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障がいのある・ないではなく、人として出会い”違い”を楽しみたい。「暮らしランプ」森口誠さんに聞く、生きることに飽きない毎日とは?

阪急電鉄・東向日駅を降りて、古い石碑を目印に西国街道を歩きはじめてすぐ、珈琲豆を焙煎する香りが漂ってきました。ガラス戸にはオレンジ色の「3」の文字。小さな店内を覗くと、メガネの男性が「あ!」と気づいてくれました。

「朝から焙煎していたら、全然知らん人たちに話しかけられて。めっちゃおもしろかったです」と楽しげに話すのは、「一般社団法人暮らしランプ(以下、暮らしランプ)」の代表・森口誠さん。京都府下(京都市、向日市、長岡京市)で7つの福祉事業所を展開しています。

もともと「カフェ3(さん)」は、森口さんが以前働いていた社会福祉事業所を利用する人とはじめた“週末だけの喫茶店”だったそう。いまは就労継続支援B型事業所として運営されていますが、いわゆる“事業所”っぽさは感じられません。「障がいのある人と働く」と力むことなく、カフェとしてまちに溶け込んでいる「カフェ3」のあり方に、まずは興味を惹かれました。

森口誠(もりぐち・まこと)
1983年京都生まれ。京都府立桂高校園芸ビジネス科に在学中に、草花クラブでアジサイの品種改良に取り組み、メディアでも注目される。卒業後は、園芸会社などを経て社会福祉法人松花苑、社会福祉法人わらしべ会などに勤務したのち、2017年「一般社団法人暮らしランプ」を設立。現在、代表を務めている。

“人として”と“福祉の専門家として”のギリギリを攻めていたい

森口さんと福祉の出会いは、桂高校園芸ビジネス科で学んでいたとき。同校の草花クラブで品種改良したアジサイを委託栽培していた、障がい者施設の人々との出会いでした。

夏休みには毎週のように通って、障がいのある人たちに栽培指導をしていました。そこで働く大人たちのおもしろさ、“障がいがある”といわれる人たちの魅力に触れて。端的に言えば、自分に会うのを楽しみにしてくれる人たちがいることがうれしかったんだと思います。

もうひとつ大きかったのは、その障がい者施設で園芸療法士に出会ったことでした。園芸療法士とは、園芸を通して心身に障がいをもつ人の機能回復や症状の改善をサポートする仕事。森口さんは「福祉と植物に関わる仕事につきたい」と園芸療法士になるという夢を抱きます。

「こきゅう」で生産しているビオラ。「人と人の間に植物があるのが好き」と森口さんは言う

ただ、当時は国内に園芸療法士は2人だけ。勉強するには海外に留学するしか方法がありませんでした。そこで、高校卒業後は園芸会社に就職。草花の生産に携わりながら、障がい者施設で農業指導などを行うことになりました。

園芸会社を2年で退職した後、「社会福祉法人松花苑」、「社会福祉法人わらしべ会」などで働くなかで、「福祉は、人として目の前にいる人と一緒にいることを楽しんだり、愛着をもったりする文化的なもの。本を読んだり映画をみたりする以上に価値があるかもしれない」と思うようになったそうです。

高校生の頃は、“障がいがある”ってどういうことかよくわからなくて、福祉の仕事をすることに対してイメージがなかったんです。実は今でも、自分のことを“福祉の人”やと思えていないところがあります。福祉の知識をもとにその人を測るようなことはしたくないという気持ちがあるんですね。人としてていねいに接することを大事にして、専門家としては 解決する引き出しを誰よりもたくさん持っていたいとは思います。ずっと、“人として”と“専門家として”のギリギリを攻めていたい。

2017年、こうした森口さんのスタンスに共感するメンバーが集まって、「暮らしランプ」は設立されました。偶然にも、理事のひとりは園芸療法士。「暮らしランプ」という名前には、「みんなを導いていく強い光ではなく、暮らしのほんの少し先を、ほんの少し明るくするあかりを灯したい」という思いが込められています。

自分たちの暮らすまちに楽しみをつくったり、「あの団体がやっていることなら参加しやすいね」と子育て世代の人たちに思ってもらえたり。肩に力をいれずに“人のことを思う”ことを具現化する組織をつくりたくて。その思いを共有するメンバーと立ち上げました。

自分たちが暮らすまちに「ほっとする出来事」をつくる

「暮らしランプ」の各事業所を利用する人たちは、障がいの特性や本人の性格、それまで過ごしてきた環境などによって、場や人との関わりに求めているものが違っています。就労継続支援B型事業「こきゅう」や、放課後等デイサービス「あくあ」などは、基本的にはスタッフと利用者だけで過ごすクローズドな施設。利用者が安心・安全に過ごせる場として運営されています。

