未来に絶望して、何もしていなかったのは自分じゃないかと思ったんです。
西塔大海さんがこう言ったとき私はとても驚きました。西塔さんは、2015年に、福岡・上毛町(こうげまち)の「地域おこし協力隊」を卒業。現在は自身の経験を活かして、地域おこし協力隊の採用から独立をサポートするため、全国各地を飛び回っている人だと知っていたからです。
でも、お話を聞くにつれて、より良い未来をつくろうと全力を傾けてきたからこそ、西塔さんは「自分ひとりではどうにもできない」ことに“絶望”を感じたのではないかと思いました。
2008年をピークに、人口減少に転じた日本社会。今後も少子高齢化と地域の過疎化はさらに進み、これに伴って経済も縮小することが予想されています。私たちは、誰も経験したことがない下り坂の社会で生きていくことになります。いろんな地域を見ている西塔さんにとって、「超高齢化」や「過疎」はただの言葉ではなく、そこに暮らす人たちの人生の問題なのです。
今回は、西塔さんが抱えてきた「絶望」と、さとのば大学を通して見出している「希望」についてインタビューでじっくり伺いました。それはきっと、正解のないこの時代を生きる私たちにとっても、「希望」になるのではないかと思うからです。
1984年山形県生まれ。地域おこし協力隊支援の専門家。
2011年、東日本大震災後に気仙沼復興協会の立ち上げに参画し、ローカルに関わりはじめる。2013年、地域おこし協力隊として福岡県上毛町に移住し、世帯数14軒の山奥の集落に、妻と娘と暮らしている。現在は、企業の新規事業開発や地域連携事業のコーディネートのほか、自治体の移住促進、関係人口、空き家活用、人材育成などのプロジェクト設計・支援を行う。 特に、地域おこし協力隊の募集支援、活動支援、起業支援を専門として、北海道から鹿児島までの地域おこし協力隊の制度設計に関わる。
(プロフィール写真撮影:株式会社アルバス 天本浩一氏)
世界中探しても答えが見つからない問題に立ち向かうために
「地域おこし協力隊」とは、人口減少や高齢化が進む地方自治体が、都市部の人材を受け入れて地域づくりや移住・交流支援などの活動をしてもらう制度です。隊員たちは、任期(1〜3年)の間に自分の仕事をつくり、定住につなげることを期待されています。
2019年3月末までに任期を終えた隊員の累計は4848人。このうち、活動地と同一市町村内に定住したのは2464人(50.8%)にのぼり、3人に1人は起業しています(※)。
(※)総務省「令和元年度地域おこし協力隊の定住状況等に係る調査結果」2020年1月17日
西塔さんの仕事は、地域おこし協力隊の募集や採用に関する企画、地域での活動支援から任期を終えた隊員の出口をつくること。年間数十回に及ぶ集合研修や、隊員一人ひとりの相談に応対しながら「一人で受けられる仕事量の限界にきている」ことを痛感していました。
地域おこし協力隊という制度は、地域にわずかながらの希望をつくってきたのは事実だと思います。しかし、現在の地域おこし協力隊をとりまく環境には、彼らを充分にサポートする体制が整えられてはいません。
地域おこし協力隊を導入したい自治体は、人手が足りないから隊員が必要なんだけど、人手が足りないから教えられないし、人材育成のノウハウがないから教え方もわからないんですね。
隊員の数が増えていくにつれて「地域おこし協力隊をサポートする次のしくみ」の必要性を感じながらも、「それは、誰かがやるのだろうな」と漠然と考えていた西塔さん。あるときふと「もしかしてそれって僕の仕事なのかな?」と思いはじめます。
地域と自分を変えようとする人に“武器”を渡したい
そんなとき、西塔さんが暮らす上毛町にふらりと現れたのが、地域で暮らしながらオンラインで学びあう「さとのば大学」発起人・信岡良亮さん。「さとのば大学を一緒にやらない?」と誘ったそうです。ところが、西塔さんは一度は「うーん、まあどうですかねぇ」とやんわり辞退しました。
