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合計1000㎡の空き家・空き地を、好奇心でつながるコミュニティ農園に。「みんなのうえん」の金田康孝さんに学ぶ、住みたい街のつくり方

コミュニティ農園と聞いて、何を思い浮かべますか?
農家ではない人々による共同農園、いわゆる市民農園を想像する人は少なくないでしょう。

今回ご紹介する、「一般社団法人グッドラック(以下、グッドラック)」が運営する「みんなのうえん」は、コミュニティ農園とはこういうことか! と目を見張る革新的な事例です。

場所は、大阪市の南西部に位置する住之江区北加賀屋。都会の住宅街で無農薬にこだわった貸し農園を営むだけでも珍しいのですが、それは序章にしか過ぎません。食と農を介して、社会課題を解決しつつ、地域の人々が通いたくなるコミュニティづくりまでも展開しているのです。

その仕掛け人であるグッドラック代表理事・金田康孝さんに、主体性のあるコミュニティ農園のつくり方や、農園利用者だけでなく地域の人々まで楽しく巻き込む方法、来年10年目を迎える「みんなのうえん」の新たな挑戦などをインタビューしました。

金田康孝(かねだ・やすたか)
一般社団法人グッドラック代表理事。1986年、神戸市生まれ。神戸芸術工科大学を卒業後、2010年にNPO法人Co.to.hanaを共同設立。社会課題を解決する事業の企画や運営、ワークショップのファシリテーションなども担当。「みんなのうえん」の立ち上げから運営まで従事。2018年にグッドラックを設立し、翌年に事業を譲受け。その他、大阪市の農業啓発事業やアートイベントの企画や運営なども手掛けている。受賞歴は、環境省グッドライフアワード2015「環境と食農特別賞」や、大阪ランドスケープ賞2018「公益財団法人国際花と緑の博覧会記念協会長賞」など。

空き物件を活用し、地域をつなぐ「みんなのうえん」のはじまり

「みんなのうえん」がある北加賀屋は、クリエイティブなアートの街として有名です。

近代化産業遺産である造船所跡地を芸術や文化の発信地として活用しようと2004年に始動したアートプロジェクトを皮切りに、2009年には地元企業・千島土地株式会社が主体となった街づくり「北加賀屋クリエイティブビレッジ構想(KCV構想)」がはじまりました。

現在では、アトリエやギャラリーなどの創造活動のスペースやアート作品が多数点在し、アーティストやデザイナーなどさまざまなクリエイターが集う街となっています。

おおさか創造千鳥財団が発行しているアートマップ。公式サイトよりダウンロード可

金田さんが「みんなのうえん」の活動をはじめることになったのは、2011年9月。その背景にはどういった思いがあったのでしょうか。

KCV構想のもと、当時の北加賀屋はクリエイターを積極的に誘致していて。僕も大学時代の友人たちとデザインで社会課題を解決するNPO法人 Co.to.hanaを共同で設立しました。だけど、昔から暮らす地域の人たちからすれば「よくわからない若者がやってきた」という印象があり、クリエイターと地域の人々との間に溝があるなと感じていて。

アートに別のテーマを加えて両者がつながる機会をつくれたら…と考えていたちょうどその頃に、千島土地株式会社さんとコミュニティデザインを専門とする「studio-L」さんから「アートと農をテーマにした農園をつくらないか」とご提案いただき、コミュニティ農園をはじめることにしたんです。

2012年7月、150㎡の住宅跡の空き地を活用し「みんなのうえん北加賀屋」の第一農園が誕生しました

2013年7月、500㎡の銭湯跡地と隣接する文化住宅が、キッチンサロン併設の第二農園に生まれ変わりました

コミュニティ形成に欠かせない、食と農を楽しむイベント

街なかにある住宅跡の空き地を畑に変え、隣接する空き家をキッチン付きのサロンスペースに改装し、蓮の葉を使った納豆づくりワークショップや無農薬の米を用いた餅つき会など、農園利用者から地域の人々まで気軽に参加できるイベントを定期的に開催しました。

さらに、クリエイターの専門分野を題材に、オリジナルの農具をつくるワークショップや土壌の微生物について理解を深めるリサーチイベントなどを企画し、その人柄や価値観に触れる機会をつくることで、クリエイターと地域の人々との関係性を深めています。

このようにして「みんなのうえん」は、当初の目的を果たすと同時に、人口減少によって増加する遊休不動産やコミュニティの希薄化というこの地域の課題まで解決しているのです。

