「部屋の電気をこまめに消しましょう」
そう言われたときに心をざわつかせる違和感。気候変動という圧倒的な危機に対して、僕のこまめな省エネはどれだけ貢献できるんでしょうか。塵も積もればとは言いますが、あまりにも細かなアクションに感じるのも事実です。
では、本当に意味のあるアクションは何なのか。自然エネルギーの活用や森林保護、肉食をやめる…漠然としたイメージとして「効果がありそう」なことは思いつきますが、それらが気候変動に解決に大きな効果をもたらすのかわかりません。しかし今の世は、人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった「人新世」と呼ばれる時代。本当に、本当に待ったなしです…。
そんな状況をひっくり返す可能性を秘めた、本が出版されました。『ドローダウンー地球温暖化を逆転させる100の方法(原題: Drawdown: The Most Comprehensive Plan Ever Proposed to Reverse Global Warming)』です。
社会起業家・環境活動家のポール・ホーケン(Paul Hawken)が、世界中の科学者たちと協働して、気候変動へのアクションを検証・評価し、ランキングにしたもの。英語で出版されたあと、世界14カ国の言語で翻訳されています。日本語訳の出版にあたってはクラウドファンディングで800万円以上の資金が集まり、山と渓谷社より発売中です。
今回は、日本語版出版の準備から、ドローダウンを実現するコミュニティづくりも手掛ける「ドローダウンジャパンコンソーシアム」の野崎安澄さん、そしてドローダウンを知りアクションを起こしている井上直己さんと鳥居有香子さんの3人に、編集長・鈴木菜央がお話を聞きました。
多様なバックグラウンドを持つ3人の共通点は、ドローダウンの活動や思想に深く共感し、自らアクションしていること。3人は、ドローダウンのどんなところに惹かれて、どんな活動をしているのでしょう。
野崎安澄
NPO法人セブン・ジェネレーションズ共同代表/ドローダウン ジャパンコンソーシアム共同代表/愛知アーバンパーマカルチャー発起人/DEMOくらし編集部ライター/2男児の母
東日本大震災・福島第一原発の事故をきっかけに、子供達に7世代先まで環境的に持続可能な美しい地球と公正な社会を残すための活動をスタート。持続可能な環境・社会を作るためのワークショップやオンラインコースの立ち上げ・様々なコミュニティ運営を行っている。
井上直己
上智大学大学院地球環境学研究科准教授
2001年、東京大学法学部卒業。以来、環境省にて気候変動対策、生物多様性保全などの企画立案に携わり、2018年より現職。食を含む消費活動がもたらす地球環境問題などについて研究。化学肥料も農薬も使用しないコミュニティ支援型農業(CSA)の「なないろ畑」(神奈川県大和市)に参画する他、大和市環境審議会委員として地元行政にも参画し、変動の時代に備えたローカルアクションの在り方を模索。英国ケンブリッジ大学修士(環境政策)、サセックス大学修士(環境開発)。(撮影: 松永勉)
鳥居有香子
「ココロとカラダにやさしいことを」「未来の世代に美しい地球を」コンセプトに、人と自然、人と人をつなげるワークショップやイベントをプロデュースする< ありのままカレッジ Produce by musubi café>を主宰。
意識を探検するテクニック:アバター®︎コ ース を教える資格を持ち、⼀⼈ひとりの⼈が<可能性>を拡げ、自分の望む未来をクリエイトすることをサポートする毎⽇。
温室効果ガスを「引っ張り下げて」地球に戻す
菜央 まずは書籍のタイトルにある「ドローダウン」とは何か、教えてもらえますか。
野崎さん ドローダウンとは「削減」や「縮小」を意味する言葉です。このプロジェクトでは、ずっと上がり続けている温室効果ガスの排出量が下がり始めるポイントを表現しています。つづりは “drawdown”、 つまり「引っ張り下げる」というイメージで、温室効果ガスを地表に戻すイメージも重ねています。
ポール・ホーケンによる「プロジェクト・ドローダウン」の説明
道を間違えた時は 止まらなくてはいけない。「まだ分からないから」と言って、進み続けている場合では無いのです。人類にとって唯一理にかなったゴールは、地球温暖化を逆転させるということです。止まり、向きを変えて、前に進む。ゴールを明確にしなければ、それを達成することはありえません。
CO2・温室効果ガスは、ゆっくりと漸進的に増大します。均衡状態をもたらすことが重要で、毎年、排出量と同じだけの分量か、それを少し上回る量を地球に戻せれば、その時がドローダウンです。それは十分に可能なことなのです。
菜央 ちなみに本のタイトルが『ドローダウンー地球温暖化を逆転させる100の方法(原題: Drawdown: The Most Comprehensive Plan Ever Proposed to Reverse Global Warming)』で、「気候変動(Climate Change)」ではなく、「地球温暖化(Global Warming)」という言葉が使われているのはなぜでしょう?
