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ビッグイシューが「夜のパン屋さん」を開店。食品ロスを救い、仕事をつなぐ仕組みづくり

総務省の調査によれば、2020年、日本の完全失業率は毎月増加しているそうです。職を失い生活に困窮しそうな人が増える一方で、まだ食べられるのに捨てられる食料廃棄の多さも、いまだ仕組みとしての解決は難しいままです。

同じ社会で二極化するような奇妙な状態を考えると、社会のなにか大切な部分がバランスを崩しているように思えてなりません。そこで、この2つの社会課題にまっすぐに向き合い、誠実に解決策を模索するプロジェクトとして立ち上がった「夜のパン屋さん」を訪ねました。

「夜のパン屋さん」とはパン屋さんから売れ残りそうなパンを購入し、別の場所で再販する、という取り組みです。始めたのは、ホームレス状態の人たちの自立を支援する「ビッグイシュージャパン」でした。

1991年にイギリスで創設された「ビッグイシュー」は、グローバルなニュースを含む高品質な紙媒体を発刊し、ホームレスの人が「販売員」として路上で販売することで1冊ごとに収益を得るという画期的な仕組みをつくり出した組織です。

ところが2020年は、新型コロナウイルスにより街から人が減り、路上販売による売上げは激減しました。ビッグイシュージャパンでは、路上の代わりにオンラインで購入できる仕組み(コロナ緊急3ヵ月通信販売)を始めるなど、なんとか販売員さんたちの社会参加を続けられるよう工夫を続けています。

そんな中で始まった夜のパン屋さんも、シンプルな仕組みでありながら、実はパンを軸にしてみんながそれぞれの喜びを享受できる素晴らしいものでした。

たとえば、パンを焼くパン屋さんにとっては、こだわりの素材で丁寧につくったパンを無駄にすることなく買い取ってもらえます。もしかしたら売り切るために値段を下げたり、遅くまで営業していたお店は今後その必要がなくなるかもしれません。

また、再販先でパンを買う方にとっては、仕事帰りに各所の人気ベーカリーまで行くことはできないけど、最寄駅の近くで販売してもらえたら買いやすい、ということもあるでしょう。事実、現在のところ開店から大体1〜2時間ほどで売り切れているそうです。そしてもちろん社会全体として考えても食料廃棄を防ぎ、かつ、ビッグイシュー販売員さんにとっては仕事として収入につながるのです。

売り手と買い手と社会が得する「三方よし」でもある夜のパン屋さんは、一体どんな背景があって始まったのか。料理家であり、NPO法人ビッグイシュー基金共同代表でもある枝元なほみさんにお話を聞きました。

枝元さん きっかけは、ある篤志家の方がくださった寄付でした。ありがたいことにビッグイシュー基金にはさまざまな寄付をお寄せいただくのですが、その方は、できれば販売員さんのためになる持続可能な仕組みづくりに充ててほしい、というお気持ちも寄せてくださったんです。

ちょうどその時、北海道のスタディツアーに出掛ける機会があり、満寿屋(ますや)商店さんのことを教えていただきました。満寿屋さんは、地元産の小麦100%というこだわりで十勝内に6店舗も営業されているパン屋さんです。

週に数回、各店舗の売れ残りを集めて夜間にも販売されているのですが、都内はパン屋さんも多いし、実店舗をつくらなくても販売車や場所をお借りする形でできるんじゃないか、と帯広出身の友人・北村 貴さんが話してくれて「それだ!」と思いました。

海外の場合、ビッグイシューに寄せられた寄付の活用事例として、ホームレスの方の雇用を目的にしたカフェやレストランを始めることが多いそうですが、大きな経費の掛かる実店舗運営のリスクを懸念していた枝元さんたちは、満寿屋さんを参考に、夜のパン屋さんに着目。早速2020年の初め頃から、ビッグイシュー販売員さんや篤志家ご本人も一緒に、何度もミーティングを重ねたそうです。

”人生のどん底”を経験した販売員さんは日頃、ビッグイシュー読者から人生相談を受けることもあるそう。そこで販売員さんが真摯に向き合った相談と回答に、枝元さんによる”悩みに効く”お料理と応援コメントが添えられたレシピ本も制作、好評発売中です。

