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まちの経済をよくする第一歩は“まちの家計簿”をつけること。英国・トットネスで始まった、ローカル経済再生のアクションとは?

まちの経済をよくしたい! と思ったとき、何から始めてよいものか。

経済という言葉が示す範疇があまりも大きな現代社会において、なかなかその一歩目は見定めにくい。しかし、“経済”の語源に立ち戻ると、シンプルな糸口が見えてくる。

ギリシャ語を語源とする経済「エコノミー」は、家を意味するエコを頭文字に据えた、「家の運営・管理」のことである。家の運営・管理のために私達が使っている身近なツールを思い浮かべてほしい。そう、家計簿をつけること。

家庭生活のために欠かせない調達や消費に関して毎月自分が何にどれだけお金を使ったかの支出額を記載する。これを通じて、自分の懐状況を確認し、支出が多い場合はどの項目の支出を下げることができるかを検討する。これは日常的に私達がおこなっていることだ。

この家計簿をつけるということは、すべての経済活動の根底に通じる本質的なアクションといえるだろう。

そして、このことは家という単位だけでなく、まちという単位に関しても同じである。まちが一体何にどれだけお金を地域外に使っているのか、まちぐるみで“まちの家計簿”をつけること。それは、まちの経済状況を確認し、健全にしていくための最初の一歩となる。

今回は、トランジションタウンの発祥の地として有名なイギリスのまち・トットネスを舞台に、「まちの家計簿」づくりから始めるまちづくりを紹介したい。

草の根から生まれたローカル経済理論

トットネスの土地には苦い記憶がある。大規模な企業や工場をつくったり誘致したりと古典的な経済発展を指向したが、閉鎖が続き地域経済が疲弊した記憶だ。

そこから住民に自分達のまちの経済の健全度を把握したいという想いが芽吹く。その想いを叶えるために支えになったローカルな経済理論が「漏れバケツ理論」である。ここからローカル経済の新しい物語が始まっていく。

お金は、物体そのものに価値があるのではなく、まちを巡り使われることでその効力を発揮する。お金を水と仮定したときに、バケツリレーで水を次の人へ次の人へと回していくことがお金がまちを巡り効力を発揮していく姿とイメージしてほしい。

私達はバケツを持つとどれだけ多くの量の水をバケツに集水するかにまず注目する。バケツをまち全体として捉えれば、まちの外からの投資や観光で生み出すお金、補助金や年金などが水として入ってくる。この外から集める量に注目がいきがちだ。

しかし、このバケツに水が漏れてしまう穴があったら、どうだろうか。いくら外から集水してもすぐに漏れてしまって、次の人に渡すことができる水は少量にすぎない。そう、いくらまちの外からお金を呼び込んできても、すぐに外に流出してしまってはお金の効力はまちの中で十分に発揮できないのだ。

地域経済が弱いまちというのは、まさに穴が空いているバケツでバケツリレーをしているようなもの。この外へのお金の漏れに注目し、少しでもまちの漏れ穴を小さくしていこうと考えるのが「漏れバケツ理論」である。

この漏れ穴をふさごうとする考え方は、イギリスのNew Economic Foundationという機関で発案された「漏れバケツ理論」と呼ばれる(※1)

また、この「漏れバケツ理論」と対となるローカル経済の視点が「ローカル乗数効果(Local Multiplier Effect)」だ。

ただの乗数効果と言えば、1929年から始まった世界恐慌への対策として有名なケインズ経済学の核となる概念であり、政府や企業が投資した額が、波及効果の末に、その投資額の何倍もの経済効果を生むことを表す。シャンパンタワーの一番上にあるグラスにたくさんシャンパンを注げば注ぐほど溢れ出し、他のグラスにもシャンパンが入っていくように。

しかしながら、歴史の証明として、その経済効果が貧しい方や立場の弱い方、また地方の隅々まで効果が十分に発揮されているかというと疑問符がつく。そこで、草の根の視点に立って、地域に入ってきた資金が地域を十分に循環する地域経済を取り戻すことが重要なのではないかと問いを立てる。

そして、資金が地域中を隈(くま)なく循環し、その資金がすぐに地域外に出てしまうような漏れ穴を小さくし、それによる地域経済への効果(人々にお金が行き渡る効果)を「ローカル乗数効果」と呼んでいる。

通常の乗数効果の議論は外からの投資額の量の大きさに注目が集まるが、ローカル乗数効果は地域や草の根の視点からその投資額がいかに地域住民へと隅々に循環するかの質やプロセスにも重要性を換気するモデルと言える。

