しばらく難しくなりそう、という現実がある。でもそのスタイルはある意味乗り物であって、ゴールは旅をすること。価値はそこにあるはずだから、「ちょっと乗る車を変えようか」という感覚ですかね。

石崎さん まさにそうです。

小野 そのなかで変化したことや再認識したことはありますか?

石崎さん 不思議なもので、会社の創業時の頃に戻っていく感覚ですね。僕らの会社だけじゃなく、多くのゲストハウスやホステルの事業者たちが人が「このままでいいのかな?」と感じたと思うんです。でもビジョン再設定の場で改めて感じたのは、「ホステルのかたちや宿のあり方は変わっていくのかもしれないけれど、旅をしたいっていう気持ちは変わらないな」ということ。

例えば「知らない景色を見たい」とか、「自然な心持ちで人と会いたい」といった気持ちは普遍で。創業から10年の今、この状況下で自分たちにとって大事な部分として旅や旅行が持つ魅力を再発見できたのは大きかったです。

石崎さんのニックネームは「イッシー」。役員同士でもニックネームで呼び合うのがこの会社のキャラクターを表しているようにも思えます

フラットな関係性を保ち、チームで会社を運営する組織へ

小野 BJの組織は、上にお伺いを立てて承認という形態ではなくて、現場に裁量権を与えてチームで経営するかたちに変えていったそうですね。ティール組織(※)に近いイメージだと思いますが、実際の実現度はどうですか?

(※)ティール組織: フレデリック・ラルー氏の著書『ティール組織』(『Reinventing Organizations』の邦訳版)で用いられた用語。組織モデルの進化の過程を産業の発展に紐づけて5つに分類し、赤→琥珀色→オレンジ→緑と組織が進化していき、5番目にあたるティール(青緑)では「組織を一つの生命体」と捉え、誰かが指示や命令を出すというヒエラルキー構造ではなく、組織の目的を実現すべくメンバー全員で共鳴しながら行動する進化型の組織モデルとした。

藤城さん 完璧ではないものの、ある程度は実装できている感触はありますね。僕らは「Co-Managementチーム(略称「Co-M」)」という概念を取り入れていて、ほとんどの裁量権を現場に落としています。僕ら役員レベルまで「こういうことやっていいか?」って聞かれることはほぼないんじゃないかな。

小野 日々のことはもうそれでまわっている、と。逆に社長はいったい何をやっているんですか?(笑)

藤城さん ですよね(笑) もともと僕は常連のお客さんという立場からBJ設立3年目に入社していて、現場畑が長いんです。今も社内では代表と現場統括COO業務も兼任しているので、現場を回ってみんなの様子を見たり話を聞いたりしています。

あとは、コロナ禍になって現状の宿泊と飲食だけでは未来が描きにくくなったこともあり、新規事業を考えようということになりました。そのときは、現場のスタッフと役員から出てきた事業案に関連する場所へ視察に行ったり、融資関連で金融機関をまわったり。

現代表・藤城さんのニックネームは「あいちゃん」。チーム型経営の代表らしい(?)穏やかなお話しぶりが印象的でした

小野 社長以外の役員は、現場から問題が上がってこないときにはどういう役割分担をしているんですか?

藤城さん フルタイムの役員は3人。それぞれCEO(Chief Executive Officer)兼COO(Chief Operating Officer)、ファイナンス系を担当するCFO(Chief Financial Officer)、石崎がやっているCIO(Chief Information Officer)兼CBO(Chief Branding Officer)とそれぞれ役割を分けていて、そこは全部フラットな関係性です。

BJの組織のあり方として考えられた「Co-Managementチーム」の概念図。個々人が自主自立の精神を育み、スタッフ間で高め合い学び合う状態を推奨し、すべてのスタッフが店舗の経営に参画できる仕組み

小野 喧嘩したり意見が合わなかったりすることはないんですか?

