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「幸せってなに?」「学校って必要?」中高生に、思考力と多様な視点を身につける知的冒険授業「房総すごい人図鑑」

セーラー服を着て、片道20分の通学路を歩いていると、遠くに好きな人を発見してドキドキ……。私が中学生だった頃のことを思い出すと、まずは恋心を思い出して胸がきゅーっとなります。

そして次に思い出すのは、自分への期待と不安。毎日、「辛い」と「楽しい」を行き来しつつ過ごしていたように思います。そんな学校生活のほとんどを占めていたのが「授業」の時間。楽しい授業もありましたが、ほとんどはそうでもなかった気が……あの先生の威圧感が苦手だったな……など、どうしてもネガティブなことを思い出してしまいます。

じゃあ、今の中学生ってどんな感じなんだろう?
“知的冒険授業”ってどんな授業?

そんな疑問を胸に、千葉県いすみ市の「房総メディアエデュケーションプロジェクト」を取材しました。

いすみ市立岬中学校の授業に潜入!

晴れわたった空がまぶしい水曜日の13時半。いすみ市立岬中学校の1年生約100人が広々としたホールに集まりました。授業の冒頭、元気な生徒たちは少し落ち着かない雰囲気。

しかし、房総メディアエデュケーションプロジェクト代表の磯木淳寛さんがマイクを持つと、次第に集中度が増していきます。

今回の授業は、第10回目。ゲストを招いてインタビューを行う日なのだとか。これからどんな授業が始まるのか……なんだかワクワクしてきました。でもその前に、まずは「房総メディアエデュケーションプロジェクト」がどんなプロジェクトなのかを伺いました。

自分の視点や思考を身につけると、自由になる

「房総メディアエデュケーションプロジェクト」は、千葉県房総地域の公立中学校と高校で主体性や思考力を育む“知的冒険授業”を行うプロジェクト。総合学習の時間などを使い、2017年より始まりました。

発起人は、書籍の執筆や地域ブランディングの仕事をしている磯木さん。東京でライターや企画の仕事をしたのち、2013年にいすみ市へ移住しました。

もともとは、個人で大人向けのインタビューと執筆のワークショップ(ライター・イン・レジデンス「LOCAL WRITE」)をやっていました。色々な地域に3泊4日で行って、そこに住む人にインタビューをして、記事を書くというものです。

でもそこでやっているのは“書く“ための方法などではなくて、おもに視点の交換と”聞く“こと。文章って、‟なぜ?”という問いを深堀りできさえすれば、自由に書けるんですよね。

ライター・イン・レジデンス「LOCAL WRITE」の様子(※写真提供:磯木淳寛)

大切にしていたのは、小手先の文章術ではなく、記事にまとめる前の段階である「視点」や「思考」を鍛えることでした。参加者は、ひとりで思考を深めたり、ほかの参加者の視点を知ったりすることを通して、自分なりの視点や思考を身につけていきます。

自分なりの視点や思考を深堀りしていくほどに、最終的なアウトプットにもオリジナリティが生まれて、みんなが多様になっていく。それはすごく面白いです。

講座の中で参加者がどんどん自由に個性を発揮していく姿を見て、大人に意味があるなら子どもにも意味があるんじゃないかと思ったんです。自分の可能性を決めつけずに広げる「問い」の技術や癖は、早めに身につけるほど人生の中で使える時間が長くなるし。

そして2017年に、“人と地域がより豊かで、楽しく、創造的なものになること”を目標として掲げ、「房総メディアエデュケーションプロジェクト」が誕生しました。

生徒の学び、地域のつながり、情報発信の3つが循環

では具体的に、生徒はどのような授業を受けるのでしょうか?

