もしかしたら、海外の取り組みや事例を見て、日本が劣っているなぁと思ってしまったことありませんか?
たしかに、海外の事例から私たちが学びとるべきことは多い気がします。でも、ただ単に他国のよい事例や仕組みを取り入れるだけでうまくいくわけではありません。それぞれの国の歴史や特徴、そうした取り組みをすることになった背景や意味を知ることで、日本により適した形、進め方を探っていくことが大切ではないでしょうか。
2020年8月29日にオンラインで開催された「『世界の市役所』から学ぶ産学官連携による社会課題解決の未来」では、海外の産学官連携による事例から学び、今の日本で私たちは何からはじめることができるのかを考察するトークイベントと研究活動報告会が行われました。
263人もの参加者が集まったこのイベントでは、greenz.jpでもコラム「デンマーク語からひも解く、幸せのA to Z + Æ Ø Å」を連載中のニールセン北村朋子さん(デンマーク・ロラン島在住)によるトークのほか、主催の「モリゼミ」で学んだ行政・民間・研究、と様々な現場で活動している方々による海外事例の研究報告が行われました。その様子をレポートします。
大都市は完璧な存在ではない。
補い合っている都市と地方、その連携の必要性。
トークイベントでは、ニールセン北村朋子さんからデンマークの基礎知識や、かつては新しい基幹産業として再生可能エネルギーに着目し、企業の誘致や、自治体自身としても再生可能エネルギーに力を入れていくことに決めたロラン島の例を挙げて説明してくれました。都市と地方の関係性においての都市のもろさについて、ニールセンさんはこのように指摘しています。
ニールセンさん 持続可能性という観点で見た「大都市」はまるで、小児病棟にある保育器に入っている赤ちゃんと同じような状態ではないでしょうか?
この真意はどういうことでしょうか?
このスライドが示しているように、大都市は、各地方から食糧、労働力、飲料水、エネルギーなどを供給してもらえないと、都市としての機能が成り立ちません。地方からの供給が何かひとつでも絶たれたとしたら、機能を果たせなくなるでしょう。地方からもたらされる資源を確実に持続させるためには、都市も各地方の良さを理解し、それぞれの地域と平等な関係性を保った上で長期的に連携していくことが非常に重要だそうです。
実はすでにデンマークでは、この都市と地方の連携が行われています。2017年、首都のコペンハーゲンと、ロラン市が締結したサステナブル協定は、首都と地方自治体がタッグを組むという、当時では世界初の試みでした。
協定の具体的な取り組みの一つとして、エネルギーツーリズムやサスティナブルツーリズムなどが実施されています。都市に住む人たちが地方へ出掛けてエネルギーや食糧の生産現場を見ることは、都市に住む人たちの暮らしを支えてくれているインフラや食べ物の源を実感できる貴重な機会となります。
また、これまで地方で風力発電を担っている風車が老朽化すると、解体してリサイクルしたり国外に販売されてきましたが、新たな実験として、古い風車をホテルやカフェに改装することが議会で決定されました。風車のナセル(天井部分)を透明にすることで、星空を見上げられたり、デンマークは土地が非常に平らであるため、高い場所にある窓から景色を眺められることは貴重な体験となり、観光資源としての活用が期待されています。
多くの資源を供給している地方には、また新たに活用できる資源が生まれることも多く、地方と都市がそれぞれの資源の魅力を認識することで、かつてない活用方法や施策が導き出されるようです。
社会システムや、都市、街をつくるのは市民
続いては首都コペンハーゲンの市民たちに指示される具体的な施策についても教えてくれました。約63万人が生活する大都市でありながらも、自転車専用の道路が整備されており、特に中心部では車が乗り入れられるところを制限し、駐車場だったスペースを広場やお店など人々が集まれる場所として増やしたことで観光客も増えたそうです。
ニールセンさんは、車よりも人や自転車優先の街になった背景の一つとして、あるエピソードを教えてくれました。