思いを実現するために
資料を持ってパン屋めぐり

夜のパン屋さんプロジェクトは、当初開催が予定されていた東京オリンピック・パラリンピックを終えた2020年9月後半をベンチマークに定めて動き始めました。まずは、参加してくれるパン屋さんと、販売場所を探さなくてはいけません。ビッグイシュージャパンの東京事務所がある水道橋や神楽坂周辺で場所探しをしながら、同時に複数のことを決めなくてはならない難しさを体験したそうです。

枝元さん 最初は繁華街に近い駐車場を借りて販売車を置き、夜の街で過ごしている方々にパンを販売しようと考えました。車も手配したのですが、ちょうどいい駐車場が見つけられず、問い合わせをしてもいい反応をもらうことができませんでした。

加えて、肝心のパン屋さんを訪ね歩いても、そう簡単に快諾いただけるわけでもないので、慣れない飛び込み営業を重ねて何度も心が折れそうになっていました(笑)

その流れを変えたのは、東日本橋の大人気ベーカリー、BEAVER BREAD(ビーバーブレッド)代表の割田健一さんでした。枝元さんは以前一緒にお仕事をされたことがあり、夜のパン屋さん立ち上げが決まった時にすぐ相談した一人でもあるそうです。

枝元さん まず参加店としてすぐに快諾してくれました。ビーバーブレッドさんが参加してくれるということを心の頼りにして、その後も気持ちを強く持つことができたので、本当にとっても感謝しています。

しかもその時、「どこで売るの?」と聞いてくださって、まだ決まってないと伝えると、「神楽坂なら知り合いがいるよ!」とその場で電話してくれたんです。

電話の相手は、神楽坂の駅からほど近い「かもめブックス」代表の柳下恭平さん。かもめブックスは、ギャラリーやカフェを併設し、さまざまなテーマの本を揃えた本好きにはおなじみのお店です。夜のパン屋さんのコンセプトに賛同した柳下さんは、かもめブックスの右奥にある、かつて喫煙スペースだった軒下を提供することを即答してくれました。

枝元さん 信じられない、もう奇跡が起こったのか、と思いました。お借りしてる軒下は奥まったスペースがあるのでバックヤードのように荷物を置いて、前にテーブルを出すことができます。歩道を通る人の量も程よく賑やかなので、販売もしやすい。しかもビッグイシュージャパンの事務所が近いので、販売員さんたちにとっても馴染みのあるエリアで、もうこれ以上の場所はないほど最高の場所です。

この展開に気持ちはさらに強まり、9月にはメディアリリースとプレオープンを発表。参加パン屋さんを増やすべくパン屋巡りを続けながらも、仕入れと支払いの体制決め、広報の仕組み、販売員メンバーの選出や意見交換、必要物資の確保など、あらゆる準備が進行しました。

枝元さん ビッグイシューの販売員さんたちにも毎回会議に出てもらいました。雨よけのためにプラケースみたいな箱があるといいと聞けばすぐに手配するなど、いろいろ教わりながら進めました。販売体制をしばらく3人の固定メンバーでやってみることにしたのも、彼らと相談しながら決めたことです。

地道な営業活動のおかげで、参加パン屋さんも全部で8店まで増えました(2020年10月現在)。いずれもこだわりの素材で丁寧に営業している人気ベーカリーばかりです。

普段は路上でビッグイシュー誌を売る販売員さんたちが、閉店間際のパン屋さんを回ってパンをピックアップし、神楽坂へ運んで販売。その日にどのパン屋さんの商品が買えるのかはSNSで発表するなど、細かい部分まで決まりました。また、枝元さんが料理家として毎年参加されている国連WFP(世界食糧計画)による「ゼロハンガーチャレンジ」とも協力することも決定します。

こうして各所に関係者や支援者が広がり、それぞれが思いを強めながら共に歩み続けた準備期間を経て、いよいよ予定の9月末。プレオープンもグランドオープンも、連日たくさんの方が開店時間前から行列をつくる大盛況のスタートを切りました。

