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「自然と本気で遊ぶ」を実現するために選んだのは二足のわらじと二地域居住。やきとり屋兼スノーボーダーの中西圭さんに聞く生業のつくりかた

都市と農村部。または地方とまた別の地方。2つの生活拠点を行ったり来たりしながら暮らす二地域居住は、随分と聞きなじみがあるものになってきたように感じます。こうしたライフスタイルは、実践する人に生活のゆとりを、受け入れる地域には活気をもたらすとして、国でも推進され、注目が集まっています。

実はかくいう筆者も、神奈川と東京で二地域居住をはじめたところ。

それぞれの地域に魅力や実現したい暮らしがあるためにした選択ではあるのですが、実際にやってみて感じるのは、仕事の都合などで、片方の地域にいる時間が長くなってしまうことがあるということ。過去にも、仕事の都合がつかずに二地域居住を続けられなくなったという人の話を聞いたこともあります。

どうやら、ただ遊ぶためやリラックスの場所としての二地域居住は、引退した世代ならまだしも、働き盛り世代には難しいこともありそう。それぞれの場所で生業をつくっていくことが、こうした暮らし方を持続可能にするためのヒントになりそうです。

そんなことを考えていたとき、千葉県いすみ市に、ちょっとおもしろい二地域居住をしている方がいると聞きました。それが「備長炭火やきとり 麻顔」を営む、中西圭さん。夏はいすみ市で出店専門のやきとり屋として各地を飛び回り、冬は新潟県妙高市でやきとり屋の店舗を開きながら、スノーボーダーとしても活動しています。

どんなバランスで過ごしているのだろう。大変なことはある? そもそもどうしてこうした暮らし方が始まったのだろう。興味津々の二地域居住ビギナーの筆者が、中西さんの暮らし方と働き方に迫りました。

中西圭さん

夏はいすみ、冬は妙高。
季節別二地域居住の実際

取材に伺った10月の下旬、中西さんは千葉県のいすみ市にいました。飼い猫とお子さんとリラックスした雰囲気で迎えてくれた中西さん。訪れた自宅はログハウスで、いすみにいながら、中西さんが冬に暮らしているスキー場近くの山小屋にいるような。そんな不思議な感覚に包まれます。

中西さんがいすみで暮らしているのは、4月下旬から12月初旬まで。店舗を構えない、出店型のやきとり屋として、マーケットやイベントなどへ参加しています。

毎年ゴールデンウィーク明けぐらいにはいすみに戻ってきています。その頃いすみではサーフィンのイベントが始まるので、ちょうどいいんですよ。夏場はマーケットやイベントに出店していますね。だいたい週に1回ぐらいのペースかな。

マーケットが盛んないすみ市では、毎週末のように出店をする場があるそう。ひとつのイベントに参加すると知り合いができて、またその知り合いから別のイベントに声をかけられて、と芋づる式に出店のチャンスは広がっていきます。ときにはこちらでもあちらでも呼ばれて片方には行けない! なんてことも。

いすみ市近辺を中心にしながら、ときには滋賀県や長野県などへ出張販売も

12月の初旬からは、新潟県妙高市に住まいを移します。移動はなんと車で6時間!「二地域居住で唯一大変なのは引っ越し」と話す中西さん。奥様、お子さん、猫2匹と一緒に、洋服や布団などの荷物を積んで、車2台でひたすら北を目指します。

妙高では、赤倉温泉スキー場のほど近くに店舗があります。前年度に片付けた食器や調理器具の荷解きや洗浄など準備をして、お店を開けるのは、毎年12月半ば。ちょうどスキー場がオープンする頃です。

ここではいすみと客層も異なります。

平日は外国から来るお客さんがほとんどなんです。日本の雪がいいらしくて。特にオーストラリアは季節が逆なので、雪を求めてやってくる人は多いですね。

4月1週目頃までの約4ヶ月間、店をオープン。

アーティストを呼んだライブや、スノーボードの映像を流すなど店舗でイベントも開催し、雪山を盛り上げています。

店舗でのイベントの様子 jun_watanabe_photo

いすみでも妙高でもやきとり屋店主の中西さんですが、実はそれは2つある顔の一面。もうひとつの顔はスノーボーダーです。妙高にいる間も日中は滑っているのはもちろんのこと、ときには撮影で海外に行くこともあるのだとか。

毎年3月ぐらいになると撮影で海外に行ってます。この前はネパールに行ってきました。期間は大体3週間から2ヶ月になることもありますね。その間は奥さんに店を任せてます。

