果てしなく広がるような田園風景と、広い空。千葉県いすみ市のちょうど真ん中あたりに位置する、「いすみガーデンリトリート&トーテムの家」は2016年にオープンしたゲストハウス兼キャンプ場です。
田舎の風景を抜け、民家に続くような細い道を通っていくと、ふいに現れたファンタジーの世界。自然と一体化しているような白壁の美しいトーテムの家と、異国の雰囲気を感じさせるイングリッシュガーデン、その奥にはかわいらしい小屋もあります。
土でできたトーテムの家
敷地内に足を踏み入れると、まず最初に目に入るのが「トーテムの家」と名付けられた不思議な形のおうち。まるで小人や妖精が住んでいそうなこの家は、なんと4名ほどが泊まれるという、宿泊施設。
グルグルと巻かれた天井は、この建築物の特徴をよく表しています。この建築物はアースバック建築といって、主原料はなんと、土と石と石灰のみ。
チューブ型の土嚢に原料を入れ、土台からグルグルと巻いていき、時間を置いて固まってから、入れていた土嚢をはがしていくそう。まるで大きい粘土を組み立てていくようなシンプルなプロセスを経てつくられています。
天井の真ん中にある窓からは、夜になると星が見えてとても良いムードになるそう。
「冒険って言葉を聞いただけで、わくわくする!」
何やら目線を感じる! と思い目をやると、庭から妖精たちがこちらを微笑みながら覗いていたり、玄関先や家の中には魔女の帽子や箒が置いてあります。まるで「ここは、どこ?」と思ってしまう世界観です。
トーテムの家のホームページには、こう記されています。
“HP(体力)、MP(魔法力=精神力)を全回復して、また再び人生の冒険に旅立つ場所”。
なんとも不思議な世界観に包まれながら、まずはそこを聞きたくてしょうがなかった私は、このコンセプトについて、オーナーである高木繁昌さんに聞いてみました。
ロールプレイングゲーム(RPG)ってわかります? 僕はドラゴンクエストにハマった人間なんです。ここはRPGの世界で勇者御一行様が冒険の旅の途中に立ち寄る宿をイメージしています。トーテムの家には、もともと魔法使いが住んでるんですけど、彼女は美しい花の種をまきに荒れ地に向かっていて普段は留守。それで僕が管理人としてここを管理しているというわけです。
「子どものころから冒険って言葉を聞いただけでわくわくする少年でした!」と肩をくいっと上げ、目をきらっと輝かせ、少年のように楽しそうに話してくれた姿が印象的でした。
幼いころから漫画やアニメ、映画が大好きだったという高木さん。その中でもファンタジーやSF、冒険の世界にわくわくする子どもだったそう。イメージでしかなかった冒険が初めて具現化したのが、大人になってから夢中になったロールプレイングゲームの世界でした。そう、つまりトーテムの家は、高木さんにとって、原体験ともいえる「わくわく」を詰めこんだ場所なのです。
ドラマ生まれる「イングリッシュガーデン」
「じゃあ、ガーデンを案内しますよ」と高木さん。ガーデンに出るドアを開けると、美しく緑が整えられ、黄色いコスモスの花が咲くイングリッシュガーデンが広がります。
ガーデンの中はぐるっと回れるようになっており、さまざまな施設が点在しています。奥にはバドミントンのネットやハンモック。レンタルできるジャグジーは夏に気持ちよさそう。そしてガーデンの真ん中にある芝生の広場では、シートを引いてピクニックする人も多いとのこと。
夜中21時ごろ、ここに寝っ転がると、周りが木で囲まれた真ん中に星空がたくさん見えて、すごいキレイ。このあたりは、夜は明かりがほぼなくて真っ暗だから余計ね。
