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相手を知って「消す」。渋谷の落書きを消すCLEAN&ARTが浮き彫りにした、街が抱える社会課題。

都市部を中心に、壁や高架下などにあるさまざまな落書き。その一部は「グラフィティ」と呼ばれ、ストリートカルチャーの一部として確立されています。

多くの人にとってはあまり気にかけることもないかもしれませんが、もしもそれが、自宅の壁や大切なお店や場所の一部に描かれたとしたら、どんな気持ちになるか。想像するのは難しくありません。

しかしその場合、描いた人を恨めばいいのでしょうか? たとえ恨んでも、個人の感情だけでは対処しきれなそうな気もします。

そんな「困っている人」の声を聞き、街の落書きを消す活動をしているのが「一般社団法人CLEAN&ART」の傍嶋賢(そばじま・けん)さん。今回は、傍嶋さんの活動と、協業している「株式会社BEAMS」の中村尚史(なかむら・ひさし)さんと、「ボッシュ株式会社」の室井泰葉(むろい・やすは)さんと一緒にお話をうかがいました。

傍嶋さんが感じる「困っている人」とは、落書きされた側の人だけではなく、双方を意味していました。落書き問題の根っこはどこにあり、傍嶋さんはどんな思いからこの活動をしているのでしょうか。

自分も描くひとりとして
描く人の気持ちに理解も深い

落書きを消す活動をしている傍嶋さんは芸術家でもあり、壁画家です。東京藝術大学大学院で壁画を学んだ後、行政や企業からの依頼を中心に壁画を描く活動を続けています。いわば、傍嶋さん自身も”街に描く人”でした。

壁画家で一般社団法人CLEAN&ART代表理事の傍嶋賢さん。実はグリーンズも度々お世話になっている廃材エコビレッジゆるゆる村長・傍島飛龍さんの実弟というサプライズでした。お父さまも4兄弟も全員が芸術家。

傍嶋さん 藝大の大学院では壁画科の第一研究室で学びました。伝統的なフレスコ画やモザイク画を学ぶ第二研究室に対して、第一研究室は現代美術です。そこでアートを通して社会活動をしている中村政人教授と出会えたことが今の活動にもつながっています。

学生のころからいろいろなグループワークなどを立ち上げたりもしていましたが、卒業後は行政などからの依頼で壁画を描いたりしていました。その中で、荒川区の依頼で高架下に壁画を描いたんです。背景にあるのはホームレス対策と、落書き防止対策というニーズでした。

高架下の落書きを消して、まっさらにした壁面に新しく壁画を完成させた傍嶋さん。明るくなっただけでなく、落書きの抑止効果も活かされたその場所は、現在でも景観が保たれています。行政はもちろん、そこを通学路にする子どもたちや保護者にも喜ばれました。

傍嶋さん 壁画は美術館のアートからは少し離れた存在です。とても社会性が高くて、公共的で、税金が関わることも多いですから、なんでも好き放題アートをやっていいわけではありません。芸術家もちゃんと、税金が使われることの意味を考えなければいけないですよね。

JR常磐線東日暮里第1・第2辻元ガード間の壁画(写真提供: 傍嶋賢)

描いた方も、描かれた方も
「困っている」事情がある

しかし、荒川区はまだそれほど落書きによる被害のない街でした。そこで傍嶋さんは落書きに関する調査を開始し、渋谷の落書きに注目するようになりました。

Google Mapsを使って落書きのある場所を可視化したり、グラフィティの特徴を分類化し、描き手(グラフィティライター)の特徴を把握するなどして、落書きを体系的に理解していきます。

傍嶋さん 渋谷の落書きの多さは実感していたんですが、もしも街の人がそれをよしとしているんだったら、消す活動はすべきじゃないと考えていました。しかし調査を続けていると、多くの人がとても困っていたんです。中には、描いた奴を街中引きずり回してやりたい、と言うほど怒っている人もいました。

渋谷某所のグラフィティの様子(写真提供: 傍嶋賢)

そう聞くとつい、「描いた人」と「描かれた人」の二項対立になりがちですが、傍島さんは「グラフィティやストリートカルチャーのイメージを悪くしたくない」と言います。

傍嶋さん 描かれた人も困っているけど、描いた人にも”何らかの理由”があって描いているわけですから、描いた人を悪にして、消している自分たちが正義になってはいけないんです。

もっと根深い問題であることを理解して、双方をフォローする必要もあると思って、落書きを消す活動を本格的に始めることにしました。

任意団体としてCLEAN&ARTを立ち上げたのは2018年の3月、以来とてもデリケートな問題として向き合っていると思っています。

「渋谷をつなげる30人」
出会いとはじまり

渋谷区は2016年から、企業・行政・NPO・市民といった所属組織の垣根を越えたまちづくりプロジェクト「渋谷をつなげる30人」(以下、渋30)を展開しており、CLEAN&ARTを立ち上げたばかりの傍嶋さんもご縁あって第3期(2018年)の渋30に参加しました。

