今、「地方で生きる」という選択肢がこれまで以上に注目を集めています。
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局が行った調査によれば、20~59歳の東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)に住む方々の約半数が、地方での暮らしに関心を持っているそう。(参考: 「移住等の増加に向けた広報戦略の立案・実施のための調査事業 報告書」内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部事務局)
この記事を読んでくださっているみなさんも、程度の差はあれど「地方で働くこと・生きること」に関心を持っているかもしれません。
しかし、移住にせよ転職にせよ、いきなり環境や働き方をガラッと変えるのは難しいもの。
だからこそ、その環境や働き方が自分に馴染むのか「実験」をしてみると、キャリアチェンジに伴う不安や、自分と合わないキャリアを選んでしまうといったリスクを軽くすることができます。そんな「ローカルキャリアの実験場」となっているのが、「if design project~茨城未来デザインプロジェクト~」。茨城県を舞台に、フィールドワーク+講義+ワークショップで地域・地元企業の課題解決に挑戦する取り組みです。
なぜこの「if design project」が、さまざまなバックグラウンドを持った方々が集まり、自分なりのローカルキャリアを見つけていくきっかけとなっているのか。
その秘密を探るために、第1期に参加した人見麻美さん、関口京子さん、田中昭信さん、地元のパートナー企業として参加した「CAFE日升庵」の野堀真哉さん、「if design project」を企画・運営する株式会社リビタの増田亜斗夢さんに話を聞きました。
自分のスキルを、どう地方で活かせるのか実験できる場
そもそも、「if design project」とはどんな取り組みなのでしょう?
「if design project」は、2018年からスタートし、これまで2期にわたって約50人が参加している実践型デザインプロジェクト。「if」には、「もし、茨城がこうなったら…」と妄想する “ if ” と、「Ibaraki Future」(=茨城の未来)の頭文字を取った “ if ” が掛け合わされています。
茨城県外で働くクリエイター・会社員・公務員・学生など、さまざまなバックグラウンドを持ったプロジェクトメンバーがテーマごとにチームを組み、約3カ月のあいだ茨城と東京を行き来しながら、フィールドワーク・講義・ワークショップに参加します。
期間中は、さまざまな分野のトップランナーであるメンターからの企画に対するアドバイスや、茨城在住のコーディネーターによる伴走も。
これらを通じて参加者は、茨城県内のパートナー企業やその地域の課題解決のプランを企画し、プロジェクトの最後には、チームのプランをそれぞれのパートナー企業に提案します。
こうした仲間との実践を通じて、参加者は自分なりのローカルキャリアのヒントを見つけていくことができるのです。
でも、地域で課題解決に取り組むことができるプロジェクトは各地にあります。そのなかでも「if design project 」が「ローカルキャリアの実験場」になっている理由について、昨年greenz.jpで取材した際、運営に関わる茨城移住計画の鈴木高祥さんが次のように語ってくれました。
鈴木さん 都心で暮らしている人が日帰りで行き来できて、山や海や産業などの地域資源が豊富で、ゼロベースでローカルプロジェクトの立ち上げができる場所って、他にはないじゃないですか。しかも「if design project」なら、いろんなバックグラウンドを持つ方とチームでプロジェクトに取り組める。そんな経験ができる機会は、なかなかないと思います。
アクセスの良さ、地域資源の豊富さ、多様な仲間とのコラボレーション。こうした特徴が、「if design project」を「ローカルキャリアの実験場」にしているのです。
地域課題をもとに、チームを結成
「ローカルキャリアの実験場」といっても、いまいちピンと来ない方もいるはず。そこで、2018年に行われた第1期で筑波山の課題解決というテーマに取り組んだ「山×地域」のメンバー、通称「山チーム」の例をみてみましょう。
茨城県の「山」と言えば、筑波山です。日本百名山のひとつであり、最古の和歌集である万葉集では、富士山よりも多くの詩が詠まれているそう。