野崎さん まず説明させていただくと、「地球温暖化」とは地球の表面の温度上昇を意味します。一方、「気候変動」は何かというと、温室効果ガスが増えることによって起こる様々な変化のことなんですね。
ドローダウンで扱っているのは、地球温暖化を逆転するために、 温室効果ガスを削減することです。
菜央 なるほど。
野崎さん 気候科学の論文の97%が、過去1世紀の地球温暖化の傾向は、人間の活動が原因である可能性が極めて高いとしています(出典元)。地球温暖化は、人類の活動、つまり温室効果ガスの排出や森林など環境破壊により、地球の二酸化炭素吸収能力の低下を引き起こした結果であるという見方が多い。そのことは、今回出版した『ドローダウンー地球温暖化を逆転させる100の方法』にも記載されています。
この「人間活動によって引き起こされている地球温暖化」の現象を逆転させるために、どんな解決策があるか。科学者の研究によって数字として効果が実証されたアクションが、ランキングで示していくのがドローダウンの活動で、今回出版した本にも100のリストが掲載されています。
私は日頃から直感で動いてしまう人間なのですが、ドローダウンはロジカル思考の人との共通言語になる。市民でも、行政でも、国でも、この本に示されているアクションを共通の土台とし、今何をすべきか考えていけばいいのです。
食を変える、女性のエンパワーメントする…アクションはさまざま
菜央 想像通り効果が高いものもあれば、意外と効果が低いものもある。思わぬ行動がとても効果的だったりしますね。
井上さん そうなんです。特に僕が驚いているのは食に関わる要素の多さです。3位に食料廃棄(フードロス)の削減、4位に植物性食品を中心にした食生活、9位のシルボパスチャー(林間放牧)、11位に環境再生型農業と続き、それ以降も食に関する項目はたくさんあります。
鳥居さん 私がこの本を読んで一番ワクワクしたのも「食」に関連するアクションがたくさんランクインしているところです。おいしいもの、身体にいいものを食べることが、気候変動のアクションになるなんて素晴らしいですよね。楽しみしかない。しかも、食べることならほとんどの人が参加できます。大人が楽しみながらアクションしていれば、子どもも真似したくなるでしょう。
野崎さん 世間一般的には、農業をやってる人よりも、ビジネスパーソンのほうがかっこいいっていうイメージがあると思うんです。でも、このランキングを見ればわかるように、農家のみなさんは地球を救うスーパーヒーローなんです。多くの人が抱いているかっこいい仕事のイメージを変えていき、農家の担い手をどんどん増やしていかねばと思っています。
鳥居さん 農薬にも化学肥料にも依存しない自然農の農家さんと、無農薬野菜を家で実践できる講座をやっています。そこでドローダウンを紹介したんです。「みなさんの活動は、身体にやさしい野菜をつくりだしているだけでなく、気候変動への直接的なアクションにもなっているんです」と。すると、刺激を受けて、本格的に畑を借りて自然農をはじめた方もいらっしゃいます。
井上さん 僕はこのランキングを見て、2つのアクションを起こしました。ひとつは、近所の有機農業者を支援するためにCSA(Community Supported Agriculture)つまりコミュニティ支援型農業に参加したこと。もうひとつは、食生活を変えて、ほぼほぼベジタリアンになったことです。ほんの少量の魚介類が口に入ることはありますが、穀類や野菜が中心です。
菜央 ベジタリアンに? 大きな決断でしたね。
井上さん もともとお肉もお寿司も、ファストフードも大好きでした。飲み会のあとには締めには背脂こってりのラーメン。食べたいものを食べたいだけ食べていて、それでも健康だと思っていたんです。
正直、食生活を変えた直後はなかなか慣れず、物足りなさを感じました。しかし、半年も経つと、野菜や日本の伝統料理のおいしさに感動するようになったんです。しかも、それまで健康だと思っていた身体は、人間ドックにも現れたように、実は健康ではなかった。ベジタリアンになった今の方が健康です。有機農業や自然農に挑む生産者さん、自然食品店のみなさんと出会うことで、自分の知らない世界もたくさん知りました。
菜央 ベジタリアンになるという決断が、地球のためだけでなく、自分のためにもポジティブなことになったんですね。
井上さん 僕にとって、食生活の変化は我慢ではなかった。新しい世界との出会いと大事な価値の発見に満ちていたんです。声を大にして伝えたいのは、ドローダウンのアクションをすること自体が楽しいということです。それ自体がワクワクと発見、そして出会いに満ちており、その先にある希望を感じることができます。
鳥居さん ポール・ホーケンは「地球温暖化は地球からのフィードバックであり、私たちはそれをギフトとして受け取り、イノベーションの源にしなければならない」と言っています。まさしくその通りだと思いました。今の状況から何を気づき、何をするか。それこそが人間としての進化だし、希望だと思うんです。
菜央 そういった目線でランキングを見直すと、気候変動だけでなくさまざまな問題を一緒に解決できそうなアクションが含まれていることに気づきますね。食の問題は、農業や健康と結びつくし、電力の問題はエネルギーの地産地消へとつながったり。ひとつのアクションが、さまざまな問題の解決につながっていく、と。