石崎さん ちょっとした考え方の違いはありますが、「意見が合わない」という認識ではないですね。役員の中では意見は忌憚なく話すのが当たり前で、戦わせるものじゃない。「みんなでいいアイデアやアクションにしていこうよ」という前提があるので、喧嘩しているという感覚はないですね。

熱量が高くやりたいスタッフがいるから動き始めた2つの新規事業

小野 新規事業について、今の段階でどうなっているか聞かせてください。

石崎さん 50〜60の事業案が出て、2つに絞りました。ひとつはキャンプ場、もうひとつはコーヒーの焙煎所ですね。

キャンプ場は、飲食・宿泊という業態を、建物の中ではなく屋外で体現していくことでもありますし、既存店ではすでにカフェを行なっている。どちらも今の事業とつながりがあるんです。

小野 BJは今まであまり多角化してきませんでしたよね。今、新規事業をやるのは、社会の変動に対応していこうということでしょうか?

藤城さん うーん、いまとなってはそれよりも「自分たちがやりたいことをやろう」という意味合いが強いかもしれない。

石崎さん 思いを持って手を挙げる人がいて、やれる力があって、会社と相乗効果があるなら、「どんどんやってくれ」というマインドで進めていきたいです。さっきの組織形態の話ともつながっていますし。

藤城さん ただ、さっきもお話しした通り、コロナがなければ、新規事業はもしかしたら生まれてなかったかもしれない。

小野 もうちょっと先だったかもしれないですね。オリンピックでもかなり稼働してしまって、「今の業態でもう一軒いくか!」みたいになっていたのかも。

石崎さん ホステル業も、もともとは「2年に1店舗ペースでの店舗展開」を目指していたのでその可能性は高いです。ただ、今回の新規事業は社運をかけた事業として「仕掛ける」っていう意識はそんなになくて、それよりも、もともと友達同士ではじまった会社だし「これからもいまの仲間と仕事の幅を広げていけたら最高じゃん」という気持ちが大きい気がします。そしてそれは意外と会社の芯の部分にある。

拡大して攻めるというよりは、「仲間とどんな仕事をつくれるか?」を探っていて、そうして生まれたのがキャンプ場であり焙煎所なんだと思います。

インタビュー会場ともなったNui.の1Fカフェラウンジ。ホステルの受付も兼ね、通常は朝から深夜まで営業し、コーヒーや酒類、軽食などを提供している

小野 どれくらいのタイミングでローンチする予定ですか?

藤城さん こればかりは物件との出会いがあってのことなのですが、焙煎所は2021年夏くらいまでにはオープンできればうれしい(※)ですね。キャンプ場のほうは、既存のキャンプ場で決まれば、すぐスタートしたい。来年のシーズンイン、7〜8月くらいまでにと思いますが、これも縁ですね。

(※)取材後状況が変化し、2021年2月現在、東京都墨田区に物件が決まり、内装工事を開始しているとのことです。

夢と現実のバランスを見ながらチームで進める事業開発

小野 事業計画はシビアに詰めるんですか?

藤城さん おそらくそんなにシビアではないと思います。 

石崎さん 決めてから、後で詰めていく感じですね。

小野 計画の数字を詰めた結果、だんだん本人がやりたいものではなくなるってことはないんですか?

藤城さん あり得るとは思いますが、やりたかったかたちじゃないなら、数字はよくても手を引くと思いますね。

以前から面識がある3人。BJの活躍をウォッチャーのように見ていたという小野が鋭い質問を繰り出しつつも終始和やかな雰囲気

小野 「ロマンとそろばんのバランスをちゃんと考えないといけない」という部分はスタッフにも浸透しているということですね。

藤城さん そこは大丈夫だと思います。数字は役員メンバーで見て指摘しつつ、都度チェックを入れながら進めます。

小野 ちゃんと見てもらえるなら、手を挙げる側としても安心ですね。ちなみに他にはどんな事業案があったんですか?

藤城さん フードトラックやバンライフ、他には…オンラインサロンとか?

石崎さん あったあった。EC事業とかメディア事業をはじめよう、とかね。とはいえ、結構本業と結びついているものが多かったですね。

小野 どうやってそこから選んだんですか?