放課後等デイサービス「あくあ」は美術と遊びを軸に療育を行っている

「こきゅう」には、ひとりひとりにデスクがあり、流れ作業ではなく自分のスピードで取り組める環境がある

設立から3年が経ち、「暮らしランプ」は、居宅介護等事業「STEREO SCOPE」、共同生活援助事業所・「colle(コル)」、生活介護事業所「atelier uuu(アトリエ・ウー)」をオープン。これらのクローズドな事業所に対して、“まちのお店”としてオープンに運営されているのが、冒頭で紹介した「カフェ3」、そして「おばんざいとお酒の店 なかの邸」です。

「暮らしランプ」の利用者には、”いろんな人と出会いたい人”や”まだ若く、人との出会いのなかで世界が広がるという予測が立てられる人”もいます。こうした人たちに向けて、「暮らしランプ」では街に開けた新しい仕事をつくっていこうとしています。

「植物とコーヒーとサンドウィッチ3」として営業していた頃の「カフェ3」の定番だったサンドイッチ

「カフェ3」がはじまったのは、「暮らしランプ」設立以前のこと。森口さんが関わっていた就労継続支援B型事業所「草のたね」を離れたときに、利用者の一人が「森口さんがやめるなら、もう行かない」と言ったことがきっかけでした。

彼女と一緒にやる喫茶店をつくろうと、週末だけ「カフェ3」をやることにしたんです。もともと、わらしべ会で働いていたときに「なかなかの森」という喫茶室を立ち上げた経験があったので、僕のなかでカフェという選択肢はハードルが高くなかったんです。そんなに儲からないけど、場所としてはやれるという自信はありました。

障がいのある人たちと一緒に園芸の作業をしていた森口さんは、「水を注ぐことは、コーヒーをドリップする行為に似ているのでは?」と気づき、「コーヒーを淹れる」という新しい仕事を思いついたそう。

焙煎機がどーんと置かれた店内。2階では離乳食教室やアトリエ教室等を開催することも

他のNPO団体の事業所になった時期もありましたが、2016年にはふたたび森口さんが運営することに。「なかなかの森」を知る福祉関係者をはじめ、口コミでいろんな“やりたいことがある人たち”が「カフェ3」に集うようになりました。

実は、今の「暮らしランプ」の理事や、働いているスタッフの3分の1は元々「カフェ3」のお客さんです。そして、ここで「やりたいね」と話していたことはひとつひとつ、かたちになりはじめています。放課後デイサービス「あくあ」を担当しているスタッフとの出会うきっかけも「カフェ3」でした。「暮らしランプ」にとって「カフェ3」は、仲間を見つける”窓”みたいな役割を持っていたんだと思います。

「3」は2020年6月現在、テイクアウトと物販のみで営業中

現在、「カフェ3」で扱うコーヒー豆の選別や焙煎作業は、「こきゅう」や「なかの邸」の利用者さんの仕事にもなっています。

まちのなかに“障がい”を越えやすい場所をつくる

「なかの邸」は、京都・長岡京市の国登録有形文化財の旧家・中野家住宅を活用した飲食店。江戸末期につくられた母屋と土蔵、1951年に建てられた茶室、日本庭園があり、落ち着いてゆったり過ごすことができます。

「なかの邸」外観

「なかの邸」マネージャー・小林明弘さん

「暮らしランプ」は、長岡京市による中野家住宅活用事業者の募集に、障がいのある人の夜間就労支援を目的とした飲食事業を提案。障がいの特性によっては”夜の方が活動しやすい”人たちもいるからです。この提案が採択され、2019年8月に「なかの邸」がオープンしました。

庭の見える広々とした店内

京都の食材をつかった食事と厳選したお酒をたのしみに「ちょっと特別な食事」をしに来る人も多いそう

利用者は昼と夜のスタッフに分かれて、それぞれの個性や得意なこと、障がいの特性によって清掃や庭の管理、調理や接客を分担します。しかし、「なかの邸」では「障がいのある人たちが働いているお店」という打ち出し方を選びませんでした。

「なかの邸」では、”障がいがあるスタッフがいてくれるからできること”をやろうと思っていました。もちろん不慣れなスタッフは、障がいゆえにではなく、いろんなミスをすることもありました。

そんなときも、僕らが変に通訳するのではなく、お客さんとスタッフの間で「ちゃんと持ってきてや」「すみませんでした」「ちゃんと教えたりや」とやりとりが生まれるのがすごくいいなと思っていて。そういう場所があれば、だんだん違いが面白くなったり気にならなくなると思うんです。

庭に咲く花や木を生けるのは、いけばなが得意な利用者さんです

お客さんのなかには、障がいのあるスタッフが働いていることを知らずに来店する人もいるそうです。障がいがある・ない関係なく、“人として”出会って一緒に過ごせる場として「なかの邸」は新しい可能性をつくりはじめています。

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、店内での食事提供を自粛しテイクアウトをはじめました(予約制)

一人ひとりが「暮らしランプ」の個性や人格になっていく場所にしたい

「今でもここが好き。時間があるなら毎日『3』に入っていたい」と言う森口さん。「スタッフには『代表なんだから、「3」ばかりにいてはだめですよ!』と叱られる」と笑います。なんだかすごくフラットな関係がつくられているようす。「暮らしランプ」のスタッフは、どんなふうに一緒に働いているのでしょう?