寝っ転がりながら、空を見上げる様子を思わず想像してしまいます。なんともロマンチックなその空間では、ガーデンをライトアップしてプロポーズを行ったカップルの宿泊客もいたそう。
好き! があふれる秘密基地
「ここがかつて少年だった僕の秘密基地です」と案内されたのは、ガーデンの奥にある三角屋根の小屋。
カフェのような場所なのかな? と思いながら入ると…
なんと! そこには壁づたいにずらっと並ぶ漫画の数々。実はここ、好きなだけ漫画が読める小屋だったのです。有名どころから最新の漫画まで。すべて高木さんのセレクトです。
「ファミリーでキャンプに来て、その子どもがこの漫画部屋にハマってしまうことも多いです(笑)」とうれしそうに話す高木さんの、まさに「好き!」が詰まった場所。自分の「好き」がお客さんの「好き」と重なる瞬間も楽しいといいます。
あれ、意外と楽しい。田舎生活
そんな驚きがあふれた案内が終わって一息ついたころ、いすみに来るきっかけとなった出来事を話してくれました。
それまで80年代後半からのバブル期の中で、東京で広告業や映像作家として働いていた高木さん。田舎暮らしの楽しさを知ることになったのは、千葉県鴨川市で加藤登紀子さんが主催していた「里山帰農塾」でした。「おもしろいから、あなたも行ってきな!」と、すでに参加をしていた高木さんのお姉さんから誘われ、何気なく行ってみたといいます。
里山帰農塾では、電気のつかわない生活や、豆腐づくり、火起こしなど自分たちで暮らしを手づくりしていく体験があったそう。また、討論会なども開催され、さまざまな立場や仕事を持った人とボ―ダレスに出会える環境があったと言います。
今よりさらにおもしろい人生を求めようとしている人達との出会いが刺激的だったし、最初はそんなに興味の無かった田舎も、あれ? 意外とすっげー楽しいじゃん! って。
これまでの自分の人生にはなかった、もう一つの人生が動きだした瞬間でした。
もともと楽しいことや新しい刺激が大好きな高木さんは、姉夫婦と「これからは田舎暮らしの時代だぜ!」と軽いノリで、田舎に土地を買おうと意気込みます。
土地を買うなら房総でっていうのは最初から決めてたんですよ。海があるところが良くて。しばらくは雑誌の『田舎暮らしの本』で物件を探してたんだけど、いまいちピンとこなくて、木更津にある不動産屋さん行ったの。「里山みたいなところ、探してるんです!」って言ったら、「昨日いい物件が出ましたよ~」って言われて。すぐに連れてってもらって、ここだ! って。もう即決でした。
それがここの場所。今から16年前、2003年のことでした。
ジブリ映画が好きな高木さんは、トトロの世界を感じ取り、縁もゆかりもないこの土地を購入しました。
こうして、当時住んでいた目黒の家と往復する生活が始まりました。
いすみでの仕事が楽しい!
土地を買ってからは、休みの日に一泊程度で来ていたと言います。寝床として、現在漫画小屋となっている小屋を建て、水道などの必要最低限のライフラインを引きました。東京での仕事は続けながら、小屋での二拠点田舎生活がスタート。
やがて、偶然ご近所だった、いすみ市のまちづくり推進協議会の方と知り合いになり、「高木さんは何をやっている人なの? いすみ市のプロモーションビデオつくりたいんだ。あといろんなイベントもあるから手伝ってくんねえか」と声をかけられました。
映像制作の仕事をしていた高木さんにとってはお手のもの。依頼を引き受けたあとは、千葉県の里山短編映画の話が持ち込まれたり、イベントのディレクター依頼など次から次へと、つながりの中で仕事が来たと言います。
規模や場所は違えど、東京で当時やっていた仕事内容とほとんど同じだったそうですが、「いすみでの仕事の方が楽しいと感じていた」と話します。理由は、どこにあったのでしょうか?