藤城さん 実現可能性が高そうなものと、収益性が高そうなもの。その前提の上で、最終的にはその事業に対しての熱量が高い人がいたという理由で選びましたね。

最初、僕ら2人は「本当に事業化できるのかな?」って、ちょっと懐疑的だったんです。でもエグゼクティブ・サマリー(事業計画書の要約)をつくって精度を高めていくというステップを踏むなかで、いま決定している新規事業を提案してきた2人は、どんどんいい企画書を出してきた。その過程で、「いけるかもしれないな」と見方が変わっていきました。

小野 なかなか通常業務だとそういう能力があるかわからないですよね。

藤城さん そうなんです。例えば焙煎所の立案者は、バリスタとして採用した2〜3年目のスタッフで、企画立案なんてやったことがなかったと思います。

小野 それはいい機会ですよね。つい同じ毎日を繰り返してしまうので、ある程度の揺さぶりは必要だと思います。

個人の突破力からチームで仕事をする組織へ。あるべき代表像も変化する

小野 僕は、組織の成長のプロセスには、個人の成長の時代があって、チームで戦って、また個人、といったフェーズの繰り返しだと思っているんです。そういう視点で見ると、BJは今はチームの時代。そのフェーズの変化がうまくいったんじゃないかと思っています。また時間が経ってもう一度突出したスターが必要という時が、5〜10年後にはやって来るかもしれない。

石崎さん その2つを何回も織りなすかたちでハイブリッド型になっていくのが理想なのかなと思いますね。

小野 社長はどうですか?

藤城さん あまり考えたことがないですが、僕がチームの時代の代表に向いているから、今の状態になっているんだと思います。

小野 すわりがよかったというか。それ大事ですよね。

藤城さん だから今後、「この人を代表にしたい!」と思う時が来たら、僕はまた現場に戻る、なんて働き方もおもしろそうだな、と。それは楽しみでもありますね。

小野 本間くんのインタビューで、BJの人たちは会社の中のポジションについてカラッと話すと聞いていましたが、本当なんですね。

「組織にずっと居続けること=上(社長)を目指すこと」という暗黙知が社会にあるなかで、もしBJが今後、個人の突破力が必要だと思ったときに、うまく上の立場の人が現場に戻れたら、組織論的に見てすごく勇気をもらえる事例になりそうですね。

石崎さん 良くも悪くも、僕たちの会社は横並びの友達関係から始まって、そのままなんとかやれてきてしまったから、そのあたりのセオリーをわかっていないだけかも。自分たちにとって気持ちのいいあり方を探そうと思ったら、いわゆる普通の、上を目指すとか、君臨するやり方とは違ってきた。肩書やポジションにあまり執着がないので、より良いかたちを探っていきたいですね。

小野 ティール組織のようなフラットなやり方も、実際はなかなか難しいんですよね。だからそれが今の段階である程度できていること自体、すごいと思います。

石崎さん ティール組織の本を読んだときに、概念は理解したけれど、これをそのまま自分たちの会社に取り入れるのではなくて、どう適応させていくかを考えたほうがいいと思ったんです。

Co-Mはもともと本間が提案して、あいちゃん(現代表・藤城さんの愛称)が「これはうちの会社っぽいと思う」と言ってスタートしたんです。そもそもフラットな組織の方がいいと思っていた人が、ちゃんと今の代表になっているのが大事だなと。

今、そのフラットなあり方や自由に手を挙げて実行していくマインドが、「コロナで身動きが取れない、でもなにかしたい」状況と重なった。新規事業だけではなく、いろいろな人が運営や制度設計についての意見を提案してくれて、スタッフひとりひとりが主体的に今いる場所をよくしていく、参加型の会社になってきているぞ、という感覚はあります。

経営における数字や会議をオープンにしていく意味とは?

藤城さん 一方で今、この組織体系の中での評価制度に苦心していて。360度全員評価を中心に評価制度をつくっているんですが、すごく時間もかかるしアップデートするのも大変なんです。

小野 意外と言ったら失礼なんですけど、BJはそういう土台の部分がしっかりしていますよね。

藤城さん 最近役員会議にオブザーバーとして社外の人を呼んで参加してもらったんですが、会社の数字についても「意外と見てるんですね」と言われました。

小野 人の会社の会議なんて見る機会ないですから、そのやり方はおもしろいですね。

石崎さん まわりの会社経営者たちって一緒に時代をつくっていく人たちだから、会議をオープンにすることで見えてくることがありそうだと思ってオブザーバー制をやってみました。で、僕も他社の会議に呼ばれるかなと期待してたんですが、あんまり呼ばれない(笑)