ニールセンさん 1970年代、コペンハーゲンでも幹線道路が増え始め、駐車場の需要も増えていました。市議会は水辺にも駐車場を増やすことで決定しましたが、当時、都市計画に携わっていたある建築家が新聞に投書し、市議会の決定通り水辺を駐車場にしてしまって本当にいいのか、と市民たちに問いかけました。
その記事をきっかけに市民の間では議論が巻き起こり、美しい水辺が車に占拠されるのはいやだという反対意見が多く出はじめました。結局、議会の決定によってつくられた駐車場は完全に撤去されることとなり、追って水辺には人々が集えるカフェが並びはじめます。現在ではコペンハーゲンを代表する観光地としてにぎわうニューハウンが誕生したのです。
自転車や歩行者が使いやすく居心地よい街がつくられていった変化について、ニールセンさんはこのように語ります。
ニールセンさん 本当に将来や、そこに住んでいる人のことを考えてやるべきことは何なのか?市議会で決めたことがすべてなのか?それぞれの都市計画を長期的に考えることや、市民と対話していくことの重要性を感じています。
何かがうまくいかなくなったら、どちらかを見直さないといけない。それについて考えるためには、民主主義を問うていかなければいけないと思います。
民主主義にプロも完成形も正解もない。
国が目指す姿を教育の場で実践する。
デンマークではまず「どんな国でありたいか?」を議論し、そのためには何が必要で、それをどう教育の場で必要なものとして育むかが実践されています。
日本でも、中には「自分たちが将来は、どうありたいか?」というビジョンを明確にしている自治体もありますが、全体的にはまだ少なく、またさらに、教育に落とし込む形にまで結び付けるには至らない現状があるのではないか、とニールセンさんは考え方の順番と具体的な施策について提起されていました。
トークイベント後に行われた主催「モリゼミ」の研究報告会でも、デンマークと同じ欧州のオランダでは教育と社会の循環がなされているという事例の発表もありました。皆さんの自治体ではいかがでしょうか?
世界の市役所から学ぶ。
そして私たちは何から始めればいい?
ニールセン北村朋子さんの基調講演の後は、「世界の市役所をハックする!」(通称: モリゼミ)で取り組まれてきた4カ国のリサーチに関する共有とディスカッションが行われました。抜粋してご紹介します。
最初は台湾チームの発表です。チームリーダーの高野さんは「政治が動くと生活が変わるという成功体験があるから台湾の若者は政治に意欲的」と話していました。
高野さん 台湾の2020年総統選投票率は74.9%!そんな台湾のテーマは「政治」、「台湾はどのように活力ある民主主義を形成しているのか?なぜ多くの若者が選挙にいくの?」という問いを立てました。
仮説を立てて見えてきたことは、断絶から始まった中台関係により、中国からの圧力は台湾人アイデンティティの形成に影響を与えていること。その危機意識が投票行動に繋がり、地域コミュニティの里長制度に代表される政治の身近さや、政治や意思決定のプロセスも透明性が担保された国と国民が自覚しているのではないかと思います。
2カ国目はオランダチームの発表です。チームリーダーの白川さんはオランダの「多様性はやりながら考えるからこそ生まれる」と結論づけておられました。
白川さん 「寛容な国」と代名詞されるオランダ。戦後の多文化主義施策から国を繁栄へと導いたものの混沌としたために衰退し、時期を経て復活を遂げている興味深くも学びの多い国です。
国土の大半が海抜0メートル以下であることから、水との共存や統治は長く歴史と関わり続けている。まずはなんでもやってみるという行動力や、人々の柔軟な考え方、個々は違うのが当たり前であるという前提に立ち、それらをいかに取り込みながら国を形成していくのか。大国に囲まれた小国であり、多種多様性を受け入れてきた背景があるからこそ、まずは誰よりも先んじてやってみる、自国を自らがつくるという精神が根付いていると言えます。
Learning by Doing(やりながら考える)という柔軟さに学ぶものは多いのではないでしょうか。