東京では、代理店を通してもらうCMの映像製作の仕事が多かったんだけど、クライアント・広告代理店・製作側の僕っていう三角関係の中で仕事をしてて、クライアントと直接やりとりができないのがもどかしかったんだよね。
けど、いすみ市ではクライアントから直接依頼が来ることがほとんど!「そこ間違ってません?」とかも、直でクライアントに言えるんだよ。しかも、クライアントが町の人達だったからみんなで話し合って、あーでもないこーでもないってアイデアを練っていくんだけどそれが本当に楽しくてさ。ああ、これが本来のクリエイティブだなって。
依頼に応えるだけの一方向な仕事ではなく、共に関係性を紡ぎながらつくり上げる仕事のスタイルに、やりがいを感じた瞬間でした。
まちからあふれるパワーの渦に引き寄せられる
いすみ市は、もともと大原・岬・夷隅という、資質や産業の違う町が合併をしてできた地域です。合併当時、3町の代表が集まって腹を割るために悪口大会を開き親睦を深めたり、日本で一番最初にプロモーション室をつくったり、合併を機に町として自立していこうとしていました。
縁もゆかりもなく、たまたま別荘地として買っただけなのに、いすみ市の変化を目の当たりにして、まちづくりにどっぷりはまっていった。
そう、いすみ市が合併したのが2005年、高木さんがいすみ市に本格的に住み始めたのが2006年だったのです。
同年には、移住・定住促進をキーワードにまちづくりを行うNPO法人いすみライフスタイル研究所も誕生。高木さんも創立メンバーとして活動に加わりました。
まちも合併したばかりだし、なにかがはじまる時のエネルギーって莫大なものがあるじゃん。すっごいおもしろかったんすよ!
まちを良くしていきたい、というひとつのテーマで集まり、会話が弾む。目標が同じ仲間と過ごす日々は楽しく、のめり込んでいきました。
まちづくりは人生そのもの
いすみライフスタイル研究所のHPのデザインや、「千年先も古里」といういすみ市のPR動画の制作など、今までの経験を生かしながら、まちづくり活動に参加していった高木さん。
町が良くなれば、いろんな人が移住してきて、楽しい人生もいっぱい生まれると思うし、お金も生まれる。身近なことだから自分自身の日常にも直接跳ね返ってくるっていうかさ。リアルだよね。仕事も普通のクリエイティブとは違って、自分の人生そのものをクリエイティブしていく感じ。そこがまちづくりのおもしろいところ。
まちに住んでいる人や土地、お店や環境をぐるっと自分ごととして捉えられる感覚。それは、まちと共に人生をつくっているような感覚かもしれません。
いすみ市に本格的に移住してから数年後には、ガーデンの近くに住居を購入し、再びこの土地と向き合い始めます。
妖精が住んでいてもおかしくない場所にしたい
そして、いすみ市に移住して10年後の2016年。今までプライベートのみで使用していたこの土地を、キャンプ場としてオープン。翌年にトーテムの家を宿泊施設として建築しました。
最初のイメージは、『ロード・オブ・ザ・リング』のホビット族が住んでいるような家。けど丘陵地帯の小山を掘ってつくるようなものは平坦なこの土地では無理。いろいろ探している内にアースバックっていうものに出会って、アースバック建築を手掛けていた職人さんに連絡を取ったんですよ。
職人さんを招き、そこからは4か月間で全国から10名のボランティアを集め、アースバック建築の全行程を学ぶワークショップ形式にして、ついに完成。
宿泊型のアースバック建築は全国に前例がなく、建築許可や消防法、旅館業法の申請にも何度も通い、最終的には鉄筋をいれてベタ基礎にすることで日本発の改良型アースバックゲストハウスに。
今では宿泊客のほとんどがSNSや口コミで集まったお客さんだそう。全国から来るお客さんとの出会いにも、楽しみがたくさんあると高木さんは言います。
エネルギーの自給は、日本では欠かせない
また高木さんにはもうひとつの顔があります。「いすみ自然エネルギー」という会社の取締役として、主にソーラーシェアリングを広める活動をしています。いすみ市内では初の試みで、地元の方々と一緒に会社を運営しています。