納豆づくりワークショップの様子。同講師による発酵料理教室や醤油づくりのワークショップも人気

オリジナル農具の代表作「みんなカーゴ」。腰掛けた状態で草むしりや畑仕事ができる、可動式の便利な椅子です

グッドラックとして独立。さらに高まる需要

数年の間に「みんなのうえん」の利用者は瞬く間に増加。次第に、デザインを軸に多数の社会課題に取り組むCo.to.hanaの一事業の枠に収めることが難しくなっていきました。

そこで、より特化して迅速に事業を推し進めようと、金田さんは2018年12月に独立し事業を譲り受け、グッドラックとして「みんなのうえん」を運営するに至りました。

独立してすぐ、今まで先送りしていたことから取り掛かろうと、ロゴやウェブを一気にリブランディングしました。「みんなのうえん」に関わる人たちの顔を思い浮かべながら、農園の空気感が伝わるように意識して表現を変えたんです。それからしばらくして、以前まで80%以上になかなか達しなかった農園の区画利用率が100%になりました。

豊かな表情が描かれたロゴ。立ち上げ当初は全て同じ表情でしたが、農園メンバーの個性を表すデザインに変更

全面に農園のイメージが描かれたウェブのトップページ

現在では月間平均約100人の利用者がおり、農園のイベント情報を優先的に告知する会員制度「みんなのうえんクラブ」の登録者も約150人にのぼっています。利用者は北加賀屋に暮らす人々が大半で、年齢は30〜50代が多く、女性が7〜8割。未就学児のいる家族利用の需要も高く、「みんなのうえん」をきっかけに北加賀屋へ引っ越してきた人もいるのだとか!

都会で生活しながら、土や緑に触れる暮らしの中で子育てができるなんて素敵ですよね

成功体験の道しるべを示しつつ、コミュニティの主体性を高める

「みんなのうえん」の利用者のことを“農園メンバー”と呼ぶ金田さん。そこには、畑を貸す・借りるの関係性にとどまらない、主体性のあるコミュニティづくりの秘訣がありました。

「みんなのうえん」を利用する人の多くは、「無農薬で野菜をつくりたい」って思いだけでなく、その裏に「趣味や関心の近い人と友だちになりたい。一緒にチャレンジできる仲間がほしい」という思いがあって。だから僕は、農園メンバーのやりたいことをサポートして、企画を通じて相性の良さそうな人たちをつなぐようにしているんです。

なかでも大切なのは「成功体験を積むステップをつくること」と金田さんは話します。

例えば、農園にある植物を用いて染め物のイベントを開催したいという農園メンバーがいれば、これまでのイベント経験に基づき、適正な規模やスタイルをアドバイスし、仲間集めにも協力。楽しくステップアップできるよう、本人の意思を尊重しながら道しるべを示し、金田さん自身も“一緒にチャレンジできる仲間”のひとりとなって伴走します。

草木染めの他、土でできた染料「べんがら染め」を体験するワークショップを開催したこともありました

農園メンバーが主となって毎週末に開催している人気のマルシェ企画「朝ごはん市」

現在は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、どのイベントも休止していますが、平常時はキッチンサロンや庭を会場にして、食や農にちなんだイベントを毎週開催しています。

好奇心に寄り添うことで、地域との関わり方も豊かに

最初からずっと順調そうに見える「みんなのうえん」。しかし、実は数々の試行錯誤の末、現在の仕組みにたどり着いたといいます。

初期の農園メンバーは40〜50代の主婦が多く、建築・デザイン上がりの20代だった僕らは自分たちの考えに固執していて、最初はよく衝突していました。でも、おかげで今の仕組みができたんです。初期メンバーとは今でもつながっていて、農園をサポートしてくださったり、逆にメンバーが営む飲食店を訪ねたり。戦友みたいな関係ですね(笑)

大事なのは、変なこだわりを捨てること、そして一人ひとりが自分にあった農園との関わり方を新しく考え出せる環境をつくること。僕がすべきことは一人ひとりのやりたいことに対して、フラットな視点で好奇心を持って接することなんだと学びました。

補助スタッフ付き「サポートコース」で入会中の農園メンバーに向けた、さつまいも収穫&焼きいも会の様子

このような姿勢で人々の好奇心に寄り添う金田さんのもとには、農園メンバーだけでなく、地域の人々からも前向きな相談や依頼が続々と舞い込んできます。

代表例は、地域の有志によって毎月第3水曜日に開催される子ども食堂「ニコニコ食堂」。キッチンサロンを貸し出すだけでなく最初は金田さんも広報を手伝っていましたが、5年目を迎える今ではすっかり定着し、約70人の子どもたちが集まるようになったのだそう!