野崎さん そうですね。例えば、6位の女児の教育機会、7位の家族計画には驚きました。
女児が教育の機会を得ることによって、子どもを産む人数やタイミングを選ぶことができるようになり、その結果、人口増加に抑制がかかる。それが環境やエコシステムに対する負荷の軽減につながるわけです。
これらは女性の権利問題や貧困問題の文脈においてこれまでも言われてきたことですが、気候変動にも効果的なんです。62位には「小規模自営農の女性」もあります。女児の教育と家族計画を合わせると1位の冷媒のマネジメントよりも遥かに大きな効果を生み出す。女性のエンパワーメントは気候変動へのアクションにおいて、何よりも大事な要素なのです。
個人だけでなくコミュニティでアクションする
菜央 原著が2017年に発売されてから現在までに、この本がきっかけになって生まれた新しいムーブメントなどはあるのでしょうか。
野崎さん はい。本が発売されたことだけでも十分すばらしいと思うのですが、その先の動線をデザインしているのが、このプロジェクトのおもしろいところだと思います。
「ドローダウン ジャパンコンソーシアム」がワークショッププログラムを提供しており、コミュニティや地域で具体的なアクションにつなげていくことに力点をおいて活動中です。
日本でもいくつかの地域でコミュニティが立ち上がりはじめました。例えば「トランジションタウン文京」では全5回のワークショップを実施しました。勉強会から、アクションプランの立案、実行までをやってみるプログラムです。
野崎さん 気候変動へのアクションには、個人、家族、コミュニティ、行政といくつかのレベルがあると思います。これまでは個人と行政に比重が置かれていました。たとえば個人レベルだと、リサイクルをする、電力会社を自然エネルギーの会社に切り替える、など。行政レベルだと、法案を変える、そのための署名活動をするといったことです。
しかし、スピーディーかつ効果的なアクションを取るのに一番大事なのは、コミュニティです。
菜央 それはなぜですか。
野崎さん 個人の思いからスタートできて、仲間が広がれば企業や地方自治体も巻き込み、より効果的なアクションにつながる可能性が高いからです。
また、ひとつのコミュニティのアクションが実を結ぶことで、他のコミュニティも真似ができる。例えば、A小学校の屋上に太陽光発電が設置されたら、それを前例としてB小学校やC小学校にも広がるかもしれない。
井上さん 国の政策を動かすには、関係者が多く、とにかく時間がかかります。むしろ、地方自治体でいろんなアクションが生まれることで、結果として国の政策が動くという順番の方が現実的なのだと思います。政府は実際、地域発のアクションを応援することに力を入れています。
野崎さん こういった動きをいろいろな場所で起こせるように、ワークショップキットの日本語訳や、コミュニティリーダー育成のトレーニングなどもやっていきたいと考えています。
菜央 山火事や台風の大型化、気候変動難民の増加…。ここ数年、気候変動が確実に起こっていると実感することが多いですよね。そんなニュースを聞いているとどんどん不安になるし、このままではまずいと思う人は増えてきていると思います。そうした人がつながり、コミュニティとしてチャレンジできる場があるというのは、とても大切ですね。
野崎さん クラウドファンディングに挑戦したことで、全然知らない人からたくさんの応援メッセージをもらい、勇気づけられました。そういったみなさんも一人ひとりが気候変動を止める主人公だと思うんです。
刻々と気候変動が進む現実に、絶望を感じている人も多いと思います。でも、ドローダウンはできる。それは数字で示されています。この本が見せてくれるのは、希望そのもの。ひとりでも多くの人にぜひ読んでほしいです。
菜央 まずは本を手に取り読んでみる。でも、そこで終わらず、さらにその先に進む。仲間を見つけ、アクションリストにコミュニティで取り組むことは、気候変動だけでなく、不平等や暴力など他の課題の解決につながっていくわけですから。ドローダウンは、そんな社会課題の解決に挑む主人公たちに手渡せる冒険の書であり、私たちにとっての希望の書なのかもしれません。ドローダウンを受け取ってからが、本当の冒険のスタートですね。
– INFORMATION –
ポール・ホーケン著 江守正多監訳 東出顕子訳
http://www.yamakei.co.jp/products/2820310430.html
~自然環境を再生して、社会と私たち自身もすこやかさを取り戻す~
(2/15までのお申し込み、先着30名は早割!)
本カレッジは「環境再生」を学ぶ人のためのラーニングコミュニティ。第一線で挑戦する実践者から学びながら、自らのビジネスや暮らしを通じて「再生の担い手」になるための場です。グリーンズが考える「リジェネラティブデザイン」とは『自然環境の再生と同時に、社会と私たち自身もすこやかさを取り戻すような画期的な仕組みをつくること』です。プログラムを通じて様々なアプローチが生まれるように、共に学び、実践していきましょう。