「気が付いていた? 上に、太陽パネルがあるってこと」と言われ、上を向くと…
実は当日インタビューを行った場所の上にも、このソーラーシェアリングが設置されていました。
ソーラーシェアリングとは、屋根となるソーラーパネルで光を発電し、その下で作物を育てる仕組み。太陽の光をシェアすることから、そのネーミングがつきました。時間によって変化する太陽の光が射す角度に合わせて自動で傾くソーラーパネルの隙間から木洩れ日のような光が入ってきて、なんとも心地よい空間ができ上がります。
太陽光をソーラーパネルがさえぎってしまうのでは? と感じるかもしれませんが、暑い夏の日には、直射日光でない方が作物がよく育つという研究結果も出ているそう。
今年も台風が多かったけれど、実際に電気や水が急に使えなくなるってことは経済的にものすごい損失だし、生命の維持にも関わる。そう考えると、災害の多い日本では、電気や水を買うのではなくて、自分達でつくる方が、きっと合ってるんだと思います。現にこのソーラーシェアリングで、ここの土地の電気は、宿泊者の分も含めてすべてまかなうことが可能ですからね。
井戸があって水も確保されているし、薪があれば火もつけられる。再生可能エネルギーを使う暮らしをしていくうちに、これは絶対必要なものだと確信したと言います。
毎日が勝負な「なりゆき」人生
いすみに土地を購入し、田舎暮らしをスタート。映像制作やまちづくりに関わり、自然エネルギーの会社の立ち上げや、「ガーデンリトリート&トーテムの家」のオーナーなど、多くの新しいことを立ち上げてきた髙木さん。
インタビューの中で「全部、なりゆきなんだけどね」という言葉がよく出てくるのに気づきました。
学生の頃、映像を勉強する目的で、アメリカの大学に留学していた。そして日本に帰ってきてからはメジャーなCMをつくるぞ! っていう、明確な目標があった。けど田舎に来てからは、すっかり明確な5年後10年後の目標がなくなったんです。
映像制作という一本の軸があったものの、いすみに来てからの16年間で起きた様々な出来事は、想像すらしていなかったことばかりなのだと言います。それまでの、明確な未来への目標を立てる人生から打って変わり、予測のできない“なりゆき”を信じる人生に。そんな高木さんを確信づけたのは、ガーデニングとの出会いでした。
たとえばバラは(目の前のつる性のバラを指して)僕が5年後10年後、ここからこういう風に枝をはやして、こういう樹形にするんだ! って思っても、その通りにはならないし、なんにも意味もない、不毛な夢なんだよ。なぜかというと、毎年毎年予想もつかないところから、枝が生えてくるから。綺麗な樹形のバラに仕立てるには、毎年毎年どう剪定や誘引をしていくかが大事なんですよ。だから、その時その時が毎回勝負なんだよね。
「だから5年後10年後を考えることはもうやめたんだ」と話す高木さん。
そんな高木さんの隣には、季節ごとに変化していく美しいガーデンが広がっています。今年の秋には、コスモスが庭一面に広がる予定だと、イキイキとした表情で話してくれました。
日々変化していく予想不可能な美しさが、いすみ市に来てからの高木さんの人生にあふれているように思いました。
先の目標を立てず、その日、その一瞬を選択していく生き方は、無理がなく自然体で等身大な在り方そのもの。同時にそれは、日々、自分のアンテナを張り続け、変化をし続けるということ。自分の人生に起こる“なりゆき”を信じる強さとともに。
(Text: 穂積奈々)
(撮影: 磯木淳寛)
– INFORMATION –
いすみで起業したい人、起業した人が集まる「いすみローカル起業部」は部員数が100名を突破しました。今回は、4組(予定)のローカル起業家たちに事業を通じ、いすみをどんなふうに楽しい場所にしていきたいか? というビジョン、そして彼/彼女らが今、必要としているサポートを聞き、参加者がどんな支援・応援ができるかを話し合うフォーラムを行います。ぜひご参加ください