日本における「まちづくり」の文脈で、その”お手本”としてあまりにも有名になったアメリカ・オレゴン州のポートランド。年間を通じて視察に訪れる人々が後を絶たないこのまちには、行政サイドでのインフラ改革や都市開発視点での見所はもちろんのこと、その土壌をともに耕し育んできた多様な市民活動が数多く存在します。
2015年春、初のポートランド行きを前に、わたしは地図と航空写真とのにらめっこを繰り返していました。当時からチラチラと耳にしていた「カラフルにペインティングされた交差点」を探して、ほんの少しの位置情報を頼りに目星をつけ、家々が碁盤の目のように整然と並ぶ住宅街のど真ん中にいくつかのピンを落とし込んでいたのです。
ポートランドといえば… ACE HOTELやポートランド州立大学のファーマーズ・マーケット、名だたるコーヒーロースターやおしゃれで美味しいレストランの数々、そして都市再開発のモデル地区であるパール地区(Pearl District)。それらはすべて、まちの真ん中に流れるウィラメット川の西側に位置しています。
わたしが地図にピンを立て「カラフルにペインティングされた交差点」を探してさまよったのは川の東側。ピンを立てた場所だけでなく、滞在先で自転車を借りで北へ南へと漕ぎ出せば、いくつもの違う柄の交差点を見つけることができました。
1996年にはじまったNPO「シティ・リペア」が牽引する「交差点ペインティング(Intersection Paintings / Street Paintings)」。ポートランドの行政と市民とをつなぐシティ・リペアの活動は今や全世界から注目され、毎年6月に10日間に渡って行われる年に一度の彼らのお祭り「Village Building Convergence(以下、VBC)」には年々多くの人々が参加し、交差点ペインティングなどのプロジェクトを体験しています。
わたし自身も、2015年春に初めてポートランドを訪れた後、その年の秋に初来日したシティ・リペア創始者、Mark Lakeman(マーク・レイクマンさん)と出逢い、2016年・2017年には実際にVBCに参加しました。
ポートランドのあちこちで交差点を塗ったり、コミュニティ・ガーデンの手入れをしたり、小屋を建てるお手伝いをしたり。みんなで体を動かして何かを「一緒につくる」ことが真ん中にある、パワフルなまちづくりの風景。
それは、近所に住む人々同士の対話から生まれた「楽しそうだからやってみよう!」という純粋な遊びごころが起点の、コミュニティによるコミュニティのための行動。前例や法律は一旦置いておいて、自分たちに本当に必要なものは何か? を突き詰めたシティ・リペアのあり方こそが今のポートランドのまちづくりの一端を担い、住民一人ひとりの力が発揮される魅力的なまちへと進化させたのです。
「交差点を塗っちゃう!?」
想定外! かつ具体的な”処方箋”を持つ、稀有なまちづくり団体
交差点を塗る!?
一体、誰が、何のために!?
そもそも交差点って……塗っていいの!?!?
そんなハテナが頭を埋め尽くしそうですが、これはポートランドの行政にも認められているコミュニティをつなぐ手法のひとつ。シティ・リペアによって提唱されている「プレイスメイキング」=人と人とが交流する場を”物理的に”つくってしまう方法論なのです。
ご近所さん同士がより仲良くなるために、そこに住む人たち自身の手によってペイントされる交差点。それに加えて各交差点の周りには、24時間温かいお茶が飲めるティーステーションやユニークな形のベンチ、子どもたちの遊び場、シェアライブラリー、掲示板やアースオーブンなど、さまざまな共有物が配置されていることもあります。
全国各地で「まちづくり」が叫ばれ、全世界で「Community Building」という言葉が多用される昨今。コミュニティづくりの手法は多様化し、地域住民を集めた「ワークショップ」という名の会合も星の数ほど行われ、まちづくりをサポートするコンサルティング会社のような存在も多数存在します。
シティ・リペアもそういったCommunity BuildingをサポートするNPOですが、大きな特徴はその手段として交差点ペインティングのようなインパクトのある”処方箋”を持っていること。「やってみたい!」と人々をワクワクさせるこの手口は一体どのように生まれたのでしょう?