岬中学校での授業は、毎週1回2時間で約半年間。プロジェクトが始動して3年目ですが、内容はどんどん変化しているといいます。たとえば1年目は、インタビュー6割、問いの探求などが4割だったのに対し、2年目以降は、インタビュー、哲学対話、ロジカルシンキング、企画構想がそれぞれ2~3割ずつに。また、扱うテーマも毎年ブラッシュアップさせています。

「インタビューの授業だと思われることが多いんですけど、この授業の目的はそこではないんです。『生徒の学び』『地域内のつながりづくり』『地域の情報発信』という3つの軸をつなげて循環させることで、関わる人みんなが楽しめて、生徒も地域も多様になっていくといいなと思っています」と磯木さんはいいます。

授業を通して中高生が深める思考や視点が「生徒の学び」となり、地域の人が取材を受けたり授業に参加したりすることで「地域内のつながり」が生まれる。そして取材内容をまとめた冊子とWebサイトの「房総すごい人図鑑」を制作することで「地域の情報発信」にもつながっているのだとか。

インタビュー内容や授業レポートも盛り込んだ「房総すごい人図鑑」冊子

授業を実施する各学校によって異なる総授業数や生徒数、生徒の雰囲気に合わせて、授業カリキュラムとワークの組み立てもひとつひとつ手づくり。生徒から質問を受けたことを翌週の授業カリキュラムにすぐ反映させるなど、柔軟に授業内容を組むことは、生徒にとって良い効果を生むのではないでしょうか。

「快適に眠るには?」「幸せってなに?」「学校って必要?」

現在、授業のメインとなっているのは、生徒自身が行うワークの時間です。その中でも、「問い」をつくることに焦点を当てています。

たとえば、「快適に眠るには?」という問いがなければ「布団」は生まれなかったし、「遠くまで楽に移動するには?」という問いがなければ「車」は生まれなかったと思います。

いま身の回りにあるものって、すべて誰かの「問い」から生まれています。問いをつくることは、自分の内面を深堀りしていく作業でもあります。子どもには難しいんじゃないか? と言われることもありますが、全然。生徒が自分の考えを書いたものには大人顔負けのものもたくさんありますし、生徒の成長のためには子どもを子ども扱いしないことの大切なんだなと実感しています。

「先生たちの生徒を想う熱量もすごいので、いい刺激をもらっています」と話す。

授業では、「ハワイにある立ち入り禁止の島」や「富裕層が独立したまち」など、具体的な事例を提示しつつ、「幸せってなに?」「信頼を得るために必要なものは?」「学校って必要?」などの身近なテーマに落とし込んでワークが行われます。

まずはひとりで考えをまとめ、その後2人一組になり、相手の意見を聞く時間が設けられます。このときに「聞き役」と「話す役」に分かれることで、きちんと話ができる環境を整えるのだとか。生徒は、自分の考えを他の生徒と話すことで、視点を変える経験を積んでいきます。最後に発表しないこともポイント。

発表って、考えを深めるという点ではあんまり意味がないと思ったんです。なにより、それまで一生懸命広げた考えをすぐにまとめてしまうのはもったいない。授業でも、答えのない問いに対して、生徒の話をまとめないようにしています。答えのように受け取られる可能性があるので、ぼく自身の考えも話しません。心がけているのは、生徒の考えが止まってしまっているときに別の視点になる言葉をかけること。

その結果、「テーマについて家族とも話した」と、考え続けた生徒も数多くいたのだそう。

「印象に残ったテーマ」について聞いたアンケート。生徒の率直な意見が並ぶ

自費で始まり、4つの学校で授業を実施

ところで、プロジェクトの運営費はどうしているのでしょう? このプロジェクトは、磯木さんが直接学校にかけあい、授業枠を確保するところからスタートしました。そのため初年度はなんと自費運営。しかし2年目からはいすみ市の「ふるさと人財育成モデル事業」に採択され、内容を充実させられるようになったといいます。現在までに隣町も含め、4つの学校で授業を行ってきました。

また、授業の効果を可視化するため、授業前と授業後に生徒にアンケートを実施。その回答を5つの指標(思考力、自己肯定感、好奇心、郷土愛、企画力)で数値化した結果、意外な結果が出たと磯木さんはいいます。