また、この概念を地方創生の健全な経済発展の一つの指標にするために、ローカル乗数3(Local Multiplier 3:LM3)という指標も開発され、投入されたお金が当該地域を3回循環すると、元の投入額に比べて何倍の経済効果を生むかを数字で明確にすることができる。下図の通り、どれだけお金がまちの域内で使われるかどうかは結果として大きな経済効果の違いを生むことになる。

「ローカル乗数効果」の詳しい考え方、説明はこちら

まちの家計簿をつける

この「漏れバケツ理論」と「ローカル乗数効果」の2つのローカル経済理論を携えて、2011年から人口23,000人のトットネス地域は、食と農、エネルギー、福祉ケアの3つの分野でまちの家計簿をつくり始めた。まちづくり市民団体、行政、商工会、大学等の官民が融合し一つのチームとなって。

まず、食と農の分野では、トットネス地域内で食される、飲食物の27%(約11億円)が地域内でつくられたもので、その他の73%(約31億円)が地域外でつくられたものであることがわかった。

地域内でつくられたものを購入すればローカル乗数効果は高くなるが、地域外でつくられたものを日常で多く購入しているようであればローカル乗数効果は低くなり、地域内でお金がうまく循環していない。裏を返せば、73%の部分は地域内でつくることでローカル経済を取り戻す機会にあふれている。

次に、エネルギー分野。特に家のエネルギー効率が低く、エネルギーの支出がかさばっているのではないかという問題意識をもとに調査を開始。結果として、基本的な家の修理改善を行なえれば約37億円、本格的な修理改善を行なえれば約107億円のエネルギー消費をまちとして回避できると試算した。

最後に、福祉ケア分野。地域の人々のケアのどれだけの割合が地域内で満たすことができているかなどを数字で表すことに挑戦したが、最終的に数値化はできなかった。しかしこれは先進的な問題意識であり、地域でケアを内包化していければ医療費の削減等につながると総括した。

こうして、「まちの家計簿」を官民融合の一つのチームでつくり上げたトットネスは、まちに存在する地域資源やまちづくりプレイヤーとの関係性をつくりながら、一つの共通言語を得ることになる。まちの活動の起点となり、またみんながいつでも立ち戻ることができる共通の理解と根拠・数字を。それこそが、「まちの家計簿(Local Economic Blueprint)」である。

まちづくり市民団体、行政、商工会、大学等の官民が一つのチームとなってできた「まちの家計簿」。英語で「Local Economic Blueprint」と呼ばれる。

トットネスで始まった、漏れ穴を埋める3つのアクション

「まちの家計簿」で共通言語を得たトットネスは、みんなで漏れ穴の現状とそれを自分達が主体となった経済活動で埋めることができる可能性を共有。そのおかげでトットネスでは漏れ穴を埋めていくようなまちづくりアクションが以後たくさん生まれることなる。ここでは各分野から一つずつ私が出会えた3つのアクションを紹介したい。

Local Food Festival(ローカル・フード・フェスティバル)

食と農に関わる地域内の事業者が一堂に会しローカルフードを展示・販売する一年に一度のお祭りだ。食と農の分野でまちの漏れ穴を確認した時の教訓は、地域内の生産者や飲食加工の事業者のつながりが希薄であること。

また、市民も地場の飲食物の魅力を十分に理解できていなかった。それを解消するためのアクションが「Local Food Festival」の開催だった。

私も「Local Food Festival」のボランティアとして参加させてもらったのだが、一緒に働いていた方がくれた「美味しい地のものを食べることが地域経済を強くするのよ」という言葉を今も鮮明に覚えている。

食と農に関する漏れ穴が大きいというのは、トットネスに限らず、どの国どの地域にも当てはまる。それは農業で有名な地であっても。この言葉が世界中で普通に聞かれるようになれば、経済の問題の多くは解消されるかもしれない。それぐらいシンプルながら本質を言い当てる言葉をもらった気がした。

Open Eco-Homes(オープン・ホームズ)

一般の家の中でも太陽光発電などにトライしている家が、この日だけ開放されるというもの。

このイベントに参画する家はその日は軒先に「Open Eco-Homes」のチラシを張り出し、市民はこのチラシが貼られたトットネスの十数軒の家に自由に出入りすることができる。

そして、その家の持ち主から家のエネルギー効率を上げる秘訣や工夫が紹介され、参加者間で学び合い、まちぐるみでエネルギーの支出漏れを少なくしていこうというアクションだ。まちの家計簿を持つ信頼あるコミュニティだからこそのアクションと言える。