道路は車のためのものではなく、人間のためのもの。
7年の旅で気づいた世界のおかしさ
シティ・リペアの創始者、マーク・レイクマンさんはオハイオ州生まれ。10代の頃にポートランドに移り住み、大学の建築学科を卒業後、大手の建築設計会社に就職しました。入社直後から大企業の高層ビルの設計に関わるなど活躍しつつも、自分が関わる仕事や文化が持続可能で公平な、そして何よりもワクワクするような未来のビジョンにつながらないと感じ、3年で退職。7年間に及ぶ世界旅行へと旅立ちます。
植民地時代以前の町並みが残る西ヨーロッパのまち、エジプトの遺跡や現代のイスラム文化。ニュージーランドのマオリ族や中央アメリカの先住民も訪ね、行く先々で「僕の何がおかしいんだろう?」そして「この世界の何がおかしいんだろう?」と問いかけて歩いたと言います。
旅の途中、気づいたことがありました。道には人々が行き交い会話が生まれ、商売が生まれ、ちょっとした「空間 / space」が「場 / place」になっている。アメリカの車社会の中に住んでいると忘れてしまう感覚に出逢ったのです。
マークさん 車がなかった時代には、家と家との合間にある道こそがいろいろなつながりが生まれる場所だったんです。世界各地で愛されている観光地だって、人が散歩できて、座って話ができるような広場があちこちにあるでしょう。私たちは当たり前のように、道路は車のものだと思い込んでしまっているけれど、本来は私たちの、人々のものなのです。
マークさん 先住民たちはその土地と、自然とつながり、小さなコミュニティをベースにシンプルに生きている。帝国主義の世の中になってしまってから、アメリカをはじめ植民地支配をする人たちは遠隔操作で社会をつくってきたわけです。
単一的に同じような形でまちを複製し、効率的に社会を拡大していったけれど、資源がどんどん中央に吸い上げられていくばかりでコミュニティに戻ってこない。そこに住む人たちが自分たちの暮らしにインパクトを与えられなくなってしまったんです。
コミュニティの人がパワーを発揮したいと思っていても、これだと回らない。自分のパワーが社会に反映しているんだという実感はすごく大事なんですよ。
自分自身の効力感が持てないことが孤立感を高め、社会を分断し、やがて犯罪率の上昇にも繋がりうる。現代社会の負のループが都会の暮らしに顕著に現れていることに気づいたマークさんはポートランドへと戻り、この病から脱するための”村づくり”をはじめていきます。
1ブロックの小さな “村” からはじまった「意識革命」
1995年、旅から帰ったマークさんがまず取り掛かったのは、自分の家の設計。みんなが集まれる公共の場がないならまずは自分の家を開こうと、建てる過程からご近所さんの協力のもと、自然素材やリサイクル素材で製作。ご近所ネットワークにより無料でもらえる資材の情報も集まり、極力お金をかけずに完成させることができました。
その場所で、新月と満月の日にはみんなでご飯を持ち寄ってのポットラックがはじまり、お互いを知り仲良くなり、やがて家に入りきらないほどの人が集まるように。「そうして“コミュニティ・エナジー”が高まっていったんだ」とマークさんは言います。
話し合いは、自分たちが暮らすこのブロックに何があったら楽しいだろう? というテーマへと自然と発展していきました。
近くの交差点をカラフルにペインティングし、周りにベンチや掲示板、いつでもお茶が飲めるティースタンドを設置するといったアイデアが持ち上がり、行政に相談に行くと、もちろん答えはNO。それでも、”同じ釜の飯を食った”コミュニティの絆は強固! そもそも法律なんてまちを効率的に成り立たせるための規則に過ぎないんだからと、ゲリラ的に実行することに。
マークさん 「法律を破る」というつもりではなく、「自分たちが望む法律をつくる」という気持ちでやったんです。古来から人間はそれぞれの暮らしの間にあるスペースを占有して、公共の、みんなが集える場をつくってきた。それを現代社会でやってやろうという気持ちでね。
