新型コロナウイルスの感染防止対策により、飲食店は今、大きな転換期を迎えています。みなさんも応援したいお店のお惣菜やお弁当をテイクアウトする機会が増えたのではないでしょうか?
テイクアウトと同時に増えてしまうのがプラスチックごみです。せっかく世の中の脱プラスチックが進んできたところだったのに……と気をもんでいた時、お持ち帰り用の紙製「OKAMOCHI(岡持ち)」発売というニュースを目にしました。
昭和生まれの私がイメージする「岡持ち」とは、出前に行くラーメン屋さんが丼を入れて運び、前扉をスライドして開け閉めするアルミ製の箱です。(そういえば最近はあまり見かけませんね)
今回、紙製の岡持ちを開発したのは容器メーカーではなく、意外にも、福井県福井市にある「グリルあまから」という家族経営の洋食店でした。早速、開発の経緯を、オーナーシェフの野坂昌之(のさか・まさゆき)さんに伺いました。
老舗の洋食屋さんが願った「岡持ち」復活
グリルあまからは昭和9年創業の老舗店、野坂昌之さんは3代目です。何をきっかけに料理人の野坂さんが岡持ちの開発を始めたのでしょうか?
うちはもともと食堂でしたから、料理を岡持ちで届けて、後で食器を回収する出前サービスをしていました。でもコンビニエンスストアやファーストフード店が増え、24時間いつでも安くて温かいものが食べられる時代になり、岡持ち文化が廃れてしまったんですね。
そこで2013年の店舗リニューアルを機に、岡持ちを復活させたい! それも回収不要の岡持ちを! と考えたわけです。
野坂さんが最初に考案した回収不要の岡持ちは、イギリスのアフタヌーンティーセットがモデルでした。サンドイッチやケーキの皿を積み上げるように、容器を多段に積んで持ち運べる岡持ちをダンボール紙でつくろうと思いついたのです。
これなら余分なレジ袋を使わず、回収しに行く車の燃料も要りません。折しも2020年7月1日からレジ袋が有料になり、まるでタイムリーに登場したかに見える岡持ちですが、野坂さんが自作の多段式食品梱包容器で特許を取得したのは2016年のこと。そのときは岡持ちのみが紙製で、中に入れる容器はプラスチック製でした。
最初に開発したのは、丸い大中小のプラスチック容器を積み重ねて運ぶための岡持ちです。正直、その時は全く環境問題を考えていませんでした。
この容器に唐揚げを入れて「唐揚げタワー」として発売したら大当たりしまして。来店されたお客様の料理ができないほど忙しくなって、非常に怒られました(笑) でもその時に、これは容器自体に需要があるのでは? とひらめいたのです。
この経験から、野坂さんはプラスチック容器メーカーの最大手と交渉を進め、プラスチック容器用の紙製の岡持ちを大々的に販売する運びとなりました。
ところがちょうどその頃、鼻にストローの刺さったウミガメの動画をきっかけに、世界中で脱プラスチックの機運が一気に高まったのです。
飲食業こそ「脱プラスチック」が必要
海洋プラスチックごみが地球規模の環境問題として急浮上した時、野坂さんの脳裏に、ある光景が浮かびました。
20年前、初めて休みを取って家族で北海道に行きました。敦賀湾から函館までフェリーで27時間。他にすることもなく大海原を眺めていて……それが幸せで優雅な時間だったわけですが、その時に興ざめだったのが、かなり外洋に出てもレジ袋がいっぱい浮いていたんですよ。