さらに、自ら飲食店を営むほど料理の腕が立つ農園メンバーが少なくないことから、連携してケータリング事業も行っています。依頼を受けて、ウェディングや地元企業の交流会に野菜たっぷりの料理を届けることもしばしば。

「ニコニコ食堂」は、北加賀屋の町会や子ども会に携わる地域の人々によって運営されています

造船所跡地にある「クリエイティブセンター大阪」で開催されたウェディングパーティのケータリングも担当

グッドラックの大きな挑戦。社会課題を解決するモデル農園

「みんなのうえん」の躍進は、これで終わりではありません。

2020年4月には、北加賀屋から電車で約1時間の距離にある寝屋川市内の木造住宅密集市街地で「みんなのうえん寝屋川」を立ち上げました。連なる築約60年の木造長屋4棟のうち、3棟を解体して農園に、1棟をウッドデッキ付きのキッチンサロンに生まれ変わらせました。

実は、この「みんなのうえん寝屋川」は、グッドラックにとって大きな挑戦です。なぜなら、北加賀屋は地元の不動産会社などからサポートを受けてはじまった特殊な事例でしたが、今回は、“どの地域にもありうる社会課題を解決するモデル農園”をつくることが目的だからです。

物件の持ち主は、ご高齢の個人オーナーさんなんです。数年前の台風や地震の影響で、いつ崩壊してもおかしくない、だけど取り壊すお金もなく、手放したくもないという状況で。行政の方から相談を受け、僕からオーナーさんに「解体と改装費用を全額持つので、その代わりに長期間、安く貸してください」と提案したのがはじまりでした。

長年借り手がつかず、再生困難となった木造住宅。これらを取り壊し、約350m²の「みんなのうえん寝屋川」へ

どの地域も抱えるこういった手つかずの空き家は、防犯や防災の観点から考えても先送りすべきではない社会課題。つまり「みんなのうえん寝屋川」を確立することで、同様の課題に頭を悩ませる他の地域へ、解決策のモデルケースを示すことができるのです。

農園利用者を募集してわずか1カ月ほどで、区画利用率は50%を超えました。今回は、寝屋川市の広報誌や地域のポータルサイトなどでも告知したため、建築士・美容師・エンジニアなど、これまで以上に幅広い職業の若い人々が続々と入会しているようです。

近隣の方からは「空き家が農園に変わったことで、地域の雰囲気が良くなった」と喜んでいただいています。他にも「うちの土地もやってほしい」という声や、大阪府の行政の方から視察の希望もいただいているので、落ち着いた頃に内覧会を開催する予定です。

遊休不動産やコミュニティの希薄化を解決するだけじゃなく、農園という緑があることで地域の景観が良くなり、周辺の家や店舗の付加価値を上げることもできます。いつか「みんなのうえん」をスキーム化して、さまざまな地域の価値を高めていきたいですね。

改装時のキッチンサロン2階からの眺め。農園メンバーとの絆を深めるため、DIYで協力しあって改装したそう

地域の健康を支える惣菜屋など、思いの重なりにテーマを据えて

さらに今年6月下旬には、「みんなのうえん北加賀屋」の近隣にある木造住宅を改装した複合施設「千鳥文化」の一角で、惣菜屋&フードセレクトショップ「あてや」を開店予定です。薬膳師や管理栄養士の資格を持ち食の知識が豊富な地域のお母さんを雇用するなど、農園メンバーと協力しながら、質にこだわりつつもお手頃な価格設定でテイクアウトを主として、地域の暮らしをより良くする地産地消を取り入れた家庭料理の提供を目指します。

開店の背景には「農園でお昼ごはんが食べられたらいいのにな」という農園メンバーからの要望があったことや、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、健康を維持するために日々の食生活が重要視される今だからこそ「地域の健康を根本から支えたい」との願いも込められています。

千鳥文化。「あてや」という店名は、地域の人々から“当て(頼り)”にされる存在に、との思いに由来しています

コミュニティ農園や惣菜屋の運営、加えて事務所の一角で詩の図書館をはじめる構想も持つなど、多彩な展開を見せるグッドラックですが「全部1つの軸でつながっているんです」と金田さん。

グッドラックの行動指針は「テーマでつながるコミュニティづくり」です。今のメインテーマは食や農ですが、将来的にもっといろんなテーマに挑戦したいと思っています。

「これがやりたい」とか「これをやってほしい」って思える好奇心や関心ごとのテーマが人にはいろいろあって。1人1つだけじゃないから全部は拾いきれないけど、仲間と僕自身の思いが重なるところにテーマを定めて、形にしていきたいですね。

不安が膨らむこの時世、自分と他者との“違い”に目が行き、焦ったり落ち込んだり、時には衝突することもあるでしょう。しかし、金田さんが教えてくれたように、自分と大切な人たちとの思いの“重なり”に意識を集中することで、前進するヒントが見つかるかもしれません。

グッドラック。その言葉が持つ意志に、思いを重ねて。