Caring​ ​Town​ ​Totnes(ケアリング・タウン・トットネス)

まちの家計簿づくりのプロセスでは、福祉ケアの分野では、漏れ穴の大きさを数字で表現することはできなかった。しかし、それが引き金となり、地域における福祉ケアの重要性を誰もが認識する機会となった。そこで、立ち上がったのが、市民発の福祉ケア中間支援組織「Caring​ ​Town​ ​Totnes」だ。

メンタルヘルスが地域の一番の問題であると考え、ケアを受けたい人とケアを提供できる人とをつなげる役割を果たしている。普段の何気無い相談から、地域における困りごとのリサーチまで、市民の痛みに寄り添ってくれる大事な存在となっている。

トットネスのメインストレートに位置するCaring​ ​Town​ ​Totnes。スタッフが多様な痛みに耳を傾け、ケアの担い手につなげてくれる。

バラエティに富む、まちで起業を応援する仕組み

加えて、トットネスでの起業を促進する「ローカル起業家フォーラム」という取り組みも始まった。

このフォーラムがよく世間で目にする起業家アイデアコンテストなどと違う点は、ローカル起業家フォーラムの冒頭に配られる一枚の紙に凝縮される。通常のアイデアコンテストは、観客は起業家が提案するアイデアの事業性や持続性を評価したり批判したりするのが常。

しかし、このフォーラムでは、観客も一人のプレイヤーとなり、起業家のアイデアに対して、自分ができることや助けられることを書いて、起業家にプレゼントする。

資金を提供できる人もいれば、そのような金銭的なサポートではなく、自分は「Webの知識があるからホームページの作成を手伝うよ」という人もいれば、「財務計画のアドバイスをするよ」という人もいる。はたまた、「疲れを感じた時にマッサージをしてあげるよ」や「ビールの差し入れをするよ」などなど、バラエティーに富んでいる。

プランを発表する起業家が主役であることには変わりないが、この場では、観客も主役の一人なのである。起業家からのプラン発表が5分に対して、その3倍の15分は観客側から何を助けられるかの発表があり、その時間がこのフォーラムの一番の盛り上がりを見せるのだ。

「ローカル起業家フォーラム」の様子。

「ローカル起業家フォーラム」には、2012〜2017年で、述べ720人が参加し、27人の起業家がアイデアを披露。そのうち21事業が展開中だ。地ビールの会社をつくったり地域支援型農業ファームを始めたりと、地域に愛される事業がたくさんある。

また、地域内での起業に対する570個のサポートが170人から提供され、金銭的サポートは約1200万円、非金銭的サポートは約280万円にのぼると、主催者である地域経済シンクタンクである「REconomy centre Totnes」は試算し公表している。

こうやって生まれた事業は、自然とまちの漏れ穴を小さくし、地域にお金を循環させる事業となっていく。

幸せな家庭の将来設計のためにみなさんが日々行なっている家計簿作業。それはまちという単位でもあてはまり、持続可能な地域経済の将来設計のために「まちの家計簿」をつくることは欠かせない。

「ローカル起業家フォーラム」を象徴する「応援アンケート用紙」。フォーラムの観客は、関心のあるプロジェクトに自分は何のサポートができるかを記入し、発表者にプレゼントする。

(※1) 英国ロンドンに本部のある「New Economics Foundation」が発表した考え方で、地域から外に出ていくお金のことをバケツから漏れていく水に例えて、地域内でお金が循環するための穴をまずは特定していくことの重要性を説いている。英語では「plugging the leaks(=漏れ口に栓をする)」と表現される。

(Text: 高野翔)

高野翔(たかの・しょう)

高野翔(たかの・しょう)

1983年、福井県生まれ。大学院卒業後、2009年、JICA(国際協力機構)に入構し、これまでに約20ケ国のアジア・アフリカ地域で持続可能な都市計画・開発プロジェクトを担当。2014-2017年にはブータンにて人々の幸せを国是とするGross National Happiness(GNH)を軸とした国づくりを展開。地元福井では、人のCapabilityに注目したまちづくり活動を実践。2013年、人の魅力を紹介する観光ガイドブック「Community Travel Guide 福井人」の作成、2018年、豪雪によってできなくなった事業を市民一人ひとりのできることで復活させる「できるフェス」を開催し、共にGood Design賞を受賞。スモール イズ ビューティフルを執筆した経済学者 E. F. Schumacher の系譜を引く、Schumacher Collegeで新しい経済学を学ぶ。