1/27開講!コミュニティの教室 (実践編)第2期

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私たちの当たり前、本当に当たり前? メキシコシティの民間の救急搬送業車を描いたドキュメンタリー映画『ミッドナイトファミリー』

朝、目覚めて会社や学校に行く。そんな当たり前の暮らし。コロナ禍で日常生活がどれほど尊いか実感する人が多いのではないでしょうか?

しかしこの“当たり前の幸せ”に気づく機会は、コロナ禍だけではありません。暮らす場所や地域が変われば“当たり前”も異なります。例えば海外旅行は自国の常識を一旦捨て去って、新しい国の慣習や価値観に身を浸すきっかけのひとつ。

さて国が変わると大きく異なるものの1つに公共サービスが挙げられます。

数年前、家族でフランスを訪れたときのことでした。パリ市内にある公園は私たちのような観光客も含めて多くの親子連れで賑わっていました。そんな中、小学校高学年ぐらいの女の子が高い滑り台の階段の一番上から下に落ちてしまったのです。ご両親は救急車を呼びましたが、なかなか救急車はやってきません。通報から20分ほどしてようやく救急隊が到着。担架で女の子を乗せて病院へ向かいました。

ちなみに日本では通報から救急車が駆けつけるまで平均して8.6分(※)。そしてこのサービスは公的で無料で利用できます。今日は読者のみなさんに、この当たり前が当たり前でないことに気づかせてくれる映画『ミッドナイトファミリー』をご紹介しましょう。

総務省消防庁による平成29年中のデータより。

『ミッドナイトファミリー』はメキシコシティにおいて民間の救急搬送業車を営むオチョア一家を描いたドキュメンタリー映画です。

メキシコシティでは人口900万人に対して救急車が45台未満。通報して数十分待っても救急車が来ないということもザラにあるという医療体制です。ちなみに東京都では1312万人あたりに236台の救急車が配備されていることと比較しても、メキシコシティの救急搬送の設備が不足していることがわかります。

こうした民間の救急車は医療体勢が十分に整わないメキシコでは、闇の救急サービスが必要悪とも言われています。オチョア一家はアメリカで使用されていた救急車を中古で買い、警察の無線を傍受していち早く事故現場に駆けつけます。

懸命に患者を搬送するオチョア一家。ⒸMadeGood Films

しかし彼らは救命士の資格を持っておらず、医療行為ができるわけでもなく、救急車の設備も不足している状態です。こうした状況下で、不法な営業として警察から賄賂を要求される始末。私営の救急隊は一家の大切な食い扶持。オチョア一家は営業停止になることを避けるために、賄賂を払います。

彼らを襲う苦難はそればかりではありません。必死に病院まで搬送しても搬送費用を払うことを拒む利用者もいます。搬送費は3800ペソ≒(1ペソ5.19円)約19,760円。日本円にするとそう高額ではないように思われますが、メキシコの平均月収は約7000ペソ、月収の約半額。そう聞くと、とても高額だとわかります。

救急隊は日夜通して働き続けますので、彼ら自身も十分に食事や睡眠が取れず決して暮らしは楽だとは言えません。破綻してしまった社会システムの綻びをまさにつくろうように彼らは生きているのです。

路上で、あるいは救急車の中で仮眠をとる日々を写したひとコマも。ⒸMadeGood Films

一家は、闇ビジネスでありながら親身になって日夜懸命に人命救助を行います。しかし映画では重体患者を病院に搬送するものの患者が絶命してしまい、患者の母親から「もっと近い公立の病院があったはずだ」と責められるシーンもあります。

実はメキシコシティでは特定の私立病院に患者を搬送すると手数料がもらえるのです。患者から搬送費用をもらえないことが多いので、遠くの私立病院に患者を運ぶことを余儀なくされている状況があるのです。

映画を見進めるうちに、彼らの行為が善なのか悪なのか、見る側も判断の基準が揺らぎます。ルーク・ローレンツェン監督は観客が善悪の判断などを捨てて、自分自身があたかもこの現場を体験しているかのような臨場感を伝えたかったのでしょう。

何よりもまず、この作品自体がスリリングな体験となるものにしたいと思いました。カメラを通して、私が毎晩救急車に乗り込み体験した肉体的にも感情的にもまるでジェットコースターに乗っているような、あの感覚を伝えたいと。

インタビューやナレーションといった傍観者の視点が入れば観客は救急車の臨場感から引き離され、オチョア一家の仕事を善悪だけで判断することになってしまう。

私が追い求めたいと思ったテーマは、そんな単純なことではなく、オチョア一家が生きて行くために毎日行う倫理的な選択において、社会の腐敗が大きな影響を与えていること。またオチョア一家の善意や勤勉さが必ずしも彼らや患者たちに満足いくような望ましい結果をもたらすとは限らないということも伝えられたらと思っています。

物事は全てこのような善と悪が混ざり合って表裏一体となり存在しています。私たちの平穏な日常はいつも薄氷の上を歩くように危うく脆弱。数年後の日本の医療が同じような問題を抱えないためにも私たち一人一人が医療のあり方、公共サービスのあり方について意識を持つことが大切です。

“当たり前”が“当たり前”であり続けるために、努力するのは私たち自身なのです。

– INFORMATION –

『ミッドナイトファミリー』

2021年1月16日ユーロスペース-ヘッド館(東京)、1月30日〜シネマリン(横浜)、1月30日〜シネ・ヌーヴォ(大阪)、2月12日〜出町座(京都)、1月29日〜豊岡劇場(兵庫)、2月27日〜シネマスコーレ(名古屋)他 各地で順次上映

公式HP: https://www.madegood.com/ja/midnight-family/

※COVID-19の影響で上映予定が変更になる可能性があります。ご注意ください。