3カ国目はエストニアチームの発表です。チームリーダーの渡辺さんは「システムの導入とエストニアの国民性が大きな価値を発揮している」とエストニアを考察されていました。
渡辺さん デジタル国家戦略とは何か?学べることは?を主題に研究しました。エストニアは、行政サービスの99%が電子化し、ブロックチェーンを国家単位では世界初導入した国です。国政選挙で世界初の電子投票を実現、またe-Residency導入で外国人も電子国民登録可能になり、海外IT企業のスタートアップの誘致・育成を推進しています。ペーパーレス化が実現し、費用対効果が進んだことで、国民と政府の情報の可視化と透明化も同時に進んでいます。
国家の生き残りをデジタルに賭けた国なので、若い政治家やリーダーが台頭し、公共と市民の関係が近い国です。政府首脳も身近な存在で、公共と市民が良い関係性を構築しているので”国民が政治家を使う”というある意味では代務者たるべき国会議員本来の感覚を保っている特徴があると思います。
最後はデンマークチームの発表です。チームリーダーの小倉さんは「重要なのはシステムだけではなく思想と生活様式」とデンマークの民主主義教育について話してくれました。
小倉さん デンマークはどのように教育による民主主義社会を実現しているのか、という問いを立て、教育を中心に研究を進めています。文献調査を始めてみると、19世紀にデンマーク近代教育の父と呼ばれるグルントヴィと、20世紀に彼の思想を継承したハル・コックに着目でき、「グルントヴィの思想とそれを継承したコックによる生活形式の民主主義が、デンマークの教育を支えているのではないか?」という仮説が立てられました。
19世紀にグルントヴィの構想したことが現代のフォルケホイスコーレとして実現し、現在も機能していることなどの事例を通して、社会の根底に一貫した規範が根付いていることで社会全体の「人」が育つ環境の総合力が高い、それゆえに高度な民主主義社会を実現している。それが、デンマークだと感じます。
各チームの発表の後はグループに分かれて、それぞれの国リサーチから見えてきた知見を生かし、「私たちは日本で何から始めるべきなのか?」をテーマに、日本での小さな実践について対話を深めていきました。
モリゼミの主催者で、NPO法人ミラツクの森雅貴さんは、「ありたい国の姿」から逆算して教育に取り組んでいる海外の事例を通して改めて考えたことがあるそうです。
森さん 日本では、目の前の困っている人を助けることや、目の前の課題を解 決することを考える機会はあると思います。でも、どんな国・地域をつくりたいかや、どんな生活を実現したいかということは、あまり考えないポイントですよね。
たしかに、一つ一つの物事に影響を与える利他的な行動はわかりやすく、評価の対象になりやすいかもしれません。しかし、私たちはまず自分自身の環境を整えるという利己的な「わたしは(この世界で)どう生きていきたいか」という全体的な視点で考えることも大事なことかもしれません。
ニールセンさんもトークの中で、それぞれの立場の意見を持ち寄って議論する大切さについて触れ、みんなでたどり着くのは「最上の妥協点」という前向きな言葉を使って説明されていたのが印象的でした。
今回のオンラインイベントでは、住んでいる地域や様々な職業・立場の方々が参加されていました。わたし自身、こんなにも地域や立場が異なる人たちが同時に集まって、価値観や考えを共有できることに変化が遠くないことを感じました。都市と地方、それぞれの良さと必然性があり、住む人同士がお互いに理解と対話をすることで連携が深まり進んでいくのだと思います。
一人一人がその地域に住む市民として、周りの人との「最上の妥協点」を探りながら主体的に動くことで、私たちは自分自身の手で、未来をよりよい方向に持っていけるのだと思います。
(文: 茂出木美樹)
– INFORMATION –
ニールセン北村朋子さんと森さんは11月29日にも報告とトークのイベントを開催されます。レポートを読んでもっと自分も学びたい、と思った方は是非ご覧ください。