誰もが自由に情報を発信できる。
世界中の色んな情報を受け取れる。
インターネットは、そんな未来を運んでくると期待されていました。
ところが、現実はどうでしょう。
世界には、自由な情報のやり取りが制限されている国々があります。独裁的な国家では、政府によりインターネット上の情報が検閲されているのです。
独裁政権にとって不都合な情報は発信が禁止されたり、削除されたり、発信元へのアクセスがブロックされたり…。市民に必要な情報をつかんでいながら沈黙せざるを得ないジャーナリストたちは、苦悶を抱えて生きています。
「真実を、何とかして伝えたい」
そんな、ジャーナリストたちの切なる願いに応える作戦を実行したのが、ドイツの国境なき記者団。彼らが着目したのは、音楽配信サービスのプラットフォームでした。
SpotifyやApple Musicなどの音楽配信サービスのプラットフォームには、独裁的な国家でも、ニュースサイトや検索エンジン、SNSなどで行われているような検閲の手が伸びていなかったのです。
ドイツの国境なき記者団はまず、音楽配信サービスのプラットフォームが使えて、報道の自由度が低い5か国をターゲットとして選定。中国、エジプト、ベトナム、タイ、ウズベキスタンといった国々です。次に、それぞれの国々で検閲により言論を封じ込められたジャーナリストを探しました。それと同時に、地元のミュージシャンと会ったり、ミュージックビデオのための映像を撮ったりという作業も。
そして、音楽の制作。ジャーナリストたちによる記事を歌詞にし、それぞれの地域に合わせたポップ・ミュージックに仕立て上げました。できた楽曲はアートワークやジャーナリストのプロフィールなどもセットにしたアルバムになり、ミュージックビデオも編集。5か国から1枚ずつ、合計5枚のアルバムが完成しました。
アルバムからセレクトされた18曲は、「The Uncensored Playlist(無修正のプレイリスト)」と名付けられたプレイリストとして世界報道自由デーである3月12日に公開。このプレイリストは世界中のメディアとSNSにより瞬く間に拡散され、6億8千万人以上の人々に届くことになりました。
今も言論の弾圧にさらされている人々がいる。知る権利を奪われている人々がいる。その事実が、ポップ・ミュージックにのせて世界中に広がっていったのです。
ジョン・レノンやボブ・マーリーの音楽に代表されるように、ポップ・ミュージックは人々の心を奮い立たせ、新しい世界をもたらす人々のうねりを生み出してきました。そしてテクノロジーは、圧倒的な権力でさえコントロールできないほど進化し続けています。
ジャーナリストたちの意志と、NGOによる支援、そしてポップ・ミュージックとテクノロジーを掛け合わせたアイデア。それが一つになって苛烈な検閲の裏をかき、言論の弾圧に鮮やかな一撃を食らわす。実に痛快なアクションではありませんか!
ポップ・カルチャーには、まだまだ現実を揺るがす力がある。さまざまなエンターテインメントが無料で楽しめる時代ではありますが、微力ながら、フィジカルの音源を買い続け、ライブに通い続けよう。アーティストたちを応援しよう。改めて、その思いを強くしたのでした。
(翻訳協力: 山崎くみこ)