やった後はもちろん怒られるわけですが(笑)、こんなにメリットがあるんだということをちゃんとデータを取って持って行きました。すると風向きが変わったんですね。
行き交う車の速度が確実にゆっくりになっていること。住民たち全員の”所有感”が高まったことで見守りの意識も高まり、より安全になったこと。子どもたちにとってもより安心できる場所になったこと…。リサーチの仕事をしているコミュニティの住民が丁寧にデータを取り、資料にまとめ行政に提案したことで、最終的には市長が決断し、法律が変わることになったのです。
マークさん こうしたポートランドでの問題解決の仕方がきっとこの先、世界をインスパイアするだろうということで容認されたんです。交差点がコミュニティをつなぐ場に、人間の芸術表現の場になった。そして何より、全米で初めて、その時その場所に暮らしている人たちが参画して法律までをも変えたという一つのイノベーションの事例になりました。
2000年、ポートランドの行政が正式に条例を制定したことによって、ポートランドにある17,000もの交差点がそこに住む人々の意思によっていかようにもクリエイティブに変えられるという可能性を持つことになりました。
この1ブロックの住民たちの発想と行動が大きな意識の転換を生んだわけですが、これを認める行政の柔軟さもまた、ポートランドならではと言えます。一人ひとりの行動が実際に何かを変え、コミュニティへの効力感が増すことでよりまちへの愛着が高まっていく。その愛着こそが、まちを魅力的にする最も重要なパワーとなっていくのです。
現在、ポートランド交通局のウェブサイトには「Portland in the Streets Program」というページが設けられ、コミュニティのために公道を活用するさまざまなアイデアや許可の取り方が詳しく解説されています。1996年にはじまった小さな革命が、コミュニティの「こんなことやってみたい!」を行政がサポートする仕組みへと実を結んでいます。
人を巻き込むにはユーモアこそが大切!
まちの中に対話を生み出すモバイル型の仕掛け
自身が住むコミュニティの交差点をいつでも人が集まれる場「Share It Square」につくり変えた経験をもとに、マークさんは対話を生み出す場づくりを誰もが気軽に体験できる”モバイル装置”を開発しました。その名も「T-Horse」。赤いバントラックに蝶の羽のような屋根が取り付けられ、その下にはラグやクッション。いつもの風景がたちまちくつろぎの空間に変貌します。
車中には人が何人か入れるスペースがあり、
カウンターからは無料で、マグカップ入りのお茶が振舞われるのです。
屋根が日陰をつくり、さらにお茶が飲めるとあって、あっという間に人だかりができ、話がはじまります。
場とお茶があれば人が自然と集まりそこに対話が生まれる。コミュニティ・ギャザリングの風景をつくり出し、どんどん外に見せていくことでより多くのコミュニティに「プレイスメイキング」の手法を拡げていくための装置としてつくれた「T-Horse」。最初の年にはポートランド市内の27箇所を駆け回り、修復を繰り返しながら今も人々に愛され続けています。
こうした場を実際に見せることが「私のコミュニティにもこんな場所がほしい!」「私たちにもできるかもしれない!」という気持ちを生み、あくまでコミュニティ主導の”村づくり”の種が撒かれていきました。
車に羽が生えているようなその形状やカウンターがあってお茶が出てくる意外性、クッションやラグまで完備というホスピタリティ、そしてネーミングの楽しさなど細部に到るまで「持続可能なカルチャーにはユーモアがあることが大事!」というマークさんの信念が貫かれています。現在ではより環境に配慮した自転車バージョンの「T-Crab(カニ!)」などの新種も開発され活躍しているそうです。
ほら、楽しそうでしょ! 一緒にやってみない?