「さとのば大学」はクラウドファンディングをはじめたときから注目していましたし、ひとりのファウンダーとして投資していました。面白いなとは思うんだけど、信岡さんと僕では、教育の現場に求めるものがずいぶん違っていたんです。僕から見た信岡さんは、社会に対して非常に本質的な問題提起をする思想家。一方の僕は、首尾一貫して現場に入る具体の仕事をする人なんです。
しかし、信岡さんを見送ったあと、かねてから考えていた「地域おこし協力隊をサポートする次のしくみ」のことが心をよぎります。そして、「もしかしたら、信岡さんがやろうとしていることに、僕がやりたいことを盛り込めるかもしれない」と思い直したのでした。
僕がやりたいことは、地域おこし協力隊をはじめとして、地域に関わって自分と地域を変えようとしている若者たちに武器を渡すこと、そして次の世代の人たちと一緒に学ぶことです。「さとのば大学」でなら、それを実現できるのではないかと思ったんです。
「さとのば大学」は、地域づくりの先進地を巡りながら、オンライン学習と地域課題に取り組むプロジェクト学習を組み合わせた学びの場。地域とつながりながら学ぶProject Based Learning(PBL)を行なっています。
西塔さんが言う“武器”とは、地域で自分の仕事をつくっていくために必要な基礎知識や手法などのこと。PBLを主体とする「さとのば大学」でなら、オンライン学習で”武器”を渡すこともできるし、それぞれが自分の地域で試行錯誤するプロセスにも伴走できると考えたのです。
地域で活動する人のための「マイフィールドコース」
2019年夏に開講した「さとのば大学」。西塔さんは「地域おこし協力隊になる前に知っておくとよいこと」を中心に講義を行いました。
たとえば「地域おこし協力隊制度とは何か」「地域で企画を通すために一番大切なこと」「どうすれば予算を使えるのか」など。実はこの内容は、この数年間に西塔さんが地域おこし協力隊向けの研修をベースにしています。「基礎的な知識やノウハウがあるかどうかで、任期終了後の仕事づくりに歴然とした差が出る」と西塔さんは言います。
いなかのたとえになりますけど、草刈りをするときに「手でむしるか、草刈機を使うか」くらいに違います。今まで、中間支援で入らせていただいた自治体から、10人くらいの隊員が卒業しましたが、ほぼ全員が自分の望んだ道に進んでいます。
一方で、他の講師陣の講義を聞いてみて「これは隊員や隊員を終えた人にも充分に実りある場だ」と実感したそう。「地域おこし協力隊を対象としたコースをつくってもえませんか?」と提案し、今年開講する「マイフィールドコース」を立ち上げました。
「マイフィールドコース」では、自分の活動地域を拠点としながらオンラインで学習しながら、自分のプロジェクトを育てていきます。悩んだときは、講師によるメンタリングや他地域で活動する隊員の仲間同士で相談することも可能。「さとのば大学」は、地域おこし協力隊の人たちを支えるコミュニティにもなれるというわけです。
ひとりでは「答えのない問い」に立ち向かえない
「マイフィールドコース」を立ち上げた背景には、西塔さん自身の地域おこし協力隊時代の経験、そして今の仕事のなかで出会う隊員たちへの思いがありました。地域おこし協力隊としてうまくいくかどうかは、「受け入れ体制が整っている」「本人の能力が高い」などの条件に加えて、「学び合える環境があるかどうか」だと考えているからです。
今、いろんな自治体で年間300人くらいの隊員に会っていますが、多くの人は相談に乗ってくれる人がいません。僕の場合は、失敗したときには相談に乗ってくれる外部のアドバイザーがいたことにすごく助けられました。
「さとのば大学」は、地域おこし協力隊が必要とするサポートにぴったりだと思いました。いろんな現場で活躍する講師によるメンタリングを受けられますから。
しかし、サポート体制に加えて必要なのは「学び合える仲間」ではないかと西塔さんは考えています。地域においては、しばしば「誰にも答えがわからない問い」に直面することがあるからです。
平均年齢が80歳以上の集落で「この地域における活性化を考えてください」と言われたら、どんな提案を考えますか? 地域おこし協力隊は、それぞれの地域の事情を踏まえながら、答えがわからないものに立ち向かっていかなければいけない立場に立つんですね。だからこそ、事例という知識、その背景にあるロジックを教えてくれる人と、その問いについて一緒に話し合って考えられる仲間が必要なんです。