その前から渋谷では、区内に拠点を置く企業や団体と共に地域の社会課題を解決するS-SAP(シブヤ・ソーシャル・アクション・パートナー)協定という制度を実施。BEAMSとボッシュの2社も渋谷区とパートナーシップを締結し、より良い渋谷の街づくりに協力すべく、渋30に各社の社員が参加していました。

そこで傍嶋さんは、中村さん(BEAMS)と室井さん(ボッシュ)のふたりと出会います。

ただふたりとも、はじめから落書きを消す活動を前向きに受け止めたわけではありませんでした。

中村さん はじめに「街の落書きを消したい」と言われたとき、ぼくは自分が関わることじゃない、と思いました。BEAMSという会社はストリートカルチャーに理解が高いですし、ぼく自身も、グラフィティをアートとして捉えているファンでもありましたから。

株式会社BEAMSで企業などのユニフォーム開発を担当されている中村尚史さん。

室井さん 私もあまりピンときてなかったんです。渋30には、ものづくりの企業ボッシュの代表として、自社製品で貢献したいという思いをもって参加していました。また、その時はオフィスをつくる部署に所属していたので、社員たちがオフィス以外にも渋谷に愛着をもてるようになったらいいなぁとも考えていて、実は私ははじめ、落書き消しとは違うプロジェクトチームに参加していました。

ボッシュ株式会社の室井泰葉さん。現在は同社の人事部門にてHRビジネスパートナー担当。

相手をちゃんと知ることで
見えること

そんなふたりの気持ちが変わったきっかけは何だったのでしょうか。中村さんは「傍嶋ワールドに引き込まれた(笑)」と話します。

中村さん 傍嶋さんがGoogle Mapsを見せてくれたんですよ。そこには、グラフィティの場所だけじゃなくて、描いたアーティストが誰とか、とても丁寧にまとめられていました。

グラフィティのタイプを分類して、それがアートである前提をもって丁寧に向き合っていることや、グラフィティへの理解が深いこと、リスペクトをもっていることなどが分かり、話していくうちに、むしろ落書きのイメージを良くするために消しているんだとわかったんです。

傍嶋さんのiPadから。グラフィティを知ろうとして歩き集めたGoogleMaps。

傍嶋さん 荒川区で活動しているときから、もっとグラフィティライターたちを理解したいと思って、落書きを見つけてはマッピングして、今でも定点観測を続けています。

相手のことを徹底的に知ろうとしたことで、描いている人の心理もより理解できていますし、同時に、課題も浮き彫りになるんです。

描かれた場所が民間なのか公共なのか、道路に面しているかなど、いつまでも落書きが残り続ける背景には、たとえば複雑化している所有者の問題だったり、屋外広告物という条例が関係していたりもします。

時間がかかる時もありますが、落書きされる背景を深掘りすると、落書きに対してどういう社会環境が必要とされてるのかが見えてくる。問題の真相と本質に近づけるアプローチでもあるんです。

電動工具とユニフォーム
プロの領域で支える2社の動き

落書きを消す作業は、まず溶剤などを使ってスプレーの落書きを落としたり、ステッカーを剥がすなど、壁をきれいに整えてから、白などの塗料できれいにします。

作業の多くは、電動のサンダー(ヤスリのように削るもの)やグラインダー(滑らかに研削するもの)といった電動工具を必要とするので、傍嶋さんたちのプロジェクトチームはボッシュの室井さんに協力をリクエストしました。

ボッシュ工具部の方に見せていただいた電動工具の一部。

室井さん 電動工具のご相談をいただき、当初の参加する目的だった、自社製品を活かして渋谷の街づくりに貢献できると思いました。ものづくりの会社だからこそ可能な渋谷との関わりにも魅力を感じて、電動工具の提供をきっかけにこちらのチームに参加することにしました。

どんな道具があればより効率的なのかを明確にするために、当社工具部のマスターと傍島さんを引き合わせて、具体的な使い方などを聞きながら、最終的に落書きを消すための高圧洗浄機やコードレスディスクグラインダーなど電動工具29点を選出しました。

それらを弊社からは渋谷区へ提供し、CLEAN&ARTは渋谷区への申請を経て工具を借りというスキームにすることで、現在、他の団体も渋谷区に申請してもらえれば工具が利用可能になっています。