だから2018年にプラごみ問題が盛り上がった時、「やっぱりあの問題は加速したんだな。解決していなかったんだな」と感じました。それと同時に、プラスチックを多用する僕の商品(特許取得済みの多段式食品梱包容器)は消える、と思いました。
釣りやマリンスポーツが好きな叔父さんの影響で、中学3年生で小型船舶操縦士の免許を取るほど幼少期から海に親しんでいた野坂さんは、海洋プラスチック問題の深刻さを素早く察知したのです。
それから海洋ごみについて勉強したら、非常に食品容器や包装が多いわけです。飲食業こそ元凶じゃないかと。このままだと、マイクロプラスチックが食品に入り込み、結局めぐりめぐって自分の首を絞めることになると理解できました。
バブル世代の僕は経済成長優先の価値観でしたが、これはもう発想を変えなければ無理だと。環境を良くして次世代につなげていくものを開発することこそ、みなさんが求めていることだと、七転八倒の末にやっと気が付いたんですね。それから、岡持ちも容器も全部を紙でつくれないかと試行錯誤を始めました。
野坂さんは調理の仕事をしながら、既存の紙容器のサンプルを40種類ほど取り寄せ、クラフト紙を切ったり折ったりして、紙容器を複数まとめて梱包する新しい岡持ちの形を模索しました。
こうして、脱プラスチックにこだわって2020年春に完成したのが、プラスチック容器もセロハンテープもレジ袋も使わないテイクアウト用の「OKAMOCHI」です。
野坂さんのOKAMOCHIは、折り紙のように折って組み立てます。お弁当やドリンク、おしぼりや食器などを約1.5kgも収納できるそうです。
OKAMOCHIは、折り曲げる前は1枚の板状です。折り紙の要領で、折り目に沿って折っていくと、飛び出す絵本のように立体になります。
特に工夫したのは「折り止め」部分です。角を山折り・谷折りにすると、その出っ張りがストッパーになって、中に入れた容器が飛び出しません。その逆側には紙コップ類を差し込み、両サイドから容器の飛び出しを防ぐ仕組みです。
複数のお弁当箱をバッグに入れると、かたむいた汁やタレがこぼれてバッグを汚すことがありますが、OKAMOCHIなら同時に複数の料理を水平に保ったまま、片手に持って歩けます。スタイリッシュなので贈り物にも喜ばれそうです。
最初に100個試作したOKAMOCHIは、型代も入れて単価900円もしました。そこで、大量生産で一般の方も使いやすい値段まで落とすために、全国に営業所を持つ食品包装資材専門商社の折兼さんと専売契約を締結しました。
今は個人の方でもアクセスできる容器販売サイト「容器スタイル」などで販売しています。OKAMOCHIは梱包材なので、オプション品として、中にぴったり入る紙容器を各種用意しています。
そのサイトを見ると、「OKAMOCHIカフェバッグ」(容器やカップを除いた岡持ち部分のみ)の現在の価格は、50枚なら税抜き単価が170.2円(1枚)です。
上の写真でOKAMOCHIに入れた容器は、料理の彩りを見せられるように蓋の一部が透明フィルムになっていますが、OKAMOCHIの内部まですべて完全なプラスチックフリーを狙うなら、スプーンの包装はもちろん、容器の素材も選ぶ必要があります。
最近ではバガスや竹など、海洋プラスチックごみになり得ない素材の容器もいろいろと販売されています。バガスは、サトウキビのしぼりかすを有効活用したもので、紙の一種です。
気になるのは、これらの素材でつくられた容器の価格と耐久性。プラスチックは、安くて丈夫という利点で世界中に普及した便利品ですが、それに比べると実際のメリットはどうなのでしょうか?