森口さんが初めて、リーダーとしてプロジェクトを任されたのは25歳のとき。前述した「なかなかの森」を立ち上げたときでした。熱心にアイデアを考え、プロジェクトを引っ張ろうと力んでいると、当時の上司だった人が釘を刺したそうです。

衝撃的やったから忘れられないんですけど、「僕が森口君をリーダーにした理由は、バカだからって気づいてる?」って言われたんです。「バカだから、周りの人にいろいろ聞いて学ぼうとするでしょ。そこにリーダーとしての資質を見出しているのに、自分のアイデアが素晴らしいと思ってやるなら”本当のバカ”になっちゃうよ」って(笑)

今でもやっぱり思うんですよ。いろんな社会福祉法人や事業所には、力のある施設長や理事長がいるけれど、僕はその部類ではないなって。でも、僕のような人間がやれるリーダー像は、もしかしたらすごくやわらかくて居心地のいいものになるんじゃないかと思っています。

カリスマ的なリーダーが率いる法人は「リーダーと法人の人格が同じになってしまいやすい」と森口さん。「暮らしランプ」は、スタッフのいろんな面を表す人格をもつような法人でありたいと考えています。

僕たちは、いろんな人と知り合って認め合い、違いを喜んだり楽しんだりしながら歩んでいくのがすごく大事だと思っています。スタッフ、利用者さん含めて、一人ひとりが「暮らしランプ」の個性や人格になっていく場所にしたいというのが、僕にできる唯一の組織像かなと思っています。

「なかの邸」で開かれた「こきゅう」の忘年会

組織の代表となって3年。森口さんは、それぞれの事業所のことは各リーダーに任せる方向に舵を切りはじめました。「現場にいる人が一番現場を知っているし、自分が手放した部署のほうがうまくいく」という感覚があるからです。

この仕事では、机の上に問題を乗せて議論しあって解決する力が問われている気がしていて。小さなコミュニティ、小さな組織でやれることをして、障がいのある人たちと僕たちが息を合わせて、地域の人たちを喜ばせていけたらと思っています。

人との違いを楽しむ日々は飽きることがない

「暮らしランプ」の各事業所は、現在の法律が定める制度設計に基づいて「就労継続支援B型事業」や「居宅介護等事業」などとしてそれぞれに運営されています。しかし、その背景には「必要なことをやっていって、必要な制度は新たに求めていけばいい」という気概があります。

今あるものは、ひとつの答えとしてすでに選ぶことができますから、僕たちは新しい選択肢を増やせる集団でありたいです。最近思うのは、僕は“障がいのある人を見ている”のではなくて、人として一緒に生きていくことを覚悟しているんだということ。「○○でなければいけない」に縛られない場所を生み出していきたいです。

「障害は人ではなく社会の側にある」という言葉があります。「足が悪いから歩けないのではなく、段差があるから歩けない」のであれば、「段差のある道」のほうが障害ではないか、という考え方です。森口さんの考え方は、この言葉のさらに先を見ているように思います。

たとえば、視覚障がいのある先生がいたとして、子どもたちは「先生は目が見えない」ということを知っているだけでいいんじゃないかと思っていて。目が見えないことを想像して、「見えなくてもこれだけのことができる先生はすごいな」って発想に変わっていけばいい。

旅先で違う文化や風景に触れるとすごく楽しいですよね? 人の違いは、なかなかそういうふうには受け入れがたいものなんですけど……。でも、一人ひとりに出会わせてもらって、その違いにすごい感銘を受けたり、楽しさを見出したり、「なんでこんなしんどさがあるんだろう」って悩んだりすることで、生きていることに飽きない毎日を送れていると思っています。

森口さんと話していると「きっと、森口さんのなかに”障がい者”という人はいないんだな」と思います。その感覚をなぞることによって、わたし自身もまた”障がい”という言葉から少し自由になれる感覚がありました。

「暮らしランプ」がつくる場所にいくと、きっとみなさんも”障がい”という言葉が溶けていくような感覚を味わってもらえると思います。そして、自分のなかにある”障がい”という言葉の意味が変わるとき、他ならぬわたしたち自身がすこし生きやすくなるのだと思うのです。