こちらの動画では、ボッシュの工具を使って壁をきれいにする様子が紹介されています

区を通して電動工具を提供する仕組みは、行政と企業が協働する公民連携ならではの画期的な事例といえそうです。渋谷のまちづくりに向けたボッシュの思いが、より持続性を含めた形で新しい可能性をつくり出しました。

「はじめて使う自社製品もあった」という室井さん。落書き消しの作業時間はとても楽しく、関係性を築く良い機会にもなると感じたそう。

工具提供のボッシュに並び、BEAMSが見せたサポートはユニフォームの制作でした。

限られた時間の中で議論を重ねた結果、作業がしやすい機能性と、程よく渋谷で目立つかっこよさを備えた白のショップコートに行き着きます。CLEAN&ARTの活動コンセプトを具現化したようにスタイリッシュなユニフォームが誕生しました。

中村さん 実は当初、このプロジェクトチームでの活動について議論が停滞した時がありました。「どうやったら落書きされないか」について議論していたため、明確な答えにたどり着けず、どう活動するのがいいか見えなくなりかけていたんです。そこで、まずは一回自分たちで消してみようってことになりました。

実際にやってみたら消す作業が本当に楽しくて、その経験からぼく自身の中でも、描かせないようにするんじゃなくて、「消すこと」自体を活動にする方がいい、とはっきり感じることができました。

だってグラフィティは無くなりませんから、それなら、描かれたら消す、消すことを楽しくする、そんな遊びのある文化が確立されたら良いな、と。

Design by SERENDDIPITY Co.,Ltd.

中村さん ユニフォームも、グラフィティやストリートカルチャーを好むテイストを残せるように意識しながら、はじめは白のビブスをつくり、その後このショップコートをつくりました。なんか、これを羽織って颯爽と現れて、落書き消す集団て、それだけでなんか面白いじゃないですか。

提供することも可能だったのですが、でも、このショップコートを着た活動自体をステイタスにすること、そして何よりも、CLEAN&ARTにとって活動資金がある方がいいだろうという話になって、僕たちは各自に販売させていただき、活動資金として提供する形を取りました。

室井さん このプロジェクトチームのいいところは、誰かがこれを負担して当たり前、みたいな考え方をする人がいなくて、全員が無理をすることなく活動の目的のためにどうするのが一番いいか、と話し合えたことです。

その結果、ボッシュの電動工具は渋谷区を通すこと、BEAMSさんのユニフォームは自分たちで買って寄付すること、と決めることができました。

はじめは落書き消しにピンと来なかった中村さんと室井さんも、自身のできることをもって主体的な参加をしたことで「街を見る目や問題意識まで変わった」と言います。

室井さん それまで気にしていなかった落書きが目に留まるようになって、歩いていても街の見え方が全然違ってきました。他の社員も同じようで、「あそこにも落書きあったよ」と教えてくれる人もいます。

中村さん 道端の草花も名前を知った途端に雑草と感じなくなるように、街の落書きを見る目が変わりました。実際に消す作業をした場所の近くに行くときは、必ずそこを通り、「あ、まだ上から描かれてないな」と確認しながら通ったりしています。

描くことも、消すことも、
カウンターカルチャーである時代へ

2020年1月、傍嶋さんはグラフィティの調査を目的に、渋谷よりもさらにグラフィティ文化が盛んなイギリス・ロンドンに滞在。予定では今年はパリとニューヨークにも行き、世界の大都市と渋谷をつなぎながらCLEAN&ARTの活動拡大を図るはずでしたが、コロナ禍となったことで現在は状況をみながらの活動となっています。

落書きは、企業広告や街のあり方に対する「声なきアンチテーゼ」。視界に入れず足早に通り過ぎることもできますが、その微かな声をすくい上げようとしている傍嶋さんは、とても印象的なことを話してくれました。

傍嶋さん 落書きは、どんなものであってもアートだと思っています。その上で、合法か違法か、という話になる。さらに、有名なアーティストか無名の描き手か、無名による落書きなら怒るけど、有名人が描いたものなら資産価値をつけて守ったりもする。

だからぼくは「消す」ってことを自分なりのカウンターカルチャーとして、既成概念を越えようとしています。落書きを描く人もある種の勇気や覚悟をもって描いていると分かるからこそ、消すんです。バンクシーであろうと、もちろん消しますよ。

実際に落書きを消し、白くきれいにした壁の前にて。

気づけば私たち取材班もすっかり「傍嶋ワールド」に引き込まれていた今回の取材。さわやかに、そして本気で楽しみながら、社会活動をする人が増える大切さを教えてもらいました。

「いつかグラフィティライターたちまでもが消す側にまわるようになったら面白い」という傍嶋さんの言葉に込められた、多様なストリートカルチャーの実現を心から願っています。

(取材地: café 1886 at Bosch
(撮影: 寺島由里佳)

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