山チームと共にプロジェクトに取り組んだ地元パートナー企業は「CAFE日升庵」。オーナーの野堀さんは、そんな筑波山がある地域の現状に危機感を抱いていました。
野堀さん 筑波山がある地域に住んでいる僕より上の世代の方は60歳くらい。地域で少子高齢化が起きてしまっていました。このまま人がいなくなってしまうと文化が死んでしまいます。そこで、どうにか筑波山に関わる人を増やせないかと突破口を探していた時に、タイミングよく「if design project」の話をいただきました。
眠っている筑波山の魅力を最大限に引き出す。これが山チームに課せられたミッションでした。
パートナー企業が抱える課題を受けて、公務員、デザイナー、会社員など、多様なバックグラウンドを持ったメンバー10人が集まり、山チームが発足します。
そのなかに、人見さん、関口さん、田中さんの姿もありました。主に山チーム全体のマネジメントを担うことになったのが人見さん。「if design project」を知ったのは、会社でひたすらに成果を求めて働くことへの違和感が募っていた時期でした。
人見さん あの頃は、猪突猛進に仕事をしていました(笑) でも、そうした働き方に違和感を持って、生きることそのものを大事にしたいと思ってたんですよね。「人間らしさ」とか「今あることを大切にする」とか「人とのつながりを大切にする」とか…。そう考えた時に、今までとは違う居場所がほしかったんです。
一方、自分のキャリアアップを目指していたのが、地元茨城出身の関口さん。東京の制作会社でデザイナーとして働くなかで、プロジェクトの一部分にしか関わることができないもどかしさを感じ始めていました。
関口さん 制作会社は基本的に請負なので「プロジェクトの企画段階から関わりたいな」という気持ちが芽生えていました。ちょうど仕事で地方創生に関わる機会があって「茨城で地方創生ができたらなぁ」と思っていた時に、「if design project」を知って、「これだ!」と思って応募しました。
生まれ育った茨城で仕事をする将来を思い描いていたのが田中さん。「参加したら、これまで募らせていた想いを実現できるかもしれない…」という期待で、思わず申し込んでしまったと言います。
田中さん 地元の街で、デザイナーとして何かできることがあるのではないか? と以前から思っていました。ちょうど仕事で地方創生に関わることがあって、「茨城でも地方創生のプロジェクトに関われないか?」と調べたら、「if design project」と出会ったんです。
こうしたメンバーが集まり、プロジェクトは「フィールドワーク、講義、ワークショップ」と進んでいきました。
提案の「その先」まで見据える本気度
しかし、メンバーそれぞれが自分の仕事を抱えているため、プロジェクトに割く時間は限られています。そこで山チームでは、土日や平日の仕事終わりに時間を見つけて集まったり、自主的に筑波山を訪れたり、空いた時間でオンラインミーティングを行ったりしながら、プランを練り上げていきました。
人見さん フィールドワークの時も、あいにく雨で筑波山の魅力を十分に感じ取れなかったんですよね。「これ、もうちょっとフィールドワークしたいですね」と、知り合ったばかりのメンバー同士で話をして、別日に自主的に筑波山に行くことにしました。
自主的に筑波山を訪れた山チームのメンバー。徐々に筑波山の「魅力」を肌で感じ取りはじめます。
人見さん 印象に残っているのは、やはり筑波山の美しさ。筑波山への参詣道だった「つくば道」から見える景色も風情がありました。景色だけではなくて、地元を愛して取り組みをしている人と出会って、その方々だから見えている魅力もお聞きすることができました。
一方で、見えてきたのは魅力だけではありませんでした。
人見さん 筑波山の神社の近くにお土産屋さんが何軒も並んでいるんですけれども、開いているのか開いていないのかわからなかったり、売っている商品が同じようなものばかりだったり…。ちょっと寂しさを感じました。
フィールドワークによって、筑波山の魅力と課題をリアルに感じ取った山チームのメンバー。プロジェクト期間内で2度開催されたワークショップで、それぞれのスキルを持ち寄って、プランを練り上げていきます。
そうして企画の方向性がまとまったのは、最終プレゼンのわずか1週間前。
田中さん それまでみんなで「あぁでもない、こうでもない」と悩んでいたんですけど、たくさんあった細かいアイデアが、1週間前に一気にまとまりましたね。「なんのためにやるんだっけ?」というところに立ち戻ることができたんです。
そうして生まれた山チームのアイデアは、「筑波山で遊びたい」「筑波山で活動したい」と思う人を増やすための情報プラットフォームアプリを開発することでした。