小野 あれっ!(笑)みんな「なかなかオープンにできないよね」って感じなのでは? きれいな決算書の会社ばかりじゃないですし。

石崎さん 数字に関わらず、外の人がいたら話しづらい話題はありますよね。数字に関しては、うちの場合スタッフに対しても全部オープンにしていて。実際に見ている人は少ないと思いますけど、見られる場所には置いてある。その姿勢自体が大事かなと思っていて。店舗のPL(損益分岐表)なんかは以前より読める人も増えていると思いますし、そのあたりは変わってきているところかもしれないですね。

小野 いいですね。BJは今、過渡期なのかもしれないですね。このルートできちんと話を上げたら、役員もちゃんと話をするということを組織として定着させていく。ボトムアップのカルチャーが定着するまでは、何かしらカタチに落とす仕組みが必要ですからね。

宿泊・飲食業はまちにとって大切な財産。知的労働として働く人の地位も向上させたい

石崎さん 最初の話に戻ると、社長や役員は、仕組みをつくるみたいなことをしなくちゃいけないと思っていて。ソフト面やコンテンツなど中身はスタッフがつくるけど、それがうまく動くためのOS(オペレーションシステム)の部分を考えるのは、経営側の仕事として大事ですよね。

小野 僕はゲストハウスや飲食店の仕事がもっと知的労働に変わらないかな、と思っていて。給料を上げるための要素が、今は労働時間や宿泊費を上げることしかなくて、足し算的にしかならない。それがちゃんと掛け算的になるようにしたいんですよ。

小野 例えば、収益性を高めたいゲストハウスやリブランディングしたいビジネスホテルから受注して、スタッフを一定期間Nui.で受け入れるような研修プログラムにするとか。お客さんには提供価値が変わらないようにしつつ研修を受け入れて、実は単価が高いビジネスとしてまわっている、みたいなことが実現できるといいな、と。

石崎さん なるほど、おもしろいですね。

小野 最近思うのは、まちづくりって結局、「お店」という存在が頼られるということです。いい店があって人が集まるまちをつくることが生活の豊かさをつくるためにすごく大事で、そのプランニングをしているディベロッパーや公務員は高給取りなんだけど、実際現場の人たちは300〜400万円くらいの年収で働いていて。年齢を重ねると続けられなくなるという現実もあります。

それをもうちょっとボトムアップで、「お店側からまちをどうつくるか」っていうことを言語化して語ることができれば、今とはまったく逆のまちづくりができますよね。人が交流する拠点を日々維持している人たちの仕事を知的労働にして、抽象化して知識貯めるとかね。

会社のなかが単純に健やかにまわっていることももちろん大事なんだけど、それ以上の価値を創出できるようになると、40代50代になっても知的労働として飲食店運営をする人たちが生まれるんじゃないかと思っているんですよね。

石崎さん すばらしい!!

小野の話に頷きながら耳を傾ける2人。「ものすごく勉強になった」と感想を伝えてくれました

小野 今、僕は下北沢にあるBONUS TRACKという新しい形のテナント商店街で、「お店の学校」という学びの場を始めて、メディアもつくっていて。現場を回している人たちの細切れになっているノウハウをちゃんと集めて、共通知識にしたり研修にしたりしたいと思っています。そうすることで、それぞれの組織の課題解決にもつながるし、店舗運営が長く続けられる仕事になる。この5年くらいで、ハコ主導のまちづくりをコンテンツ主導にしていきたいと思ってるんですよ。

石崎さん いやあ、むしろできることがあれば協力したいです。この先5年でやりたいことを考えたときに、やっぱり宿泊・飲食業で働いている人の世間的な立場に一石を投じたい、という気持ちはあって。でも個店でできるには限りがあって、何かしら構造と戦わないといけないところがあるんじゃないかと思っています。

自分たちが会社をやり続けていたら状況が改善されて、働く人たちの地位が上がるような仕組みづくりについてはもっと考えたいなと思っていて、まさにそういう話と関わってくることですね。

BONUS TRACKは2020年4月に下北沢の線路街エリアに誕生したみんなで使い、育てていく飲食・物販店、コワーキング、シェアキッチン、広場などがあるスペース。運営会社の散歩社は小野がCEOとして活躍中