自己肯定感の数値の上昇率が一番高かったのには驚きました。質問は、「自分のことが好き?」「自分にはよいところがあると思う」「みんなの前で話してもどきどきしない」などだったんですが、5指標の中でダントツに高かったんです。授業では、自分でじっくり考えたり、人に話を聞いてもらう機会をたくさん設けるので、そこが理由かもしれません。

“生徒とゲストの両方が学び合う”インタビューの時間

さて、いすみ市立岬中学校の授業は後半に入りました。これまでに生徒たちは「問い」に向き合い、柔軟な「視点」を得る時間をたくさん重ねてきました。この日は、事前に自分たちで考えた「問い」をゲストにぶつけます。

「はーい、じゃあ10分で円をつくろう!」という号令を合図に、プレゼンで代表に選ばれた班とインタビューを受けるゲストを囲む円ができました。

インタビューを前に、ホールには緊張感が漂う

ゲストは、いすみ市に移住しゲストハウスを営む女性。生徒たちからはさらにたくさんの質問が飛び出します。

「いすみ市をどこで知ったんですか?」
「部屋はなぜ5室だけなんですか?」
「これまでに困ったことはありましたか?」

サーフィンをするためにいすみ市に通っていたことや、自然が豊富にある所が気に入っていることなど、ゲストが笑顔で答えていきます。

準備したシートには、班全員から集めた質問がびっしり

代表の班が質問し終わると、他の生徒の質問タイム。「僕は卓球が好きなんですが、卓球台はありますか?」「これまでの仕事を活かしていることはありますか?」など様々な質問が続きます。一問一答ではなく、ゲストの答えを先回りして、それに続く次の質問を用意している生徒も。ゲストの表情も真剣になっていきます。最終的には、30以上の質問がゲストに投げかけられました。

「インタビューの授業も、ゲストを様々な視点で深堀りするのが目的。生徒とゲストの両方が学び合える場になるのが理想です」と話していた磯木さん。授業後に、「緊張したー!」と語り合う生徒からも、「いい経験をさせてもらいました」と帰っていくゲストからも、満足感が伝わってきました。

プロジェクトを支える人たちの思い。「勉強があまり好きでない子たちも…」。

授業には、磯木さん以外にも、プロジェクトメンバーや担任の先生、市役所の担当職員が参加しています。房総メディアエデュケーションプロジェクトには、磯木さんのほかに数名のコアメンバーがいて、それぞれがほかの仕事と掛け持ちしてプロジェクトに参加しているのだそう。

「今後は自分以外も授業ができるようにしていきたい」と話す磯木さん。「すでにある授業をそのまま任せるのではなく、メンバーそれぞれの経験や考えを織り込みながら、プロジェクトを継続していきたい。そうすればもっと広がりが出るはず」といいます。

班を周りながら生徒の意見を引き出すプロジェクトメンバー

プロジェクトメンバーの田中藍子さんは「毎回こちらが新しい視点や発見をもらってます。慣れないだろうアウトプットの練習を重ねるにつれ、柔軟になっていく生徒さんたちを見るのが楽しい!」と話し、金瀬ちゆきさんは、「どちらかというと、私も生徒の気持ちで参加しています。それは私が初めてこの授業を受けたときに、こんなことを考えたり話したりできる仲間がほしかったと心のどこかでずっと思っていたからかもしれません。生徒がなにか疑問を持ったときや困ったときに、話しやすい人だなと思ってくれてたらうれしいですね」と笑顔で話してくれました。

学校の先生も「‟普段の勉強があまり好きでない子たちの班”も真剣に議論していますね」と話し、授業に参加していたいすみ市役所の担当職員も楽しそう。生徒はもちろん、関わる大人たちにも刺激的なプロジェクトのようです。

先生じゃない大人が学校にいることの意味

去年授業を受けたという2年生にも話を聞きました。

駅前にさびれた商店街があるんですけど、授業の最後の方で、そこに人が来るにはどうしたらいいかを考えました。考えるのは楽しかったし、地元愛が増した気がします。授業のあとに、テレビでプロジェクションマッピングをやってるのを観て、いすみ市でもしたらいいのにとか色々考えるようになりました。