左がヒマラヤで撮影をした写真集『HIMARAYAN SNOWBOADING REGION』。右は中西さんの姿が掲載されている雑誌「FALL LINE(フォールライン)」

自然を思い切り楽しむ。
そのために、暮らしと仕事がある

やきとり屋にしてスノーボーダー。二足のわらじを履きながら二地域で生活する中西さんは、どうやってこのような暮らしにたどり着いたのでしょう。

やきとり屋が絶対にやりたかったわけじゃないんです。自然で遊ぶことが僕にとってはメイン。その中でどうやって仕事と暮らしをつなげていけるかを考えたときに、今の形になったという感じです。そのとき自分にできることがやきとり屋でした。

そう話す中西さんは京都の出身。15歳で始めたスノーボードに熱中し、滋賀県や岐阜県などに滑りに行っていました。東京の大学に通い始めた19歳の頃からは、雪山との二拠点生活が始まります。

冬はスキー場の宿で働きながら滑って、2〜3ヶ月そっちに滞在してました。大学のレポート提出のときには東京に帰ってきて、と行ったり来たりの生活でしたね。

やきとり屋に出会ったのも大学生の頃。はじめは学生のアルバイトでしたが、バイト先の知り合いが独立する際に店の新規オープンを手伝い、そのまま卒業後も働き続けます。

冬場は雪山にこもって滑って、シーズンが終わったら東京のやきとり屋で働いてお金を貯める。そういう生活をしばらく続けていましたね。

僕は「スノーボードがしたい」というのが常に頭にあって。でも都合よく働かせてもらえるところってなかなかないじゃないですか。やきとり屋は勝手もわかってるから、夏になって帰ってきたときに「じゃあまた来なよ」って声をかけてもらって。飲食店が忙しいのも夏場なので、お店としてもちょうど良かったみたいで。理解して働かせてもらってましたね。

「麻顔」は10年働いていた東京のお店の名前。「自分にとってルーツのような場所だから、と同じ名前を付けました」

スノーボーダーとしても、23歳頃にスポンサーがつくようになります。スノーボードでお金を稼ぐいわゆるプロスノーボーダーとなりますが、それだけで生活をしていくのはなかなか厳しい世界。そうして、東京と新潟を行き来する生活を10年ほど続けました。

jun_watanabe_photo

いすみに引っ越してきたのは30歳を超えた頃。東京での暮らしに「しんどさ」を感じるようになったのがきっかけです。

僕は京都でも田舎の出身だったんで、東京は刺激的で20代の頃は楽しかったんですよ。だけど、だんだん新潟での生活とのギャップがしんどくなってきて。もうちょっと自然があるところで暮らしたいなと思ったんです。そうして海の近くがいいなと思って、たどり着いたのがいすみでした。サーフィンもできるしね。

こうして、冬は寒いところで雪を滑りこなし、夏は温暖なところで波に乗る。自然を満喫する二地域居住が始まります。

いすみに惹かれた理由のひとつ海。サーフィンはスノーボードと同じ横乗りのスポーツという共通点も。頻繁に通うようになったのは引っ越してきてからとのこと

いすみに住んだからこそ深まる、やきとりの味

いすみに引っ越してきて、ほどなくして奥様と結婚。家族の生活を支えていくためにどうしようか考えたときに、やきとり屋として独立することを決めました。

ちょうどその頃に妙高で店舗物件が空くっていうので、奥さんと店を始めることにしたんです。いすみではマーケットやイベントも多いし、それでやっていこうということになりました。

そうしていすみではマーケットに引っ張りだこ、というのは先にもお伝えした通り。マーケットが多いいすみでは、飲食店は気軽にスモールスタートが切りやすいようです。

やきとり屋は焼台が一つあればできちゃうんですよね。

あとはface to faceの関係があるのが、飲食店の揺るぎないスタイルかなって。東京で働いてたときも常連さんたちから色んな話を聞けるのが面白くて、今でも付き合いがある人もいるんですよ。このスタイルがあれば、どこでもやっていけるような気がしました。

常連さんと顔を合わせ、仲良くなるうちにいろんな話ができるようになる。そうしてまたお客さんがお客さんを連れてお店にやってきてくれる。そうやって、妙高でも、いすみでも毎回やってきてくれる常連さんがいるのだそう。

いすみのマーケットの様子

「やきとり屋が絶対にやりたかったわけではなかった」。そう話す中西さんですが、一方で「でも本気でやっているんです」とも。つくるやきとりには、並々ならぬこだわりがあります。