シティ・リペアの取り組みには一貫して、その場に参加する一人ひとりが当事者としてまた別の誰かにその “お誘い” を手渡すような、あたたかい優しさとオープンさが添えられています。
よりローカルに、もっと狭く、狭く
そこからはじまる ”世界平和”
行政と協働しながらのコミュニティ改革を進めつつも、マークさんは自分が住むコミュニティを進化させることも続けていきました。「Share It Square」の周りには子どもたちの遊び場、掲示板、ベンチ、シェアライブラリー…と、年を追うごとに共有物が増えていき、さらにはそれぞれの家の敷地をつなげて共有の畑や雨水活用システム、コンポスト等をもつくっていきました。
マークさん 古代の人類の ”村” の歴史を見てみれば、まずは人が集まり中心地ができて、そこから広がっていく。まちは、コミュニティは、建物でできているんじゃない。人でできているんです。そして鳥の巣のように、カタツムリの殻のように建物ができていくべきなんですよね。
マークさん 現代、まちは効率優先の碁盤の目みたいな形になって、人々の交流がなくなってしまった。そこで、ポートランドは一人一人がデザイナーになるんだという意思決定をしたんです。
自分たちにはパワーがある。何かを変えられるとしたら、そのパワーは自分たちにしかなくて、この場所がどうなっていくのかの運命や未来は自分たちが担っていくものなんだって。
一人ひとりが本来持っている自分のパワーに目覚め、意識が変わっていく。私有地を開放してコミュニティのための何かを建てたり、自宅の一室を改装してこうした“村づくり”の手法を教える小さな学校をはじめた人もいました。
マークさん 私は建築家でもあるので、かつては大規模な建設物をつくったこともありました。だけど、こうしたカルチャーの変革、そして一人ひとりの意識の変容こそ大事だと実感したんです。
まちの風景が変わり、自分の心も満たされていく。
これこそが世界平和だと。そして、気候変動へのアプローチも同じです。これからはよりローカルに、共有できるものは共有して、より狭い範囲で全てが済むようなまちづくりが重要になっていくのです。
子どもの健康に関するレポートでも、このようにコミュニティとのつながりを持って育った子どもたちは心身ともに健康になるというデータも出ているそう。常に見守られているという安心感のもと、一緒に共有物をつくったり、作物を育てて食べたり、道の上でバースデーパーティをして歌い踊ったり。
かつての田舎には当たり前のように存在した共同体や祭り。
分断され尽くした世の中から、こうした意識へ地球規模での揺り戻しが起きていることを感じずにはいられません。
“村づくり”のやり方を教え、リーダーを育てる
シティ・リペアのあり方
2000年からはポートランドでより多くの実践を起こしていくために、シティ・リペア流のお祭り「Village Building Convergence(村づくり集会 / 通称VBC)」を開始、ポートランド市内に交差点ペインティングなどが同時多発する機会を設けていきました。
シティ・リペアはあくまでそのやり方を教え並走する存在。近隣住民に許可を取るのも、交差点をペイントしたり何かをつくったりするためのお金を集めるのも、実際に行動するのはコミュニティです。そうすることでそのコミュニティにリーダーが育ち、持続可能な関係性が生まれていくのです。
VBCのスタート以降、ポートランドでは現在までに200ヶ所以上のプレイスメイキングの事例が生まれ、今でも80ヶ所ほどの交差点ペインティングが存在しています。
さらにはその取り組みがアメリカ国内、そして海外へも伝わり、シアトルやアメリカ西海岸の都市、ミネアポリスなどでも拡がっているそう。
マークさん 核となるのは “Neighborhood Scale” =ご近所の規模のつながりを取り戻すこと。そしてそれが ”City Scale” =ポートランドのまちの規模に拡がり、そのネットワークがきっといつか ”Planet Scale” =地球規模になっていくことをイメージしています。
それぞれが自分のコミュニティに注力し、力を発揮していく世界へ。
マークさんたちの行動、そしてシティ・リペアの方法論は、私たちに大きな勇気を手渡してくれます。
まずは対話をはじめ、自分たちが本当にほしいものはなんだろう? を考えていくことから。法律に触れずとも、行政の許可も取らずに自分たちの範疇でできることもたくさんあるはずです。小さなことからはじめて、コミュニティ・エナジーを高めていったその先には、行政との協働や条例・法律へのチャレンジも待っているかもしれません。
まずは、自分たちの住むまちのことを、自分たちの手で。
ご近所さんとともに、美味しいごはんを一緒に食べることから。
後編では「Village Building Convergence」について詳しくお伝えしていきます。参加するイベントから、一緒に ”つくる” お祭りへ。何度も行きたくなるようなアイデアとユーモアが満載です!