体現したいのは、自分の言葉で考えて
それぞれが居心地のよい場所をつくることができる未来

石崎さん 最近特に思うのは、自分たちの事業の芯に「求めている人たちのところに届けたい」という思いがある一方で、自分たちの場所を大きく濃くして提供していくよりも、人それぞれが自分の遊び場や居心地のいい場所をつくれるほうが大事だな、ということです。

社内で言えばまさに挙手型の新規事業がそうなんですけど、自分で自分たちの場所をつくる人たちが増えると、いまあるものを享受したり、奪いあったりするのと別の流れができる。

事業をつくるみたいな大きい話だけでなく、例えば、「うちのコーヒーおいしいよ」って宣伝して回ることよりも、「コーヒーっていろんな味あるんだな」と思って自分で豆や器具を揃えて各々が自分の好きな味を見つける方がいいというか。そういう世の中の方が豊かだし、自分たちが居たい未来だと感じます。

これは抽象的な話ですが、他人の言葉や既にある考え方をそのまま使うんじゃなくて、「自分にとっての正解って何だろう?」と考え続けた結果、自分の言葉で語れる人が増えてくる。Backpackers’ Japanという会社が体現するのがそういう世界であればうれしいです。

ライター西村 新規事業以外に、ここまで到達したいといった目標はありますか? 

藤城さん 僕自身、ホステル・ゲストハウスっていう業態がすごく好きなんですよ。なのでBJとしては、到達目標はないですがホステル事業自体をもっと増やしたい。日本の地方都市のほかに、海外にも挑戦してみたい気持ちはあります。主軸はホステル、ラウンジを増やし続ける。そこの気持ちはずっと変わらないです。

小野 新規事業のキャンプ場でできるネットワークやノウハウが、また都市型のホステルにまた活かされることもあるでしょうしね。

石崎さん キャンプ場は夢がありますよね。僕もたまにキャンプするんですけど、今、みんなが自然や自由を求める感じはわかるというか、ただの流行りじゃなくて、時代に紐付いてる部分があるように思います。

小野 グランピングとかオートキャンプ場って、人の居心地のよさへの補助線の引き方だと思うんですよ。補助線が強すぎても居心地が悪くて「こうやって過ごしてほしいんだろうな」っていう思惑が透けて見えるのもおかしい。逆にサバイバル過ぎても素人は準備してるだけで日が暮れちゃうわけで。ちょうどよい塩梅の演出が必要なんじゃないかと。

インタビューは開放的なスカイツリーが見えるNui.の屋上で、 greens.jpライター・編集を交えて行われました

ライター西村 高級リゾートのグランピング路線やカジュアルラインのようなあり方もよいと思いますが、もっと違うやり方もあるはずで。そもそもの話、30〜40代の楽しめる場所、例えばホステル文化で育ってきた人がファミリーで楽しめる、理念のある場所っていうのがあまりにもない気がしています。ホステルのその先がほしいところです。

石崎さん すごくヒントになります。ホステルのその先ってずっとホテルだと思っていたけど、そういったファミリーが居心地よく過ごせる場所が、建物の外っていう可能性はすごくあるなと思いました。

小野 これからBJがやったほうがいいこと、公募してみたらどうですか?(笑)

「あ、こう思われてるんだ」っていうのがわかればおもしろいし、想像とは全然違う意見も出てきそうですよね。

石崎さん 違うだろうな〜。おもしろそう!

(鼎談ここまで)

宿泊業界としては未曾有の災難に見舞われているここ1年。業界として解決の糸口は見えてこないなか、組織の仕組みを自分たちに合ったものに整え、新規事業を立ち上げる彼らのチャレンジが、ひとつの参考事例になればよいなと思いました。1つのお店や会社に留まらず、チーム型の新しい組織づくりや業界の地位向上への可能性を探るBJの動きが、これからますます楽しみです。

前編にあたる前社長・本間貴裕さんのインタビューと合わせて読んでいただくと、よりその経緯や輪郭がはっきり見えてくるかと思います。ボリュームある記事ですが、そちらもぜひご覧ください。

(撮影: 霜田直人)

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