地域おこし協力隊制度は、地域のために活動すると同時に、隊員自らの人生をつくるためのものでもあります。3年後の卒業に向けて、事業をつくったり、会社を立ち上げたりと、大きな挑戦をする人も少なくありません。隊員たちの生活がかかっているという意味でも、教える側には大きな責任が伴います。
僕自身は興味の幅がすごく広いので、担当する隊員の方が興味があると言えば、その人と同じかそれ以上に勉強するんですね。ただどうしても、ひとりの想像力には限界があります。「さとのば大学」なら、受講生同士で学び合えるし、複数の講師から意見を聞けます。僕が「それは無理じゃないかな」と思うことも、他の人たちは「こうすればできるよ」と可能性を広げられるかもしれません。
ひとりでは答えを見つけられなくても、仲間と一緒に考えられるなら、新しい答えをつくっていけるかもしれないーーそれこそが、西塔さんが「さとのば大学」に見出した「希望」なのです。
「さとのば大学」は僕にとって初めての「マイプロ」です
こんなにも地域おこし協力隊のサポートに力を注いでいる西塔さんですが、意外なことに「さとのば大学」は「初めてのマイプロ」なのだそう。
今までは、「僕がやりたいからする」ではなくて、最後の最後には手放せるものを手がけてきました。「さとのば大学」は、今やりたいことの真ん中にある、僕にとって初めてのマイプロなんですよ。教育は僕にとって最も縁遠い事業だと思っていたから、本当にふしぎなんですけどね。学校が嫌いで不登校をしてずっとひとりで学んできたし、大学では7年間物理の世界にいた人間なので。
ずっとひとりで独学して、ひとりで事業をつくっていた西塔さんが「自分ひとりの力ではどうにもならない」と思ったきっかけのひとつは、娘さんが生まれたことでした。「彼女は22世紀を見る可能性がある」と考えたとき、「自分の人生の見える範囲が広がった」と言います。そのことが、西塔さん自身が「学び合える仲間」を求めることにもつながったのだと思います。
「さとのば大学」に出会うまでは、自分と自分に関わる数十人の地域で挑戦する人たちのコミュニティで、日本に5か所でも10か所でも、すてきな地域を残せたらいいなという感覚でした。でも、「さとのば大学」を通じて、地域で挑戦する人たちが一緒に育っていく環境を準備していけるなら、100か所、1000か所にできるかもしれない。それには、「さとのば大学」で話すような理論や社会実装のための手段を学んだ人が、地域にいないとだめなんです。霞が関の省庁ではなくて、ね。
「さとのば大学」の講師と受講生のみなさんは、もちろん、西塔さんにとっても「学び合う仲間」です。西塔さん自身は、「さとのば大学」を通して、これからどんなことを学びたいと思っているのでしょうか。
僕はずーっと独学をしてきたので、まだ「一緒に学ぶ」ということに、正直ピンときていないところがあるんですよ。「さとのば大学」を通して、「学習するコミュニティを通した学びとは何なのか?」「それによって何が起きるのか?」「そのとき、自分はどんな感覚になるのか」ということをまずは学びたいですね。
大きな自然災害が起きたり、新型コロナウィルスで社会システムが混乱したり、政府が公文書を隠蔽していたり。「なぜこんなことが起きるのだろう?」とひとりで考えていると、つらくて思考停止してしまいそうになることがあります。
でも、誰かと一緒に話し合えるなら、もう少し考えてみる勇気を持てるのではないでしょうか。あるいは、「誰にも答えのわからない問い」を探すことを、楽しむことだってできそうです。「さとのば大学」にかぎらず、そんな仲間と話せる場所をつくっていきたいな、と私も思います。
もしも、地域で暮らしていくこと、あるいは地域おこし協力隊として活動することを考えているなら、ぜひ一度「さとのば大学」の門を叩いてみませんか? そこから、自分と地域、そして未来を変えるための第一歩がはじまるかもしれません。