タレに使っている醤油はうちの奥さんがいすみの仲間とつくっているものを使っています。有機の大豆を使っていて、絞り以外はすべて手づくりしたものです。みりんはあまり市販されていないような三河みりんを選んで使っていて、砂糖は白砂糖ではなく精製される前の粗糖を使っています。その方が栄養価が高いんです。

基本のところを大切にしていたいと話す中西さん。そうしてこだわった素材を厳選しているのは、奥様のアドバイスも大きかったそう。

奥さんが子どもができてから食べ物に気を使うようになって、「こういう風にやった方がいいんじゃない?」って言ってくれるようになったんです。最初は理解できないこともあったんですけど、やってみたら「なるほど」って。ちゃんとしたうまさみたいなところがあるのかな。そうしてつくったものは自分たちも堂々と周りに伝えていけますしね。

麻顔の焼き鳥は炭火焼き。扱いが難しそうな炭火ですが、ひとつの焼台の中で火の強いところと弱いところをつくって、適宜移し替えているのだとか。炭の香りがついて香ばしいだけでなく、遠赤外線で中までしっかり火が通ります

効率だけではなく、
未来につながることをしていきたい

妙高の店舗は、間もなく6年目を迎えます。定期的にアーティストを呼んでイベントを開催しているのは、妙高を文化的にも盛り上げていきたいという気持ちもあるのだとか。

今、外国から来るお客さんが多いので、そういう方々を目当てにしていた方が確かに儲かるんです。観光で来てくれているので多少価格が高くてもお金を払ってくれるかもしれない。でも、僕は地元の人が来ても満足できる価格帯だったり味だったりを基本にしています。

外国のお客さんは3月の半ば頃までしかいないので、その頃までに店を閉めれば、金銭面だけでいったら一番無駄がないかもしれません。でも、それじゃあ風景として寂しいですよね。アルバイトしに来てくれている子たちも行き先がなくて困るし。そうやって目先のことだけを求めていたら、続かないような気がして。僕は先につながることをしたいなと思ってます。

そうした考えから、麻顔は比較的遅めの4月頃まで店を開けています。「誰も来ないですけどね(笑)」と中西さん。だけど場があることの可能性を妙高で感じているからこそ、今後の展開として、いすみで店舗を持つことも考えているそう。

経済的な面だけを考えると二地域で店舗を持つことは、無駄が多いと思うんです。半分は閉じているのに、コストはかかる。

それでも店舗を持ちたいと思うのはなぜなのでしょう。

場があったらできることが広がるので、出店を続けながら拠点があったらいいなと思っています。いすみって、移住してきた人と地元の人。自然派といわれるようないすみの土壌が気に入っている人たちと、いすみの波が気に入っているサーファーたち。こうした人たちが、つながっているようでつながっていなかったりするんです。

僕たちはいろんなところに顔を出しているから、どっちの人たちもある程度知っているので、そういう人たちがつながれるような場があったらいいなと思っていて。みんなが気楽に集まれる、やきとり屋ってそういうときにうってつけのような気がしているんです。

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スノーボードをやり続けることと、家族の生活を成り立たせること。その2つを両立させるためにできあがっていった暮らしが中西さんにとって二足のわらじでの二地域居住。これまで自分が経験を積んできたやきとり屋を武器に、生業をつくり、そこを足がかりに今後も地域の文化的なハブとして役割を広げていきます。

「やきとり屋じゃなくてもよかった」。誤解を恐れずにいえば、きっかけや地域で自分の役割をつくる足がかりは、なんだっていいのかもしれません。一番やりたいことじゃなくても、これまで経験があることや自分にとって得意なこと、そこに生業をつくるヒントがありそう。

経済的な面や効率だけではない、もっと大切にしたいことがあるから二地域居住がある。中西さんの話を聞いていて、私が暮らしで大切にしたいことってなんだろう。そんなことを問い直したい気持ちになりました。

(撮影: 磯木淳寛)

– INFORMATION –

いすみで起業したい人、起業した人が集まる「いすみローカル起業部」は部員数が100名を突破しました。今回は、4組(予定)のローカル起業家たちに事業を通じ、いすみをどんなふうに楽しい場所にしていきたいか? というビジョン、そして彼/彼女らが今、必要としているサポートを聞き、参加者がどんな支援・応援ができるかを話し合うフォーラムを行います。ぜひご参加ください