人見さん 点在している魅力をきちんとつなげて、伝わっていくような情報プラットフォームとなるホームページやアプリを提案しました。筑波山に人の流れを呼び込んで、「ここで遊びたい」とか「ここで活動したい」という人を増やすことを目標に掲げました。
しかし山チームの凄さはここから。プランの提案だけにとどまらず、プレゼン当日に試作したアプリを発表したのです! デザインは田中さんや関口さんなどのチーム内のデザイナー陣が担当しました。
企画がまとまってから提案、ホームページやアプリの試作まで、その間わずか1週間。山チームのスピード感と本気度には、運営としてプレゼンを聞いていた増田さんも、驚きを隠せませんでした。
増田さん 運営側としてお願いしていたのは、プランを発表するところまで。それがまさか実際に試作版までつくってくるなんて想像していなかったので、「ここまでやるのか…」と驚きましたね。
この山チームのメンバーの本気度は、どこから生まれていたのでしょうか。
人見さん せっかく地域の資源や課題、そして素晴らしいメンバーと出会えたので、プランを提案して終わりにしたくなくて。プロジェクトが終わった後も、このアイデアを形にするところまで関わりたいと思いました。だから、アプリを開発した後のことまで提案に盛り込んだんです。
筑波山に来ていただいた方が「もっと楽しみたい」「自分もここで何か活動したい」と思ってもらえるようなイベントを、次の段階でつくっていきましょうと。さらにその先には、図書館や宿などの常設の場づくりも見据えていました。
プロジェクトが終わってから続く、文化祭のような時間
3ヶ月のプロジェクトを終えた山チームのもとに、とある知らせが舞い込みます。
日升庵の野堀さんが、ゲストハウスのオープンを決意したのです。野堀さんに火をつけたのは、やはり山チームの存在でした。
野堀さん 筑波山以外の地域の方がこれだけ深く関わってくれる…こんなにありがたいことはありません。なので山チームのみなさんの活動拠点を筑波山につくりたいと思って、少し背伸びをして頑張りました(笑)
野堀さんの想いは、山チームのみなさんにも響いていました。
人見さん ゲストハウスを活用しながら「一緒にやっていこう」と言ってくださった。私たちとしても、筑波山の近くでいろいろと試せる拠点ができたのはとても嬉しかったです。
たった3ヶ月でも、想いが伝播し、ここまで化学反応を起こすことができるのです。
山チームはプロジェクト後のアクションとして、リアルな接点づくりを始めます。野堀さんから紹介してもらった石蔵を活用し、2日間限定のカフェを昨年3月にオープンしました。
人見さん 今私たちができること、筑波山のみなさんが喜んでくれること、そして野堀さんが喜んでくれることを考えた時に、「山を眺めながらカレーを食べておいしいコーヒーを飲んだら、みんな幸せだよね」という話になったんです。
山チームのメンバーは、なんと合計240食のカレーを準備。メンバーと一緒に運営に走り回ったリビタの増田さんも、「ずっとにんにくを剥いてたなぁ」と振り返ります。
そして、2日間を終えた後は、夜な夜な飲み明かしたそう。効率と成果を求められるビジネスとは少し違った、「楽しむ」「一緒につくり上げる」という熱量。そして1年以上経っても、思い出しながら大笑いして懐かしむことができる、まるで文化祭のような時間が、そこにあったのでした。
「if design project」を通じて見えてきた、それぞれのローカルキャリア
3人にとって、「if design project」の3ヶ月間はどのような時間だったのでしょうか。3人が口を揃えて語ったのは、「仲間とコラボレーションしてプランをつくる楽しさ」でした。
人見さん デザインとかプロジェクトマネジメントとか場を盛り上げることとか、いろんな特技を持った方とプランをつくりあげることが面白かったですね。その面白さは、会社ではなかなか感じることができなかったものです。
関口さん あと、「if design project」のメンバーは支え合える関係性ができていたと思います。みんな「やっちゃおうよ」って背中を押してくれるし、誰か朝が苦手なメンバーがいたら早起きが得意なメンバーが起こしてあげたりとか(笑)
田中さん うん。仲がいいし、みんな本当に熱量があって、本気の人たちと出会うことができました。もちろん本業に取り組みながらプランをつくっていくのは大変ですけど、やっぱり本気でやっている人たちと活動をするのは楽しいですね。
最後に、「if design project」が3人のキャリアにどのように生かされているのか、聞きました。