同サイトで確認すると、例えばバガスと竹を混ぜた「BB竹バガス」容器は、発泡スチレンシート(PSP)などのプラスチック容器と比べて特に高価でもなく、しかもイメージに反して電子レンジも使用可でした。一方で、ご飯粒がくっつく、熱湯は無理、といった弱点もあるようです。ごみ捨て場から風で飛ばされるなどして川や海に出た場合に、ちゃんと分解されるのかどうかも気になります。
耐久性とコーティング、さらに海の中に入れた時にどうなるか、というのは非常に難しい問題です。耐久性は、表面加工の仕方によるんです。3時間だけもつコーティングもあれば、3日間もつコーティングもあります。
例えば表面を撥水コーティングした竹バガス製の丼、BBボウルは、土の中なら90日間で自然に還ります。これの撥水力は、カレーならなんとか3時間もちますが、うどんのような汁物は適しませんね。
完璧な容器はないけれど、丈夫過ぎて微粒子になっても自然界に残留するプラスチック製よりは環境への問題が少ないと感じます。
しかし同時に、レジ袋を紙製のOKAMOCHIに、そしてプラスチック容器を紙やバガスや竹の容器に変更することは、いわゆる代替(リプレイス)に過ぎません。そもそもの使用量を減らすこと(リデュース)や、手持ちの袋や容器を使い回すこと(リユース)の可能性も探りながら活用することが大切だと思いました。
食イベントも脱プラスチックできるはず
野坂さんは「自分にできるところから変えていけばいい」という信念に基づき、これまでもユニークな活動を展開してきました。
2015年に福井テレビの協力を得てスタートした「福丼県プロジェクト」では実行委員長を務め、立ち上げ当初から企画に参加しました。福井の「井」の字に点を足すと「丼」の字になることから、福井を丼の聖地にしようという福丼県(ふくどんけん)の取り組みでしたが、やがて脱プラスチックを打ち出しました。
そして立ち上げから4年目の2019年11月には、海ごみゼロを目指す日本財団の「CHANGE FOR THE BLUE」キャンペーンの一環として、レジ袋もプラスチック容器もプラスチックストローも使わない1万人規模の食のイベントを実現しました。グリルあまから含め10店舗が出店し3000食以上を提供したそうです。
ポスト・コロナに向け続々とアイデアを
イベントでは毎回、使用済み容器を回収します。ゆくゆくはそれらを食品残渣ごと粉砕して土に戻し、その畑で収穫した食品の収益を次回の開催に生かせるような真の循環型イベントにしたい、と話し合っているところです。
そう語る野坂さんは、「次回、2020年9月13日開催予定の福丼県イベントでは新たなテイクアウト文化も打ち出す計画です」とこっそり教えてくださいました。開催に先立ち、バガス容器の新デザインを学生対象に募集したところ、コロナで休校中にもかかわらず先生たちの尽力により、3校以上の参加が得られたとのこと。脱プラスチック活動が地域や次世代へと、確実な広がりを見せています。
「グリルあまから」も、この取材にご協力いただいた6月10日はコロナの影響で休業中でした。それでも、野坂さんのお話はひたすら前向きです。
今は企業規模の大小は関係なく、どの飲食店も同じような影響を受けています。一律に同じ問題を抱えているのなら、何が正解か分からなくても、みんなが続々と新しいことをやるべきなんですよね。どれかが当たれば、みんなにとっても解決につながるわけですから。僕の場合は、こういう形で海洋汚染の解決につながる容器を出しました。これが答えの一つになれたら嬉しいです。
この野坂さんのタフさは、創業85周年を迎える同店の歴史とも関係がありそうです。昭和9(1934)年に野坂さんのお祖父様が福井で開店して以来、空襲・震災・火事・豪雨と何度も災害に見舞われ、そのたびに再起しているのです。
グリルあまから(創業当初は「あまからホール」)という名称の由来も印象的。味覚の甘辛を連想しましたが、実際は、世の吉凶禍福は転変が常で何が幸で何が不幸か予測不能という故事に基づくことわざ「人生万事塞翁が馬」と似たニュアンスなのだそうです。
祖父が名付けた「あまから」は「良い時、悪い時」という意味です。甘い時、いわゆる調子がいい時は、また辛く苦い時が来るかもしれないから気を引き締めて自重する。辛い(からい)は「つらい」とも読みますが、辛い時があっても、いずれ終わって楽な時がくるから頑張ろうと。そういう思いを店名に込めたと聞きました。
パンデミックに限らず未曾有の災害が相次ぐ昨今、誰もが「あまから」の心構えで過ごす必要があるのかもしれません。そして、忘れてはならないのは、いくら時代が移り変わっても、海洋に分散する大量のプラスチックごみは簡単には消え去ってくれないこと。当連載では引き続き、この大きな宿題に向き合っていきます。