グランドオープンの日、開店直前まで続々と集まってくるパンに値段を貼っていく枝元さん。

課題はこれから。
頼ってほしいし、助けてもほしい

運営側も参加パン屋さんも応援に来てくれる人も、「誰ひとり欠けても実現できなかった」と振り返りながら「でもまだ、いろいろこれから」と話す枝元さん。少しずつ落ち着きを見せる運営に、課題も新たに感じているそうです。

枝元さん コロナ以降、ビッグイシューには販売員の問い合わせがとても増えていますし、日本全体では女性の貧困がたびたび問題視されています。しかし具体的な支援策はあまり見えてきません。また、今はまだ貧困状態になくても、不安を抱えてひとり部屋に閉じこもりたくなるような人も少なくありません。そうした人が、どこかに相談するにしても勇気がいると思うんです。

話しづらい悩みを抱えた人でも、間にパンがあれば、話しやすいかもしれない、と思いました。パンを買いに来たついでに私やビッグイシューの誰かに話しかけてもらってもいいですし。ひとりで抱え込まずに、みんなで考えることもできて、助け合えるじゃないですか。

枝元さん  夜のパン屋さんは、けっして売れ残りをタダでもらってきて安く売るわけではなく、これ自体が仕組みづくりなんです。実は参加してくれるパン屋さんの中には、タダでいいよと言ってくださったお店もあるのですが、大型チェーン店ではなく個人の方が思いを込めて経営されているパン屋さんなので、買い取らせていただくべきだと思っています。

誰かの手でちゃんとつくられた食べ物は、それなりの値段がつくべきだし、仕組みを活かして必要としている人たちの手元に届けることで、お腹を満たし、また次の日への元気に変えてほしいんですよね。

実際に夜のパン屋さんに買いに来てくれる方の多くが「いい取り組みですね」と賛同の言葉を掛けてくれるそうです。取材日にも、開店前に長い行列ができていたため「ひとり3セットまで」という制限ができましたが、誰ひとり文句も出ず譲り合う様子が見られました。

枝元さん いろんなお問い合わせもきていて、同じような取り組みを始めたいという声もいただいていますが、今私たちも運営体制を整えている段階にあります。まだ今のところ、私自身や支援してくださる方はボランティア状態で、仕入れたパンの値段に販売員さんへの給与や場所代などをきちんと反映して、これで本当に回すことができているのかをまだ確かめているところです。

もう少しやってみて、ちゃんと確立できたら、こういうやり方がよかったよ、と紹介もできると思うので、みんなで社会が良くなる動きを大きく広げていきたいです。

開店30分前には長い行列ができました。グランドオープン時は特別にくじ引きを用意され、待ってくれているお客さんに挨拶しながら回る心配り。くじ引きの景品、夜のパン屋さん公式キャラクター・ねこ店長の缶バッジを早速つける人の姿も。

食べものを無駄にせず、人々が優しく支え合い、今すぐに助けが必要な人のためにもなる。このサイクルが各地で増えていくと、社会制度がカバーできないところにも手が届き、結果として私たちのセーフティネットも強まっていくのでしょう。

「最終的な絵は大きく描いてるんです」と、とびきりの笑顔を見せてくれた枝元さんの話を聞きながら、未来への心強さも感じました。

(撮影: 霜田直人)

– NEXT ACTION –

(2021年9月30日修正)

熱く優しい信念から始まった「夜のパン屋さん」が、2021年10月で1周年を迎えます。世界的パンデミックの中でも地道に続けた活動は確実に広がり、売れ残ったパンの協力パン屋さんは、この1年間で14店にまで増えました。またさらに、10月からは2号店の販売もスタートします。
<10月5日より>
場所:飯田橋第一パークファミリア (東京都新宿区新小川町7-23)
予定:毎週火曜日 17時から20時
<10月6日より>
場所:代官山 T-SITE (東京都渋谷区猿楽町16-15)
予定:毎週水・金・土 19時から21時(期間限定)
いずれもくわしい営業時間はSNSアカウントで更新されます。

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また、参加したいパン屋さんの自薦他薦や、販売所が提供できる方など、ご支援を希望される方は是非ビッグイシュージャパンへ。