成果だけではなく「生きることそのもの」を大切にしたいと語っていた人見さんは、すでに自分のローカルプロジェクトを立ち上げたそう。
人見さん 私自身は、今はスパイス料理の研究をしています。地産地消とスパイスを組み合わせて、季節に合わせてコーディネートしていきたいんです。自分のやりたいことにも「多様な視点をプロジェクトに還元する」という「if design project」での経験が生きています。
関口さんは、「if design project」での学びを糧に、将来は東京と茨城を行き来する働き方を目指しています。
関口さん ここまで同じメンバーで最初からプロジェクトをつくっていくことは初めてでした。なので、長いスパンで取り組むローカルでの活動のイメージが湧くようになりました。将来的には東京と茨城の2拠点で働くことを目指しています。東京では最先端に触れて、その学びを茨城で生かしていけたらと思っています。
地元茨城の生まれ育った街で働くことを目指していた田中さん。「if design project」を通じて、目指す未来の解像度が上がったと言います。
田中さん ずっと関わりたいと思っていた地元の街に、仕事として関われるようにもなりました。「if design project」をきっかけに、茨城で生きていくことへの可能性を肌で感じることができたんです。
それぞれが目指す生き方・働き方に向かいつつも、3人にとって 「if design project 」はまだ終わっていません。関口さんが山チームに対しての想いを語ってくれました。
関口さん この山チームのプランはまだ途中の段階です。もう、このプランが我が子のようだなと思っているくらいで(笑) これからも、大切に育てていきたいなと思います。
2020年9月からスタートする第3期のテーマは?
3人がそれぞれのローカルキャリアに踏み出すきっかけとなった「if design project」は、今年も開催されます。
今年9月からスタートする第3期のテーマは「祝い × 地域」「空 × 地域」「ツーリズム × 地域」。
実は茨城県は、挙式・披露宴の売上高が上位であり「祝い」が盛んな地域。さらに、開業10周年を迎え「地方空港の成功モデル」と呼ばれる茨城空港があり、ナショナルサイクルルートに指定された「つくば霞ヶ浦りんりんロード」や、国内2位の大きさを持つ「霞ヶ浦」があり…。
今回も茨城ならではの特徴に根ざしたテーマのもと、参加者は仲間と共にプランを練り上げていくことになります。
現地へのフィールドワークはもちろん、新型コロナウイルス感染症の影響も考慮し、東京でのワークショップに加えて、オンラインでのメンターとのディスカッションの機会も4回用意しているそう。
プロジェクトを支えるメンターに、オリジナルウェディング「Crazy Wedding」の創業者である起業家の山川咲さん、「丸の内朝大学」等のプロデュースを手掛けたプロジェクトデザイナーの古田秘馬さん、定額で世界各地に住めるサービス「HafH」を立ち上げたKabuK Style株式会社共同代表の大瀬良亮さんの3名を迎えたとのこと。
また、参加者と地域をつなぐ地域コーディネーターも経験豊富な3人の茨城在住者が務めるなど、これまで以上に充実したサポートを得ることができそうです。
増田さんは、今回の募集について、次のように語ります。
増田さん いつか茨城にUIターンしたいと考えている方はもちろん、茨城にゆかりがなかったり、今のところ移住するつもりがない方も歓迎です。「if design project 」を通して、それぞれのローカルキャリアについて実践を通して試してもらえたら嬉しいですね。
あとは、仲間との共創に価値を見出してくれる人が、「if design project」には合うのではないかと思っています。様々なバックグラウンドを持つメンバーとディスカッションして、提案をまとめていくプロセス自体を楽しめる方に来てほしいです。大変だけど面白いですよ。
茨城を舞台に「ローカルキャリアの実験」を。魅力に詰まった仲間たちと共に、これまで踏み出せなかったローカルキャリアへの第一歩を踏み出してみませんか?
(執筆: 中村怜生、写真: 佐野匠)
– INFORMATION –
8月5日(水)にオンラインイベントで「ローカルキャリアのためし方-移住や転職で後悔しないための“はじめの一歩”とは?-」を開催します。
今回ご紹介した「if design project」の募集についてもご紹介する予定なので、興味を持った方は、ぜひご参加ください。※イベントは終了しました。