友達とじゃれていた感じとは打って変わり、しっかりと答えてくれる彼ら。「考え方の幅が広がった気がする」という姿はとても頼もしく見えます。続けて「磯木さんはどんな人?」と聞くと、「イケメン!優しい!いい人!」と間髪入れずに返ってきました。

廊下を歩いているだけで次々に声をかけられる磯木さん。「先生」と呼ぶ生徒には「先生じゃないよ~」と返すのだそうですが、まるで“近所のお兄さん”のように生徒たちに受け入れられています。 “先生じゃない大人”が学校にいるという環境は、私の中学生時代にはなかったことです。磯木さんたちの存在自体も、生徒たちの「新しい視点」をつくることにつながっているのではないでしょうか。ちょっと羨ましく感じました。

これからのプロジェクトは、「地域ごと豊かに」を目指す

これまでの3年間で授業を受けたのは中学と高校を合わせてのべ450人以上。令和元年度には、千葉県教育委員会主催の「学びの「総合力・体験力」コンテスト」でも優秀賞となり、今ではいすみ市だけでなく、近隣の自治体でも授業が始まっています。

年々変化を遂げているプロジェクトですが、これからどうなっていくのでしょう? 磯木さんは、「声をかけてくださるところもあるのでそちらも考えつつ、まずは、生徒の企画アイデアを具現化していきたい」といいます。

毎年、授業の最後はまちに関する企画を考える時間があります。それまでの授業で身に付けた「自分自身で考える力」や「柔軟な視点」を実際に使って、地域を見つめなおすためです。すると、本当によい企画がいくつも生まれるのだそう。

たとえば昨年のある班は、人気YouTuberにいすみ市の名産品である梨を使ってオリジナルドリンクをつくってもらう企画が出て、磯木さんは実際に東京のYouTuber事務所に足を運び、実現までもう一歩というところまでいったといいます。

また、生徒が企画を考える見本とするべく、磯木さんを含めたプロジェクトメンバーでも、昨年、商品開発に挑戦しました。

地元の男たちが祭りに出掛ける前にカレーを食べるという話をヒントに「勝負メシ!ほらやっさカレー」を完成させ、地元スーパーやインターネットで、発売から4ヵ月で1500個を販売。この利益もプロジェクト運営費になっています。

Webから購入すると冊子『房総すごい人図鑑』が1冊付いてくる。

教える立場の大人って子どもに教えるばかりになって、自分の実践がどうしてもおろそかになってしまうことが多いと思うんです。でも、それでは生徒に対しての説得力もない。そうじゃなくて、生徒たちに対して“大人がやっている姿”もちゃんと見せていきたいと思っています。

カレーは、箱詰めを地域の障がい者支援施設と連携したり、授業の継続の応援のために個人で仕入れて売ってくれる人たちもいるそう。はじめは数人ではじめた房総メディアエデュケーションプロジェクトも、いまでは学校、自治体、先生、生徒、インタビューゲストの大人、プロジェクトを外から支援する人など、さまざまな人たちのつながりによって活動しています。

今後は、僕もそうなんですが、子どもがいない人に、子どもと関わる機会もつくれたらいいですよね。子どもがいなくても、学校や子どもの教育に関わりたい人や優れた職能を持っている人がたくさんいると思うんです。生徒にとって学びになる場所をつくりながら、そうした大人にも関わってもらえれば、地域ごとさらに豊かになっていくと思います。

大人も生徒も、両方楽しんでいる

今回の取材では、プロジェクトに関わる大人がとにかく楽しんでいる姿が印象的でした。生徒たちに対する思いがあって、彼らに伝えたいことがあって、それをまっすぐに実践している。

だからこそ生徒たちも、“先生とは違う”存在であるプロジェクトメンバーたちと触れ合い、それぞれのやり方で授業を楽しんでいるのではないでしょうか。これからプロジェクトに関わる大人や生徒、そして地域全体がどのように変化していくのか、とても楽しみです。

(執筆: 岩村明子)
(撮影: 藤啓介)